機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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サイコロの目を笑え

 

 

 

 エルフリーデ・イルーシャは剣を手に空を駆け抜ける。といっても実際のところ、〈アシュラベール〉は如何なる制約もなく空を飛んでいるわけではない。

 この機体はジェット推進による高速機動が売りではあるものの、揚力を得るための機構については考慮されていない。光波シールドジェネレータを用いて膜状のバリアを張って、擬似的に揚力を得ることはできるけれど――それはキャパシタに溜め込んだ電力を消費して、ようやく実現する物理作用である。

 

 揚力を稼ぐための翼を持つ航空機とは、根本的に挙動が異なる不安定さ。それは〈アシュラベール〉が人型兵器であるがゆえに抱える、解決されざる課題なのだ。

 深紅の悪鬼は推力任せの軌道変更を繰り返しているが、これはジェットエンジンの基部が自由自在に動くからできる無茶だった。

 

 揚力を持たないとはすなわち、減速した場合に重力に掴まって墜落するまでの余裕がほとんどないことを意味する。〈アシュラベール〉の変幻自在の戦闘機動(マニューバ)は、エルフリーデ・イルーシャの才覚なしに成立しない絶技であった。

 

 

『奪い、踏みにじり、勝利だけを追い求めた人の業! それが我だ! だというのにガルテグは我を否定した! 勝つために生まれた我を、意味のない怪物に貶めたのだ!』

 

 

 叫びが聞こえた。

 目も眩むような五色に塗り分けられた巨影――異形の巨神〈ピルグリム・ハート〉がその喉から絞り出す、悲鳴のような声だった。それは電波と音波、二つの媒体に乗せられて幼い声音で発される言葉だった。

 

 〈ピルグリム・ハート〉の正体は、人間の魂を燃料にして次元の壁の穴を開け、周囲を巻き込んで自爆する爆弾だった。

 それはあまりにも破滅的で救いのない、彼本来の存在意義を表していた。

 生きることでもなく、何かをもたらすことでもなく、祝福されたわけでもなく、ただ人の命を奪う呪いであることを求められたもの――その悲嘆は何者にも覆せぬ慟哭を秘めていた。

 

 

『愚かな人間たちは、あつかえもしない遺産を弄び、我を生み出した! 生物でも機械でもない知性体! 崩れ去った自我の欠片をつなぎ合わせた兵器! 我に人間としての記憶などなかった! そうあることすら許されなかった!』

 

 

 〈アシュラベール〉は剣を振るい、その切っ先で頭部を破損させた。超硬度金属の実体剣は、その高度と質量、そして刃の表面にまとったエネルギー波で接触した物質を破壊する。

 頭部機関砲の一門を破壊され、火花を散らしてもがく巨神――〈ピルグリム・ハート〉は、その巨体に見合わぬ敏捷さを発揮した。

 

 巨神が振り返る。

 ちょうど背後に回り込んだ〈アシュラベール〉を追い立てるように、たった今、地面に叩きつけたばかりの腕を持ち上げて。

 胸の前にかざされた二本の腕――その先端部、五本の指が大きく開かれる。

 

 それは全長三メートルはあろうかというテロス合金製のかぎ爪であり、その一つ一つが、バレットナイトの振るう刀剣と同等の質量を持っていた。

 左右合わせて一〇本の指が、次の瞬間、射出された。

 

 五連装誘導重突銛(フィンガー・ハープーン)――合計一〇本の銛撃ち銃と化した手指――ワイヤーのような構造体は、それ自体が伸縮する人工筋肉のバネである。

 まるで最新の誘導ミサイルよろしく、その手指のすべてが射撃武器として対象を追尾する。最早、形だけしか人間を真似ていない怪物――〈ピルグリム・ハート〉の肉体構造を象徴するかのような近接兵装だ。

 

 

――全部で一〇本の誘導ワイヤー! 見切れる!

 

 

 瞬間、〈アシュラベール〉は緊急旋回機構を作動させた。エネルギーバリアの展開と同時に、その右肩部で起きる小爆発――解放された高エネルギー粒子の勢いを利用して、ぐるんと回転する深紅の機影。

 

 その負荷は三〇Gを軽く超えた。ほとんど航空機の墜落事故のようなとんでもない負荷がかかる。

 さらなる衝撃。

 高速で衝突してきた金属ブレードを、立て続けに三本叩き落とした。空中で独楽のように半回転した〈アシュラベール〉が、手にした太刀でフィンガー・ハープーンを迎撃したのである。

 エルフリーデは反射的に三〇ミリ電磁機関砲を構えた。ろくに狙い撃つ暇もなかったが、やるしかない。

 

 高速発射される徹甲弾――超音速の弾体を浴びせられ、別方向から迫っていたフィンガー・ハープーンの軌道が逸れた。比重が重たい高密度の特殊合金が、〈アシュラベール〉の真横を掠めていった。

 たった一瞬の交錯。

 

 深紅の悪鬼は空を舞い、異形の巨神と距離を取った。二秒で数百メートルの距離――フィンガー・ハープーンの射程からは逃れた。触手のように伸びた一〇本の誘導ワイヤーが、しゅるしゅると〈ピルグリム・ハート〉の手指に戻っていくのが見えた。

 反転する。

 

 再び接近すべく、地面ギリギリを舐めるように飛んだ。地面を蹴り付け、その反動によって跳躍――バッタのように飛び跳ねながら、ジェット・スラスターバインダーの推力で水平移動を行う。

 時速六〇〇キロメートルを軽く飛び越えて、〈アシュラベール〉は瞬く間に距離を詰めた。

 

 

『我は数えきれぬ命の断絶によって生まれた! ただこの地上に爆心地(グラウンド・ゼロ)を造るために! 我は耐えられない、この身のすべてが無意味であることが許せないっ!』

 

 

 帝国内務省は異端対策局――その執行部隊はこの戦闘に介入してこなかった。その理由は単純である。彼らが持てる武力は、誰がどう見たってこの事件を解決できるレベルにないからだ。

 事前協議で帝国内務省の役人を相手に、主導権を握ってみせたクロガネの手腕を褒めるべきだろう。

 

 〈ピルグリム・ハート〉のセンサーシステムが、再び〈アシュラベール〉を捕捉した。その腕部が前に突き出される。前腕部に内蔵された大砲がうごめいた。

 一二七ミリ液体装薬式速射砲。ほぼ駆逐艦に積まれる主砲と同等の火力――砲火が弾けた。

 砲弾は空中で弾ける榴弾だった。

 

 〈アシュラベール〉の予想進路上にばらまかれる破片の雨――深紅の悪鬼はそれを避けることすらしなかった。光波シールドジェネレータが展開され、砲弾の破片を突っ切っていく。

 

 

『痛みが我に命を吹き込んだ! 救いようのない悪が我を育てた! 答えてくれ、エルフリーデ――我はどうすればよかった!?』

 

 

 エルフリーデは今、ちょっとした固定翼機ぐらいの速度に達していた。

 ゆえに多少、距離が開こうとすぐに最接近することができる。

 だが、エルフリーデ・イルーシャが如何に天才と呼ばれる類のパイロットであろうと、〈ピルグリム・ハート〉の装甲防御を貫徹するのは容易ではなかった。

 

 多層構造の電磁装甲は本来、戦車砲でも持ってこないと有効打を与えられない重装甲なのだ。ただでさえ分厚い装甲板な上に、電気的エネルギーを通電させることで外部からの攻撃を減衰させてしまう。

 

 バレットナイトの超硬度重斬刀(テロス・ブレード)は本来、同じバレットナイトや重戦車を切り裂くための武器だ。

 身長五〇メートルの怪物では、如何にも分が悪い。

 

 

――だからそれ以外を使おう。

 

 

 エルフリーデは取るべき戦術を決めた。エンジン出力を全開にした。光波シールドジェネレータを大気整流モードに切り替え、空気抵抗を低減して時速八〇〇キロメートルを超える。

 亜音速域の飛翔――目と鼻の先に、〈ピルグリム・ハート〉の極彩色の塗装が見えた。先ほどよりも明らかに、可視化されたエーテル粒子の煌めきが濃くなっていた。

 

 三〇〇秒あれば世界だって救える。

 つまり三〇〇秒が過ぎれば、この事件は強制的に悲劇の結末を迎える。〈ピルグリム・ハート〉は跡形もなく消え失せ、それに巻き込まれる形でヴィタフォード自治区も大きな痛手を負うことになるだろう。

 目が合った。

 

 〈ピルグリム・ハート〉の視線に追従するようにして、残る一門の頭部機関砲がこちらを向いていた。

 ジェット噴射の角度を調整、機体の進路方向を変える。コンマ一秒の判断が命を救った。五七ミリ機関砲がドンドンドン、と火を噴いた。直撃すれば〈アシュラベール〉など跡形もなく吹っ飛ぶような対空砲火。

 

 身長五〇メートルの巨人、その頭部の真横を掠めるように飛んだ――すれ違い様に右腕部のワイヤーを射出――自在軌道剣パイチェ・シュヴェールトと呼ばれる高強度ワイヤーだった。

 ロケットアンカーに牽引され、ワイヤーが手甲(ガントレット)から引き出される。

 〈ピルグリム・ハート〉の首関節にワイヤーが絡みついた。

 

 

『何っ!?』

 

 

 ワイヤーを支点にすれば、距離を離すことなく高速機動できる。要するにワイヤーアクションの要領で、ワイヤーを支えにして動けばいいからだ。

 ぐるんと回転する機体――弧を描くように半円を描く軌道を取って、〈アシュラベール〉が巨神の背後に回り込んだ。右腕から伸びたワイヤーが、〈アシュラベール〉の弾丸じみた推力と自重を受け止めていた。

 

 反転する。

 ちょうど〈ピルグリム・ハート〉の背中が見えていた。

 選択するのは内蔵火器、展開式エーテルパルス戦術兵装〈ソード・ムラクモ〉――ベガニシュ帝国のそれを真似て、超至近距離でのみ有効な熱線砲(ビーム)をこの機体は搭載している。

 

 問題はバカみたいに多い。出力も排熱も反動もお粗末な代物で、間違いなく普段使いには適さない欠陥品、試作品がどうして試作止まりなのかよくわかる有様だ。

 だけど今、〈ピルグリム・ハート〉の常軌を逸した装甲防御を射抜けるのは、この武器以外にありえなかった。

 

 

「魔剣執行――〈ソード・ムラクモ〉解放」

 

 

 安全装置である音声入力を指令(コマンド)

 刹那、〈アシュラベール〉の装甲の一部として接続されていたスタビライザーの一部――エミッターコートと呼ばれる突起物が展開された。

 それは粒子加速器であり、また砲身だった。

 

 バレットナイトがその稼働時に生み出す無尽蔵のエネルギーを、高エネルギー粒子という形で実体化させ、特定方向への加速投射を可能とする機構。

 この破壊的な粒子ビーム兵器を、ベガニシュ帝国は熱線砲と呼ぶ。

 狙うのは〈ピルグリム・ハート〉の背面、背中から突き出した電磁気流体制御機構の隙間だ。

 

 発射する。

 エミッターコートの砲身がうなりを上げ、強烈な光が放たれた。瞬時に極超音速にまで加速された高エネルギー状態のエーテルが、光の刃となって巨神の背に浴びせられたのだ。

 電磁装甲は赤熱し、固体から流体に変化し、やがて爆発的にプラズマ化して爆ぜた。

 同時にそれまで通電していた大電流が解放され、目に見えるほどの放電現象となって空気を焼き焦がす。

 

 凄まじいエネルギーが吹き荒れた。

 熱波と爆風が吹き荒れる。〈アシュラベール〉の右腕から伸びていたワイヤーは負荷に耐えかね、あっさりと千切れ飛んだ。

 当然、エルフリーデを襲ったのは殺人的な反動だった。

 

 上下左右の間隔を失うようなきりもみ状態での墜落――対地高度は精々が七〇メートルだったので、地面とキスするまでの猶予も一瞬でしかない。

 よって理性ではなく勘がすべてだった。

 

 迫り来る地上がどの方向かを瞬時に把握し、ジェットエンジンに逆噴射を命じて、同時に両脚を使っての着地を実行――バレットナイトにおいて最も優れた衝撃吸収システムは脚部なのだ。

 ずぅん、と腹に響くような衝撃。

 

 間違いなく四〇Gを超える衝撃がかかっていた。航空機の墜落事故と大差ない衝撃を、優秀な駆動フレームがしっかりと吸収してくれていた。

 もうもうと立ちこめる土煙の向こうに、〈ピルグリム・ハート〉の姿が見えた。

 

 

「〈ピルグリム・ハート〉――ちょっとした例え話をしようか。イーサン・レイフマンっていう作家がいる。空想科学小説の大家だなんて呼ばれている人気作家で、そりゃもう名作をいくつも書き上げてる。戦争が何度起きたって本が売れてる、そんなすごい作家だ。実力派の大ベテランって言ってもいいかもね」

 

 

 返答はない。

 しかしエルフリーデにはわかっていた。〈ピルグリム・ハート〉は生きている。

 〈ピルグリム・ハート〉は大きく損傷していた。多層構造の電磁装甲がエネルギーを受け止めたものの、粒子ビームの照射によってその背部装甲は大きく焼け落ちていた。

 

 剥離した装甲の奥に、血管のように内部を走る導管が見えた。そこを流れているのは血液ではなく、物質と相互作用する状態になった高エネルギーとしてのエーテルだ。

 計画通りで予想通りだった。

 

 クロガネ・シヴ・シノムラは、以前、目にした巨神――〈イノーマス・マローダー〉の設計図を分析してその内部構造を把握していた。

 そして同種の兵器である〈ピルグリム・ハート〉にも存在する、その機能上、不可避の連結点も突き止めていたのである。

 

 制御中枢〈トリニティ・コフィン〉を機能させたまま、そのオーバーロード状態だけを停止させる――途方もなくご都合主義の賭けだった。

 まったく冗談ではない。

 全力で暴れる患者を相手に、外科手術で腫瘍を取り除くような精密作業が要求されていた。

 

 

――つまり理論上はできるってこと!

 

 

 最悪、〈ピルグリム・ハート〉の命を奪ってしまうとしても――その罪はエルフリーデ・イルーシャとクロガネ・シヴ・シノムラが背負えばいい。

 失敗してもヴィタフォード市民を危険に曝さないという点を、二人はこの解決方法の妥協点としていた。

 荒唐無稽な救出劇と異なって、とりあえずエルフリーデが〈ピルグリム・ハート〉を撃破できるという前提。

 

 こればっかりは、これまで彼女が積み重ねてきた実績あってのものだった。ヴィタフォード自治区の担当者も、ベガニシュ帝国内務省のマハト氏も、つまるところエルフリーデの戦力価値だけは否定できなかったのだ。

 彼女は幾度となくオーバーテクノロジーの産物を仕留め、戦略に影響を与えるほどの武勇を発揮した個人なのだから。

 

 

「ところが最初――彼は無名の作家だった。その頃は正統派の歴史小説の書き手だったし、作風も今と大きく違うわけじゃなかった。きっと誰もイーサン・レイフマンが、時流に乗った国民的作家になるだなんて思わなかったと思うよ」

 

 

 とりとめもない話だった。

 イーサン・レイフマンはエルフリーデにとって思い出深い作家だった。父クリストフが存命だった頃、その著作を存分に楽しみ、感想を言い合うような親子の時間を取っていたからだ。

 ある意味、人生で最も平穏だった時代の象徴――温かな思い出を噛みしめる。

 

 しかしこの作家の面白いところは、本人が言うところの「程度の低い大衆娯楽小説」が馬鹿売れしたところにある。どちらかといえば硬派な歴史小説の書き手だった彼にとって、実際のところ、人生を左右するほどのヒット作は息抜きの著作から生まれたのである。

 父クリストフが楽しそうに、同年代の作家であるイーサンを評した言葉を思い出す。

 

 

「きっとね、〈ピルグリム・ハート〉――イーサンは進歩したから有名になったんじゃない。自分を変えたわけでもない。ただ単純に、間が悪いときといいときがあったんだってわたしは思ってる。この話の教訓は一つだけだよ」

 

 

 そう、この世界は時々、冗談みたいに間が悪い結果をもたらしてくる。

 例えばベガニシュ帝国に恨みがある男が仕掛けた爆弾が、偶然にも近くを通りがかった親友夫妻を粉々に吹き飛ばしてしまったように。

 

 特別な血筋も才能もなかった二人の娘が、空恐ろしいほどの戦いの才能を秘めていたように。

 もしこの世にサイコロを振る神様がいたなら、そいつはさぞ趣味が悪いに違いないのだ。

 

 

「わたしたちがろくでもない世界で陰気なサイコロの目に振り回されてるのは、確率論的な奇跡と同じぐらい最悪な不運だってこと――それでも理不尽と同じぐらい唐突に、()()()()()()()()()()

 

 

 そう、今でも思い出す。

 あの日あのとき、最悪な運命がもたらした人生のどん底で、命を落とす寸前――黒髪の不死者が差し伸べてくれた手のことを。

 だから今でも信じられる。

 

 どんなに救われない悪夢の真っ只中にいたって、この手は誰かを救えるのだと。

 〈ピルグリム・ハート〉がこちらを振り返った。剥離した装甲板をぽろぽろと落下させて、どしんどしんと大地を踏みならして、鋼鉄の巨神が迫り来る。

 

 身長五〇メートルにもなる〈ピルグリム・ハート〉は、それゆえに歩幅も圧倒的に広い。一歩、前に進むだけで二〇メートル以上の距離を詰めてしまえる。ほんの数秒で〈アシュラベール〉と〈ピルグリム・ハート〉は接敵する。

 

 

 

『絵空事だっ! 誰も、我を救うことなんて……』

 

 

 

「――()()()()()()()()

 

 

 

 〈アシュラベール〉が地面を蹴った。人工筋肉によって脚部が大地を蹴りつけ、恐ろしいほどの速度でぐんぐん加速して――ジェット・スラスターバインダーからプラズマ化した大気を噴射。

 その加速Gをものともせず真っ直ぐに突っ込んだ。

 頭上から降り注ぐ五七ミリ電磁機関砲の雨、一〇本のフィンガー・ハープーンによる刺撃の嵐をかいくぐっていく。

 

 避けて、弾いて、防いで。

 ただ一振りの剣として〈アシュラベール〉は疾走する。

 ただの人型兵器では不可能な速度――ジェットエンジンの噴流によって推力を得て、爆発的な加速で距離を詰める。

 

 ただの航空機では不可能な機動――迫り来るフィンガー・ハープーンの金属ブレードを弾き、巨神の身体を垂直に駆け上がった。

 二基のジェットエンジンと二本の脚、そのすべてがそろっていなければ実現できない回避運動だった。

 重力に逆らい、自身の一〇倍以上はある怪物の巨躯を足場に走り抜けた。

 

 

「きみは自分に嘘をついている。どうしてきみがバナヴィアを亡命先に選んだか――目を逸らしてる」

 

 

 〈ピルグリム・ハート〉の脚部を、胴体を、まるで壁のように蹴って進む。そして胸部装甲の上に着地後、〈ピルグリム・ハート〉の頭部に飛びついた。手にした三〇ミリ電磁機関砲の銃身を、その頭部機関砲の砲口に対してねじ込んだ。

 

 発砲する。

 砲身内部への接射であれば、〈ピルグリム・ハート〉の重装甲も問題にはならない。

 次の瞬間、液体炸薬に引火したのか、その五七ミリ機関砲が爆ぜた。火を噴いて沈黙する頭部――そのカメラアイが明滅しながら、エルフリーデのことを見ていた。

 

 

『わ……我は、我は……』

 

 

「〈ピルグリム・ハート〉――きみは生きられる可能性を願った。わたしやクロガネならば、もしかしたら希望を見つけられるかもしれないって、夢を見たんだよ」

 

 

 その夢を裏切らない、と告げて。

 エルフリーデは弾切れの三〇ミリ電磁機関砲を放り捨てた。左腕で保持していた超硬度重斬刀、一振りの太刀の柄を両手で握りしめる。

 

 そして迷うことなく、〈ピルグリム・ハート〉の背中側へと落下した。

 先ほど〈ソード・ムラクモ〉の粒子ビームを照射して、分厚い装甲を焼き切った部位――装甲板が剥離して、露出しているエネルギーの導管を見定めた。

 エーテル粒子の流出は続いている。

 

 見れば周囲では重力異常が起き始めていて、砕け散った岩石や土砂が宙に浮かび始めている。ごろごろと鳴り始めた雷鳴は、分厚い雲の向こうで起きているエネルギーの滞留を示していた。

 おそらくあと九〇秒ほどで臨界状態に至るだろう。

 

 

 

「――きみを斬るよ、〈ピルグリム・ハート〉」

 

 

 

 〈アシュラベール〉は頭上に太刀を掲げて――真っ向から切り下ろした。身長五〇メートルの巨神の背、ちょうど脊柱の部位を切り裂いていく。それはマイクロメートル単位の精密制御で振り下ろされる全力の一撃という、矛盾した絶技だった。

 断ち切る。

 あらゆる罪を、あらゆる罰を、あらゆる神を斬り捨てる。

 それはただ、悪鬼の剣としてそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その日、〈偽りの神〉が降りることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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