機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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三度目の願い

 

 

 

 リザ・バシュレーにはかつて、切なる願いがあった。

 一度目は幼い弟たちと一緒に、安住の地にたどり着いて健やかな毎日を暮らせるという夢想。

 二度目は自分からすべてを奪っていったものたちを見つけ出し、その全員に対して報復を遂げるという執念。

 

 この二つはいずれもリザを救わない祈りだった。

 リザ・バシュレーはその年齢のわりに優秀だと高く買われている。かつて所属していたガルテグ中央情報局でも、今の居場所であるヴガレムル伯爵家でも――この世界でも有数の戦闘能力を持った機甲駆体搭乗者だと。

 

 高度な機械設備を扱うための工学的知識や、スパイ活動に対する造詣の深さまで含めれば、十代半ばにしてこれらを身につけている彼女は、紛れもない天才の側だといえるだろう。

 しかしながらリザの自己評価は低い。

 その理由は単純だった。

 

 

――私はいつだって、成し遂げたいことを成し遂げられてない。

 

 

 ああ、だからこう思ったのだ。

 あの日あのとき、罪と悪に塗れて、咎人として死んでいきたいと願ったあの瞬間――エルフリーデが差し伸べてくれた手を、何よりも尊いと感じた。

 

 罪過と虚偽に塗れたリザ・バシュレーを、何のためらいもなく友達だと言ってくれたあの人。

 その慈悲深く、傲慢で、誇り高い魂の輝きに――どうしようもなく恋い焦がれた。

 そして誓った。

 エルフリーデ・イルーシャの煌めくような生き様を、誰にも邪魔させないと。

 

 

――もう二度と(ネバーモア)もう二度と(ネバーモア)

 

 

 たぶん自分は上手くやってきた、と思う。

 親愛なるエルフリーデ・イルーシャの妹とも仲良くなれたし、新しい職場であるヴガレムル伯爵家にも馴染んできた。幾度となくエルフリーデに訪れた試練を、その相棒として一緒に乗り越えてきた。

 

 まだ半年と少ししか経っていないけれど、血まみれの元スパイの第二の人生(セカンドライフ)としては上出来だろう。

 そう、上手くいきすぎていた。

 

 だから少し油断してしまったのだ――過去というものは、最悪のタイミングで視界の隅を横切ってくるのに。

 ああいや、これだって都合がよすぎる物言いだろう。

 

 リザ・バシュレーはどう取り繕っても罪人である。暴走する弟たちを止められず、無邪気に一二〇〇ミリ破城砲〈バタリング・ラム〉が使用され、数百人の死者が出るのを見ていることしかできなかった。

 

 不安定で不完全で破綻した巨大兵器〈イノーマス・マローダー〉。その電脳棺と一体化していながら、凄惨な出来事を前にして、震えることしかできなかったのだ。

 あれはミロとシリルの虐殺だった。そしてリザが止められなかった殺戮だったのだ。

 

 フィルニカ王国の軍人の遺族なら、自分を八つ裂きにして殺してやりたいぐらいだろう――幸か不幸か、そういう未来がやってくることは永遠にないけれど。

 あの日、フィルニカ王国でテロ事件を起こしたガルテグ連邦の工作員は死んだ。

 融合していた巨大兵器〈イノーマス・マローダー〉は跡形もなく消滅し、その搭乗員もまた、機体と運命を共にして消え去った。

 

 それが公式の記録である。

 ヴガレムル伯爵家に入った新人パイロットのリザ・バシュレーは、少なくともこの一件とは無関係ということになっている。

 

 

――皮肉なもんです。あんなに復讐を願ってた私が、自分だけは無関係でいようとしてる。

 

 

 思い悩んで苦悩する気はない。

 もし神様や運命が公平だったなら、この世に絶対的な正義があったなら――自分たちを襲った悲劇なんて起きるはずがなかったのだから。

 

 そう、弟たちを生け贄に供して生み出された〈イノーマス・マローダー〉と、それにかかわったガルテグ中央情報局フィルニカ支部の連中は皆殺しにしてやった。

 だが、ガルテグ連邦の本国であの計画を承認した屑共は殺せなかった。そもそもあんな兵器を生み出すような組織を存続させ、今もなおのうのうと息をしているガルテグ連邦の政治家や官僚どもに罪がないといえるだろうか。

 

 もし自分が断罪に値するというのなら、せめて、そういう奴らも一緒に裁いてやりたかった。

 だが、この願いが叶うことはない。

 ゆえにリザはその怨念を忘れ去ると決めた。因果応報があるのなら、やがて自分に降りかかるはずの断罪と共に――そんなものはこの世になかった、と。

 

 都合がよすぎる悪党の思考だった。

 苦笑しながら、リザは丁寧に入れられたお茶に口をつけた。ティーカップの中の温かな液体は、陰鬱な気分と無関係に美味しかった。

 

 

「このお茶、美味しいですね。ロイさんが入れてくれるお茶って最高です」

 

 

「ありがとうございます、リザ様。他に召し上がりたいものはございますか?」

 

 

「えっ、いいんですか?」

 

 

「ここは一流ホテルですから。きちんと申しつければ、ルームサービスで対応してくださいますよ」

 

 

 ここはホテル最上層のスイートルーム、エルフリーデと一緒に泊まっている部屋だった。

 エルフリーデの方は〈ピルグリム・ハート〉とのお話――実質的に説得というべきだろう――に出かけているし、クロガネの方はヴィタフォード自治区や帝国内務省の役人と顔を突き合せて交渉の真っ最中である。

 

 まったくタフな人々である。

 自分たちを狙った物騒なテロ事件のあとだというのに、もう事態を収めるための戦いに注力している。

 体力も気力もすごいし、何より目の前の現実を変えてやろうという意思に満ちあふれていた。

 

 さて自分の方はといえば――今日一日、何もせずに心身を休めるように申しつけられてしまった。上司であるクロガネとエルフリーデ、両方から命令として言い渡されてしまったのである。

 理由は簡単だった。

 

 リザ・バシュレーは今、明らかに動揺していて精彩を欠いている。このような状況で危険な現場仕事はさせられないので、とりあえず休んで体力気力を充実させるべし。

 そういう優しさだった。

 

 

――お人好しなんだから、二人とも本当に。

 

 

 自分の元教官イエスタデイがかかわっているという報告にも、二人はまったく動じていなかった。クロガネは「お前を守る」ときっぱり言ってくれたし、エルフリーデの方は笑えないジョークを投げつけてくる始末だ。

 

 

「皆さん、優しすぎますね。ああもう、意外とナイーブだった自分が嫌になっちゃいます……!」

 

 

「必要なとき、必要なだけ落ち込めるのも才能ですよ。リザ様、大抵の人間は――本当に心が壊れてしまうまで、抱え込んでしまうものですから」

 

 

 金髪碧眼の美青年は、微笑を浮かべてそう言った。それが静かだが、確かな実感のこもった呟きだった。

 リザはぎょっとして、顔を上げて彼の方を見た。ロイ・ファルカ、常日頃はクロガネの従者として振る舞い、文字通りに影に徹して主人とエルフリーデの恋愛模様を楽しむ奇妙な男。

 

 リザが知っているロイの人物像はその程度のものだ。

 意外と言葉にしないだけで怒るときは怒るし、さらっと苦言を呈することも多いし、超人的な体力で政務に励んでいるクロガネに振り回される苦労人でもある。

 そんな彼が自分を励まし、世話を焼くためにホテルに残っていた。

 その事実にどうしてか、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 

 

「ロイさんって意外と……こういうとき踏み込んでくるタイプなんですね。知りませんでした」

 

 

「本当ならその方が望ましいのです、リザ様。私は旦那様の従者として生きることを誓った身、影のように生きることができたなら――それが一番なのですから」

 

 

「そう、その顔です。ロイさんっていつもニコニコ笑ってるから――神妙(シリアス)な顔されると困りますね。超格好いい(ソークール)です、お兄さん!」

 

 

 リザが軽口を叩くと、ロイは柔らかに微笑んだ。それは決して力強いものではなかったが、見るものすべてを安心させるような、包容力のある笑みだった。

 

 そっと二杯目の紅茶が、ティーポットからカップに注がれた。赤褐色の魅力的な液体が、ほかほかと湯気を立てている。

 鼻孔を突く香りに、心が静まっていくのを感じた。

 ロイが口を開く。

 

 

「それはそれは。少々、出過ぎた真似をしてしまったようですね。ですがリザ様が元気になられて、このロイ、安心いたしました」

 

 

「あぁー……やっぱり、私って落ち込んでましたか?」

 

 

「はい、リザ様。あなたは普段、エルフリーデ様を和ませようと明るく振る舞っています。そのような仮面を被っておいでです。元来、そのように気遣いをしていらっしゃる」

 

 

「んー、演技っぽいってことです?」

 

 

「いいえ。優しい方なのですよ、リザ様は。ご自分でも気づいていないようなので、差し出がましいようですが、こうして言葉にいたしました」

 

 

 ロイ・ファルカは大胆不敵だった。

 よもや面と向かって「君は優しい子だ」なんて口説き文句みたいなことを言われるとは思わなかった。

 慣れない距離感だな、と思う。

 

 あるいはエルフリーデと冗談を言い合っているときとも異なる、ロイとリザだけの奇妙な距離感――そう、ここにあるのはたぶん共感だった。

 ロイはその人生の多くを語らない。

 

 かつてベガニシュ帝国の上流階級にいたこと、何らかの事件を経て、今はクロガネの影として生きて死のうとしていること。その程度のことしか、彼の言葉からはわからない。

 でもそれだけで十分だった。

 

 

――私も同じ気持ちだからわかりますよ、それ。

 

 

 リザ・バシュレーはかつてエルフリーデ・イルーシャに救われた。だからこそ彼女の相棒として、どんな危険と隣り合わせだろうと傍にいると決めた。

 

 

「不思議ですね。本当に……不思議です。私、あのときは……ロイさんをミサイルで吹っ飛ばすつもりでした。それが今じゃ、こうして一緒に過ごしてる。こういうの、なんて言えばいいんでしょうね?」

 

 

「エルフリーデ様の導いた(えにし)でしょう。あの方がいなければ、旦那様も私も、そしてリザ様も――まったく異なる運命を歩んでいたことでしょう。私たちは彼女に助けられて、この現在(いま)にたどり着いたのです」

 

 

 ああ、まったくその通りだった。

 リザ・バシュレーを取り巻く環境は何も変わっていない。かつてフィルニカ王国で犯した罪はある。今もなおガルテグ連邦への憎しみは消えていない。

 ろくでもない過去からやって来た教官殿――イエスタデイのクソ野郎だって野放しのままだ。

 だけど一つだけ、揺るぎない真実があった。

 

 

――たとえどんな形で過去がやってきたとしても、私が守りたいものはもう決まってる。

 

 

 それを噛みしめるだけで、自分は戦うことができる。

 頭にかかっていた迷いの霧が晴れていく気がした。たとえそれが錯覚にすぎないとしても、リザの胸は軽くなっていた。

 冬物のブラウスに分厚い男物のジャケット、これまた履き慣れたジーンズ――自分らしいコーデを忘れない少女は、にやりと笑った。

 

 

「ロイさん、口車が上手いですね。きっと詐欺師とか扇動家とかに転職できますよ?」

 

 

「リザ様。それはまったく褒めていませんね?」

 

 

「あははは、気にしない(ネバーマインド)! 私、やっぱりロイさんのこと好きですよ。ええ、とっても」

 

 

 屈託なく少女は笑った。

 三度目の願いは、誰にも踏みにじらせないと心に誓って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







【お知らせ】機甲猟兵エルフリーデ、続刊決定しました!
おかげさまで第2巻が出ます。
つまりリザ編ですよ、リザ編!
作者もテンション上がってます。



また書籍1巻ですが、Amazonのカスタマー評価、レビューなどいただけると助かります。
もっと知名度を上げて、多くの人に読んでいただくため、ご協力していただけると幸いです…!





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