機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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矛盾する願い

 

 

 

 あの午後のお茶会から三日が経った。

 実のところ怖いぐらいに平和な日々を過ごしていた、と言ってよい。

 しかしいつまでも休暇気分ではいられない。クロガネはつい先日、政治的主導権を握ってバナヴィア全土に演説をしたばかりなのである。

 

 そうなってくると必然的に、あちこちに出向いての交渉や調整も必要になってくる。

 そういうわけで現在、ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラとその騎士エルフリーデ・イルーシャは、高速輸送機の機内にいた。

 

 高高度爆撃機の技術を応用した与圧キャビンを備えた大型輸送機――機体側面の四箇所に電動ローターブレードを備えたティルトローター機である。

 見た目はよろしくないが、これが驚くほど快適なのだ。

 

 ティルトローター機とは、高速回転するローターブレードの角度を変えることができる飛行機のことだ。この種の乗り物は、古くから貴族によって運用されてきた。

 

 その性質は二つの特性を、自在に切り替えられることだ。ローターブレードを真上に向けているときはヘリコプターのようにホバリングして滞空でき、真っ正面に向けているときは固定翼の飛行機のように高速飛行することができる。

 

 つまりどういうことかというと、回転翼機(ヘリコプター)固定翼機(フィクスド・ウィング)のいいとこ取りができるのだ。

 どこでも離着陸できる便利さと、遠くまで飛んでいける足の速さ。

 両立できる乗り物なら最高に決まっている。

 

 

――ミトラス・グループって結構、手広く何でもやってるよね。

 

 

 バナヴィア東部の経済を代表するこの企業連合体は、クロガネがその手腕で拡大させてきた新進気鋭の企業である。

 ベガニシュ帝国に存在する古くからの財閥――いわゆる貴族財閥というやつだ――と異なり、その歴史は浅いが、それだけに利権に囚われることなく技術開発ができたのだという。

 

 大陸間戦争で大きく需要が伸びて、技術的に成熟した高高度爆撃機もその成果物の一つだ。

 空気が薄く気温も気圧も低い、雲よりも高い高度を飛ぶための飛行機――そのノウハウを転用して作られたのが、このティルトローター旅客機だ。

 

 与圧キャビンを備えているこの機体では、分厚い飛行服を着ることなく、快適な空の旅を過ごすことができる。

 かくしてクロガネ・シヴ・シノムラは今、飛行機の機内で温かな空気に包まれて、携帯電子端末で書類仕事に精を出しているのだ。

 

 悲しき文明進歩の業である。どんな極限環境だろうと快適に過ごせる技術は、いつだって最終的に、どんな条件下だろうと書類仕事ができる環境を作り出してしまう。

 そしてクロガネは仕事が大好きな人間なので、移動時間だろうとバリバリ仕事をしてしまうのだ。

 

 エルフリーデはそれを、少し離れた場所から見ていた。

 具体的には飛行機の機体後部に設けられた貨物エリアに、〈アシュラベール〉に融合した状態で待機中――当然のことながら、クロガネのことはカメラ越しに見ているにすぎない。

 有線通信によって繋がれた二人は、他愛のない雑談を交わしていた。

 

 

 

『――まずは通信教育だ、それによって受験資格を得た状態ならば進学も現実的な選択肢となる。必要ならば俺やフレーリヒ主任の推薦も可能だ。学費については伯爵家の作った奨学金制度が利用できる。おおよそ万全の体制で、お前たちは今後の身の振り方を考えられるだろう』

 

 

 

「クロガネ、今ものすごく話題が飛躍しています」

 

 

 エルフリーデはじっとりした半眼でクロガネを見やる。電脳棺に融合した状態だろうと、向こうの通信デバイスには実物そっくりのエルフリーデの表情が再現されているはずだ。

 

 つまり顔に浮かんでいる呆れた気持ちだって、ばっちり伝わっている。

 クロガネは自分の悪癖に気づいたのか、少しばつが悪そうに肩をすくめた。

 

 

『ああ、すまん。少々、説明を省きすぎた。つまりエルフリーデ、お前とリザ・バシュレーの進学についての話だ。知っての通り、お前たちは優れた操縦技能を持った戦士だが、その学力もまた優れている。こうした可能性を伸ばしていかないのは、極めて大きな損失といえるだろう』

 

 

「ううーん……クロガネ、好きですよね。可能性とか成長とか。でもですね、わたしもリザもハードワークなんですよ、今はまず足下を固めていかないと」

 

 

『ちなみにメイドのアンナも通信教育で様々な分野を学んでいる。数年後には、学士号の取得も視野に入ることだろう』

 

 

 お屋敷にいるときは毎日、顔を合わせている友人――私服であろうともメイド服の意匠を盛り込む生粋のメイド――の名を出されて、エルフリーデは仰天した。

 いや、確かにアンナは優秀である。

 

 エルフリーデと同年代ながら振る舞いは落ち着いているし、仕事もテキパキしていてよどみなく、それでいて文化的に休日を過ごす教養もある。

 ちょっぴり趣味は変わっているが、オシャレで有能な美人なのだ。

 

 だが、まさか学問の分野でも意欲的だったとは。そういえばたまに、何かしらの難解な文章をレポートみたいな紙にまとめていた気もする。

 走馬灯のようにこれまでの記憶が巡り、深い納得と共にエルフリーデは叫んだ。

 

 

「アンナさん、すごい人だった……!?」

 

 

『よもや友人のアンナにできて自分たちにできない、などと言うつもりはあるまい?』

 

 

「これ論理的に詰められてませんか!? たぶんハラスメントです!」

 

 

『冗談はさておき、そういう方法で学び直す機会はある。これは今の生き方を否定するものではない。むしろこれから先、お前たちの選択肢を増やすための戦略的な要素だと考えてくれないか?』

 

 

 困った。

 クロガネはどうやら真剣に、自分たちの未来について考慮してくれているらしい。

 思えば去年の半ば、ヴガレムル同時多発テロの前にも似たようなことをクロガネは口にしていた。あのときは自分の生き方を否定されたと思い、エルフリーデは強い口調で彼の提案をはねのけてしまったのだが。

 

 あれから政治的に物事は激変した。あっという間に過ぎていく時間のせいで、エルフリーデ自身、そういうやりとりがあったことも忘れかけていたのに――クロガネの方はしっかり覚えていたらしい。

 本当に困った。

 

 

――わたし、愛されてるなあ。

 

 

 そういう実感が湧いてくる。

 胸がぽかぽかと温かくなったし、別段、クロガネの言葉に不快感はなかった。

 たぶんこれはクロガネの側が大きく変わったというよりも、自分自身の心境が変わったせいだろう、と思う。

 

 あの日あのとき、エルフリーデは彼の提案をはねのけた。誰かの命を奪い、血まみれになって掴んだ現在を、否定されたような気持ちになって叫んだのだ。

 だが、どこにも敵はいなかった。

 少なくともクロガネが言いたいことは、とてつもなく単純なことだったのだから。

 

 

――もっと幸せになっていい、もっと自分の世界を広げていい。

 

 

 新しく何かを学び、何かを掴んだ結果として――それでもなお選び抜かれた未来を知って欲しい。

 クロガネ・シヴ・シノムラはそういう願いを口にしているのだ。如何にもあの男らしい、遠大で迂遠で理屈っぽくてわかりづらい愛情表現だった。

 それが心地よかったから、つい、憎まれ口を叩いてしまった。

 

 

「……参ったな、あなたって本当に優しいみたいだ。わたしたちをバレットナイトに乗せてるわりにナイーブっていうか」

 

 

『それは気づくのが遅かったようだな、我が騎士。俺は常に、お前たちの未来を案じているつもりだ。その指摘には返す言葉がないのも事実だが』

 

 

「えー、そこはそれっぽい建前言ってくださいよ。イメージって大事ですよ?」

 

 

『身内向けに演説をするつもりはない』

 

 

 気安いやりとりはヴガレムル伯爵家らしいゆるさに満ちていた。

 実際のところ彼らが顔を合わせてから、まだ一年も経っていないのだけれど――エルフリーデもクロガネも、お互いを家族のように思っているのは明白だった。

 

 それはつい先日、言葉にして交わした愛情とも異なるものだ。おそらく親愛の念とか、家族愛とか、そういうものに近い気持ち。

 もちろんその対象にはリザ・バシュレーも含まれている。

 

 決してすべてが道徳的に優れている、などと言うつもりはない――あるいはクロガネのような男を偽善者と呼ぶべきなのかもしれない。

 だが、そんな男に救われたのも事実だから、エルフリーデは彼の味方をすると決めた。

 

 

――いっそのこと、道具みたいに扱ってくれるなら割り切れるのにね。

 

 

 絶対にそれだけはない、と知っているからこそ、エルフリーデは皮肉っぽい思考をしてしまう。

 ここにあるのは大いなる矛盾だった。

 

 少女たちを地獄のどん底から救ったのも事実なら、今もなお、戦士としてその才能を利用しているのも事実――それでいて、彼女たちの戦士ならざる未来も願う。

 あるいはクロガネ・シヴ・シノムラこそ、一番、欲深い人間なのかもしれない。

 

 

「……ええ、あなたがそういう人だから、わたしも力を貸したくなったんだけどね」

 

 

『エルフリーデ・イルーシャの信頼を勝ち取っているのは、俺にとって最も自慢すべき事柄だな』

 

 

 この世界は決して人間に優しくはない。

 ベガニシュ帝国もガルテグ連邦も、異なる思想と建前を用意しているが――実際のところ子供の健やかな成長に興味などない。

 

 たぶんそれが、この世界の当たり前なのだ。

 そしてクロガネが始めようとしている新しいバナヴィアは未だ、そうした流れを断ち切れるほど強くはない。

 

 ましてや一騎当千の戦士であるエルフリーデやリザを手放せないのは、彼らの現実を思えば当然のことなのだ。

 本当に仕方がないやつである。

 

 

「はいはい。それで、ヴィタフォード自治区にはあとどのぐらいです?」

 

 

 クロガネとエルフリーデが今、飛行機で向かっているのはバナヴィア東部の自治区の一つである。

 少女騎士からの問いかけに、黒髪の不死者は我が意を得たりとばかりに言葉を紡ぎ出す。

 

 

『あと三〇分ほどで目的地に到着する。この機体はティルトローター機だ、大規模な飛行場が必要ない。ヴィタフォード自治区に大きな空港がないのも、デメリットにならないというわけだ』

 

 

「ヴィタフォードって港町なんでしたっけ。海と大河の両方に面してるのは知ってます」

 

 

『ああ、ヴィタフォード自治区は港湾都市として発展してきた。歴史上、ベガニシュ帝国とバナヴィアの各都市の中継地点として機能し、現在もバナヴィア東部最大の物流拠点が設けられている。ミトラス・グループが本拠地を置くヴガレムル伯領とも、大きな取引を続けている。バナヴィア都市連合の提案にも、真っ先に賛同してくれた。いわゆる友好関係というやつだな』

 

 

「ふーん……つまり、政治でも経済でも仲良しってことですね?」

 

 

『そういうことだ』

 

 

 エルフリーデ自身、ヴィタフォード自治区を訪ねるのはこれが初めてだった。

 自治区という名前の通り、ヴィタフォードはあくまで行政区分上はヴガレムル伯領と別の国である。ベガニシュ帝国がバナヴィアを併合したあと、分断することで統治しようとした結果である。

 

 以前にクロガネから聞いたところでは、この分断統治政策はバナヴィアの弱体化を狙ったものだったが、結果として帝国自身の統治を困難にしたのだという。

 要するに政治力や経済力で格差を設けることで、バナヴィア人同士の対立構造を作り出そうとしたのだ。

 

 しかしそれはお役所仕事一つ取っても、非効率的な手続きを増やすばかりの結果を招いた。

 その結果、西ベガニシュ総督府によるバナヴィア統治は失敗に終わって――現在に至るまで続く、バナヴィア独立派との対テロ戦争を招くに至った。

 

 閑話休題。ともあれバナヴィア東部の自治区はいずれも、経済的強者であるがゆえ帝国に優遇された側だった。成り上がりの杖の貴族とはいえ、帝国貴族が統治するヴガレムル領のような土地とも相性がよかったのである。

 同じ東部のよしみともいえよう。

 

 

「じゃあ、とりあえずテロ攻撃は警戒しなくてもいいんですか?」

 

 

『現在、俺たちを狙う勢力は――ベガニシュ帝国内部の方がよほど警戒すべきだろう』

 

 

 普通に警戒すべきらしい。

 毎度毎度、撃退する度に思うのだが――ベガニシュ帝国はいくらなんでも内輪で争いすぎではないだろうか。

 

 実質的にクロガネが帝国内部のバナヴィア勢力というべき存在であり、政治的にも経済的にも無視できないからなのだろうが、それにしても敵が尽きないことである。

 しかも暗殺とか紛争とかを気軽に起こそうとしてくる。

 

 本来、ヴィタフォード自治区への兵器の持ち込みは、それ自体が政治問題となり得るらしいのだが――去年だけで三度も起きた騒乱の記憶が生々しいため、特別に許可されたのだとか。

 実際問題、豊かとはいえ一つの自治区が用意できる軍備と、ベガニシュ帝国の中でも最高峰の軍事技術を持つヴガレムル伯爵軍は比べようがない。

 

 

「あー……だから護衛の戦闘機とか、バレットナイトが必要になったんですね?」

 

 

 ちなみにリザ・バシュレーはヴガレムル伯領にお留守番である。

 戦力的にはエルフリーデに次ぐ実力者で、これまた〈アシュラベール〉に準じた機能を持つ〈ラセツベール〉の搭乗者だからだ。

 ヴガレムル伯領で何かあれば、すっ飛んで問題解決に当たるポジション――もちろんヴィタフォード自治区で何事かトラブルがあれば、後詰めとして輸送機に乗ってやってくる手はずだけれど。

 そうならないことを切に願った。

 

 

『ああ、戦力的にはお前の〈アシュラベール〉が一番頼りになる。万が一のときは頼むぞ、我が騎士』

 

 

「ううっ……ヴィタフォードの美味しいもの食べたいです」

 

 

 エルフリーデがそうぼやくと、クロガネはにやりと笑った。

 この男、とにかく用意周到で人脈が広く、そして美食家で知られている。こういうとき、これほど心強い相手がいるだろうか。

 

 

『ヴィタフォード州の冬といえば海の幸だ。カキも二枚貝もエビも絶品だろう……生食は推奨できないが、ワイン蒸しもビール蒸しも塩焼きも、それぞれ素晴らしい。果実の砂糖煮を使った、フルーツタルトもいい。あの街は伝統的に食文化が発展している。貿易の中継地は各地の物資が集まる土地柄ゆえ、といえるだろう』

 

 

「クロガネ、クロガネ。待機中の哀れな騎士に、言葉でお腹すかせようとするのはよくないですよ?」

 

 

『美食家から言葉を奪うな、エルフリーデ。無言で食すだけの美食家など、この世で最も怠惰な生き物だぞ?』

 

 

 自虐混じりのジョークだった。

 そうして雑談しながら過ごすと、時間が過ぎ去るのはあっという間である。

 さて、これなら安心して目的地に到着できそうだな、と胸をなで下ろしていると――

 

 

 

 

 

 

――ローターブレードの回転音を上回るほどの、耳をつんざくような轟音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 甲高い騒音、遠く空の彼方にまで響き渡る不安感を煽る音。

 それは警報だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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書籍版の〈アシュラベール〉とかクロガネのお顔も見られます。
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