機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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穏やかな冬を、あなたたちと

 

 

 

 さて、ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラは多忙な男である。

 近頃、バナヴィアの自治権拡大に向けて積極的に政治家として動いていたことからもわかるように、この男はすこぶる顔が広くその影響力も大きい。

 

 そんな忙しすぎる男が、貴重な空き時間をわざわざ使って、二人の顔を見るということは――つまりそういうことだ。クロガネは愛情深く、思いやりも深い男である。

 

 もう少し身内向けに愛想もよかったら最高なんだけどな――とエルフリーデ・イルーシャが思っていると、男は優雅に午後のお茶を飲み始めた。

 とりあえず訊いてみることにした。

 

 

「お仕事、大丈夫なんです?」

 

 

「ああ、問題ない。むしろそろそろ休みを取らないと、上のものとして示しが付かないからな――」

 

 

「ええまあ……最近のクロガネ、本当にやることいっぱいですもんね」

 

 

「去年の暮れはお前にも世話をかけたからな。このぐらいは当然の責務だ」

 

 

 クロガネは皿の上に並べられた焼き菓子を口にした。たっぷりのバターで香ばしく焼き上げられたクッキーは、何から何までクロガネ好みの塩梅になっていた。

 

 つまるところ小麦粉と卵黄とバターと砂糖のシンプルな菓子。強烈なスパイスたっぷりではない味付けである。

 黒髪の伯爵は、静かに頷きながら焼き菓子を食した。

 えらく満足そうである。

 

 

「いつも思うんですが」

 

 

「なんだ?」

 

 

「なんでスパイス、ダメなんですか?」

 

 

「バナヴィア料理、宮廷料理の流れをくむレシピの美しさは認めよう。食材からうま味を抽出し、食感に至るまで精密に設計された料理には、それだけで文明の歩みを感じさせる合理性が詰まっている。だが俺は長い人生の中で一つの事実に行き着いた。つまるところ、足し算ではなく引き算によって形作られるレシピに、俺は美を見出している」

 

 

 ぺらぺらと喋るクロガネは本当に楽しそうである。

 別にニコニコ笑っているわけではないのだが、まあよくもここまで喋ることがあるなというぐらいに舌がよく回る。この男、料理をよく工業製品に例えて話題に出す傾向がある。

 

 普通の貴族的な感性ならば、芸術品とか職人の工芸品になぞらえそうなものだが――こういうところが、わざわざ自分で機甲駆体の設計にかかわる技術者らしいのかもしれない。

 ぽけーっとクロガネの顔を覗き込むこと一五秒、男が語るだけ語ったのを確認して、少女騎士は身も蓋もない総括をした。

 

 

「うん、つまり香辛料が強いの苦手なんですよね?」

 

 

「もちろんスパイスの効いた料理を好む、お前の味覚を否定するわけではない」

 

 

「そこは疑ってないですけど……好きな香辛料とかないんですか?」

 

 

「……待て、俺のことを……料理をえり好みする子供のように思っていないか?」

 

 

 クロガネは憮然とした表情になった。

 しまった、ちょっとからかいすぎたかもしれない。エルフリーデはついつい、眼前の男の可愛げを突っついてしまった自分のうかつさに気づいた。

 

 とはいえ、こういうところも可愛いのでまあよしとする。

 思いだしたのは、去年の五月頃、大陸南方のフィルニカ王国を来訪したときの一幕である。

 あのとき宴会で出された料理は、ありとあらゆるものが強烈なスパイスに彩られていた。辛いものが好きなエルフリーデは笑顔で美食を楽しんだけれど、クロガネにとっては違っただろう。

 

 彼も愛想よく笑って料理もしっかり食べていたが、まあ上流階級の社交ってやつだ。

 特定の料理を食べないだけで政治的メッセージが生まれるのだから、外交の世界は大変である。

 

 

「頑張って食べてるのは知ってます、安心してください」

 

 

「どうやら俺たちの間には誤解があるようだな、エルフリーデ」

 

 

 だらけた空気ながら、紛れもなく二人の世界で会話しているエルフリーデとクロガネ――それを真横で見ていたリザ・バシュレーは、神妙な顔つきになると、そっとロイにささやきかけた。

 

 

「えっ、イチャつかれてるのに耐えないとダメですか、ロイさん……?」

 

 

「リザ様、このお屋敷ではこれが作法です」

 

 

「ローカルルールって怖いですね……!」

 

 

 ちなみにリザとロイのやりとりも、エルフリーデにはばっちり聞こえている。

 しかし自分たちの会話や距離感に恥じ入ったりはしない。我が道を行くのは竜騎兵の流儀である。戦場では機甲猟兵の先陣を切る少女は、当然のように恋愛の駆け引きもがむしゃらだった。

 

 常日頃の恋愛博士(自称)、恋愛マスター(詐称)っぷりが嘘のように堂々としている。

 あるいは単に天然ボケがすぎるだけかもしれなかったけれど。

 ともあれエルフリーデ・イルーシャは、やはり緊張感の欠片もないゆるみきった表情で、ティーカップを片手にこう呟くのだった。

 

 

「美味しいお茶に美味しいお菓子……うーん、バナヴィアに生きてるって感じがする……」

 

 

「ああ、こうした嗜好品の菓子の存在は、毎日の暮らしに楽しみを与え、豊かにしてくれる。その点について疑う余地はない。菓子を贅沢品と見なす向きもあるが――幸いにもヴガレムル伯領ではそうではない」

 

 

「あなたって堅物っぽいのに、そういうところは話がわかりますね!」

 

 

 エルフリーデの軽口にクロガネが肩をすくめる。

 バナヴィアの食文化において、こうして紅茶やコーヒーを楽しむのは文化として定着した営為である。嗜好品の生産は造物塔を介した食糧プラントにおいて、最も重要なプロセスの一つと見なされていた。

 

 先史文明種の遺産を、軍事技術に注ぎ込んできたベガニシュ帝国や、工業力の強化に注いできたガルテグ連邦から見れば、しばし無意味とすら言われるものだった。

 そんなことだからバナヴィアは敗戦したのだ、と揶揄するものもいる。

 しかし少々醒めているとはいえ、なんやかんやバナヴィア人であるエルフリーデ・イルーシャはこう思うのだ。

 

 

――美味しいものって素敵じゃないかな?

 

 

 必要だから意味があるなんて考え方は、不必要だから無意味だという考え方と表裏一体だ。

 それじゃ人生が寂しすぎる。

 最近、傷あり(スカーフェイス)の少女はそう思うのだ。

 ふとそんな軽口の応酬を聞いていたリザが、ぽつりと呟いた。

 

 

「うーん、皆さんって本当にお茶の時間が好きなんですねー」

 

 

「あれ、リザってお茶はそんなに?」

 

 

「生まれ故郷はともかく、育ちは半分ぐらい新大陸(ガルテグ)ですからねー。あそこだと、真っ黒なコーヒーとか、真っ黒なスパイス・ジュースが主流ですよ」

 

 

「黒いスパイスジュース? 美味しいの?」

 

 

 エルフリーデの問いかけに、リザはその褐色の頬を艶々させて頷いた。

 

 

その通りです(イグザクトリー)! レモン、ライム、ナツメグ、シナモン、カシア、ジンジャー……いろんな香料をたっぷり煮詰めて、カラメルで色をつけた甘いジュースです。あれをきんきんに冷やしてぐいっと飲むのは……健康に悪い感じがしますね!」

 

 

「あっ、思いだした。ガルテグの兵隊が飲んでるやつだよね。あいつら、太平洋を渡ってまでジュースを山ほど持ち込んでた」

 

 

「戦場の思い出話です?」

 

 

「うん、ガルテグ兵の陣地に斬り込むとね、たまに嗜好品を置いて逃げていくんだ」

 

 

 物騒な方向に話が転がってきた。

 リザは胡乱な目つきで、エルフリーデの顔を覗き込んだ。

 たぶん褐色肌の少女は今、エルフリーデの語る情景を想像しているようだった。

 

 巨大な刀を手にして斬り込むバレットナイト、逃げ出すガルテグの兵士たち、略奪されていく物資――そういえばこの人、戦場で鬼のように強かったせいで英雄になったんでしたね、と言いたげな目である。

 少女騎士はそっと誤解を解いた。

 

 

「ブービートラップが仕掛けられてるから、基本的にまとまった量だと機関砲でぶっ飛ばすよ? たまーに置き去りになったのが手に入ることもあった。甘いのは嬉しいけど、眠れなくなるのが困りものだよね」

 

 

「ジュースの話が思わぬ方向に飛びましたね……!」

 

 

「一応、この前まで敵国のジュースだからね」

 

 

 けらけらと笑うエルフリーデの顔に邪気はない。

 少女は屈託なく笑う。戦場そのものに対してトラウマがないのは、誰の目から見ても明らかだった。強がりでタフな戦士を演じているわけでもない。

 

 ただひたすら戦争に適応した人間――あるいは昼寝でもするように、平時と戦時をするりと行き来できてしまう人種。

 そういう眼前の少女の規格外の強さを示されて、リザはそっとため息をついた。

 

 

「敵いませんね、お姉さんのそういうところ憧れちゃいますよ」

 

 

「えっ? リザ、きみって戦場でジュースを略奪したかったの?」

 

 

「どう考えてもそこじゃないですよ!? ピントがボケボケですよ、お姉さん!」

 

 

 リザは自分がツッコミをしないと、無限にボケだけが連鎖していく空間に恐怖した。

 そしてティーカップに残っていたお茶で唇を湿らせると、そっと嘘偽りなき思いを口にするのだった。

 

 

「今なら笑って語れる過去、まあ私もありますけど……ストーンロッジの地下で、坑道を這いずり回ってた頃は考えられないことですよ」

 

 

「ストーンロッジ? ガルテグの地名でいいのかな、それ」

 

 

 エルフリーデはリザに目を向けた。長袖のシャツにセーターを重ね着したリザは、自分に向けられる赤い瞳に悪戯っぽく微笑んだ。

 韜晦(とうかい)した振る舞いは、彼女が背負った痛みと向き合うためのロールモデルだった。

 

 リザ・バシュレーは多くの悲しみを知っている。そんな痛苦も悲哀も感じさせない、茶目っ気あふれる態度で――リザはそっとその名を口にした。

 

 

 

「ストーンロッジ地下演習場――ガルテグ中央情報局の秘密の訓練キャンプです。私はそこで、バレットナイトの操縦を学びました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







エルフリーデ「あれはわたしが大陸間戦争で暴れてた頃…」
リザ「これ無敵すぎるので禁止カードにしませんか???」










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