機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
例えばの話、これが戦車や航空機ならばある程度、駆動システムの出力は定まってくる。ほとんどの乗り物が超伝導モーターで動くこの世界では、搭載できる蓄電池の容量で出力が決まるからだ。
室温超伝導素材も、それを前提したモーターも、恐ろしい高エネルギーを安定して貯蔵できるバッテリーも、先史文明種の遺産としてこの世に存在している。
つまりどういうことかというと、通常兵器の発展は最初から頭打ちにあるのだ。
細やかなノウハウの蓄積や戦術の進歩に合わせて、設計が変わっていくことはあるけれど――画期的な世代交代が進むほどの進展はない。
最初からある程度、出来がいいものを作れてしまうから、そこから先に進まないのだ。
これに対してバレットナイトが根本的に異なるのは――その中枢を
先史文明の時代から継承され、遺跡の工業プラントで自動生産される結晶体。
このシステムは数々の超自然的と言っていいほどの不可思議な特性を持つ。
数十キログラムの人体を丸ごと情報体に変換し、融合させるその特性。人間が意識活動する限りにおいて膨大な量のエネルギーを虚空から取り出す半永久機関。現代の如何なる情報処理システムよりも優れた演算処理能力。
まず作動原理すらわからない本物のブラックボックスだ。
電脳棺はそれゆえに改良されることがない。古めかしい第一世代バレットナイトであれ、最新鋭の第三世代バレットナイトであれ、
要するにバレットナイトにおいて、機体出力とは「ハードウェアの側がどれだけのエネルギーに耐えられるかの目安」でしかない。
――つまり〈アシュラベール〉がパワフルで空だって飛べちゃうのは、機体設計が優秀だからなんだよね。
エルフリーデ・イルーシャはそのように思考して、クロガネから聞いた知識を思い返していた。
もちろん〈アシュラベール〉は相応にお金のかかるマシンだ。製造するのも運用するのも、相応の手間暇をかけてやらないといけない。
今こうして高度三〇〇メートルの低空を飛翔していても、機械的に誤作動を起こすような部位はない。
〈アシュラベール〉L型は原型機と比して、出力が強化されたモデルだ。駆動フレームの強度とエンジンの推力が許す限りにおいて、より白兵戦を意識した設計になっている。
そう、この機体があまりにピーキーなモンスターマシンであることはさておき、機械として信用がならない部分はなかった。
素晴らしいことだった。
安全面からリミッターをかけて操縦しているとはいえ――これと同等品に乗っているリザ・バシュレーは腕利きの中の腕利きだ。
ゆえに別行動を取らせても不安はなかった。
「ライオネス2、そっちの状況は?」
エルフリーデが問いかけると、リザはすぐに応えた。
あまりよくないニュースを声にして。
『ライオネス1、報告です。現在、敵機と交戦中。バレットナイトが一機、見たことがない機種だ――しかも手強そうです』
「OK、今そっちに向かってる」
『なるべく早めにお願いします』
いつだって大胆不敵なリザらしからぬ弱音だった。
よくないな、とエルフリーデは思う。リザが弱気になる場面ということは、相当に状況は悪い。
〈アシュラベール〉の飛行速度はちょっとした固定翼機ぐらいはある。空気抵抗を弱める大気整流障壁――ものすごくエネルギーを消費する――を非展開状態でも、時速五〇〇キロメートル超での空中飛行が可能だ。
ヴィタフォード州の港湾都市のような地形では、間違いなく最も速く動ける兵器だろう。普通の飛行機は離着陸に広い滑走路が必要だし、ヘリコプターの類では時速三〇〇キロメートル前後が速度的な限界になる。
――くそっ、わたしは指示を間違えたかな? 容赦なく電磁機関砲を撃たせていれば、リザを危険にさらさずに済んだ?
そのような弱気な思考を振り払う。
おそらく正解はない類の問答だ。あるいはこの戦闘の結果を踏まえて、今後、ヴガレムル伯爵軍の戦闘教義が改定されることもあるかもしれない。
せめてそれが悪いケースにならないよう、全力を尽くすのがエルフリーデのやるべきことだった。
後悔はいい。反省も素晴らしい。どんどんするべきだ。しかしそれは今じゃない――思考を止めても、手を止めても、仲間が命を落とすことになる。
あるいは守るべき市民を死傷させるかもしれない。
まったく防衛戦というのは楽じゃないな、と思う。
――〈アシュラベール〉なら間に合う、そう信じる。
不幸中の幸いは、電波妨害がされていないことだ。
リザが現在、交戦している場所はすぐにわかった。ヴィタフォード市庁舎からは離れた、少し寂れた通り――旧市街の一角で、巨人同士が斬り結んでいた。
深い群青色の塗装、二本角の鬼が異形ともつれ合い、格闘戦に持ち込まれている。
火花が散る金属塊の衝突、荒れ狂うエーテルパルスの奔流、巻き込まれてへし折れる電柱、殴り飛ばされて凹む自動車。
そこは最悪なことに市民の避難が完了していないエリアだった。突如として始まった戦闘に、混乱した市民が逃げ惑う姿が見えた。
エルフリーデは一瞬で状況を理解する。
「――リザ、わたしが来たよ!」
迷わず急降下を選択した。
速度を落とすことなく、獲物を見定めた鷹のように舞い降りる。リザと鍔迫り合いになっている巨人――化け物じみて手足がひょろ長い――の背中に、深々と刃を突き立てるために。
その一瞬があれば十分だった。
『うわぁ!?』
リザは間の抜けた声を漏らしつつ、斬撃を弾きながら後退した。
そう、わずか〇・四秒ほどの時間だった。無防備な敵機の背中へと、〈アシュラベール〉の剣が突き立てられようとしたその刹那――のっぽの化け物が弾かれたように振り向いた。その右手に握られたサーベル刀が、閃く白刃となって襲い来る。
鋭い剣だった。
敵機を刺し貫くはずだった刺突が撃ち落とされる。弾き飛ばされたエルフリーデは、空中で姿勢制御を実行――辛うじてビル壁面に叩きつけられることを免れた。
アスファルトの地面に特殊合金製ブレードを突き立てる。
摩擦力を利用した急制動。
ざりざりと硬質な感触、足裏で鳴る擦過音を感じた。
見ればエルフリーデが弾かれた瞬間、リザもまた短刀を突き込んでいた。鋭い一撃だ。しかしその刃が突き刺さることはなかった。
ひらりと身を躱して、化け物じみた長身の巨人は迎撃と回避を両立させてみせたのだ。弧を描くような回転運動には、洗練された武術の達人が持つ、得体のしれないなめらかな動きがあった。
「――こいつは強い。リザ、わたしに合わせて」
『わかってます、ヤバいやつです』
リザの口調には、油断一つない心境が表れていた。
その口調に違和感があった。あるいは敵の正体について、すでに彼女は見当が付いているのかもしれない。
だが、それ後回しにしていいことだ、と考える。
問いただすのは事態が決着してからでいい。まずどんな事情があれ、リザ・バシュレーが自分たちを裏切ることはない。
そのようにエルフリーデは彼女のことを信頼していた。
――だけど周りがよくない、まだ逃げ遅れた人間が見える!
ここは細い二車線道路が通っているだけの市街地のど真ん中だ。トラックのコンテナに潜んでいた敵機は、本当に突然、戦闘を始めたものだから――巨人たちの
通りに出ていた通行人などはとっくに逃げている。しかしそれまでアパートの屋内にいたような人々は、今になって腰を抜かしている有様だった。
流石に野次馬はいないが、逃げ惑う人影が途絶えることはない。
これでは戦闘だけに集中するなど不可能だった。
――落ち着け、そんなに状況は悪くない。相手はヴィタフォード市庁舎にたどり着く前に、わたしたちに挟み撃ちにされてる。
思考する。
そして気づいた。
自分がもし、敵地で孤立した工作員だったなら――このまま大人しく二対一の格闘戦など演じるか、と。
次の瞬間、敵機が白煙を吹き出した。
光学センサーが不調に陥るほどの濃密なスモークだった。
「
リザにそう命じながら、エルフリーデは敵機に向けて突っ込んだ。右手に握った超硬度重斬刀もそのままに、両肩の光波シールドジェネレータから粒子防御帯を展開。
光り輝くエネルギーバリアの盾を掲げて、真っ直ぐに体当たりした。
敵が自爆するつもりなら、その爆風と破片を封じ込めて始末しなければいけない。
恐れていたような斬撃や刺撃は襲ってこなかった。視界不良のせいで何も見えないが、重々しい感触と共に巨人が地面に倒れ込むのがわかった。
衝撃と共に接触する。
がしゃん、と重量物が地面に倒れ込む音。
一秒、二秒、三秒、四秒、五秒――永遠にも感じられる時間のあと、小さな爆発が起きた。
白煙が吹き飛ぶ。プラズチック爆薬に時限装置を仕掛けての自爆――そう大した規模の爆発ではない。恐れていたような大爆発は起きず、爆風も最小限だった。
さらに三秒後、今度は大きな爆発が起きた。舐めるような炎に包まれて、異形のバレットナイト――身長五メートルを超える巨人が燃え始める。
〈アシュラベール〉は全くダメージを受けていない。
何が起きたかを悟った。
「逃げられた!
見れば崩れ落ちた敵機の残骸は、綺麗に電脳棺と思しき装甲ハッチの部位を吹き飛ばされている。
指向性爆薬を用いた物理的な情報ログの破損――こうなってしまった電脳棺の情報的復元は不可能に近い。これがもっと原始的な電子回路であれば、破片をつなぎ合わせての復元も不可能ではないらしいが。
以前、雑談交じりにリザから聞いた手口そっくりだった。
ほとんど軽業師のような所業である。このバレットナイトに乗っていた搭乗員は、リザ相手に応戦後、エルフリーデの参戦を見て即断即決。
めちゃくちゃだった。
行動が一秒でも遅れていたら、自分が爆発に巻き込まれて死ぬ類の判断だ。
エルフリーデは深呼吸して一言。
「……あとは警察の仕事だね。ライオネス2、機体に異常はある?」
流石に生身の人間を、人混みを掻き分けてバレットナイトで追い回すのは無理だ。必ず怪我人が出るし、下手をしなくても巻添えで人が死ぬ。
警察が怪しい人物を見つけて、捕らえるのに期待するほかないが――とはいえ捕縛するのは難しいだろう。
このあたりは今や、連続して起きた爆音のショックで逃げ惑う人々にあふれている。民衆に紛れ込まれたら見分ける術がない。港町であるヴィタフォードは存外、余所の地域からやって来た人間だって数多い。
見た目でも話し言葉でも、不審人物を発見するのは困難なはずだった。
『はい、ライオネス1。〈ラセツベール〉に異常はありません……話しておきたいことがあります。今逃げたのは、私の元教官です。バナヴィア系ガルテグ人、名前はイエスタデイ。身長一八〇センチ前後、成人男性です』
それを聞いた瞬間、エルフリーデは迷った。
リザが虚偽を話しているとは思わなかったが、彼女の見立てが正しいと判断できる材料がない。たった今、逃げた工作員の身体的特徴も、もし見当違いだったならかえって捜査を妨害してしまう。
なのでまずは、情報を精査するべきだった。ひとまずクロガネの判断を仰ぐと決めて、リザを落ち着かせるため話しかけた。
「大丈夫、ライオネス2。きみを信じてる。報告は落ち着ける場所でゆっくりしよう、紅茶でも飲みながらさ」
そう声をかけると、リザはほっと息を吐いた。
『そうですね――ええ、
曇天の下、少女は祈るように呟いた。
胸をよぎった不安を見せまいと強がるその姿に、エルフリーデはそっと手を伸ばした。
深紅の悪鬼と群青の戦鬼は、そうして肩を並べてたたずんだ。
嵐のように訪れた、痛みに耐えるように。
敵のスパイおじさん「元教え子と〈剣の悪魔〉が同時に襲ってくるクソゲー笑った。逃げるわ」
それはそう。