機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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メモリー・オブ・イエスタデイ

 

 

 

――殺してやる、お前たちを絶対に殺してやる。

 

 

 それは呪詛、奪われたものが吐き出す憎しみの聖句。

 痛みが、意識をつなぎ止めていた。肉体の疲労、まだ十代前半の少女の肢体は、どれだけ鍛えようと未成熟であるがゆえに体力にとぼしい。

 

 重たいまぶたを開いて、ぜぇぜぇと息をする。照明装置が埋め込まれているものの、明かりもまばらな閉鎖空間――天井の高さは一〇メートルを超えていた。

 それは岩盤を掘り抜いて作られたトンネルだった。内部でどんな爆発物を使おうと、決して壊れず落盤することもない広大な坑道。

 

 一体どれほどの地下深くにまで続いているのか、少女には想像もつかない。

 そう、ここは地下だ。

 

 

――ストーンロッジ地下演習場。

 

 

 関係者がそう呼ぶ秘密の訓練場だ。岩盤をぶち抜き、強固なコーティングによって補強された坑道群と、野球場じみた広さの地下空洞を用いた空間。

 ここは新大陸ガルテグ連邦、中西部に位置する荒野のど真ん中。

 

 人間が住むには適さない過酷な環境ゆえに、人口密度もまた低く、軍事機密を取り扱うにはちょうどいい地域――そんな場所に、一人の少女がいた。

 褐色の肌に黒い髪は、彼女の源流(ルーツ)が旧大陸南方にあることを示している。

 

 自分が体力の限界に達して、いくらかの時間、気を失っていたことを把握する。空気に問題はない。地下全体の大気循環システムは正常、もし大気中の二酸化炭素濃度に異常があれば、こうして目を覚ますこともなかったはずだ。

 座学でみっちりと仕込まれた科学的知識を元に、座り込んでいた自分の身体を立ち上がらせる。

 ああ、手足が痛い。

 

 

『リトルバード、ようやくお目覚めか。やはり女はガッツが足りんな、土壇場では可愛らしく気絶するのがお似合いだ』

 

 

 せせら笑うような声が、無線越しに聞こえてくる。

 我らが親愛なる教官殿は、実にこの国の男尊女卑思想――マッチョイズムを体現した価値観を口にしてくる。

 

 ガルテグ連邦は理想を目指す国である。バナヴィア革命に端を発する自由と平等の理念を継承しながらも、この国は根深い選民思想を土台として構築された存在でもあった。

 戦乱と圧政が続く旧大陸を出て、新天地を求めた人々の末裔。

 

 ガルテグ連邦を支配するのはそういう自己認識だ。宗教的情熱と社会の革新、そして人種によって能力に優劣が生じるという信仰――すべてを統合して生まれたのは、人類の人工進化と社会の改良を善とする価値観である。

 

 つまるところ彼らの流儀(ガルテギアン・メソッド)では、人間というのは肌の色で役割が決定される。

 身分階級社会が根強い旧大陸を飛び出し、理想国家建設を夢見た人々がたどり着いたのは、ありふれた差別を当然の区別と言い換えるお決まりのオチだった。

 

 

――クソにクソを掛け合わせても、黄金を練成できたりはしないってことですか。

 

 

 リトルバードは口の端をつり上げた。無言の嘲笑である。

 リトルバードは幼くして祖国を逃げ出し、新大陸に落ち延びた難民である。元々が上流階級の子女とはいえ、満足な教育が施されたわけではない。

 

 ガルテグ連邦は旧大陸諸国から逃げてきた政治難民を受け入れるが、政治的情勢によっては、それらを隔離して収容エリアに押し込めることも珍しくなかった。

 少女の父母が不幸な事故で亡くなった――あれが本当に事故だったのか、祖国からの追っ手による暗殺だったのか、リトルバードにはわからない――あと、残された子供たちはとある組織に声をかけられた。

 

 それはすがるものもなく、未来もわからない少女にとっては唯一の希望だった。

 見出された才能を活かせば、難民キャンプ紛いの収容所から出ることができて、温かい食事と寝床、教育の機会を得ることができる。

 あるいはガルテグ連邦の永住権を得ることだってできる、と。

 

 

――私はバカだった。夢みたいな言葉に踊らされて、ミロとシリルを巻き込んだ。

 

 

 それは真っ赤な嘘だった。

 少女たちはガルテグ連邦の社会保障番号を持たない難民であり、秘密裏に人体実験に供しても露見しづらい社会的弱者だった。

 

 組織はその意図通りに、無知な子供を引き込んで、邪悪な人体実験は実行に移され――少女は二人の弟を失った。

 そして生き残った少女に道は二つしかなかった。

 口封じされて荒野に骸をさらすか、組織にとって有用な道具であることを示して生き延びるか。

 それだけだった。

 

 それまでの実験で示してきた才覚と、類い希な幸運によって彼女は生き延びた――ここでは少女の本名は必要とされない。

 教官によってつけられたあだ名――小鳥(リトルバード)こそが、その存在を示す唯一の名だった。

 

 

『そうだ、立ち上がれ。歩き続けろ、その意思がある限り――お前はリトルバードでいられる。俺が飛び方を教えてやる』

 

 

 バカみたいに重たい装備をつけて、ひたすら地下坑道を歩き続ける。自分の現在位置を見失うことなく、生身の肉体で生存するための術を叩き込まれ続けた。

 単純すぎて苦痛が勝る訓練だ。

 無線通信が通じていることを承知で、どこかで監視カメラ越しに自分を見ているサディストのクソ野郎に毒づいた。

 

 

「ええ、歩きますよイエスタデイ教官――精々、あなたをよろこばせないように」

 

 

 それは遠い昔の追憶。

 リザ・バシュレーが、明日の希望(ホープ・オブ・トゥモロー)に出会う前のことだ。

 

 

 

 

 

 

 我知らずナイーブになっていた気がする。

 客観的に事実を話すと悲惨すぎる境遇――間違いなく場の空気が冷え込む――をほどよく省きつつ、リザは自分の経験を話した。

 

 地下の岩盤層をぶち抜いて作られたトンネルの集合体、機甲駆体で格闘戦ができるほど広々とした地下空間の話は、どうやらエルフリーデを驚かせるに値するものだったようだ。

 

 しかし流石に我らが英雄は頭の回転が速い。

 すぐにリザの話に抜けている情報に気づいたようだ。ティーカップに入った紅茶を一口飲んで、首を傾げて要点を掴んでくる。

 

 

「あれ? そうなるとリザって学校行ったことないの?」

 

 

「容赦なく踏み込んできますね!?」

 

 

「きみって気を遣われる方が居心地悪いタイプでしょ」

 

 

「そうなんですけど……ええ、お姉さんらしい間合いの詰め方です……!」

 

 

 なんだろう、こっちが気を遣って気まずい情報を伏せたのが馬鹿らしくなってくる。

 こういう明け透けな態度が心地よく感じるのだから、自分だって大概、この人に毒されているのだけれど。

 リザ・バシュレーは苦笑しながら、事実を話した。

 

 

「いえ、一応スパイ養成学校みたいなところにはいたんですよ。私は超優秀だったのですぐに卒業しましたけど――ええ、今にして思えば、バレットナイト乗りとしての適性を買われたんでしょうね」

 

 

「スパイ学校!? なんか……すごいね! リザって科学知識に詳しいけど、それもそこで?」

 

 

「まあそんな感じです。意外かもしれませんけど、あそこでは比較的、客観的な知見が持てるように訓練を受けました。そりゃそうですよね。イデオロギー強すぎて、演技に必要な分析ができないスパイとか使い物になりませんし」

 

 

 エルフリーデは感心したように頷いた。

 

 

「おおー……きみがわりとシニカルなのもその影響?」

 

 

「そこは私の性格ですね!」

 

 

 断言した。

 冗談めかしたエルフリーデの問いかけに、にやりと笑って答えるリザ――客観的に見て悲惨すぎる半生なのに、それをちっとも感じさせない少女たちの振る舞い――居合わせたクロガネとロイは、それを肯定するでもなく否定するでもなく、ただ静観していた。

 

 そこに彼らの理性と優しさを感じた。

 だからこそだろうか、ついリザ・バシュレーは悪戯心を発揮してしまう。

 

 

「――というわけでロイさん、私の過去について一言コメントをどうぞ!」

 

 

「リザ様、人を困らせようと思っていませんか?」

 

 

 ロイは柔らかな微笑みを崩さずに、釘を刺してきた。従者である自分にやる分にはいいけど旦那様にはやるなよ、と念押しするような雰囲気である。

 リザはにっこり笑って頷いた。

 

 もちろんロイを困らせたくてやっているし、クロガネに話題を振る気はないという意思表示だ。

 金髪碧眼の従者は肩を落とすと、やんわりと言葉を返した。

 

 

「リザ様が身につけられた理性と意思、知識と技能がどうやって培われたのか――その一端を知ることができたように思います。あなたは強い方です、リザ様」

 

 

 想像以上に真っ直ぐな敬意が示された。それが上辺だけの褒め言葉でないことぐらいに、流石にリザにもわかってしまう。

 ロイ・ファルカという青年は物腰柔らかで喰えない性格をしているが、存外、他者に好意を示すときはっきりと態度に出す。

 どうしてだろう、ちょっとばかり心臓の鼓動が早くなった気がする。

 

 

「あははは……ちょっと真っ正面から褒められると照れますね!」

 

 

 リザは少しだけ声をうわずらせた。

 金髪碧眼の青年と褐色の肌の少女――ともに美青年と美少女である――のやりとりを興味深そうに眺めた末、エルフリーデ・イルーシャは深々と頷いた。

 そして向かいの席に座るクロガネに対して、そっとささやきかけた。

 

 

 

「もしかして……リザってロイさんのこと好きなんじゃ……!?」

 

 

 

 クロガネは絶句した。

 五秒ほど沈黙したあと、最愛の騎士に対して、悠久の時を生きる不死者は辛らつな言葉を投げかけた。

 

 

 

「エルフリーデ、恋愛博士を名乗るはよせ。質の悪い冗談にも限度はある」

 

 

 

「わたしに対して厳しくないですか!?」

 

 

 

 エルフリーデは抗議の声を上げた。

 どこまでも平和に、何事もなくすぎていく午後の時間だけがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






リザから見たロイは「わりと腹黒いけど優しいゆるふわお兄さん」らしいです。
おそらく少女漫画。




前振りポイントがたまったのでそろそろ事件が起きます(無慈悲)





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