機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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歩行する爆弾

 

 

 

 港湾都市ヴィタフォードは豊かな港町である。

 バナヴィア王国が滅ぼされ、ベガニシュ帝国に併合されたあと――苦難の道を歩んできた多くの旧バナヴィア領と比べれば、かなりマシな方に分類されるだろう。

 この街は海上貿易の中継点として、そしてバナヴィア東部に出入りするあらゆる物資の玄関口として、欠かすことのできない立地にあったからだ。

 

 今から一六年前のバナヴィア戦争の折、砲撃を受けて街は被害を負ったものの――それすら港の近代化と再整備の糧としたのである。

 そうした近代的な港町としての復興に手を貸し、資金を融通したのがヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラだった。

 

 つまるところかの伯爵は、この港町において縁の深い人物であり、その信頼関係も相応に深い。

 この自治区を治めるヴィタフォード自治評議会にも派閥は存在する――親帝国の保守派と独立路線の改革派だ――が、少なくとも伯爵を害しようという人間はいなかった。

 多少の利害関係の違いはあれど、それが謀殺に結びつくような温度にはないのだ。

 

 そんな豊かな港湾都市に、甲高いサイレンのうなり声が鳴り響いていた。

 それは十六年前の戦争のとき以来の異音だった。聞くものに本能的な恐怖と不安を喚起させる、サイレンの咆哮――港湾部のあちこちにあるスピーカーが、狂ったように叫び続けている。

 

 

『こちら、ヴィタフォード港湾管理局。こちらヴィタフォード港湾管理局。現在、沖合において、正体不明の……』

 

 

 サイレンのうなり声に続いて、無線放送のアナウンスが始まった。しかしそれは、すぐにかき消されて――街の要所に設置されたスピーカーは、ただ耳障りなノイズを垂れ流すだけになった。

 強力な電波妨害による、無線通信の機能不全――それは明らかに軍用兵器のような、高出力の電磁波を放つ存在を意味していた。

 

 まるで事態の全貌がわからぬまま、不愉快なノイズだけが聞こえる状況。

 この結果、起きたのは混乱だった。

 状況もわからぬまま、ヴィタフォードの臨海部で働く労働者たちが、避難を始めようとしていた。少なくとも定期的に実施される避難訓練では、所定の避難所への退避が求められていたからだ。

 

 緊急事態であることを考えれば、それは驚くほど理性的な対応だったといえよう。

 惜しむらくは、彼らの行動はそれでも遅すぎたことである。

 遠く、水平線の彼方で波飛沫が上がる。

 

 穏やかな海が、まるで巨大な水棲生物でもいるかのように大きな白波を生み出していた。

 やがてそれは、肉眼で目視できるほど――上空三〇〇メートルの高さにまで噴き上がる水柱を生み出した。

 爆発。

 

 そう呼ぶに相応しい轟音が響き渡る。不可視の斥力場が爆ぜ、それによって大量の海水が巻き上げられたのだ。

 強烈な高波を作り出しながら、海を割って何かが姿を現す。

 

 

 

 

――それは巨大すぎる人型をしていた。

 

 

 

 

 汽笛のような絶叫が、臨海部にいた人間すべての耳に届いた。強烈な電磁波をまき散らし、抗重力場機関の相互干渉によって咆哮する怪物。

 海上に姿を現した上半身だけで、二五メートルはあろうかという馬鹿げた体躯――すべてが非現実的だった。

 

 ヴィタフォードに住まう人間の誰もが見たこともない、神話じみた巨像が動いている。

 本来、こうした非常時に機能すべき港湾管理局は、非常識なほどの電波妨害――ほとんど公害と言ってよいレベルの電磁波の放射が原因だ――によってその役割を果たせずにいた。

 海水を掻き分け、ぐんぐんと陸地に近づいてくる巨大な人型に、誰もが為す術なく、ただ逃げ惑うことしかできなかった。

 

 

 

――巨像が迫る。

 

 

 

 我先にと逃げ惑う群衆が、通りのあちこちにあふれた。秩序だった避難をすべきであるという理性が、より原始的な恐怖によって上書きされてしまっていた。

 

 不気味なノイズ音を垂れ流すだけのスピーカーと、確実に遠景からずんずんと接近してくる巨大な人型。

 聴覚的にも視覚的にも、人間の持つ本能的な感情を喚起させる恐怖の化身がそこにあった。

 

 

「逃げろ、逃げろ!」

 

 

「どこに逃げるんだよ!?」

 

 

「知るか! 高台に――」

 

 

「バカ、津波じゃないんだぞ!?」

 

 

 息も白く染まるような寒空の下、人々は地面をひた走る。

 約百年前に起きた大地震と、それによる津波の記憶――しかしそのような自然災害への備えが、自分で歩いてやってくる怪物にどこまで役立つというのか。

 

 誰も答えを知らない。

 それゆえに怯えて、ただひたすらに慌てふためくことしかできなかった。今の今まで、我が物顔で近海を巡回していたはずの帝国海軍は何をしているのだろう。

 

 誰も答えを知らない。今日まで帝国に税金を支払い、相応の自治を認められていた都市は――そうしてただ、純然たる恐怖を思い出していた。

 そのときだった。

 ふと、空の彼方から異音が聞こえた。

 

 

「な、なんだ……?」

 

 

 それは航空機の飛翔音に似ていたが、この都市の住人が知るヘリコプターやプロペラ機のそれよりもずっと甲高い。

 まるで地獄の底から響く、悪鬼のうなり声にも似た音。

 

 うっすらとした冬の曇り空、凍えるように寒々しい空を切り裂いて――赤い機影が現れる。

 それは燃えるような赤色をしていた。新規開発された耐熱塗料ゆえの深紅、あるいはデモンストレーションのために塗られた派手派手しい塗装。

 

 雲の合間を文字通り、引き裂くようにして落ちてくるもの。

 それが意味するところを、彼らが理解したのは――機影が人型をしていることを、視力のいい誰かが認めたからだった。

 

 

「赤い機甲駆体……」

 

 

 誰かが気づいた。

 

 

「……〈アシュラベール〉だ! ヴガレムルの英雄だよ!」

 

 

 バナヴィア人の誰もが知る、最新にして最速の英雄がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 エルフリーデ・イルーシャは、〈アシュラベール〉の制御中枢で目を細めていた。

 彼女が今、行っているのは〈アシュラベール〉のような第三世代バレットナイトだけに可能な機動――自由落下からのパラシュートなしでの空挺降下だった。

 

 つまり飛行機から飛び降りたあと、ジェットエンジンの推力任せに加速しながら水平飛行に移るという離れ業である。当然のことだが、失敗すると地面に向けて落下して死ぬ。

 今さらしくじるつもりはないが、さりとて普段からやりたい類の曲芸ではなかった。

 

 とはいえ状況が状況である。

 クロガネの乗っている輸送機は、かなり大型の機種であり警護要員を含めた大人数を一度に運ぶことができる。そしてその通信設備は軍用の電子戦機レベルで充実していた。

 要するにエルフリーデたちが、ヴィタフォード自治区の港湾管理局とほぼ同時に状況を知ったのは、幸運ではなく必然だった。

 

 そもそもクロガネの来訪は秘密ではなかったし、ヴィタフォード自治区の保有する防衛隊は、〈アシュラベール〉の同伴を知っていたのだ。

 ゆえに話は早かった。

 彼らは助けを求めてきたのだ。

 

 

――ヴィタフォードの港に正体不明の巨大兵器が接近してる。帝国海軍の哨戒網をどうやってか通り抜けて、そいつは港に上陸しようとしている。

 

 

 このような事実を、彼らは上空にいながらにして知った。

 高高度を飛行していたクロガネの輸送機は、ひとまず高度を維持したままヴィタフォード周辺部を飛行し続けることになった。ひとまず地上から距離を取っている分には、安全が確保できるからだ。

 

 たとえ対空ミサイルの類を正体不明機が持っていたとしても、最新のジャミングシステムが誘導ミサイルを無効化してくれる。

 下手に対地高度を下げて電磁投射砲の射程に入る方が危険だった。

 

 

――ヴィタフォード自治区はバナヴィア都市連合に参加している。ゆえに緊急時にはヴガレムル伯爵軍が、安全保障上の脅威に対応できる。

 

 

 つまり去年の夏、バナヴィア南部のリゾート地マリヴォーネで戦ったときのように、領土内での戦闘兵器の使用を咎められることはない。

 少なくともヴィタフォード自治区の市民と港湾設備に被害が出ない限りは、とただし書きがつくけれど。

 

 下手に戦闘でも始まった場合、その責任を追及されかねない状況だった。

 だが実際のところ、クロガネにもエルフリーデにも危機的状況を傍観するという贅沢は許されていなかった。

 

 何せ、今の自分たちは間が悪い。

 バナヴィア人の間で伝説的な英雄の機体と目されている〈アシュラベール〉タイプを持ち込んで、バナヴィア人に誇りを取り戻させると誓った政治家が居合わせたのである。

 

 ここで我が身可愛さに何もしなければ、その事実は政治利用される。ヴィタフォード自治区の上層部が、保身のためにクロガネに責任を投げつけることは十分あり得るのだ。

 そして何より、一番重要なことだが――ヴィタフォードの街が蹂躙され、人死にが出るような事態を自分たちは望んでいない。

 

 

「やれやれ、英雄やるのも楽じゃないよ」

 

 

 雲を突き抜ける。地上が見えてくる。

 天然の港を拡張して、巨大な人工物で埋め尽くされた港湾都市の全貌――上空から一望するだけで、この街が栄えているとわかる光景だった。

 

 そして見えた。海を割って、緩慢に見えるほど大きな歩幅で近づいてくる異形のもの。

 恐ろしく巨大な人型だった。

 バカみたいに毒々しい派手な色。おそらく二〇メートルを優に超える長大な手足は、歪に末端が肥大化しており、四本それぞれが異なる色に塗り分けられている。

 

 緑色、黄色、青色、桃色――まるで絵の具をぶちまけて、そのままやけくそになって塗り潰したような色彩である。

 玩具じみた色合いで現実感がない。

 

 

 

――〈イノーマス・マローダー〉のときと同じだ。目測で五〇メートル級、強烈な電磁波の放射まで同じ。

 

 

 

 思い出すのは去年の五月頃、大陸南方のフィルニカ王国で起きた事件である。あのときはリザ・バシュレーの駆る巨大人型兵器〈イノーマス・マローダー〉が、やはり海から現れた。

 

 後に押収した資料を基にクロガネが調べたところによると、あの巨大人型兵器は総重量一万トンにもなったという。

 そしてそれだけの巨体に、都市を壊滅させられるほどの馬鹿げた大砲を持っていた。

 臨海部に迫る人型は、明らかにそれとよく似た特徴を示している。

 

 

 

――最悪じゃないか、クソッ!

 

 

 

 もしあの巨大な人型が、何らかの重火器を内蔵していた場合――避難の済んでいない人口密集地に攻撃を放つだけで、恐ろしい数の死傷者が生まれるだろう。

 それだけは阻止しなければならない。

 

 急降下によって得られた速度を利用する。

 電気熱ジェット推進機構が、取り込んだ外気を電磁波で加熱し、プラズマ化した推進剤として噴射する。

 

 強大な加速――深紅の鎧武者を思わせる〈アシュラベール〉型の装甲は、その実、アルケー樹脂で形成された外殻である。継ぎ目が多く防御力で一体成形型の装甲に劣るものの、その分、広い可動域を持つ。

 

 しなる全身の関節を利用して、装甲に吹き付ける空気抵抗すら利用して機体を制御する。

 対地高度六〇〇メートルを保ち、飛行速度は時速五〇〇キロメートルを超えないように調整する。

 これ以上の低空飛行/高速飛行をすれば、地上に騒音や衝撃波で被害を及ぼす可能性が高い。

 

 

 

――こっちから仕掛けるわけにもいかないしね。

 

 

 

 〈アシュラベール〉の携帯している武装は、ありふれた標準装備である。

 右腕に三〇ミリ電磁機関砲を一挺、背部サブアームに超硬度重斬刀を二本、胸部ハードポイントに対装甲ナイフを二本、手足に超振動ブレードを四本。

 

 相手がバレットナイトであれ、自爆ドローンであれ、誘導ミサイルであれ、十分に対処できる兵装だが――流石に〈イノーマス・マローダー〉級の怪物が相手だと心許ない。

 いや、あるいは。

 

 改修された〈アシュラベール〉L型は、強力な粒子ビーム兵器の出力装置(エミッターコート)を内蔵している。

 至近距離で熱線砲を浴びせる件の武装ならば、あるいは〈イノーマス・マローダー〉のお仲間らしき化け物にも太刀打ちできるかもしれない。

 

 だが、火力が高ければ高いほど、都市部で使用するには向かない。

 接敵するまでの数十秒で作戦を練る。

 

 

 

――攻撃可能な角度は限られる。相手の迎撃装備で流れ弾が出てもダメ。

 

 

 

 なるほど、正義の味方は楽じゃないらしい。

 だが、不可能ではない。

 エルフリーデ・イルーシャはそのように思考する。

 そして最後通牒にも似た気持ちで、海を掻き分けて進む巨像にレーザー通信を送った。

 

 

 

「――正体不明機に告げる。こちらヴガレムル伯爵の騎士エルフリーデ・イルーシャ、繰り返す、こちらは騎士エルフリーデ・イルーシャ。貴機は現在、港湾都市ヴィタフォードの防衛識別圏内に侵入している。貴機の能力、意図は未確認であり、我々はこれを脅威として認識している」

 

 

 

 馬鹿みたいに緊張する。

 バレットナイトと一体化しているのに、お腹のあたりが緊張してるような気すらしてくる。

 思えば大陸間戦争の最中、ガルテグ連邦のバレットナイト部隊や戦車部隊、あるいは歩兵部隊を相手にした地上戦は散々やって来たけれど――このようなお互いに撃たないための戦闘は初めてかもしれない。

 

 今だって口から吐き出している警告は、付け焼き刃のフレーズを組み合わせたそれっぽい言葉にすぎないのだ。

 恐れるな、と自分に言い聞かせる。

 侮られれば、それだけでヴィタフォードの住民を危険に曝すことになる。

 

 

 

「以下の行動を要求する――()()()()()()()()()()。警告する。貴機が都市部への進行を継続した場合、我々はこれを敵対行為と見なす」

 

 

 

 恐れていた事態は起きなかった。

 例えば返答代わりにレーダー照射が返ってきて、いきなりレールガンやミサイルをぶっ放されることは起きなかったのだ。

 

 その四肢をド派手な四色に塗り分けられ、胴体と頭部は黒色に染まった異形の巨像――玩具じみた不格好さと、異郷の神像にも似た厳かさの同居する造形――は、ぴたりとその足を止めた。

 

 そしてたった今、その姿をさらして警告を送ったエルフリーデの方を、確かに見つめ返してきたのだ。

 電脳棺のステータスウィンドウに、レーザー照準されたことを示す警告文がポップする。

 

 

――違う、これはレーザー通信だ。

 

 

 一秒悩んだ。

 相手が何らかの電子戦機能を持っていて、〈アシュラベール〉にそうした汚染を仕掛けようとしている可能性を考えた。

 

 だが、先史文明種の遺産である電脳棺のセキュリティは強固だ。物理的に損壊させない限り、現代人の技術ではその機能を侵すことはできないとクロガネは言っていた。

 

 要するにエルフリーデは自分自身の理性と、クロガネへの信頼を総動員して――未知の敵性存在からの通信を受け取った。

 瞬間、声が聞こえた。

 

 

 

 

『――こんなに早く会えるなんて。はじめまして、エルフリーデ・イルーシャ――我は巡礼者の心臓(ピルグリム・ハート)。我は意思持つ存在として、あなた方に要望します』

 

 

 

 

 若すぎる子供の声がした。まだ声変わりもしていないような、少年とも少女ともつかない声音で――それは自らの意思を伝えてきた。

 未曾有(みぞう)の脅威を予想した、ありとあらゆる人々の悲観を覆して。

 

 

 

 

 

『我は亡命を希望する。繰り返す――我はバナヴィア都市連合への亡命を希望する』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







政治的爆弾。
お気づきの方もいるでしょうが、〈ピルグリム・ハート〉は戦隊ロボカラーです。



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