機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
一方その頃、エルフリーデ・イルーシャはほとほと困り果てていた。
ここはヴィタフォード自治区の沿岸部、人気のない海岸――近代的な港湾設備が整備されたヴィタフォード港とは大違い、ただ海沿いに舗装道路が走っているだけの砂浜だ。
なるべく人気のない場所に誘導したつもりだったが、思いのほか、ヴィタフォード市に近い海岸になってしまったのはいただけない。
そう、人気のない海岸である。
主要な道路には、武装した身長四メートルの兵士たち――帝国製第二世代バレットナイト〈アイゼンリッター〉だ――が見張りに立ち、車両の通行を制限している。
彼らはベガニシュ帝国内務省から派遣されてきた治安部隊、要するに物騒な方の警察組織の人間である。
当然のことながら機関砲やらで武装している。
本来であれば、穏やかな冬が過ぎていくバナヴィア北部の昼に似つかわしくない光景だ。
――どういう状況なんだろう、これ。
エルフリーデは困っていた。
ふと視線を横に向けると、やはり現実は何一つ変わらないことがわかる。
大きい。文字通り、見上げるほどでっかい怪物的な巨体――高さ五〇メートルにもなろうかという巨影が、自分のすぐ隣にいた。
いや、隣というのは正確ではない。
今の少女騎士は生身ではない。その肉体は第三世代試作バレットナイト〈アシュラベール〉L型と一体化しており、地面から頭頂部まで四五〇センチメートルほどの高さがある。
つまり身長二メートル近い大男が相手だろうと、ぎょろっと見下ろせるぐらいの背丈がある。
なので実際には、身長五〇メートルの巨影との間には、六〇メートルぐらいの距離がある。
何もかも感覚が狂うような縮尺だった。身長四メートル半の〈アシュラベール〉だって相当に大きいが、この巨大すぎる来訪者から見れば、片手で握り潰せるぐらいのサイズ差がある。
ヴィタフォード自治区の冬は穏やかだが、決して温暖ではない。
ここは大西洋にも北海にも面しており、どちらの海も行き来できる絶好の貿易港だが――その気温は低い。
鈍い曇り空はさほど陰鬱ではないが、吹き付ける風は冷たい。きっと生身で何時間も過ごしていたら、分厚いコートを着ていたって風邪を引いてしまうかもしれない。
わざわざ帝国本土からやって来たベガニシュ人のご一行、内務省異端対策局とかいう物騒な名前の連中も、相当に寒そうにしていた。
――感じ悪いなあ。
業務的なレーザー通信でのやりとりはあれど、彼らとの会話は必要最低限という感じだった。
愛想がない連中である。
そもそも侵略戦争を仕掛けてくるような国の治安維持部隊なのだから、愛想がないぐらいで済んでるだけマシなのかもしれないが――いや、やっぱり印象は悪い。
――挨拶は大事だよね、うん。
状況は複雑怪奇である。
都市を襲う怪獣じみた巨大ロボット兵器との戦闘かと思いきや、彼はあっさりとこっちの誘導に従ってくれた。
わざわざ人気のない沿岸部を選んで停止状態に入って、かれこれ二〇時間以上も身じろぎしていない。
お行儀がいいのだ。
ちなみにエルフリーデは今のところ、昨日の出撃から一度も機体を降りていない。電脳棺は肉体の疲労や生理反応を止めてくれるから、こうして二四時間体制でのワンマンオペレーションが成り立っている。
大陸間戦争の最中はよくあったことなので、さほど気にしていないが――どうやら自分がこうして駆り出されているのを見るに、クロガネの方は面倒くさい交渉の最中なのだろう。
そう、少女の目から見て、明らかに今の状況は混乱していた。
「うーん、みんなせわしないみたいだね。ピリピリしてるよ」
そう呟くと、その音を拾い上げて身長五〇メートルの人型が身じろぎした。
黒色、青色、緑色、黄色、桃色――ド派手な五色で塗り潰された巨人の名は〈ピルグリム・ハート〉。ガルテグ連邦の人体実験の生き残りを名乗り、バナヴィア都市連合への亡命を求めてきた存在である。
その全体はずんぐりとしていて、末端肥大気味の膨れ上がった手足をしていて、とてもまともな人型とは言いがたい。
ベガニシュ帝国やミトラス・グループの開発した機甲駆体は、筋肉質な成人男性に鎧をまとわせた感じの体型をしているが、〈ピルグリム・ハート〉のそれはかなり歪だ。
頭部と胴体、四本の手足という人型の条件を満たしているものの、総じてどこか異形のものだった。
だというのに彼の仕草はどこか幼かった。
『エルフリーデは、我を迷惑だと思うか?』
「正直言うとびっくりしてるよ。でも助けてあげたいとも思ってる」
彼に嘘を言いたくはなかった。
これはエルフリーデの思想信条としての振る舞いでもあったし、それが〈ピルグリム・ハート〉と融合した何者かに信頼される条件だと感じ取ったからなのもある。
相手がどういう存在なのかはわからない。声音こそ幼い子供のようだったが、実際の年齢がそれで推し量れるわけではないからだ。
すべて勘だった。
たぶん電脳棺のメッセージウィンドウ越しに会話している誰かは、エルフリーデのことをじっと観察している。
こちらの対処に虚飾を感じ取ったとき、彼は無垢な信頼を抱くのを止めるだろう。
この場で一番の武器は、その信頼を保持し続けることだ。
「一応さ、事情聴取みたいなことしようと思うんだけど、いいかな?」
『肯定する、何を聞きたい? 一応、昨日からいろいろ答えたつもりだけど――我は何でも答えるぞ?』
「確認するよ。きみは北大西洋を渡って、ガルテグ連邦からバナヴィアまで泳いできたんだよね」
『電磁気による水流の制御を行った。我は最大六〇ノットで水中を移動できる』
ノットというのは確か、船が移動するときの速さを表すときの単位だったと思う。
普通の船が二〇ノットくらいの速さだと教科書には書いてあった気がする。
――ええっと、一ノットが時速一・八五二キロメートルだったっけ?
エルフリーデ・イルーシャは船乗りでも海軍でもなかったので、当然、詳しいことはわからなかったが――電脳棺の自動補正システムが、一般的な高速船の二倍の速さであることを教えてくれた。
つまり異様なほど足が速い。どう考えても水中での抵抗の大きそうな形状だが、きっと何かこう、エネルギーの力場的なやつで上手いことやってるのだろう。
なるべく頭を回転させながら、次の質問に移った。
「きみは亡命を希望しているね。どうしてバナヴィアを選んだのかな?」
『それが我の目的にとって、最も適した目的地だと思ったからだ。我はガルテグ連邦から逃げ出した。ベガニシュ帝国は遠すぎた。大西洋を渡って目指すなら、バナヴィアが一番近かった』
質問の答えをはぐらかされたな、と思う。
一見すると〈ピルグリム・ハート〉の答えは理に叶っているように聞こえる。ガルテグ連邦の影響力が及ばない、近場の土地がバナヴィアだったというのは、それらしく聞こえる回答である。
しかし重大なことが抜け落ちている。
彼は何故バナヴィアを選んだのか――バナヴィア都市連合という、あくまでバナヴィア人の自治権拡大のための組織――という問いの答えにはなっていない。
踏み込んだ質問をすべきか迷った。
エルフリーデの勘はこれはよくないな、と告げていた。たぶんこれは、下手に踏み込むと、
クロガネと打ち合わせしてからにすべきだろう、と保留にする。
「そっか、ありがとう。それじゃ――どこでエルフリーデ・イルーシャの名前を知ったのかな? わたし、帝国じゃそこそこ有名人だけど、連邦でもそうなのかな?」
問いかけに対して、〈ピルグリム・ハート〉の輝く
水平方向に六〇メートルの距離があるというのに、まるで安心感がない会話だった。何せ相手は大きすぎて、巨神と呼ぶべき身長五〇メートルのお化けだ。
〈アシュラベール〉の一〇倍以上の背丈があるのだから、サイズさはまるっきり小人と巨人のそれである。
少し頑張って手を伸ばせば、こちらを鷲掴みにしてねじ切ることだって可能だろう。
エルフリーデが感じている本能的な恐怖心は、生物が捕食者に対して抱く類の抗いがたいものだった。
今、彼女は戦闘態勢にはない。大容量弾倉の三〇ミリ電磁機関砲を保持したままだが、使うつもりはなかったし銃口も降ろしている。これに関しては仕方がない。
何せ、武装解除をしようにも――〈ピルグリム・ハート〉もまたそれができない状態なのだから。
『エルフリーデ、エルフリーデ。我はその名を
「……それは〈イノーマス・マローダー〉のこと?」
『肯定する。我はこの世界に産み落とされた暴力装置、
「OK、確認しよう。きみには〈トリニティ・コフィン〉が搭載されている?」
並列起動型電脳棺〈トリニティ・コフィン〉――それはエルフリーデにとって、いずれも忌まわしい記憶と共にある名前だった。
一度目はフィルニカ王国で、弟たちの変わり果てた姿に慟哭するリザ・バシュレーの涙として。二度目は北海上空で、ベガニシュ帝国への憎しみを叫ぶ兵士たちの成れの果てとして。
彼らが数多の死を生み出すという、最悪の結末は避けられたが、同時にその絶望的な末路は救えなかった。
ただ壊し、自滅するのを見届けた。
無尽蔵のエネルギーを大量に取り出せる電脳棺の改造品、リミッターを破壊した代償として、いずれ自滅に至る狂気の発明。
それこそが〈トリニティ・コフィン〉なのだ。その原理上、必ず発生する犠牲を思うと気分が暗くなった。
『肯定する。我は〈トリニティ・コフィン〉から動力を得て、この肉体を駆動させている。我が目覚めてから、すでに一万八〇〇〇時間が経過している』
ざっと二年ほど、彼は〈ピルグリム・ハート〉だと告白していた。
そしてエルフリーデ・イルーシャは、これまでずっと自分がうっすらと覚えていた違和感を口にした。
「教えて、きみの名前は? 融合しているマシンじゃない、きみの人間としての名前を――」
『エルフリーデ、あなたは優しいな。しかしもう気づいているはずだ、我が何者であるのかを』
幼い声音だった。
なのにそこには、どうしようもないほど深く濁った絶望の色があった。
薄い雲が天を覆う、灰色の空の下――ざざーんざざーんと波が打ち寄せては、砕けていく岸辺に立って。
少女は陰鬱な真実を聞いた。
『我の名は〈ピルグリム・ハート〉――この肉体こそが我であり、我の自意識は一体不可分となってここに存在している』
助けを求めている。彼はもがくようにして、救いを求めている。
そのように感じていた。
その直感が間違っていたとは思わない。
『エルフリーデ、我はここに……
だが、エルフリーデ・イルーシャに突きつけられたのは、救われない