機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
エルフリーデとルクカカウの死闘が決着して、三日が経過した。
その間、起きたことはさほど特筆に値するものではない。というのも敵の動向を含めて、事前にクロガネと打ち合わせした通りの展開に推移したからだ。
まず此度の軍事侵攻を画策した総督、ランズバルグ侯爵の私兵はその侵入コースを予測され、撃滅された。
対応に当たったのはエルフリーデやリザのようなクロガネ子飼いの機甲猟兵、そしてヴガレムル伯爵軍の精鋭部隊である。
大規模な機甲戦力を備えた総督府の本体は、河川を挟んだ対岸側の国境で睨み合いを続けており、戦闘の中心になったのは貴族家のバレットナイトであった。
ヴガレムル伯領の防空システムの整備が進んでいたこともあって、航空機による戦闘はほとんど起きなかった。
そしてこの人型兵器同士の武力衝突において、エルフリーデ・イルーシャは圧倒的な戦果を叩き出した。味方との連携を行い、的確に敵部隊を潰していった深紅の悪鬼は、〈剣の悪魔〉の名に違わぬ活躍をした。
〈アルファマラーク〉との戦闘で半壊した〈アシュラベール〉L型は修理に回されたものの、予備機として準備されていた〈アシュラベール〉通常型に乗り込んだのだ。
そしてたった三日間の戦闘で一八〇機を超えるバレットナイトが撃破された。
その大半がランズバルグ侯爵側の兵であり、敵味方のキルレシオは冗談のような比率に偏っていた。
つまり圧勝だったと言っていい。
総督府側に相応の被害が出たこと――これは〈アルファマラーク〉が蹂躙して全滅させた爆撃機編隊のことだ――こともあって、ヴガレムル伯領は防衛戦に成功したと言っていい。
電撃戦による国境突破からの首都制圧という、ランズバルグ侯爵の思い描いた勝利図は破綻した。
そうこうしているうちに状況は大きく動いた。ベガニシュ帝国の中央政府は、皇帝の意を受けた親衛隊を派遣、クロイツェク管区に居座っていたランズバルグ侯爵を拘束するに至ったのである。
軍事侵攻の首謀者は捕らえられ、帝国宰相の指示によって、戦闘停止の命令が両軍に告げられた。
それから一二時間後、総督府側の部隊は後退を開始――ここにヴガレムル事変は終わった。
ことのあらましはそんな感じである。
重要なのは、これによって二つの目論見が潰えたことだ。
一つはランズバルグ侯爵の意図していた未来図――ヴガレムル伯領が屈服し、その資産や技術すべてが接収されるというもの。
もう一つは救国卿ルシア・ドーンヘイルの意図――ヴガレムル事変をエスカレートさせ、バナヴィア人とベガニシュ人の戦争へと繋げるもの。
要するにクロガネ・シヴ・シノムラという人物の影響力ゆえに、これを潰そうとしたものと利用しようとしたものが押し寄せてきたのだ。
すべての陰謀が叩き潰され、ひとまず事件が終結したのは奇跡的と言ってよい。
ずっと前線に張り付いていたエルフリーデ・イルーシャが、後方に下がってよいと判断されたのも、状況が落ち着いてきた証だった。
そして今、少女騎士の目の前には怪人がいる。
「――っていうわけで、ヴガレムルに対する脅威は去ったわけです。ここまではいいです?」
「ええ、大変わかりやすい要約でした。エルフリーデ、どうやらあなたには、こちら側の才能もあるようですね?」
くすくすと笑うのは、亜麻色の髪を伸ばした麗人である。ともすれば少女と見まごうような可憐さと、大人っぽい成熟した造形美を併せ持った美女――その実態は一万年の時を生きる不死者に他ならない。
一体どこから手に入れたのか、黒のワンピースドレス――遺跡のライブラリから復元された様式で、ゴシック・アンド・ロリータというらしい――をばっちり着込んでいる美女。
この女、原初の名はルクカカウ、歴史上の名を救国卿ルシア・ドーンヘイルという。
二人が向き合って座っているのは、ヴガレムル伯爵が所有する別荘の一室だった。周囲には物々しい警備が張り付いており、対空装備で身を固めたバレットナイトの姿さえ見える。
紛れもなく戦時下の様相を呈しているものの、別荘の屋内で向き合うエルフリーデとルクカカウの間に緊張感はなかった。
事実として今、ルクカカウは虜囚ではない。
あの決闘のあと、エルフリーデとルクカカウは極秘裏に、ヴガレムル伯爵家の中でも限られたものたち――伯爵子飼いの部隊によって回収された。
二人が激突していたのが、最前線である国境線付近からは幾分、離れた内陸側だったことも幸いした。
天地を揺るがすような激突は、超低空で行われていたこともあって、その破壊規模と裏腹に目撃者がほとんどいなかったのである。
そう、悟られてはならなかった。
ベガニシュ帝国の要人たちに、ヴガレムル伯爵が救国卿と接触し、協力関係を結んだなどという事実を知られるわけにはいかない――
――思わぬ伏兵ってやつは、伏せられてるから意味があるんだよね。
エルフリーデの理解するところでは、クロガネの選んだ道は帝国との協調路線ではない。一見するとそのように見えてその実、それを出し抜くことを前提としている。
ゆえに不倶戴天の敵のように見える相手――救国卿ルシア・ドーンヘイルとの和解は強力な切り札になる。
手札をさらすタイミング次第で、いかようにでも状況を動かせるだろう。
救国卿を名乗る女、ルクカカウの言に対して、エルフリーデはティーカップを手に取った。温かな紅茶は救国卿自らが入れたものである。
ためらいもなく口をつけた。抽出時間、お湯の温度、すべてが完璧なミルクティーだった。
「うん、美味しい――あなたには紅茶を美味しく入れる才能もあるみたい。羨ましいよ、本当」
少女は赤い瞳を前に向けた。小さなテーブル越しに向き合っている相手は、つい三日前、命がけで殺し合っていた敵だった。
因縁のありなしで言えば、個人的にも遺恨はいろいろとある。
約半年前に起きたヴガレムル同時多発テロ事件では、ヴガレムル伯領の警官やミトラス・グループの警備員に多くの死傷者が出た。
そしてあの事件の最中、エルフリーデは襲撃部隊に参加していたバナヴィア独立派の兵士を何人も射殺している。
極めつけは父母の仇、セヴラン・ヴァロールである。あの男はバナヴィア独立派の幹部であり、目の前の不死者ルクカカウの部下でもある。
敵対を継続するだけの遺恨は双方にあった。
それでもなお少女は、そうではない道を選ぶと決めた。その背中を後押ししてくれたのはクロガネだが、少なくともその方がいい未来だと思ったのは、エルフリーデ自身の選択だった。
「ルクカカウ、わたしたちの同志になってくれないかな。この世界を相手に戦える仲間なんて、一人でも多い方がいいんだから」
「ふむん、改めて問いましょう。我らは殺し合いを経てきた身――セヴラン・ヴァロールの件もあります。何があなたをそうさせるのです?」
「セヴランのことは……任せるよ、あいつ自身に。死に場所は自分で決めればいい」
そっけなくエルフリーデ・イルーシャは言い切った。
かつてセヴラン自身が口にしたように――バナヴィア独立の暁には死刑台に上るのか、独立闘争の最中で命を落とすのか、惨めったらしく生き延びて言い訳をするのか。
そのいずれでも構わない。あの男がもう一度、自分とクロガネの進む道に立ちはだかるのなら、今度こそ殺すだけだ。
そういう冷淡なようでいて激情を秘めた言葉に、ルクカカウは微笑んだ。
「では、そのように伝えましょう。ご安心を、エルフリーデ。セヴランがあなたの敵になることはないでしょう、我らの約定が守られる限りは」
クロガネとルクカカウは、これまで一度も顔を合わせていない。やりとりはエルフリーデを介して行われていた。紛争当事者であり政治的指導者であるクロガネに、時間を割いて人知れずルクカカウと会う時間はなかった。
よってすべてはクロガネ秘蔵の暗号化通信を用いて、ひっそりと指示される内容に沿って進められた。
メッセンジャーとしての役割を求められているのは、それだけエルフリーデが双方から信頼されているからだ。
そう、少なくとも今のエルフリーデ・イルーシャは、かつて救国卿に侮られ、ただ利用価値だけで死を願われた少女ではない。その人格と知性にも一定の価値が認められたからこそ、二人はこうして対等に会話している。
本気の殺し合いを経てわかり合った冗談みたいな関係だ。
「バナヴィアを起点として、この世界の常識を塗り替える――クロガネはそういうことを始めようとしてる。過去も立場も関係なく、わたしたちは手を結べる。たどり着きたい未来のかたちが同じだから、かつての敵に妥協だってできる」
独白は本気の思いだった。
それが不可能であるとは考えない。限りなく困難な道行きであろうと、恐るべき執念でそれを実現させた超人が目の前にいるのだから。
そして今、エルフリーデとクロガネ、ルクカカウは同じ夢を見られている。
ならばきっと叶うはずだった。
「支配のためではなく、尊厳のために振るわれる正義を信じられるいつかを――少なくともそれが、選択肢の一つとして浮かび上がる世界を。わたしたちは、そういう未来が欲しいんだよ」
エルフリーデ・イルーシャには詐術を弄するような手管はない。
迂遠な言い回しや比喩表現に意味を込めて、駆け引きをするような貴族の作法では、子供に等しい稚拙さしか発揮できないだろう。
だから今、彼女が語っている言葉は嘘偽りなき本音だけだった。それ以外にルクカカウの胸に響くような意思を伝える術はなかったし、これが最善だとエルフリーデには信じられた。
少女の赤い瞳に見据えられて、亜麻色の髪の乙女は、ころころと鈴を鳴らすような声で笑った。
嘲笑ではない。
ただ心底、愉快でたまらないという喜悦に満ちた笑み。
「
悪名高い血まみれの英雄は、自らのティーカップからミルクティーを飲んだ。
優雅で上品な仕草、それだけで絵になるような美女の動きだった。
「わたくし、実はここ数百年、ミルクティーは作っていなかったのですが……ええ、安心しました。昔通りの味が出せているみたいです」
「昔通り?」
「ふふっ、ご存じありませんでしたか? クロガネは紅茶派なのですが、わたくしの入れたミルクティーをよく楽しんでいたのですよ」
不敵な笑みだった。
エルフリーデ・イルーシャは何を言うべきか迷った末、わなわなと震えながらうめいた。
「も、元カノ面がすごい……!」
「ふふふ、事実に基づく勝利ほど愉快な出来事はありませんね! バナヴィア~ン!」
敗北感に打ちひしがれるエルフリーデに対して、亜麻色の髪の乙女――ルクカカウは得意げに胸を張った。
そしてひとしきり笑ったあと、ふと優しい微笑みを覗かせてこう言った。
「では次に会うとき、あなたに美味しいミルクティーの入れ方を授けましょう。ええ、近いうちにそうなると思いますが」
「それって――」
「ひとまず時間が必要ということです。わたくしにも指導者として、建前というものがありますので」
まったく予兆を感じさせず、優雅ですらあるゆったりとした動きでルクカカウが立ち上がる。
エルフリーデが受け取ったクロガネの指示において、ルクカカウの処遇は特に明記されていない。ただ彼女と対話し、合意を勝ち取り、好きにさせるようにとだけ伝えられている。
少女は頭を回転させた。
つまり今、ルクカカウはこう言っているのだ。バナヴィア独立派の指導者ルシア・ドーンヘイルとして、組織をまとめ上げたあとに、再び対話する意思があるのだと。
だが、どうやって彼女は帰るつもりなのだろう。
あの日あのとき、〈アシュラベール〉との激闘で〈アルファマラーク〉は破壊された。両腕を切断され、腰部にも大きな裂傷を負って墜落したのである。
電脳棺こそ無事だったものの、通常の機甲駆体であれば使用不可能な状況のはずだ。
残骸はその断片を含め、クロガネの手で回収されたけれど――そう思考した直後、エルフリーデは一つの可能性に気づいた。
「……まさか」
「初めてお目にかかったあの日、ヴガレムル市内で――〈アルファマラーク〉は単独で低空飛行していましたね? そのちょっとした応用です」
ルクカカウはゆったりとした足取りで、別荘の出入り口、そのドアを開いてみせた。
いる。完全な透明化を果たして無音で飛行する何か――電磁波的にも音響的にもいないものとして振る舞う、質量を持った飛翔体。
それがきっと黒い天使の姿をしていることを、エルフリーデ・イルーシャは直感的に理解していた。
どんな手品を使っているのだろう。
別荘の周囲を警戒していたクロガネ子飼いの兵士たちが、外に出ようとしているルクカカウに気づいた。こちらに歩み寄ってくる兵士たちの姿に、ふぅとため息一つ――亜麻色の髪の乙女は、エルフリーデの方を振り返ってにっこりと笑った。
「英雄殿、また会いましょう。あなたが我らの同志たり得るのか、見極めさせてもらいます」
ルクカカウが床を蹴った。その身体が宙に浮かぶ何かに飛び移る。
限りなく無音に等しいその情景を見届けながら、エルフリーデ・イルーシャは嘘偽りなき本音を叩き返した。
「――なんか格上っぽい台詞ですけど、格付けでは
それを聞いた瞬間、ルクカカウは我が意を得たりと頷いて見せた。その姿が七色の光に飲み込まれ、するりと虚空に消えていく。
電脳棺との融合を示す現象だった。
たった今、〈アルファマラーク〉との融合を終えたルクカカウは、ころころと喉を鳴らして笑っていた。
『ふふっ、勝負は時の運というでしょう?』
「それ逃げ口上にするのやめません!?」
困ったことである。
どうやらクロガネもルクカカウも、数日も経てば〈アルファマラーク〉が再起動することは想定範囲内だったようである。
相手がその気であれば、生身のエルフリーデ・イルーシャは為す術もなく殺されるだろう。
しかしそうならないことを、エルフリーデもルクカカウも知っていた。
無言にして無音の別れだった。
透明な何かが飛び立つ――上空で衝撃波が生まれ、瞬く間に高速飛行に移行したことがわかった。
一二月にしては雲一つない、晴れ渡った青い空。
「……めちゃくちゃすぎて報告書が大変だよ、これじゃ」
やれやれと肩をすくめつつ、エルフリーデは微笑んだ。
まるで友人にそうするように。