機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
その日の夜のことである。
ヴガレムル伯爵家からの増援は無事に、ヴィタフォード自治区に到着した。第二世代バレットナイト〈アイゼンリッター〉型を含む、重武装の兵士たちが空輸されてきたのである。
これはヴィタフォード自治区と話し合った結果だった。
強力な機甲戦力である〈アシュラベール〉の運用を、最大限に円滑化するための配置――要するにエルフリーデが機体を降りて、ご飯を食べたり休んだりする間、きちんと警備をしておける態勢を整えたのだ。
電脳棺との融合では肉体の時間面が停止することが知られている。
つまりお腹も減らないし、老廃物が出ることもないし、睡眠だって必要ではない。
しかしだからといって、本当に融合しっぱなしだと精神衛生上よろしくない――というのがヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラの持論だった。
であるからしてエルフリーデ・イルーシャには十分な休養が必要だと判断された。
休憩を取るのは、やはり警備上の問題からヴィタフォード市内の高級ホテルが割り当てられた。
クロガネと同じ宿だった。
そして当然のようにヴガレムル伯爵家の面子は、顔を合わせて会談の場を設けていた。
クロガネの部屋に騎士二人が乗り込んで、これまでのあらましを語るという感じの集まり――神妙にエルフリーデの語る昼間の出来事を聞いているのは、リザ・バシュレーである。
ガルテグ連邦と〈トリニティ・コフィン〉に浅からぬ因縁ある少女は、開口一番、ほとんど暴言を投げつけてきた。
「いや、それおかしくないですか? 死にたいだけなら、動力を切って海の底にでも沈めばよかったんですよ」
エルフリーデは二秒ほど呆気に取られたあと、ぽりぽりと頬を掻いた。左目から頬にかけて走った切創を撫でる。
困惑がにじむ声で、ひとまず素直な感想を返した。
「んー、リザ、リザ。流石にちょっと、こう、無慈悲すぎると思うな……!」
意外性がありすぎるコメントだった。
大切な弟たちを〈トリニティ・コフィン〉の犠牲にされた姉――そういう境遇を思えば、もっと同情的な言葉が飛び出てくるかと思っていた。
エルフリーデ自身、どうやってリザのそういう心情を慰めるかを考えていたぐらいだ。
しかしながら褐色肌の少女は、冬物の私服姿の可愛らしいパンツコーデ(長袖のジャケットと合わせてリザ流のストリートファッションだ)に似合わない、苛烈な意見を述べていた。
こういう場面では、エルフリーデが冷酷になるべきだと思っていたのだが――かつてなくリザは冷ややかだ。
「私が思うに、ここを人情で見逃すとろくなことにならないですよ、お姉さん。断言してもいいです」
「一応、念のために訊いておくけど」
「スパイの勘です」
「だよねー」
たぶんリザは
ナイーブにならざるを得ない、弟たちと同じ境遇の〈ピルグリム・ハート〉の話題――しかも彼はおそらく死にたがっている――そういう自殺志願者みたいな姿勢が、彼女をかえって怒らせたのかもしれない。
さて、困ったことにリザの指摘は正しい。本来であればエルフリーデが淡々と指摘するつもりだった、論理的な矛盾点である。
〈ピルグリム・ハート〉は自分の終わりを探していると言った。
そのためにガルテグ連邦の輸送船を沈めて、自力で大西洋を泳いで渡ってきたとも。
しかし海は広大である。彼が何らかの方位測定システムを積んでいて、迷わずに済んだのだとしても――死にたかったのならば、海の底に沈んでしまえばよかったのだ。
〈イノーマス・マローダー〉がそうだったように、〈ピルグリム・ハート〉の骨格が先史文明種の遺産と言えど、その大部分は現代の科学技術で再生された装甲と臓器にすぎない。
深い水底の圧力を受ければ、いずれどこかが浸水して、機械的に破綻するはずだ。
だが、どうしてそうしなかったのかは、なんとなくエルフリーデにもわかる。
「あの子はたぶん、自分でも気づいてないけど……死にたいんじゃなくて、救われたいんだよ。自殺紛いのこと喋ってるのは、それ以外を思いつかないだけ」
「自殺志願者なんてみんなそうじゃないですか? あっ、これは経験談です」
「うん、きみと無理心中しかけたからね、わたし!」
忘れもしない。
去年の五月頃、〈イノーマス・マローダー〉と戦ったとき、自爆覚悟のゼロ距離砲撃をされかけたのはエルフリーデ・イルーシャ自身なのだから。
ちなみに大砲の砲身に
「……あれ? よく考えるとリザが生きてたのが不思議だね?」
「すいません! いろいろなものが台なしになるんでやめませんか、この流れ!?」
不謹慎なジョークで受け流そうとしたリザは、エルフリーデが正面からどす黒いユーモアを投げ返してきたので降参した。
ちなみにこの間、あまりにもあんまりすぎる会話内容に、クロガネとロイは沈黙していた。
少女たちの歩んできた過酷な半生がうかがえるのに、あまりにノリが軽いので、どうやって口を挟めばいいかわからない凄惨な雰囲気である。
クロガネはこめかみを押さえて、重々しく口を開いた。
「……二人とも、くれぐれも外ではそういう発言を慎むように」
「しませんよ」
「するはずないじゃないですかー」
クロガネは天を仰いだ。黒髪の伯爵は五秒ほど言葉を探したあと、天然と冷笑と諧謔と自虐が入り乱れた、闇鍋のような会話を受け流すと決めたようだった。
自身も一日中、会議室で関係者――ヴィタフォード自治区代表と異端対策局の役人――と交渉していたとは思えないほど、男は精力的である。
あるいは先ほどまでのエルフリーデとリザの寸劇に、一番疲れたとでも言いたげに、美青年は肩をすくめた。
「ではこれまでに出た論点を整理しておこう。ロイ、板書を頼む」
「はい、旦那様」
金髪碧眼の従者、ロイ・ファルカはするりとホワイトボードを取り出した。遠くからでも見やすい、大きめの綺麗な長方形――リザは何度か目を擦ったあと、それが紛れもなく実在することを認めて、呆然と呟いた。
「…………ちょっと待ってください、今どこからホワイトボードを取り出したんです?」
「リザ様、従者の秘密です」
「乙女の秘密みたいな口調で言うことです!?」
「秘密です」
ロイは片目を閉じて、人差し指を立てて口に当てた。
リザは照れて、ちょっぴり赤面した。
「うっ、自分が
エルフリーデは鋭い目で二人のやりとりを眺めると、深々と頷いた。
そしてクロガネの隣のソファーに座ると、そっと耳元に顔を寄せて。
「たぶん……リザってロイさんのこと好きなんだよ……!」
「エルフリーデ、その推理は間違っていないだろうが……お前の行動は間違っている」
「なんで!?」
それにしても、びっくりするぐらい話が真面目に進行しなかった。
空気がゆるすぎる。
話題は
しかしこの場に、それ自体を茶化すような態度のものはいない。
誰もが自然体に現実に抗おうとしていた。自らの持てる理性を総動員して、強いストレスを軽減して、頭を働かせるための会話。
そういうタフさが、確かに存在していた。
エルフリーデはいつの間にか、肩の荷が下りたように気分が軽くなっていることに気づいた。
横目でクロガネの顔を見る。
「……気づいてました?」
「当たり前だろう。俺はお前を見ている」
なら仕方ないな、と思った。
クロガネ・シヴ・シノムラは何事もなかったように、ゆっくりと話題を切り出した。
「多少、リザ・バシュレーにとってセンシティブな話題になるが……構わないな?」
「ええ……むしろもっと早く訊いておきたかったぐらいです、伯爵様」
ようやく話がまともに進む雰囲気だった。
リザ・バシュレーはもまた、ローテーブルを挟んだソファーに座り込むと、姿勢を正してクロガネの顔を見つめた。本来、宿泊客にゆったりとくつろぐ時間を提供するはずの室内は、すっかり臨時の会議室みたいな空気になっていた。
「さて、〈ピルグリム・ハート〉の矛盾した行動についてだが……エルフリーデの推測の妥当性については保留しよう。その上で、俺の見解を伝える。彼はすでに
「――怪物症候群ってなんなんです?」
問いかけ。
かつて救えなかった弟たちの末路と重なるもの――リザの返事を聞いて、エルフリーデは既視感を覚えた。
以前にもクロガネの口から、同じ言葉を聞いた覚えがあるのだ。
「えーっと……フィルニカ王国の事件のとき、一回聞いたことがあるような単語だね。わたしも詳しくは知らないけどさ」
「……あっ! 確かにあのとき、伯爵様が説得しに来て……そっか、私も聞いてたんです!」
エルフリーデの指摘を聞いて、リザも思いだしたようだった。無理もなかった。
あのときはお互いに極限状況だったし、その後の経緯は語るまでもない。
エルフリーデ・イルーシャの〈アシュラベール〉とリザ・バシュレーの〈イノーマス・マローダー〉は激戦を繰り広げ、死闘の果てに勝者が敗者の命を救った。
いくら何でも数時間でイベントが起きすぎていた。
クロガネが説得のときに持ち出した専門用語など、今日まで思い出せなくても仕方がない状況だった。
少女たちが自分の言葉を覚えていたことに、クロガネはちょっと満足そうに頷いた。
「よし、答えよう。今回は厳密性を犠牲にして、ざっくりとした概要だけを伝える」
「すごい、クロガネが進歩してる……! いつもは長すぎる説明から入るのに!」
「詳細については後日、資料を送付する。目を通しておくように」
クロガネは無表情に頷いた。
エルフリーデ・イルーシャは自分が
「こ、これは……パワハラってやつでは!?」
「いや、ただの業務だな。むしろ仕事の中で学び、さらに自己を高める機会だぞ」
「詭弁ですよね!?」
エルフリーデの抗議はするりと受け流された。これ以上、議論に水を差すのもはばかられたので、少女騎士は涙ながらに口をつぐんだ。
たぶんやたら文字数が多くて、複雑怪奇な医学っぽい概念が出てくる資料――関連用語の解説もしてくれるだろう――が送られてくるのだ。
ともあれ、クロガネは一度、説明すると決めたらきっちりとやり遂げる男だった。
「
「……でも現に、私の弟たちはおかしくなっていました」
「ああ、これは電脳棺に対する改変行為が原因だと思われる。安全装置が破壊された電脳棺を用いて、過剰な負荷をかけた結果、情報体に変換された意識活動に変調を来す――代表的な症状としては攻撃性の増大、自他に対する安全意識の欠如、破壊衝動などが挙げられる」
物騒な話だった。
エルフリーデはクロガネの説明――この男、やはり饒舌になってくると説明が全然簡潔ではない気がする――を受け止めると、自分なりに要点をまとめてみた。
「自分の身体とは違う、巨大兵器と融合させられると……ものすごく物騒な精神状態になるってこと?」
「ああ、本来ならば電脳棺はこうした過負荷に対して安全装置を働かせる。より高次の機能が働いている状態では、最適化して問題なく動かすこともできるだろう。しかし現代文明では、電脳棺の機能を低次元で使うことしかできない。その副作用が融合している人間に降りかかっているのが、怪物症候群の正体だ」
リザはしばらく押し黙っていた。
おそらく数ヶ月前、自分の目の前で暴走して、フィルニカ王国の軍人を殺戮した弟たちのことを思いだしていたのだろう。
ドライな皮肉屋を気取っているが、本当は激情家なところもある少女――リザは今、必死に、かつて起きてしまった惨劇と向き合っていた。
一分、二分と時間が経つ。
ロイが無言で要点をホワイトボードにまとめていく。板書が終わったタイミングで、リザは深々と息を吐き出した。
「すいません、もう大丈夫です。続きをどうぞ、伯爵様」
「ああ、そうさせてもらおう。さて、怪物症候群がどういうものかはわかっただろうが――〈ピルグリム・ハート〉の現在の精神状態は、おそらく危うい均衡の上に成り立っている。人間としての彼が死にたがっているとしても、巨大な兵器システムとしての彼はそうではない」
クロガネらしからぬ断言だった。
エルフリーデはその発言に、不吉な影を見て取って、思わずこう尋ねていた。
「〈ピルグリム・ハート〉が……意思とは異なる欲求を持っている? それは、ガルテグ連邦の科学者たちに入力された命令みたいな?」
「いや、電脳棺はそうしたプログラムを受け付けないだろう。あり得るのは、彼の肉体に臓器として備わっている器官――何らかの兵器システムの使用を、異常を来した精神が衝動的に欲している可能性だ」
つまりこういうことだ。
エルフリーデ・イルーシャに救いを求めた一個人の〈ピルグリム・ハート〉は、あるいは善良かもしれない。しかし彼は衝動的に、何らかの兵器システムを濫用する可能性を秘めている。
その危険の正体を探り当てねばならない、とクロガネは告げていた。
男の黄金色の瞳が、じっと少女騎士を見つめていた。
「我が騎士エルフリーデ・イルーシャ、彼の善なる意志を信じろ。そして疑え、彼が隠そうとしている攻撃性を。その正体を突き止めるのが、我々の果たすべき安全管理に繋がるだろう」
とりあえず聞いておきたいことは、一つだけだった。
エルフリーデは栗色の髪を揺らして、クロガネの方に顔を向けた。問うべきことは決まっていた。
これをはっきりさせておかないと、自分もリザも
「――クロガネ、〈ピルグリム・ハート〉を救う術はありますか?」
凛とした言葉だった。
恐れるでもなく、ただ自然体で可否だけを尋ねている。それはエルフリーデとクロガネの間に結ばれた、深い信頼関係なしに成り立たない問いだった。
クロガネは三〇秒ほど黙り込んだあと、顔を上げて、エルフリーデとリザを
そこにあったのは、虚偽なき真実の色だ。
「……異端対策局との交渉次第だが、十分に可能性がある。そして今後のヴガレムル伯領、ひいてはバナヴィアにとって政治的リスクにならない形での決着も可能だ」
はぁっと息を吐く音。
見ればリザ・バシュレーが、緊張感から解放されて肩を落としていた。
その顔は気疲れでへにゃへにゃだった。
「これ心臓に悪いです……」
エルフリーデは微笑んだ。
「これがクロガネ流の誠意だからね、リザ!」
リザ「自殺志願者とかめちゃくちゃムカつきますができればハッピーエンドがいいです!!(支離滅裂)」
エルフリーデ「クロガネに任せた!」
クロガネ「(30秒間あらゆる可能性を考えて)できる」
無茶振りの流れが整っている…!