機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
結論から言おう。
白昼堂々、海を割って国際貿易港ヴィタフォードに現れた巨大兵器は、名指しでバナヴィア都市連合への亡命を希望してきた。
これは二重三重に政治問題が生じることを意味している。
誤解を恐れずに砕けた言葉使いで表現するなら、厄ネタという言葉がこれほどぴったりの情勢もあるまい。
二月上旬の某日にこの事件から発生してから、一日と経たずに事態は帝国本土から内務省が出張ってくるほどの重大事件となった。
内務省というのはベガニシュ帝国の秩序を保つための省庁――要するに皇帝陛下のご意向に沿うべく、実務を処理する役人の集まり――であり、警察組織を通じて帝国の統治を支えている。
言ってみれば帝国の屋台骨であり、それだけに独立志向が強い地方貴族や地方自治体にとっては目の上のこぶだった。
平時はバナヴィア問題への介入を避けてきた内務省が、わざわざ介入してくるのも無理はない。
――相手はガルテグ連邦の軍事機密そのものといってよい超巨大兵器。
――それも非道な人体実験の生き残りを自称する存在。
――しかも亡命先に希望したのは、帝国でも貴族領でもなく、自治権拡大が宣言されたバナヴィア。
これによって生じる問題を整理してみよう。
第一に巨大兵器〈ピルグリム・ハート〉が軍事機密の塊であること――当然のことながら、終戦したとはいえ敵国の軍事技術の結晶である。
ベガニシュ帝国の軍部はこれに注目している。機体を解析して得られるデータは、今後の対ガルテグの兵器開発において何者にも代えがたい資産となるだろう。
当然のことながらベガニシュ帝国先進技術研究所を初めとした、帝国の軍事を支える研究所も実物を欲しがっている。技術開発を行うものであれば、帝国とはまったく異なる研究をしてきた他国の研究成果には興味津々である。
さらに大貴族がオーナーになっている財閥系企業も、ガルテグ連邦から流出するはずのハイテクを欲しがっている。
誰もが喉から手が出るほど、〈ピルグリム・ハート〉という超巨大兵器の実物がほしいのだ。
亡命を希望する搭乗者の身柄はどうでもいいが、とりあえず乗ってきた機体は寄越せ――というのが彼らの本音である。
ところがこれまでガルテグ連邦との戦争状態の終結――和平条約からの終戦を主導してきた、帝国政府としての意見は違う。
彼らの本音は「勘弁してくれ、外交問題になるだろう」という感じだ。かといって亡命を拒否すれば、それだけで帝国の威信に傷がつくので安易に拒むこともできない。
第二にそもそも搭乗者が身体的な、あるいは生命の危機を感じて亡命を希望してきた人物であること。
これも頭が痛い問題である。帝国からしてみれば格好のプロパガンダ材料が手に入ったことになるが、いくらなんでも時期が悪すぎる。
数ヶ月前にようやく終戦を迎え、戦争に勝ちきっていないがゆえの民衆の不満が高まっているご時世に――このような誰の目から見ても連邦が悪者とわかる材料がやってくれば、どうなるかわかったものではない。
もう一度、戦争をして痛い目を見せてやれという主戦派が、勢いを取り戻す可能性とてあるのだ。
戦争責任を大貴族の専横にあるものとして、巧みに皇帝の権威を傷つけることなくしのいでみせた皇帝としても、こんな政治的爆弾は勘弁してほしいことだろう。
重ねて言おう。亡命を希望する非道な人体実験の生き証人――これは時期がよければ素晴らしいプロパガンダの材料だが、両国が疲弊して終戦したばかりの今は時期が悪すぎる。
ベガニシュ帝国が世界を導くものを自称する以上、保護しないのは王者の威厳にかかわるが、さりとて受け入れればガルテグ連邦との関係悪化は避けられない。
第三に亡命先に選ばれたのがバナヴィアであること。
これは誰にとっても頭が痛い問題である。一六年前のバナヴィア戦争で旧バナヴィア領は帝国に併合されているものの、その統治や同化政策には完全に失敗しているのがバナヴィアの現状である。
だからこそ去年、バナヴィアでは幾度も武力衝突が起きた。そのいずれもが小さな火で終わったのは、当事者であるヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラが恐ろしく手際よく対応したからにすぎない。
普通ならば泥沼の紛争が続いていたはずである。
つまり帝国から見たバナヴィアは、すでに帝国の領土として数えるには持て余す地域なのだ。ゆえに彼らはヴガレムル伯爵を指導者として、自治権を拡大させる方針に転じた。
とはいえバナヴィアは未だ、独立国ではない。あくまでベガニシュ帝国内部の属州の一つである。
だというのに件の巨大兵器〈ピルグリム・ハート〉の搭乗者は、亡命先としてバナヴィア都市連合を指名した。
まるでバナヴィアが独立国であるかのように。
狙い澄ましたように嫌がらせじみた一手だった。
これまでバナヴィアで起きた事件では、皇帝陛下のご意向をくんで静観を貫いてきた内務省――彼らが早急に介入を選んだのも無理はなかった。
「皆さん、あらためて自己紹介させてください。私はベガニシュ帝国内務省、異端対策局所属――保安監察官のオットー・マハトです。まず最初に確認を。本件は正式に内務省管轄の事件となりました。今回、ヴガレムル伯爵とヴィタフォード自治評議会の皆さんをお招きしたのは、今後の対応において連携を密に取るためです」
にこにこと穏やかに笑う男は、仕立てのいい背広姿の男だった。年齢はおそらく三十代、相当なエリートである。にもかかわらず内務省の異端対策局という物騒な所属さえ聞かなければ、市役所の小役人という風情すらある。
人畜無害そうな物腰の柔らかさは、間違いなくこの人物の剣呑さを覆い隠すための擬態だった。
ヴィタフォード市庁舎の一角を間借りして、臨時の対策本部が設置されたのはつい先日のことである。この異例の亡命事件が発生してから、まだ二四時間しか経っていないのだ。
対応に追われていたヴィタフォード自治評議会の関係者の目には、疲労が浮かんでいた。会議室に並ぶ顔ぶれを眺めて、クロガネはその表情を覚えた。こうした疲労している状況で、感情を制御できる人間は多くない。
彼らの本音を覚えておくことは、この事件に対応する上で重要なことである。
テーブルの席が埋まっていることを確認して、マハトは頷いた。
「ご質問がおありのようですね、議長?」
「ええ、保安監察官。連携を密に、と仰いましたが。すでに現場は内務省の治安部隊が封鎖しています。本件はすでにベガニシュ帝国内務省の担当する事件なのでは?」
そう問うたのは、ヴィタフォード自治評議会の議長である。
バナヴィア自治区であるヴィタフォードの首長を務める人物で、住民からの信頼も厚い二期目の議長である。政治的立場としては自治権拡大を歓迎する改革派に属しているが、バナヴィア独立派のような過激派組織との関わりはない。
帝国にとってはちょうどいい感じのガス抜きになる改革派である。
とはいえ彼もまた一角の人物だ。表だって帝国相手の武力闘争を煽るほど苛烈ではないが、これまで何度もその経済力を通じた交渉で、自治区の権利を守ってきた人物である。
当然、いきなり頭ごなしに現場を封鎖してきた内務省への心証はよくない。
マハトはにっこりと笑って、やはり愛想よく喋り始めた。
「その件についてはご理解いただく他ありません。本件はすでに帝国全体の秩序にかかわるものであり、それゆえに内務省の預かりとなったのですから。とはいえ実際のところ、我々は実働部隊を含めても少人数の対策チームです。皆さんのご協力を得るため、こうしてお時間をいただきました」
「……なるほど、保安監察官。貴殿の立場は理解しました」
要するに内務省なり異端対策局なりの上層部の思惑はどうあれ、現場組としては現地人と仲良く対処するつもりだという最大限の譲歩――そう、これは管轄によって区切られた役人にとってはありえないほどの譲歩だ――を示されていた。
これに異を唱えれば、今度こそヴィタフォード自治区は事件にかかわる余地を失う。
実際に生命と財産を脅かされているのはヴィタフォードの住民なのに、あの巨大兵器の処遇を巡る一切合切を知らされないこともあり得るのだ。
そういう機微を読み取って、ヴィタフォード自治評議会の代表者は納得したそぶりを見せた。
大人の対応というよりは、そういうふりができなければ会議室を追放されるからそうなったのだ。
これだけでこの場の力関係がわかる。
ベガニシュ帝国内務省異端対策局――広大な帝国内の治安維持と、それを実行するための権限を付与された部署――バナヴィア自治区の首長よりも発言力がある人間というわけだ。
しかしながらヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラは違った。
男はこの場における自身の立ち位置を完全に把握していた。
「マハト監察官、一つよろしいか?」
「ヴガレムル伯爵、こうしてご列席いただけるとは……光栄です。かのヴガレムル演説の主役にお会いできたのも、
お前のことは独立志向の強い貴族として把握しているぞ、という釘指しにも似た言及――表向きはこちらの名誉を褒め称えるようなそぶりだが、おそらく本音はこちらの方だろう。
帝国内務省はベガニシュ皇帝のご意向を実現するための組織だが、決して帝国皇帝や宰相と一枚岩の存在ではない。
同じ派閥に属するとしても、彼らもまたベガニシュ帝国に巣くう多頭竜の首の一つ――異なる意思と利害関係を持った怪物なのである。
バナヴィア人の感情を揺さぶる名演説をしたクロガネ・シヴ・シノムラのことを、野心家として警戒するのは、彼らの存在意義を思えば当然のことだった。
自身もバナヴィア独立派の首魁と個人的な人脈を持つ伯爵は、そんな事実を微塵も感じさせぬ穏やかな微笑みを浮かべた。
「現時点での事件のあらましは把握しています。我が騎士エルフリーデ・イルーシャが、かの亡命希望者から通信を受け、ひとまずの交渉相手に指名されたのもご存じの通り――私がこの場に呼ばれているのは、オブザーバーとしての役割を期待されているのでしょうか?」
クロガネは淡々と言葉を紡いだ。
巨大兵器が襲来し、自らを〈ピルグリム・ハート〉と名乗り、バナヴィアへの亡命を希望してきたのは昨日のことである。
相手はどういうわけか、エルフリーデ・イルーシャのことを深く信頼している様子だった。結局、飛行能力を持った〈アシュラベール〉の誘導に従って、ヴィタフォード港湾地区から離れた砂浜にまで誘導されるほどに。
どんな兵器を内蔵しているかわからず、絶えず電波妨害に等しい高出力の電磁波をまき散らし続ける存在を、湾内に留まらせるわけにはいかなかったからだ。
もしエルフリーデの誘導がなければ、ヴィタフォード自治区が負っていた経済的損失は今の比ではなかっただろう。
現在、巨大兵器〈ピルグリム・ハート〉は都市郊外の砂浜に上陸している。
監視役としてエルフリーデが付き添う形で、話し相手を務めているのが現状である。周囲を内務省のバレットナイト部隊が固めているものの、万が一、戦闘が起きた場合に当てになるかは怪しい。
根本的に相手が規格外すぎて、治安維持の任務が大半の部隊では通用する火器がないのだ。
「ええ、まさにその点でご相談したかったのです。伯爵は同種の兵器についてもお詳しいとうかがっております。単刀直入に申し上げましょう――搭乗者だけを強制排出させることは可能ですか?」
「対象の同意なく行うのは不可能でしょう。あの兵器はおそらく、去年、フィルニカ王国で暴れた巨大兵器――〈イノーマス・マローダー〉と同様の設計思想を持っています。ベガニシュ帝国の機甲駆体のように、人間が乗り降りする兵器として運用されないのです」
「……失礼。我が国の機甲駆体も、かの巨大兵器も、
マハト保安監察官は少なくとも完全な門外漢ではないようだった。
電脳棺と呼ばれる融合操縦システムが、人型兵器バレットナイトの中枢であり、人間がそこに溶け込むことで駆動している。そういう前提条件については知識を持ち合わせているのだ。
であればこそ彼の質問は、常識的な問いかけだった。
半永久機関である電脳棺を動力源にしている場合、燃料切れや電池切れによる無力化は望めない。
生身の人間が乗っている兵器であれば、それが戦車であれ艦船であれ飛行機であれ、いずれ人間の疲労によって限界が訪れるだろう。その隙を突いて特殊部隊を突入させ、制圧するという強硬手段だって選べる。
しかし電脳棺を採用した兵器に、このような解決方法は望めない。システムが融合者の肉体的疲労を完全に無効化し、ただ無尽蔵のエネルギーを動かす炉として機能するからだ。
つまりこういうことだ。
彼らは現状、身長五〇メートルの怪獣じみた巨大兵器を停止させる術を持たない。
だからできれば、搭乗者を機体から切り離してさっさと確保しておきたい――そういうマハトの意見を理解しつつ、クロガネは首を横に振った。
「ええ、それが常識的な発想でしょう。ベガニシュ帝国において、兵器とはあくまで人間が行使する道具です。搭乗者が貴族であれ平民であれ、最終的には武具のような外付けの装備と捉えます。しかしガルテグ連邦の一部――おそらく今回の〈ピルグリム・ハート〉の開発者たちはそう考えません。彼らにとって人間とは、
クロガネの言葉を聞いて、流石のマハトも絶句したようであった。
それまで物腰柔らかな紳士として振る舞っていた男は、その瞬間、確かに笑顔を強ばらせていた。
そして彼はベガニシュ語で、小さく呟いた。
「
ヴィタフォード自治区の評議会議長「なんでうちに政治亡命ロボがやってくるの? しかも帝国のおっかない異端対策局まで来るの貧乏くじすぎるだろ…」
マハト保安監察官「放っておくと帝国の面子が潰れる、亡命を受け入れるとガルテグ連邦がキレる、国内の有象無象が悪巧みしてる…ねえこれどうしよう?」
自治区代表もマハト監察官も「帰りてえ…」と思ってる可哀想な会議です。
ベガニシュ帝国「異民族の少年少女を集めてロボット兵器のパイロットに! 実験的に激戦区に送る! 孤児を集めて特務機関のパイロット育成! 暗殺とか破壊工作で使う!」
ガルテグ連邦「人間を部品にしてサイバーパンク邪悪ロボ作る~」
ベガニシュ帝国「えっ怖っ…」