機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

196 / 203
エピローグ(8)

 

 

 

 ティアナ・イルーシャは勘がいい。

 いや、よくなったというべきだろうか。少女は別段、姉のように戦地で勇名を馳せたような経歴はない。命のやりとりをして磨き抜かれた勘働きみたいな、如何にもそれっぽい特殊技能を持ってはいない。

 

 だがここ一年間ほどの激動の日々――帝国に軟禁生活を強いられ、姉に助け出され、ヴガレムル伯爵のお屋敷に引っ越して、姉があちこちで暴れては帰ってくる――を過ごすと、多少なりとも予感がするようになってくる。

 

 つまりこういうことだ。

 ティアナは今日、おそらくきっと、例によって姉エルフリーデ・イルーシャがめちゃくちゃなことをやらかすという確信があった。

 

 ヴィタフォード自治区への出張から帰ってくる日である。

 いろいろなトラブルで滞在期間が延長されていたものの、諸々の後始末が終わったのだという。

 最初の出発した伯爵様もロイも姉も、あとから追加で出かけていったリザも、無事に帰ってくるとは聞いている。

 だから彼らの安否は心配していない。

 

 

「……どうしよう、ロッテ。お姉ちゃんが何を言い出すか、今から怖いよ」

 

 

「ティアナ、それ笑って聞いていいやつかしら?」

 

 

 お屋敷の娯楽室で隣の席に座って、本を読んでいた友達――例によって姉が連れてきた女の子だ――のシャルロッテ・シャインが、困ったように眉をひそめた。

 まるでお人形のように優れた容姿の少女は、皮肉っぽいけれど基本的に心優しい子である。

 情が深いというべきだろうか。

 

 この辺、陽気でフレンドリーなようで割り切りもさっぱりしているリザ・バシュレーとは対照的だ。

 二人とも今ではティアナの友達なのだが――そう、よく考えると二人とも姉が連れて帰ってきた。しかも最近は「まあティアナ、お姉ちゃんはみんなのこと妹みたいに思ってるから!」などと寝言を喋り始める始末である。

 

 面倒見がよくて器が広い。

 それは姉エルフリーデの美徳だが、ふわふわした感性で奇行に走るのも姉の欠点だった。

 つまり表裏一体である。

 

 

「どうだろうね、ロッテ。お姉ちゃん、流石に笑えないぐらい嫌なことはしないけど、笑うしかない変なことはするタイプだし……」

 

 

「そこで嫌とは言わないティアナの度量も大きいわね……」

 

 

「あたしは普通だよ、ロッテ。たぶんお姉ちゃんみたいな人が上にいると、みんなこうなるよ」

 

 

「それは無理があるわよ、ティアナ。ええ、あなたって十分に――変な人よ?」

 

 

「えっ、なんで今、あたし刺されたの!?」

 

 

 ティアナは困惑した。姉と同じ濃い栗色の髪に、宝石のような赤い瞳、色白の肌――温かな雰囲気をまとった少女は、びっくりしてシャルロッテの顔を見た。

 友達はちょっと意地悪な笑みを浮かべていた。

 冬物の生地が厚いワンピース姿、金髪碧眼の綺麗な少女は、小悪魔的な微笑みと共に持論を述べた。

 

 

「普通の人ってもっと器が小さいわよ? ティアナ、あなたって十分、あのとっても変なお姉さんの妹ってこと」

 

 

「あんまりうれしくない褒め方だよ、ロッテ!」

 

 

 ティアナはがっくりしてため息をついた。

 父も母も天国に旅立った今、イルーシャ家の常識人は自分がやるしかないのである。

 ふわふわしてて、行動力にあふれてて、謎の善意と正義感に満ちあふれた姉――こうして特徴を書いていくと心底困った人なのだが、ティアナは彼女のことが嫌いではない。

 

 むしろエルフリーデ・イルーシャのことを誇りに思っている。

 姉がそういう人でなければ、救われなかった人がいっぱいいると信じられた。

 なのでもう、どっしり構えて何が起きても同じないよう、心を落ち着けていたのだけれど。

 

 

 

――三〇分後、少女の決意は儚く打ち砕かれた。

 

 

 

 例によって元気よく帰宅した姉は、ティアナの顔を見るなり子供みたいにはしゃぎ始めた。そして空中に十字を切って神様にお祈りを始めた。

 意味がわからない。

 

 いつものことだったので、それはもう放っておくしかないとして――見慣れない物体があった。

 人間ではない。

 また姉が女の子を拾ってくるぐらいのことは、ティアナ・イルーシャとて覚悟していたのである。リザとシャルロッテで前科があるので、これはもう驚くに値しない。

 

 だが、姉の横でふわふわと宙に浮かんでいるものは――なんだろう。

 ええっと、学校の社会科の資料集で見たことがある。たぶんドローンと呼ばれる遠隔操作式の機械だと思う。ローターを回して宙に浮かび、何十キロも先まで飛んでいく飛行装置である。

 

 

「えーっと、お姉ちゃん。何それ、新しい玩具?」

 

 

 実際のところ、それはこの世界で一般的なドローンと比較して静かすぎた。回転翼で揚力を得ているにしては、空気をかき乱す騒音がない。

 しかし軍人でも技術者でもないティアナに、そんな常識的な尺度での判断はできなかった。なのでたぶん、伯爵様の玩具を姉が借りてきたのかな、ぐらいの気持ちで尋ねた。

 少女の予測はあっさりと裏切られた。

 

 

『我はパスカル! エルフリーデにつけてもらった名前だ、小さな天使(リトル・エンジェル)のティアナ! 我はあなたの弟になるらしい、よろしく頼む!』

 

 

 突然、あいさつされてしまった。

 中性的な声だ。ぱっと聞いた限りでは少年なのか、少女なのか判別しかねるような高さの声音である。

 

 ふわふわと音もなく宙に浮かぶドローンは、その前面に大きなモニターを備えていた。貴族や上流階級が使っているような通信端末の画面に似ている。

 モニターには、笑顔を示す記号――子供の落書きぐらいの情報量――が浮かんでいた。

 

 

「えっ、弟? えっ、この子、ロボットだよね? お姉ちゃん?」

 

 

「うん、ティアナ。この子はね、いろいろわけありでうちで保護したんだけど――情操教育のために、わたしが面倒見ることになりました。名前はパスカル、ロボットじゃないよ。いろいろあったけど、心優しいいいやつだ」

 

 

「すごいねお姉ちゃん、こっちが知りたいところから全部ズレてる答えだよ!?」

 

 

「うん、でもねティアナ。わけありってつまり、詳しく説明するとすっごい面倒くさい問題ってことでね――」

 

 

 姉はぽりぽりと左頬を掻く癖がある。困ったときによくやるのだが、ティアナから目を逸らしている今なんてちょうど、答えに窮してるときの反応そのものだった。

 いや、正直なところティアナ自身、姉から詳しい裏事情が聞きたいわけではない。

 

 明らかに重たい事情を背負っていそうなリザ・バシュレーも、シャルロッテ・シャインも、そんなこと知らなくたって友達になれたのである。

 だからまあ、姉が連れてきた風変わりな存在が、ロボット丸出しのボディだったとしても驚くには値しない。

 そう思ったのだが、それでも言わねばならなかった。

 

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。あたし、知らない間にメカっぽい弟ができたんだけど!? 弟って何!?」

 

 

「うん、友達でもよかったんだけど、弟だともっといいって思ってさ」

 

 

 姉の論理展開はぶっ飛んでいた。常日頃から「ティアナの姉としてこの世に生まれたこと以上の幸せなんてない」と公言、嘘偽りなき澄みきった瞳で幾度となく繰り返すような人である。

 なるほど、面倒を見るという行為の究極系として、姉を名乗ることだってありえるかもしれない。

 

 ティアナ・イルーシャはちょっと混乱した。エルフリーデのわけのわからない論理を、すとんと理解してしまった自分に対して――ちょっと理解が深すぎる気がした――これはいいことなのだろうか?

 少女はジト目で姉をにらんだ。

 

 

「お姉ちゃん、ウィンクしていい感じの雰囲気を出してゴリ押しできると思ってない? 無理だよ、急に兄弟増えるのびっくりするよ!?」

 

 

「ふふっ、わたしってほら、美少女だからさ……結構なんとかなるよ! 大丈夫、ティアナもお姉ちゃんを信じよう!」

 

 

「お姉ちゃん開き直るのやめようね? 信じるとか信じないとか以前の問題として!」

 

 

 エルフリーデとティアナの口喧嘩――というには、一方的に姉が妹にツッコミを受けている構図だ――を見て、ふよふよと浮かぶドローンのモニターに疑問符が浮かんだ。

 パスカルは顔の表情の代わりに、このモニターを使って感情を表現しているようだった。

 

 

『喧嘩はよくない、二人とも。我は難しいことはよくわからないが――あなた方に感謝している。命を救われ、心を救われ、未来を示された。その行いが、悪しきものであるはずがない』

 

 

 それで示された未来が()()()()()でいいのだろうか。

 ティアナにはわからない。

 だがしかし、なんとなく察した。たぶんこれはエルフリーデのわがままだけで決まったことではない。あの伯爵様あたりも噛んでいて、よかれと思ってトントン拍子に決まったに違いない。

 あとで伯爵様に直談判すべきかもしれない、と心のノートに書いておく。

 

 

『ここにあるのは我の端末、分身だ。厄災しかもたらさぬ我を、エルフリーデは守ると言ってくれた。その恩は、姉であるティアナを守ることで果たそうと思う』

 

 

「えっ、あたし、何か重ための使命で守られる感じなの!?」

 

 

『重くない、重くない。ティアナお姉ちゃん、我は重くない。空を飛べるぐらい軽い!』

 

 

「ごめん、なんかツッコミが追いつかないんだけど!? でもうん、パスカルくんが悪い子じゃないのはわかった――」

 

 

 そしてふと気づいた。

 今の今まで、お屋敷のロビーで同じ空間にいたというのに――リザ・バシュレーもシャルロッテ・シャインも、黙って自分たちを見つめていることに。

 

 二人ともニコニコしている。

 ものすごく温かくて好意的で、それゆえにちょっと恥ずかしくなるような視線だった。

 

 

「な、ななな……二人ともっ! なんで黙ってたんです!?」

 

 

「いやあ、ティアナさんは相変わらず癒やし系だなあって」

 

 

「リザさん、元気ですね」

 

 

「はい、おかげさまで!」

 

 

 皮肉が通じなかった。ぶいぶい言わせてる感じのジャケット姿で、リザはエルフリーデの横に立っている。そこが自分の定位置だと信じ切っている振る舞いだった。

 少しだけ嫉妬してしまう。

 

 姉のエルフリーデはいつだって危険な場所に飛び込んでいく人だから、同じ場所で戦えるリザのことが、ティアナは少しだけ羨ましい。

 でもまあ、リザが元気そうなのはいいことだった。

 

 

「何かいいことあったんです?」

 

 

「ええ、実は――伯爵様の提案で、ちょっと通信教育なんて始めてみようと思ってまして! ふふふ、私の優秀さを学問で示すときが来たんですよ!」

 

 

 得意満面のリザの発言に、それまで黙って一同を見ていたシャルロッテが声を上げた。

 

 

「えっ、大丈夫かしら? リザ、あなたって気にくわないやつになまり玉を叩き込んで逃亡するタイプでしょう? 学生なんて務まるのかしら……」

 

 

「ちょっと一線(ライン)ぶっちぎってる発言ですね、怪物女(フリークス)!」

 

 

 リザは笑顔でキレた。

 ちなみにシャルロッテは、ティアナと同じ学校によく馴染んでいた。上手いこと初期の転校生としての話題性を利用して、異物である自分の存在を周囲に溶け込ませたのである。

 

 そういう器用さがある少女は、それゆえに自分の同類と認定しているリザ・バシュレーに辛辣(しんらつ)だった。

 ティアナには詳しい事情はわからないが、たぶんこの二人は同族嫌悪だ。

 

 要するにきついこと言ってるときは自己言及に近いし、わりと二人とも気にしてることだったりする。

 ちょっとばかり危うい雰囲気になった周囲を見回して――その左目に傷を負った少女は、お日様みたいな笑顔を浮かべて頷いた。

 

 

 

「みんな落ち着いて、とりあえず()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 エルフリーデ・イルーシャは絶好調で世迷い言をぶっ放した。

 そして最初にして唯一無二の妹(殿堂入り)は、容赦なく姉にツッコミを入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃんの中の妹の定義、広すぎてわけわかんないよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 












これにて8章は終了です。
〈ピルグリム・ハート〉は専用格納庫で解析に出されて、遠隔操作でドローンを操って交流してる感じです。
新しい名前はパスカル。


9章はたぶんおそらく帝国本土が舞台になるかもです。
渦巻く陰謀、新型の第三世代機、そしてついに明らかになるロイの正体――あたりです(ふわふわ)




  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。