機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
めちゃくちゃなテロ事件の終結から一三時間が経過、諸々の事態の収拾やら出撃後の報告やらで、すっかり日も暮れた寒々しい冬の夜――ホテル最上層のスイートルームに、クロガネを初めとしたヴガレムル伯爵家の面子は集合していた。
例によって身内だけの作戦会議である。
テーブルを囲むようにソファーに座ったいつもの面子を見ながら、開口一番、クロガネはこう言った。
「結論から言っておこう。リザ・バシュレーの報告については口外するな――ああ、もちろん俺も彼女を疑ってはいない。これまでの献身ぶりという意味でも、裏切りが論理的にありえないという意味でもな」
エルフリーデはやや憮然とした表情になった。
「そりゃ、リザが裏切ってるわけないでしょう。これまでの命がけの行動、忘れたわけじゃないですよね?」
「そうだな。それに仮定の話だが――もし彼女が潜伏していた内通者だというのなら、そもそも敵の正体を俺たちに伝える必要がない。何よりエルフリーデ・イルーシャに対する彼女の忠誠は本物だった。今さらガルテグ人と内通していた可能性は排除していい」
そういう話ではないのだが、クロガネなりにリザを信じてくれているらしい。
時々わからなくなる。クロガネ・シヴ・シノムラという男は血も涙もない冷血漢みたいな口ぶりで、やけに人間くさい論理をしれっとのたまう人種だった。
表面上の態度はよくないから、つい騙されそうになるのだが――そのお人好しぶりと善人ぶりは、見てるこっちが不安になるぐらいだ。
要するにクロガネはリザの人間性を信用しているし、エルフリーデは深く愛して信頼している。
ひとまず合意は形成できたらしい。
そんな二人のやりとりを、ソファーの隅で気まずそうに眺めている少女が一人――片目が隠れた黒髪のボブカット、褐色の肌、目鼻立ちがぱっちりした南国の美少女――言わずと知れたリザ・バシュレーである。
ロイの入れてくれたお茶をすすり、今まさに裏切ってるか否かを論じられていた当事者だ。
「あのぅ……目の前でやられるとすっごい気まずいですよ、これ?」
「大丈夫だよ、リザ。わたしたちの間の……よくない誤解があると嫌だし、オープンにして話し合おうって決めてたんだ!」
「えっ、これ家族会議みたいなノリだったんですか!?」
思ったよりだいぶゆるい空気だったらしく、リザは困惑しきっていた。気分を落ち着かせるハーブティーを片手に、眉をひそめてクロガネの方を見ていた。
しかしながら、必ずしも身内ノリで話しているわけではない――そう、黒髪の伯爵は態度で示した。
「さて、真剣な話だが。リザ・バシュレーの報告にあった人物、イエスタデイ氏については他言無用だ。理由は単純だが。まず彼女の話が真実だと明らかにするには、その経歴について洗いざらい、異端対策局に情報を上げる必要がある」
「ぞっとしない話ですね……」
「ああ。尋問されるだけならいいが、強力な薬物を使用され、廃人同然にされる恐れもある。彼らが俺たちを信じていないように、俺たちもまた、彼らに依存してすべてを話す必要はない。無論、逃げた人物の背格好についてはこちらから伝えておいた。だが、作戦中の通信ログまで提出する義務はない」
それで必要な協力は済んでいる、とクロガネは言っていた。これは微妙な政治的距離感の話だ、とエルフリーデは察した。
つまりこういうことだろう。
ベガニシュ帝国内務省直轄の治安組織――異端対策局は間違いなく、やり過ぎるぐらいに苛烈に事件を終わらせようとする。その過程でリザを差し出せば、ヴガレムル伯爵家は
クロガネ流の露悪的な言い方を翻訳すると、びっくりするぐらいにリザに優しかった。
いや、クロガネがすごく善良でいいやつなのは間違いないのだが。
「うーん、これって我が身可愛さに協力を拒む悪徳貴族じゃない……?」
エルフリーデがぽろっとこぼした言葉に、クロガネは頷いた。
「ああ、そうなるな。残念ながら保安監察官のマハト氏と、俺たちの間には深い信頼関係がない。ましてや例の事件の生き証人であるリザ・バシュレーは、表向き、あのとき死んだはずの人物だ。間違いなくマハト氏の手に余る。お互いのための配慮だ、罪悪感を抱く必要はないぞ」
しれっとオットー・マハト氏(エルフリーデは今のところ直接、面識がない人物だ)の器量について
帝国のお役人の横柄な態度について、クールな表情の下では相応の評価を下していたらしい。
しかしそう言われてみると、確かにそうなのだ。
まず件の逃亡したバレットナイトの搭乗者が、リザの教官だという話そのものが、証明の難しい話題である。それを真実だと明らかにしたければ、リザの過去について洗いざらいぶっちゃける必要がある。
その上で彼女を信じるなんてこと、まず不可能だろう。
「……でもこれ、伯爵様にとって不利な隠し事になりますよ?」
「ヴガレムル伯爵家はその発足から今に至るまで、常に似たような条件下にあった。リザ・バシュレー、お前が心配する必要はない。あとは俺が解決する」
リザはやはり落ち込んでいた。それはそうだろう。恩義がある面子に仇なそうとしていたのが、かつての自分の師匠だったなんて――普段の態度こそドライだが、リザは優しい子だから傷つきもするのだ。
エルフリーデは最大限に思いやりを発揮して、そっと傍らの少女に寄り添った。その手をぎゅっと握って、自分の体温を伝えて。
そして場を和ませようと口をすべらせた。
「リザ、無理かもしれないけど落ち込まないで。知り合いがテロリストだったなんてよくある話だからさ」
エルフリーデ・イルーシャは知り合いのおじさんが、バナヴィア独立派の幹部で、父母を殺害した爆弾テロの実行犯だったという壮絶な過去を持っている。
一時期は本気で塞ぎ込んでいたのだが、あれから数ヶ月――諸々の事件を経て、彼女の心の中で決着が付いたらしい。
それにしたって、いきなり煮えたぎる油みたいな話題が飛んできた。リザは笑おうとして、どうやっても無理なことに気づいて口の端をひくつかせていた。
「お姉さんって時々、どす黒すぎて笑えないブラックジョーク投げてきますよね!?」
「うんうん、わたしってユーモアにあふれたお姉さんだからね!」
「それ無敵の返しなのでやめましょう、
ああもう、とリザはため息をついて。
そのさらさらした黒髪を揺らして、うつむいていた顔を上げると――にやり、と皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「ええ、わかりましたよ! とりあえずお姉さんの傍でバリバリ働けって話ですね――」
「そうだな。今回の仕事が終わった暁には、騎士見習いを卒業してもいいだろう」
「えっ、出世ですか!? ついにお姉さんの同僚になれますね!」
我知らず声を弾ませたリザ――その
そう、リザは普段、ドライでシニカルな言動を保っているが、こういうときは素直ですごく可愛い。
流石に本物の妹であり地上に舞い降りた天使であるティアナ・イルーシャには及ばないが、自分の妹分としてどこに出しても恥ずかしくない妹ぶりにあふれている。
しかも頼りになる
これほど
そして察した。
――あっ、たぶん今ミリアムがベガニシュ本土ですっごい自己主張してる気がする。
かつての副官で元相棒のことを連想した。今にして思えばミリアムもまた素晴らしく可愛かったと思う。言うまでもないことだが、もう一人の妹分であるシャルロッテ・シャインもすごく素敵な女の子だ。
出会った頃は挑発的でイラッとくる小悪魔的言動だったが――懐かれてみると、ああいう素直じゃない態度も可愛いものである。
そして気づいた。
これまで可愛いと評した全員と、エルフリーデ・イルーシャは機甲駆体を使って殺し合っていた。
総合的にすべての事象を分析して、少女騎士は深々と頷いた。
「――つまり可愛い子はみんな強敵だし、最後は妹みたいなものなんだね」
迷言だった。
あまりにも珍妙な言語野に、クロガネもリザもロイも五秒間ほど沈黙した。そして一〇万年の歳月を生きた不死者は、黄金色の瞳に
「エルフリーデ、おそらくだが……全員、お前の妹ではない」
あらゆる物事の最上位に妹が位置する変人は、もちろん困惑した。
「なんでっ!?」
リザ「家族会議ぐらいの重さで終わった…」
クロガネ「そもそもこの情報開示するメリットが誰にとってもゼロだし、事実の証明が実質的に不可能だ(冷静なジャッジ)」
エルフリーデ「これがクロガネだよ(何故か自慢げ)」