機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
そこは文明の中心地だった。
地平線の果てまで続く高層建築、まるで毛細血管のように張り巡らされた道路という道路、巨大な駅によって繋がれた鉄道網、街並みのあちこちを流れる運河――見るものを圧倒し、住まうものに決して全貌を見せることなき大都市の中の大都市である。
あまねく万民を照らすのは、皇帝陛下の恩寵によって整備された電灯の群れ。その地下に根を張るのは、光速通信網を支える通信ケーブルの束であった。
大陸最高にして最大の都、ベガニシュ帝国が誇る帝都コルザレム。
その中心に位置するのは――やはり一つの街だった。
歴代の皇帝が作りあげた宮殿が連なり、それに合わせて建造された大聖堂もまた軒を連ね、広大な庭園がそれに付随する空間。
高々とそびえ立つ城壁によって、外界からその内情を知ることはできぬ異界である。
水平方向にも垂直方向にも、膨大な空間を占有することでその権威を示す建築物のありよう。
この異様なまでに肥大化した王宮は、その名を〈大宮殿〉という。
さて、未だ歴史の名残ではなく、権力の中枢として機能する王侯貴族の巣――その深奥にある玉座にいるのは、二人の男だった。
一人は赤毛の伊達男。
〈大宮殿〉の作法に合わせてか、古めかしいフロックコートに身を包んだ貴族男性は、その名をザムド侯爵ケヴィン・ハイゼという。
「伯爵は予定通りに、この危うい賭けに打って出ました。いやはや……不死なる放浪者は、我らとは感覚が異なるようです」
大陸全土に手を伸ばし、東西南北の諸侯を従える帝国皇帝の目と耳と鼻は、帝国の至る所に潜んでいる。〈皇帝の杖〉と呼ばれる情報機関は、西の果てで起きている紛争についても最新の情報を掴んでいた。
つい先ほど、ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラが行った演説の内容もまた、すぐ書面にしたためられて報告が上がっている。
若き皇帝ルートヴィヒがその報せを聞いたとき、ベガニシュ帝国宰相であるザムド侯爵もまた、同席していたのは必然であった。
金糸のような黄金の髪に、知性の宿った青い瞳、垂れ気味の目元が愛嬌を感じさせる美青年――それがベガニシュ帝国皇帝ルートヴィヒである。
この君主は若い。
魑魅魍魎渦巻く帝国に君臨するには、若すぎると思えるほどに。
しかし不思議と天運に恵まれているのか、最悪の状況の中ですら活路を開く人物でもあった。
先帝が犯したバナヴィア併合という愚策、門閥貴族の引き起こした無謀な大陸間戦争――いずれも皇帝の権力が弱体化を強いられてもおかしくはなかった。
ザムド侯爵ケヴィン・ハイゼは改革派の重鎮に位置する大貴族である。
貴族の既得権益の保護ではなく、帝国そのものの延命と、それに付随するエリート階級としての貴族を思い描いたところに、この人物の特異性があった。
ベガニシュ帝国は巨大にして強大な国だが、それゆえにあまりに古めかしい制度が生きてしまっている。
封建制による皇帝と貴族の二重支配――そのような非効率的なシステムは、どこかで断ち切らねば帝国の命脈を絶つことになる。
そのような未来像を共有しているがゆえに、帝国宰相と皇帝は共犯者になれたのである。
さまよえる不死者、クロガネ・シヴ・シノムラを重用することで、迷走し続けたバナヴィア問題を切除すると決めたのも二人の合意だった。
つまり宰相ケヴィン・ハイゼも皇帝ルートヴィヒも、クロガネの行った演説の内容については重々承知していた。
「あるいは、バナヴィア人の独立運動に火をつけるかもしれません」
宰相の言に対して、それまで沈黙を保っていた皇帝がゆっくりと顔を上げた。明かり窓から差し込む陽光に目を細め、青年はやや皮肉っぽく応じた。
「……あの者が転べば、バナヴィアの民は再び剣を取るだろう。それこそが帝国に仇なすものどもの望みだ。帝国の国庫を再び、戦争に注ぎ込むわけにもいくまい? 余が欲するのは混乱ではない、秩序だ」
皇帝ルートヴィヒの現状認識は、つまるところ帝国が直面している最大の問題が何であるかを表している。
ベガニシュ帝国は和平条約を結び、新大陸のガルテグ連邦との戦争を終結させた。数年間、領土問題に端を発した戦争を繰り広げた末――両者は戦争に疲れ果て、妥協することでこれを終わらせたのである。
すなわち賠償金の支払いも、領土の割譲もない現時点での国境線に基づく戦闘終結。
要するにこれまで戦争に注ぎ込んできたリソースを補填する元手がない状態である。これは純粋に財政上の問題となって、帝国が背負わなければならない負債であった。
さて、ここで問題となってくるのが戦争責任の話である。
そもそもこの戦争は何者が始めて、どこにその責任があるのか――そういう話をする場合、諸々の事実関係は、大貴族の専横にそれがあったと示している。
彼らは数々の侵略戦争の成功に味を占めて、いつしか分相応というものを忘れ去ってしまったのだ。
さらに悪いことに――大陸間戦争は大きく戦争の形を変えてしまった。
貴族領が兵力を出し合って編成されていた軍団は敗走を続け、本土防衛のため駆り出された皇帝陛下の軍隊――ベガニシュ帝国陸軍はその精強さで戦線を立て直してみせた。
貴族が高貴なるものの義務として示す戦力価値よりも、君主と臣民が直接結びつき、国民として忠誠を尽くす軍隊の方がより強く有用であることの証明。
言い換えれば、貴族などいないほうが国は上手く回る、と民衆に思われてしまう実例ができてしまったのである。
これは非常に不味い状況だ。
諸外国の例を見るまでもなく、人民による革命の火種にもなりかねない。
そうした革命の機運を沈静化させるためにも、ベガニシュ帝国皇帝ルートヴィヒは開明的な君主であらねばならなかった。
つまりこういうことだ。
旧来の大貴族は皇帝による切り捨てだ、裏切りだと喚くが――そもそもいい迷惑をしているのはこっちの方なのである、と。
皇帝ルートヴィヒとしては、そういう皮肉の一つも言いたくなる情勢であった。
ベガニシュ帝国は今、財政と軍隊の立て直しという二つの強敵と戦わねばならない。
そのような時分にバナヴィアに首を突っ込むなど冗談ではなかった。
為政者の視点から見てみれば、あの大陸西端の地は底なし沼である。
おびただしい数の人命を吸い取り、湯水のように予算を飲み込んでいく。先帝が如何なる思想上の理由から、軍事侵攻を始めたのだとしても――後継者であるルートヴィヒまで、その地獄に付き合うつもりはなかった。
それにしても、と若き皇帝は思う。
バナヴィア人は情熱の民、革命の民だと聞くが――あのような演説一つに感じ入るなど、ベガニシュ帝国の君主である自分にはまったくわからぬ感性だった。
バナヴィア革命のあらましや、それによってバナヴィア人が得たもの――為政者を選び、また自らが為政者となる権利のことだ――も理解はしている。
だが、共感はできない。
金髪碧眼の青年皇帝は、骨の髄までベガニシュ皇族である自分をよく心得ていた。
彼らはヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラの協力者であり、また帝国全体の改革というヴィジョンにおいても、多くの点を共有している。
利害関係者としてはこの上なく友好的だ。
いずれにせよ、貴族がすべてを差配する古いシステムを刷新しなければ、大陸全体で血が流れることになる。
その点では、クロガネも帝国宰相も若き皇帝も共通見解を持つに至っている。
だが、彼らは決して同志ではなかった。
「では、予定通りに?」
宰相ケヴィン・ハイゼの問いかけに、ルートヴィヒは頷いた。
クロガネをバナヴィアの代表者として後押ししたのは、そうすることで彼が注目の的となるからだ。
バナヴィアの統治問題は、大陸間戦争が始まる前からその終結後に至るまで、ひとときとして解決しなかった大きな宿題である。
西ベガニシュ総督府としてバナヴィアから名を奪い、威圧的に振る舞った貴族たちは、とうとう彼の地を屈服させることができなかったのだ。
ゆえに皇帝ルートヴィヒは新たな代理人を選んだ。
以後、バナヴィア人が期待するのも、憎悪するのも、ベガニシュ帝国ではない――彼らがその目に映すのは、クロガネという権力者なのである。
そしてクロガネは五年を目処にして約束した。
素晴らしい成果である。これで少なくとも五年間、ベガニシュ帝国は貴重な時間を得ることができたのだ。
それに比べればバナヴィアの実質的放棄にともなう損害など、微々たるものであった。
「もう十分に、あの者に華を持たせた。あとは帝国がその威を示すときであろう――親衛隊を動かせ。反逆者たるランズバルグ侯爵を拘束せよ」
「仰せのままに」
その若さに似合わぬ、底の見えない笑みを浮かべて。
若き皇帝はこう呟くのだった。
「特別科学自治圏とはあらゆる試験的政策が通る環境だ。余がそのように定めた。ただ、クロガネに試させよ。もし五年後、選挙が実現しなければ――そのときこそ、帝国の慈悲が必要となるであろう」
相争う多頭竜の国、現存する大陸最古の帝国は、そうして今日も長き歴史を刻む。
流される血すら糧として、欲深い竜はその命を繋ぐのだ。
帝国の最高権力者たち「とりあえずクロガネにぶん投げて5年は時間稼ぎできるなら上等だろ。あいつがヘイトタンクになっても、それはそれで使い道あるし!」
クロガネ「…と、彼らは考えている。ここで独立RTAを始める」
だいたいこんな感じ