機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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堕ちたる星

 

 

 

 ありとあらゆる戦争形態において、一つの真理が存在するとすれば――それは攻撃する側が有利であることだ。

 つまるところ劣っている側が守勢に回って勝つことは難しいし、力に優れる側とてそれは同じことだ。

 

 考えてみてほしい。

 思いきり罵り言葉を浴びせてくる輩に、反撃もせず勝利することができるだろうか――それが目に見える形であれ、密やかな報復であれ、何らかの意思表示があって初めて勝つことができる。

 それは細やかな人間関係の中の序列でも、国家間の武力紛争でも同じことである。

 

 殴られる側はいつだって不利だし、殴る側はそれだけで主導権を握っていられる。

 ゆえに陰謀を繰り出す陰湿なパワーゲームとて、やることは同じだった。勝利するには攻撃する側で居続けなければならない。

 

 そのように男は思考する。

 彼の名はイエスタデイ。

 本来の名前は遠い記憶の彼方に置き去りにされ、今はただ、コードネームであるそれだけが個人を識別する手段となった。

 

 名前を捨てることで、そうしてかつて、大きな歴史の流れに憧れた少年はタフな男になった。

 国家に忠を尽くす真の男、一握りの勇者、冷酷と機知を使いこなす人でなし。

 そういう存在だけが、この世界で生きていける。

 

 

――だが俺は、こうして使い走りに成り果てた。虚しいものだな。

 

 

 ふと皮肉と哀切が脳裏をよぎった。

 そう、酔っ払いではいられなかった。仕えるべき存在に対して忠誠を尽くしつつ、その無様さを笑う理性が必要不可欠だった。

 

 ゆえにイエスタデイにはわかっていた。

 彼の祖国、移民によって作りあげられた自由の国ガルテグ連邦は――今まさに分裂の危機に瀕していると。

 理由は単純だ。

 

 ガルテグ連邦は大陸間戦争において、当初、快進撃を続けた。侵略者であるベガニシュ帝国に勝利し続け、とうとう本土に遠征軍を送り込めるほどに勢いに乗っていた。

 そしてこの戦争を逆転された。

 

 自由と解放の名の下に送り込まれた若者たちは無駄死にした。おびただしい流血が大陸を血に染めて、ベガニシュ帝国とガルテグ連邦は和平条約を結ぶことになってしまった。

 これは実質的な敗戦だった。

 

 どれほどガルテグ連邦が腐敗し、政治と商売の都合が混ざり合っていようと――この国は民主主義の名の下に成り立っていた。

 異国の土に還っていった若者たちの死を、ガルテグ連邦は正当化できる根拠を失った。

 強い怒りが、悲しみが、そして失望が――新大陸を覆い尽くそうとしている。不平不満は弱腰な現政権に向けられている。

 

 そしてイエスタデイの属するガルテグ中央情報局を初めとして、大戦中に巨大な権限を付与された国家機関は、それぞれが独自の意思を持って軍閥を形成しつつあった。

 文民統制(シビリアン・コントロール)などくそ食らえ。

 暴走する手足が暴れ回り、民衆から支持を失いつつある大統領府はこれに抑制する術を持たない。

 

 そう、これは敗戦だった。

 ゆえにイエスタデイは受け入れなければならなかった――かつて彼が命を捧げると誓った理想もまた、崩れゆく国家の中で葬り去られるのだと。

 ガルテグ連邦は決して清廉潔白な存在ではない。

 

 それでも希望だったのだ――未だにカビの生えた貴族制を存続させ、未来永劫、それを維持しようとするベガニシュ帝国に抗しうるものとして。

 今失われようとしているのは、ガルテグ連邦の統制や国益ではない。

 人類の未来そのものだ。

 

 

――リザ・バシュレー。お前の選択を責めはすまい。俺の祖国は、お前に対して不正義を働き続けた。

 

 

 イエスタデイにはわかっていた。

 先の戦闘で彼を見つけ出し、互角の戦いを繰り広げてみせた青い〈アシュラベール〉型――あれはおそらく、彼の教え子リザ・バシュレーが乗っていた。

 通信したわけではない。言葉を交わしたわけでもない。

 

 だが、わかる。

 お互いが見慣れた呼吸で、幾度となく訓練を通じて交わし合った相手――その体捌き、ナイフファイトのテクニック、バックラー・シールドの使い方。

 そのすべてを仕込んだのはイエスタデイだった。

 

 イエスタデイは女を信用していない。彼女らは体力で男に劣り、それゆえにタフな戦士になれない存在だと認識している。

 勇者になりえないものに、尊敬を送ることはできない。彼は男尊女卑の価値観を持っていた――だというのに何故、あの少女を高く買っていたのかといえば。

 

 

――リザ。お前は素晴らしい戦士だった。執念深く、才能にあふれ、必ずやり遂げるクソ女だ。

 

 

 ああ、まったく賞賛すべきクソ女である。

 ことの詳細はさっぱりわからないが、これだけ情報が出そろえば察しはつく。

 リザ・バシュレーを利用していたキース・ロックウェルはGCIフィルニカ支部諸共に皆殺しにされて破滅した。そして混乱の中で散っていったはずのリザは、こうして大陸の反対側でのうのうと息をしている。

 

 つまりそういうことだ。

 あいつは周囲の大人を出し抜いて、殺してやりたい相手をそうしたのだろう。

 驚嘆すべきことだった。きっとそれは最高のタイミングでの裏切りだったはずだ。恥知らずにも生き延びて、こうして帝国貴族の犬になっていることすら――あの少女の才覚であると思えるほどに。

 

 

「ああ、まったく大したクソ女だ」

 

 

 ため息が漏れる。

 ともあれ、不都合な事実に気づこうと――イエスタデイにはもう、本国に対してそれを伝える術がない。

 

 通信手段はバナヴィアに根を張る諜報組織に見張られているだろう。ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラや、彼に協力するバナヴィア人ネットワークはガルテグ連邦の敵に成り果てた。

 すべてはフィルニカ王国で起きた事件が原因だった。

 

 〈トリニティ・コフィン〉搭載の超巨大兵器〈イノーマス・マローダー〉の暴走と、それによってガルテグ連邦が負った政治的ダメージは計り知れなかった。

 本来、友好的中立国だったフィルニカ王国を、ベガニシュ帝国の側につかせるほどの大失態。

 ありていに言ってそれは国際問題だったのである。

 

 当然、責任問題になった。GCIでエージェントを育成する教官だったイエスタデイが、こうして自殺紛いの任務に駆り出されていること自体、そうして起きた政治的粛清の余波だった。

 本来、流出してはならない軍事技術の塊である特殊作戦機――先の作戦で使用された機甲駆体がろくな後始末もできずに敵地で放棄されたのも、組織の機能不全が起こした失態である。

 つまるところ男はどん詰まりにいた。

 それでも逃げ出さず、最後の手段を執ろうとしているのは――自分自身に尽くす忠誠ゆえか。

 

 

――さあ、ガルテグ人が信じた天の導きに従おう。

 

 

 イエスタデイはそうして、ガレージに隠してあった機甲駆体に乗り込んだ。

 ここはヴィタフォード市街地から離れた郊外の一軒家、かつてガルテグ連邦がバナヴィアに確保したセーフハウスの一つである。表向きの所有者は異なるものの、実際には工作活動の拠点として運用されていた。

 

 秘密裏に運び込まれた人型兵器――手足を伸ばした状態では五メートルにもなる巨体だが、折り畳んでいればそこらの乗用車と変わらないサイズ――とて、隠しておけるだけのガレージがあった。

 むくり、と音もなく巨人が起き上がる。

 

 異様なまでに長い手足と、骸骨を思わせる頭部を持った灰色の機影――異形はその名を〈シャドウ・クリーパー〉という。

 影を這うもの(シャドウ・クリーパー)の名の通り、それは密やかに運用され、対象を抹殺するためのバレットナイトだった。

 

 獣のごとき俊敏性、足音一つ立てない静粛性、そして光学的に透明になれる光学迷彩システムを採用した装甲。

 それはジェット推進やロケット推進に舵を切った、ベガニシュ帝国の第三世代機とは異なるもう一つの進化のかたちだ。

 背負ったものはいくつもの武器。

 

 五七ミリ電磁狙撃砲、サーベル刀型の超硬度重斬刀、巨人用の馬鹿でかい手投げ弾、これまた大口径の自動拳銃――いずれもベガニシュ帝国から横流しされた物資の成れの果てだった。

 ガルテグ連邦が内紛を始めようとしているように、ベガニシュ帝国もまた一枚岩ではない。

 

 ガレージの電動シャッターが開く。

 四つん這いで床を歩き、のっそりと這い出した〈シャドウ・クリーパー〉――その機影はすぐに、光学迷彩によって揺らめく蜃気楼のように消え果てた。

 イエスタデイには任務があった。

 

 

――ヴガレムル伯爵を、クロガネ・シヴ・シノムラを消さねばならない。

 

 

 あの人物はここ半年ほどで、あまりにもガルテグ連邦によって危険になりすぎた。

 彼はベガニシュ帝国から巧みに譲歩を引き出し、バナヴィア人の不平不満をすくい取り、この地域をまとめ上げようとしている。

 

 そう、あまりに都合が悪すぎた。バナヴィア人が反帝国の独立闘争をするのは構わない。だがそれは、できる限りベガニシュ帝国に流血を強いるものでなければならなかった。

 革命の理想すらない、血みどろの利害以外にない目的。

 

 それはイエスタデイにとって、かつて夢見た理想の姿とはほど遠い――地に堕ちた星の輝きだった。

 ガレージの外には木立が広がっていた。ヴィタフォードの寒々しい空の下、葉の落ちた木々が並ぶ林がある。

 

 

――不意に音が聞こえた。

 

 

 それは聞き覚えのある騒音だった。

 けたたましいジェット噴流の奏でる推進音、虚空を焼き焦がすプラズマ化した推進剤の白熱、地面から浮いて飛翔する機影。

 

 それは暗く静かな群青色をした鬼神だった。額から突き出た二本のブレードアンテナは、まるで地獄の悪鬼のそれ。

 光学迷彩によって外部と電磁波的に遮断され、外界の認識をパッシブセンサーの音響探査に頼っていようと――見間違えるはずがなかった。

 

 距離にしてざっと一〇〇メートル先。

 〈シャドウ・クリーパー〉の光学迷彩は強力だ。こちらの姿は探知できていないはずだった――だが、もう隠れ家の存在は露呈していたらしい。

 二本角の鬼神が、聞き覚えのある声を放った。

 

 

 

『ハロー、イエスタデイ。楽しいかくれんぼの時間です。鬼はもちろん私ですけどね?』

 

 

 

 イエスタデイは深々とため息をついた。

 そして一人、胸中で毒づくのだった。

 

 

 

 

 

――大したクソ女だよ、リザ・バシュレー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









Q:なんでリザの教官がテロ攻撃の最前線に駆り出されてるの?
A:リザがダイナミック不祥事で復讐ザマァしたので関係者の首が飛びまくった。



自分に嘘がつけないマッチョイズム愛国マンに、才能あふれる天才ガールをぶつけるとなんかバグった挙動する。






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