機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
結論から言えば、リザ・バシュレーとその機甲駆体〈ラセツベール〉が到着した時点で、一歩出遅れたことは明白だった。
自動車用のガレージが開け放たれ、その中にあったはずの何かがすでに姿を消している状況。
どうやら向こうにこちらの動きを察知されていたらしい、と悟る。
開発された市街地や港湾部と比して、ぽつんと道路からも外れたところにある一軒家は如何にも隠れ家にうってつけだった。
ヴィタフォード自治区の警察の把握してる郊外の空き家のうち、クロガネが推測した敵の拠点に相応しい条件に当てはまる物件をしらみつぶしに探索すること五件目。
ようやく当たりを引いたと思ったらこれである。
――落ち着け、まだ遠くには逃げられていない。
ヴィタフォード警察が敷いた封鎖網は、展開速度がとにかく早かった。ともすれば拙速にもなりかねない検問は、生身の人間が目視で主要道路を固めるという原始的で効果的なものだった。
すでに乗り捨てられていた機体の残骸から、ミトラス・グループの技術者たちによって敵のスペックは推測されている。
自爆されたために詳細なスペックはわかっていないが、あののっぽの化け物――イエスタデイの機体は、人工筋肉駆動の特殊作戦機であることが推測されていた。
本格的な機体特性はわからなくても、水密性が重視されているなどの特徴から、その用途について考察することはできるのだ。
要するにこういうことだ。
おそらくイエスタデイは任務を諦めていないし、もしそうであるならば、彼はもう一度、銃を手に取ってクロガネの暗殺を試みるだろう。
無謀な行いである。しかしそれを言うならば、今回のテロ事件そのものがそうだったのだ。
そういう状況下で平常時の論理で考えるのは、かえって不正解を招く。
ジェットエンジンの推力でホバリング――地面から数メートルの高さに浮かび上がり、時速一五〇キロメートルほどの速度で巡航してきた――していた〈ラセツベール〉は、ゆっくりとその速度を落としながら静止状態に移行。
イメージとしてはかっ飛ばしていた自動車が、ゆっくりとブレーキを使って徐行していく感じ。
やがてジェット噴流を垂直噴射してるだけになった機体――ジェット・スラスターバインダーを制御、ゆっくりとジェット噴流を弱めて地面の上に立つ。
二本の足で大地を踏みしめる。
そうしてジェットエンジンへの動力供給をカットする。ジェット噴射の騒音は、音響センサーを用いての索敵の邪魔になるからだ。
――おそらく敵はまだ遠くに逃げていない。うっすらとだけど足跡がある。
おそらく隠密行動用の馬鹿高い足裏――接地圧を最小限に留める、超高級品のスニーカーみたいなものだ――を使っているのだろう。一見するとわからないほどに足跡は弱まっているけれど、同様の品を使っていたリザにはわかった。
バレットナイトの自重を受け止めて、その衝撃を和らげ、地面に残る痕跡を最小限に留めるための工夫。
しかもヴィタフォードの冬は寒く厳しいから、地面はぬかるみにはほど遠く、しっかりと機械仕掛けの
わずかな痕跡、それこそミリ単位のわずかな凹凸を頼りに周囲を見渡した。二〇メートル先にはシャッターが開け放たれたガレージ、その傍には人気のない一軒家。それらを吐露巻くように木立が林立している。
葉の落ちた冬の木々はひどく寒々しい印象を与える。
しかし好都合だった。
葉っぱが擦れ合うような雑音がなく、身を隠すための木の葉の影もまた存在しない。
おそらくイエスタデイはバレットナイトに乗っている――生身の人間が、今のクロガネの周囲を固める警備をくぐり抜け、暗殺を成功させる確率はゼロに近い。
しかし戦車の装甲だろうとぶち抜ける狙撃用レールガンや、馬鹿でかい手榴弾を投げつけられるバレットナイトならば、二〇パーセントぐらいの成功確率を引き寄せられるだろう。
あの卓越した機体性能ののっぽの化け物――なんとエルフリーデの〈アシュラベール〉すら手を焼いた――であれば、ヴィタフォード自治区の配備している第二世代機ぐらいは突破できるかもしれない。
つまり巨大人型ロボットを使わなければ、イエスタデイは暗殺任務を果たせず、それゆえにリザには彼を追跡する余地があった。
耳を澄ませる。
人工筋肉駆動のバレットナイトは駆動音も極めて静かだった。もちろん熱を放つこともないから、赤外線センサーにも引っかからないことだろう。
足跡らしき凸凹を見つめて、敵が進んだ方向を推定する。
そして自分にすべてを叩き込んでいった男――銃の撃ち方、バレットナイトの操り方、そして逃亡技術に至るまですべて――の言葉を思い出す。
もし自分がイエスタデイだったなら、どうするだろうか。
先ほどド派手に登場して、挑発めいた言葉を投げかけたのはこちらに引きつけるための自己演出だった。
おそらくその厄介さを嫌というほどわかっているイエスタデイは、今、葛藤しているはずだ。
選択肢は三つ。このまま木立に隠れ潜んでリザをやり過ごす、物音を立てぬよう牛歩の速さで逃げる、そしてリザの息の根を止めて迅速に立ち去る。
ちなみにどの選択肢を選んでも、時間が経てば経つほどヴィタフォード自治区の警察組織が包囲網を狭めてくるのは想像に難くない。
――イエスタデイ、あんたは冷酷で卑怯なクソ野郎だ。でも自分自身の仕事を投げ出せない真面目な男です。だからまあ、私をぶっ殺そうとする確率は五分五分ってところでしょう。
リザは今、自分自身を囮にしてここに立っていた。
耳を澄ませる。今この瞬間にも、自分に対して銃口を向けているかもしれない師の姿を想像する。馬鹿でかい狙撃用レールガンを使えば、〈ラセツベール〉の装甲など容易く射抜けてしまうだろう。
だが、イエスタデイにその選択肢は選べない。
発砲音を聞き取られて、自分の現在位置を教えることになるからだ。
群青の戦鬼は、ぐるりと周囲を見回す。光学センサーであるカメラアイが、電磁波によって彩られた世界を視覚に映し出していた。
一見すると動く影は見当たらない。
だが、確実に近寄ってきているはずだと集中する。
――光学迷彩の一種を使っている可能性があるって、伯爵様は言ってましたっけ。
その完成度は不明だが、バレットナイトの大きさでもある程度の透明化は可能らしい。これは同種の技術をクロガネが作りあげ、実戦運用したこともあるがゆえの断言だった。
それはド派手に戦闘出力で動く巨人を
例えばリザの師であるイエスタデイのように、体術や隠密術を身につけた戦士ならば、違和感を抱かせずに接近することもできるだろう、と。
その優れた隠密性こそが罠だった。
あるいはイエスタデイが乗っている機体が、平凡なバレットナイトだったなら――彼はじっとやり過ごして、包囲網をひっそりとやり過ごすことに全力をかけたかもしれない。
だが、幸か不幸か、あの男は今、バレットナイトという力を手にしている。
それ自体が思考と判断を歪ませる。
リザは深呼吸した。口も喉も肺も存在してない、
――今、あそこの木立が揺れたかも? いや、これは風が吹いたせい?
人生で一番緊張する六〇秒間だった。それはやがて九〇秒となり、ゆっくりと一八〇秒もの経過時間になっていった。海から吹き付ける寒々しい風、鉛色の空の下――何も起きなかった。
最初からすべては
あるいはリザ・バシュレーが凡庸な戦士だったなら、この瞬間、無意識に緊張をゆるめてしまったかもしれない。
だが、少女はずば抜けた才能の持ち主だった。
その瞬間、攻撃が来ると悟った。三〇ミリ電磁機関砲を構える。振り返り様に照準すらせずに発砲した。
〈ラセツベール〉は背後を振り向いた。白熱する
空気が揺らめく。
それまで透明化していた何かが、火花を散らして砲弾に撃ち抜かれていく。砕け散った間接フレームと筋繊維と装甲材の断片が宙を舞う。
吹き飛んだものは長い棒状――おそらくはバレットナイトの腕部が千切れ飛んだのだ。
瞬間、〈ラセツベール〉の胴体に強い衝撃が走った。刺された。高速振動するスティレットの駆動音――バイタルブロックに到達しなかったのは、ほとんど運だった。
「――クソッタレ!」
罵声を浴びせながら、脚部で地面を踏みしめる。ざりざりと地面を削りながら制動をかける。左腕に装備した馬鹿でかい火砲――九〇ミリ低圧散弾砲を構える。昔ながらの炸薬の力を借りて、とにかくバカみたいに大口径の散弾を撃ち出す銃だった。
引き金を引く。
砲弾が爆ぜる音。強靭な〈ラセツベール〉の腕部フレームが衝撃を吸収する。そして目の前の空間で火花が散った。アルケー樹脂装甲に穴が空いて、光学迷彩の展開に必要だったホログラム・プロジェクターが破損したのだろう。
それまで不可視になる魔法をかけられていた怪物が、虚空からいきなり姿を現した。
消し飛んだ右腕、穴だらけになってボロボロの装甲、手足の長い妖怪じみた姿形をしているのっぽの化け物。
「ご機嫌な姿ですね、イエスタデイ!」
呼び掛けに返ってきたのは、意外なほど落ち着いた男の声だった。
『リトルバード……ずいぶんと強くなったものだな』
「人間って成長するんですよ、知ってました?」
発砲する。
リザの〈ラセツベール〉は腹に刺さったナイフから火花を散らし、イエスタデイののっぽの化け物は左手で巨人サイズの拳銃を抜いた。
三〇ミリ電磁機関砲の掃射音――水平発射された電磁投射砲の雨は宙を切った。
その寸前、垂直に飛び上がったイエスタデイが銃撃を避けたのだ。腰のホルスターから引き抜かれたのは、四五ミリ大型拳銃。
ほぼ対戦車榴弾の発射機といって差し支えない、バレットナイト用の拳銃である。
狙いは精確だった。
どんどんどん、と連続して被弾する。三〇ミリ電磁機関砲に直撃した榴弾が、その銃身を吹っ飛ばした。大電流が暴走して一瞬、放電現象が起きる。これでレールガンは使えなくなった。
お返しとばかりに〈ラセツベール〉もまた地面を蹴った。
空中に飛び上がってしまえば、通常のバレットナイトはもう姿勢制御の方法を持たない。精々、人工筋肉をしならせて空中で体勢を変えるのが関の山だろう。
――だけどこっちは〈アシュラベール〉の量産型なんですよ!
人工筋肉が大地を蹴り付ける。一二Gを超える加速運動。さらに次の瞬間、腰から伸びたジェット・スラスターバインダーが火を噴いた。
プラズマ化した大気を吐き出すジェット噴流――その後押しを受けて瞬時に二〇Gを超える加速運動に至る。それはつまり、一秒間に一九六メートルもの距離を突き進む異常な速度を意味していた。
空中という逃げ場がない場所に飛び上がったイエスタデイは、もうそれを回避する術を持たなかった。
二本角の戦鬼が飛翔する。自らの
振りかぶった右腕を躊躇うことなく、相手の顔面に叩きつける。
衝撃音。
〈ラセツベール〉の右腕部マニピュレータが異音を立てた。だが、殴りつけられた側はたまったものではない。
イエスタデイのバレットナイトの頭部、髑髏のような顔面がひしゃげて歪んで半壊した。
火花が散る。
叩き潰された電装系が、火花を吹いて悲鳴を上げていた。
二機のバレットナイトはそのまま空中でぶつかり合った勢いそのままに墜落――土煙を立てて地面の上に叩きつけられた。
先に立ち上がったのはリザの方だった。
〈ラセツベール〉が左腕に残された散弾砲を構える。引き金を引いた。のっぽの化け物の左腕を肘関節で吹き飛ばす。
強烈な反動をものともせず、今度は股関節に向けて発砲、発砲、発砲――流石に徹甲弾を用いたレールガンほどの威力はないが、荒れ狂う九〇ミリ散弾は効果抜群だった。
間接機構に食い込み、人工筋肉の筋繊維を引き千切る化学エネルギー弾の洗礼。
その手足すべてを撃ち抜かれ、砕き割かれ、イエスタデイは抵抗の術を失った。
――やっぱりお姉さんみたいに圧倒して大勝利とはいきませんね。
イエスタデイに対してどれを選んでも追い詰められる選択肢を突きつけて、正面戦闘で優位の〈ラセツベール〉で挑んでなお、こうして捨て身の戦いをするしかなかったのだ。
その意味を噛みしめる。自分の未熟さを痛感しつつ、リザはかつての教官に銃口を突きつけた。
「――イエスタデイ、あんたはとんでもないクソ野郎です。それでも一つだけいいところを探してあげましょう」
嘘偽らざる本音だった。
まったく人間の尊厳というものを舐め腐った、最低最悪のクソ野郎の巣窟に所属しておいて、国家の大義だの名もなき星の理想だの――口にするだけで虚しい絵空事である。
リザ・バシュレーにはわかっていた。
要するにイエスタデイという男は、タフな勇者たちの自己犠牲とか、それによって救われる市民とか、そういう男臭い世界観に酔っ払っているのだ。
リザの抱えている反骨心を見抜いていながら、それもいいと肯定してしまったのは、そういう生き様だったからだろう。この世界に対する反骨心、絶望に屈しない魂を男は尊んでいたからそうした。
「あんたは女を軽蔑してる。弱いから、タフじゃないから――なのに私をそういう風に教育しなかった。男に媚びを売って情報を抜いてくる、ハニトラ要員にはしなかった。あんたは私を戦士として鍛え上げた。これ、個人的には感謝してるんですよ?」
そしてそれゆえに、イエスタデイはリザに敗北したのだ。
だから投降してください、と告げた。
沈黙の帳が下りた。
そして三〇秒経っても、恐れていたような自爆プロトコルの実行は為されなかった。
仰向けになって倒れた巨人、手足をもぎ取られた無残な兵器の残骸から、一人の男が這い出てきた。
記憶にあるよりも幾分か歳を取った気がする、中年の男だった。日焼けした肌、鋭さを秘めた目線、あるいは荒くれ者の船員と言われたらそう信じてしまいそうな雰囲気。
たぶんイエスタデイは、過去のリザが記憶しているどんな場面よりも疲れ果てていた。
男はため息をついた。
「お前は大したクソ女だよ……ああ、俺の負けだ」
リザは笑った。
「冴えない愚痴ですね、教官殿?」
書籍版、続刊が出るそうなので特設サイトのURLはって宣伝しておきますね…!
https://over-lap.co.jp/narou/824014115/
旧来の戦術における戦闘巧者の教官殿VSエルフリーデ直伝の空中ジェット格闘術を収めた弟子。
おおむね機体特性と正面装甲の厚みで押し切って勝ちました。