機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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1519番目の呪い

 

 

 

 寒々しい海辺の海岸だった。

 翌日のことである。エルフリーデ・イルーシャは必要最低限のメンテナンスを終えた〈アシュラベール〉――あれだけの格闘戦をして、至近距離で自爆されても頑強なフレームは揺るぎなかった――で出撃していた。

 

 例によって〈ピルグリム・ハート〉と向き合うためである。

 件の自爆して逃げおおせた工作員――イエスタデイなる人物の足取りは掴めておらず、依然として逃亡中だった。しかもヴィタフォード市内に機甲駆体が持ち込まれていたという問題のせいで、二度目の襲撃がないと言い切ることもできない情勢にある。

 

 つまり現在、ヴィタフォード市内は張り詰めた空気に満ちている。市民は外出を控え、ありとあらゆる場所に検問が敷かれている有様なのだ。

 そして当然のごとく、ベガニシュ帝国内務省は異端対策局の執行部隊――銃器や機甲駆体で武装で武装した連中――はこれまた威圧的に〈ピルグリム・ハート〉の周囲に陣取っている。

 

 無理からぬ情勢だった。

 一度、こうしてバレットナイトを使ったテロ攻撃が起きてしまうと、何があるかわからないという前提に立つしかないのだ。

 事実、エルフリーデも武器を手放していない。

 

 万が一の場合、対空射撃に用いるために三〇ミリ電磁機関砲を握りしめて、二振りの超硬度重斬刀を背負って――要するにいつでもどこでも戦闘開始できる状態である。

 少女騎士も現状を楽観視はしていない。

 

 そう、状況は実際のところよくない。ただでさえ〈ピルグリム・ハート〉の一件が解決していないのに、それに呼応するように正体不明の敵がテロ攻撃を仕掛けてきたのである。

 一夜が明けてなお、ヴィタフォード自治区を覆う混乱は収まっていなかった。

 市民はもちろん、対応に当たる当局の人間すら目の前の事件に翻弄されているような有様だった。

 

 下手しなくても、推測であれ事件の全貌を掴んでいるのはクロガネぐらいではないだろうか。

 まあそこらの調整は、きっと彼が上手くやるだろう。

 ややこしい政治の話で大事なのは、自分がうかつな言動をしてクロガネの足を引っ張らないことだ――〈ピルグリム・ハート〉とエルフリーデの会話は、異端対策局によってモニタリングされている。

 

 身長五〇メートルの巨人は、昨日の爆発騒ぎなど素知らぬ顔で、ぼんやりと海辺の砂浜に突っ立っている。

 ちょっとしたランドマークみたいな高さに加えて、胴体と手足を派手派手しい五色に塗り潰されているから、まるで宗教的な偶像のような存在感さえあった。

 巨大過ぎる人型は、それだけで畏怖の念を見るものに呼び起こす。

 

 

『エルフリーデ、昨日は来なかった……やはり、何かあったのか?』

 

 

「ああうん、何があったのかは――きみもわかってると思う。無線の傍受、してたでしょう?」

 

 

 山勘だった。

 当てずっぽうの問いかけだったが、どうやら事実だったらしい。

 〈ピルグリム・ハート〉はその巨大過ぎる頭部――丸みを帯びていて、どこかゆるいマスコットキャラのような愛嬌を感じさせる――を傾げて。

 

 

『うん、我はすべてを聞いていた。我に備わった機能として、見聞きした。あれはいけないことだった?』

 

 

 さすがにヴガレムル伯爵家の暗号通信は聞かれていないだろうが、現地警察の飛ばしていた低強度の無線通信はしっかり聞かれていたようである。

 〈ピルグリム・ハート〉は現在、電磁装甲への通電を最低限のレベルに落としている。これまで公害じみた出力で垂れ流されていた電磁波は収まって、外部から無線通信を拾えるぐらいの感度を手にしたということだ。

 思いのほか、彼は高性能な存在だった。

 

 

「いいや、きみにそれができると知らなかったわたしたちの落ち度だね――その分だと、ひょっとして、わたしが飛んでる姿も見てた?」

 

 

『見ていた、エルフリーデ。あなたが飛ぶ姿は美しかった。その駆体(からだ)はまるで……天使が振るう炎の剣のようだった』

 

 

 意外ではなかった。

 〈ピルグリム・ハート〉は身長五〇メートルの巨人である。大雑把に計算しても、地平線まで見通せる距離は二六キロメートル以上はある。ましてや低空飛行とはいえ、エルフリーデは空を飛んでいたのだから――高精度の光学センサーを積んでいる彼ならば、深紅の機影をはっきりと目視できたことだろう。

 少し意外だったのは、自分のことを形容する表現だった。

 

 

「綺麗とか天使みたいなとか、言われ慣れてないから照れちゃうかも」

 

 

『エルフリーデ、褒められなれてない? なら我、もっと褒める……!』

 

 

『いや、わたしって二つ名が〈剣の悪魔〉だしさ? 敵も味方もそういうノリだったから』

 

 

『我が思うに〈剣の天使〉に改名すべき。エルフリーデ、かっこよかった!』

 

 

 困った。

 ドストレートな褒め言葉は、たぶん上げて落とすふりでもなく皮肉でもなく、素直すぎる賞賛がみっしりと詰まっていた。

 〈アシュラベール〉は厳つい形相の人型兵器だ。身長四五〇センチメートル、ブレードアンテナまで含めると五〇〇センチメートルにも達する背丈がある。

 

 流石に〈ピルグリム・ハート〉の十分の一の大きさとはいえ、その存在感は地獄の悪鬼と呼ばれるに相応しい威圧感に満ちているはずだ。

 しかしどうやら、目の前――これは錯覚で、実際の互いの距離は三〇メートル以上はある――の巨神は、そんな自分の姿を本気で格好いいと思っていた。

 

 不思議なことである。日頃から「どうせならもうちょっと可愛い感じの二つ名がいいな」とぼやいているエルフリーデは、無垢なる憧憬を浴びてのぼせ上がった。

 

 

「……ううっ、ちょっと照れる。わたしって格好いいんだ?」

 

 

『うん、エルフリーデはかっこいい。だから我、できる範囲で協力する。何が訊きたい、エルフリーデ?』

 

 

 〈ピルグリム・ハート〉は相変わらずぼんやりとたたずんでいる。

 彼に関しては狙撃の心配をする必要がなかった。とんでもない重装甲に覆われているから、たとえバレットナイト用の大型狙撃砲を持ってきても、彼を射殺するなんて真似は誰にもできない。

 むしろ今、一番狙われていたら危ないのは、立ち話の相手になっているエルフリーデの方だった。

 

 ここは屋外で、砂浜のど真ん中で、遮蔽物の類がなく、遠方の地形からの見通しはよい。

 狙撃にうってつけである。

 流石に常時、臨戦態勢でおしゃべりするわけにもいかないから――困り果てた末、エルフリーデが選んだのは単純な対応策だった。

 

 歩く。ひたすらぐるぐると円を描くように、時折、歩調を変えながら〈ピルグリム・ハート〉の周囲を歩き回るのだ。

 どうせお互いに至近距離で通信を送り合っているのだし、面と向かって喋る必要もない。

 そのように割り切っていた。

 

 

――ありがたい申し出だけど、これってどこまで尋ねていいのかな。彼の正体や目的まで踏み込むのは、ちょっと時期が早すぎる気もする。

 

 

 エルフリーデ・イルーシャは熟考の末、あっさりと割り切った。

 やめよう、腹芸だの駆け引きだので策を弄するのは、どうせ自分は慣れていないし、かえって相手に不信感を抱かせることになるだろう。

 

 ならばいっそのこと、最初から素直になるべきだった。この会話を聞いているベガニシュ人たちに難癖をつけられないよう、慎重に言葉を選び出す。

 

 

「よし、じゃあきみに訊くよ――〈ピルグリム・ハート〉、きみの今の身体のスペックや搭載武器について、教えてくれるかな?」

 

 

 傷あり(スカーフェイス)の少女は意を決して問うた。

 ある意味でこれは核心部分だった。クロガネの言っていた懸念事項――怪物症候群と呼ばれる兵器化された身体への過剰適合――のことを考えると、〈ピルグリム・ハート〉の詳細なスペックを知ることは、両者にとって必要不可欠な通過儀礼だった。

 

 しかしながら先ほどまでの素直さが嘘のように、巨神は沈黙した。

 かれこれ一〇秒間ほどの沈黙の帳のあと、じっと〈アシュラベール〉を見下ろして、五色ぬ塗りたくられた神像は口を開いた。

 

 

『エルフリーデ、我は沈黙を選ぶ。それを語ることは我にとって、望まない結末を呼び込む』

 

 

「……それはきみにとって、秘密にしたい情報が含まれているから?」

 

 

『肯定する。我が今、自分について語れるのは……我が作られた経緯だ。我はガルテグ中央情報局によって企画され、無数にシミュレーションされた設計プランの中から選ばれた。一五一九番目の駆体、ディグザール国立研究所によって作られた狂気の科学者(マッドサイエンティスト)の作品の一つだった』

 

 

「きみの秘密は〈トリニティ・コフィン〉の搭載と関係がある?」

 

 

 沈黙が返された。

 返答することはできないと巨神は言った。それが自己保身によるものなのか、もっと別の目的ゆえなのかはわからないが――少なくとも詭弁を弄して誤魔化すという手段を彼は選ばなかった。

 それは間違いなく〈ピルグリム・ハート〉の誠意あるいは良心だった。

 その上でエルフリーデはこう感じていた。

 

 

――今ものすごくヤバい話に、わたしは片足を突っ込んでる。ディグザール国立研究所って言ったよね? それってガルテグ連邦の研究所ってこと?

 

 

 エルフリーデは焦った。

 きっと生身の身体だったなら、焦りが顔に出ていたかもしれない。それぐらいにタフなシチュエーションだった。

 勘弁してほしい。だが、ここで引くのはもっとよくない結果を招くという確信があった。

 ゆえにあえて踏み込む。

 

 

「教えて、〈ピルグリム・ハート〉。きみを終わりを探してバナヴィアを目指したと言った。それは穏やかな終わり? それとも周囲を巻き込んだ盛大な破滅?」

 

 

『……わからない。我はただ、あそこで終わりたくなかった。無意味に終わりを迎えて、器物(もの)としてうち捨てられるのが嫌だった。それ以外、何も――』

 

 

 いい傾向だ、と思う。

 〈ピルグリム・ハート〉は徹底的に黙り込んで、すべてを拒絶して居座ることもできた。少なくとも今のヴィタフォード自治区に、彼へと危害を加えられる存在はほとんどない。

 

 なのに彼は言葉を発することを選んだ。

 それはまだ、彼に他者とかかわる意思があるという証明なのだ。

 

 

 

「〈ピルグリム・ハート〉。きみが生きたいのなら、わたしを信じてほしい。ううん、わたしとクロガネ・シヴ・シノムラを信じて。これだけは言えるよ。きみが〈トリニティ・コフィン〉の犠牲者で、それでも救いを求めたなら――わたしたちを頼った判断は間違いじゃない」

 

 

 

 〈ピルグリム・ハート〉の丸っこい頭部が、その奥で光るカメラアイが、じっとエルフリーデのことを見つめていた。凝視という言葉が相応しい振る舞いだった。

 ブロック玩具を積み重ねたような末端肥大気味の馬鹿でかい手足に、五色に塗り分けられた宗教的装飾じみた巨神。

 

 自分より一〇倍以上も大きい怪物的な存在に、そうして視線を向けられるのは得体がしれない恐怖がわき上がってくる。

 だが、ここが踏ん張りどころだった。

 

 落ち着いて振る舞わねばならない。勇気というか胆力というか、余裕というか頼りがいというか――とにかくそういう感じの雰囲気を出しておかないと、彼を落ち着かせることは難しいだろう。

 ひとまず必要なのは情報だった。

 

 自分とクロガネが対策を立てるための情報、異端対策局の連中を納得させるための情報。

 昨日のテロ攻撃の発生で、この事件を取り巻く環境は激変している。何の成果もなく停滞していた場合、内務省の執行部隊がどんな無茶するかわかったものではなかった。

 祈るように〈ピルグリム・ハート〉を見つめ返した。

 やがて、異郷の神像からレーザー通信が送られてきた。大容量のデータ通信を示す警告がポップした。

 

 

 

「これは?」

 

 

 

『エルフリーデ、我はすべてを明かすことはできない。しかし、あなたと伯爵を頼りにしたい気持ちも本当だ。その証として……今の我に明かせる、秘密に触れない程度の情報を渡そう』

 

 

 

 意を決して情報を受け取った。

 見たところそれは機械の仕様書であり、設計図の一部と思しき情報すら混じっている膨大なデータの山だった。

 つまるところ機甲駆体にかかわる技術者ならともかく、素人のエルフリーデが見てもわからないことだらけで――間違いなく重要な情報だった。

 

 

 

「ありがとう、〈ピルグリム・ハート〉――きみの信頼に応えるよ、約束する」

 

 

 

 微笑んだ少女騎士に対して、〈ピルグリム・ハート〉は微動だにせず、遠くを見つめていた。水平線の向こうに広がる海原を眺めて、招かれざる来訪者は呟いた。

 

 

 

 

『どんな結果になろうと、我はあなたを恨まない。我はたぶん、希望を抱くに値しない存在だから』

 

 

 

 寂しげな呟き――エルフリーデ・イルーシャは不敵に笑った。

 

 

 

 

「それは違うよ、〈ピルグリム・ハート〉――希望はいつだって、絶望のどん底にいたってやってくるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


















・P1519〈ピルグリム・ハート〉
超大型機甲駆体。
身長50メートル。
ギガンテス級フレームに分類される発掘兵器。遠方からでも機体の各部位を観察するため、ド派手な五色に塗り分けられている。
P1519は自動設計AIによる兵器設計プランのうち実用的範囲内に収まった1519番目の駆体という意味である。
フィルニカ王国に投入された巨大兵器〈イノーマス・マローダー〉の兄弟機ともいえる設計コンセプトを持つ。

先史文明種の遺産である超巨大人型フレームおよびその駆動システムを骨格として、現代文明が製造した兵装と装甲で兵器化、電脳棺によって動力源と制御システムを構築した。
〈イノーマス・マローダー〉とは外観、内蔵火器が異なるものの、基本的な内部構造は同じである。
これは骨格に使用されている先史文明の遺物――超巨大人型フレームが同じ構造のため。

推測であるが、先史文明種の時代においては、高度な重力制御によって機体を駆動させていた可能性がある。
しかし発掘された現代においては大半の機能を喪失、復元された限定的な機能で、原始的な駆動システムを再構築している。

よって〈ピルグリム・ハート〉の運用はすべてにおいて、現代人の創造性の発露である。
全身を重厚な装甲で包み込み、肥大化した手足と、鉄兜を被ったような巨人――通常のバレットナイトの12倍以上の身長を持つ。
カメラアイは赤いデュアルアイ。

紛争地域安定化プログラム(この安定化が意味するところは傀儡政権の樹立である)に基づき、開発された異形の兵器群の一つ。
GCI本部によって企画され、ディグザール国立研究所が関与して実用化に至った。
言うなればガルテグ連邦という国家の暗部が結集して生み出された粛清装置。

本機は人型兵器でありながら、単独での長距離潜行が可能な潜水艦として設計されている。
また搭載されている電磁流体制御システムを使用することにより、最大で60ノット以上の高速移動が可能となるが、周囲に強烈な磁界を発生させてしまう。
このため磁気探知システムとの相性は最悪と言ってよい。
潜行と浮上の切り替えおよび推進システムには、自重軽減のため搭載された抗重力場機関を使用している。

身長50メートルという異様な機体サイズゆえに、その自重もまた凄まじい。
1万トン級の〈イノーマス・マローダー〉と比ぶ機体サイズと自重。
しかし自己申告された機体スペックに対して、あまりに運用スケールが巨大過ぎる点など疑問点は多い。


動力源
・並列起動型電脳棺〈トリニティ・コフィン〉

駆動システム
・大型超伝導モーター
・抗重力場機関×4

装甲材
・積層型電磁装甲…装甲板に大電流を流し、外部からの攻撃とエネルギーを相殺する防御システム。すごい頑丈。ガルテグ連邦は多層構造化に成功している。
・テロス合金製フレーム…その骨格は先史文明種の遺産であり、通電することで飛躍的に原子間結合を強化。物理的破壊は不可能。機甲駆体の特殊合金ブレードと同じ素材。

武装
・頭部内蔵機銃:57ミリ70口径ハイブリッド機関砲×2…弾薬庫は胴体側に存在。液体装薬と電磁加速の複合方式。
・胸部内蔵機構:■■■■■■■
・背部特殊兵装:電磁気型流体制御機構〈エンジェル・リング〉
・腕部内蔵火器:MK9 127ミリ液体装薬式速射砲
・腕部近接兵装:5連装誘導重突銛〈フィンガー・ハープーン〉×2…5本の指すべてが有線式誘導アンカーとして射出可能。ワイヤー部分そのものが高密度人工筋肉で流動する。
・脚部近接兵装:格納式近接武装肢〈フォールディング・カッター〉×4

モチーフは戦隊ロボ(アステカ神話風味)。大獣神とかガオマッスルとか。
邪悪なジプシー・デンジャー。











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