機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
――馬鹿でかい竜の化け物が地面を突き進んでいる。
途方もない構造体だった。
全高二〇メートル、車体幅三〇メートル、一両あたりの長さが二〇〇メートルの巨人サイズの列車――海に浮かぶ戦艦ぐらいはあろうかという鋼鉄の怪物が、ずらりと一〇〇両も連なって全長二〇キロメートルの長城になっている。
ちょっとした近代建築のビルディングほどもある高さの車両が、二〇キロメートルの長さに渡って続くのである。
想像を絶することだが、この列車は大きすぎて――通過する間、沿線に長大な日陰を作ってしまう。
そう、これはどちらかといえば、要塞の類であろう。
この大陸において比類なき覇者、東西南北に広大な領土を持った世界帝国、すなわちベガニシュの支配の象徴。
――大陸横断鉄道〈
それは征服者の証、この大地の果てまではり巡らされた連絡網、銀の環によって繋がれた大陸横断鉄道。
大いなる多頭竜を始祖とする神話が息づくこの国において、始原の蛇の名を冠した列車――信じがたいことだが、これは歴とした陸上車両なのである――は、それがベガニシュ帝国という国家の基礎であることを示していた。
大陸を横断するだけで片道一万キロメートルはあろうかという道のりも、この巨人列車の前では大したことではない。
途方もない距離を、わずかな時間で駆け抜けてしまう快速であるがゆえに。
全長二〇キロメートル、編成重量にして三六〇万トンという質量の怪物は、驚くべきことに宙に浮かぶことで時速四〇〇キロメートルを超える速度で大地を疾走する。
磁気浮上式のリニアレールなのだ。
つらつらと書き連ねてみても、さっぱりわけがわからないという人向けにざっくり要約するとこういうことだ。
地平線の果てまで続くバカみたいにデカい列車が、飛行機並みの速度で地面の上を走っているので、とんでもない物量の荷を大陸の反対側まで数日で運ぶことができる。ついでに必要な電気的エネルギーはリニアレールから供給し放題。
物量の大動脈と電力供給網、この二つが一度に満たせる
もちろん普通はこう思うはずだ。
そんな長すぎる鉄道、保守するのも大変じゃないか、と。
ところがこれがちっとも苦にならない。それどころか帝国にとって、この超巨大快速鉄道は富の源泉になる代物だった。
何故なら――
「――磁気浮上式リニアレールの線路が丸ごと全部、先史文明種の遺産だから破壊できない。それどころか自己修復すら勝手にやってくれる。つまり超古代の遺産で好き放題やれてるってわけ」
エルフリーデ・イルーシャは雑学として、予習したばかりの知識を披露した。それを聞いていたのは向かいの席に座る褐色肌の少女である。片目を隠すような独特の前髪、黒いボブカットに薄笑いを浮かべた女の子の名はリザ・バシュレー。
誰が見たって若すぎるが、これでバレットナイトの操縦をさせれば世界有数の使い手で、ついでに生身で銃撃戦をしてもべらぼうに強い。
いわゆる天才少女であり、その才能を買われてつい先日、ヴガレムル伯爵の騎士になったばかりの逸材である。
エルフリーデにとっては目下、頼れる相棒にして同僚の元部下という感じである。
二人は今、気密が保たれた列車の車内にいた。車体幅は三メートル半、つまりは人間用の一般的な列車の大きさだと思ってほしい。まかり間違っても幅三〇メートルのお化けみたいな列車の中ではない。
乗っているのは一等車だからシートは余裕を持って配置されているものの、根本的に通路の幅はせまいのだ。
普通の列車はそういうものだった。庶民向けの車両はできる限り、乗客を乗せられるようにして運賃を安くするし、高価なチケット代を払う一等車はそこそこの広さを確保するが、それで車体の大きさが変化したりはしない。
間違っても「偉くてすごいので……列車も通常の一〇倍のサイズです!」などというバカの発想はしない。
それが設計上の最適解だからだ。
エネルギー効率という意味でも、安全性の確保という意味でも、車体強度という意味でも――横幅が四メートル以内に収まる列車の大きさは、それが一番、都合がいいから普及している。
もちろん規格はいろいろあるらしい。
これはクロガネが話したそうにしていたので、ざっと聞き流したところをかいつまんだ要約だが――実際のところ線路にもいろいろあって、国ごとに規格の違いがあったりもするらしい。
とはいえそれで劇的に列車の見た目そのものが変わるパターンはそんなにないのだ。
「でもお姉さん、ベガニシュ帝国はめちゃくちゃ大きい列車を作ったんですよね?」
「作ったっていうか――大昔の人が残してたお化け列車を元に、違法建築みたいに増築を重ねて、何百年もかけてコピーも作りまくった果てが一〇〇両編成らしいよ?」
「えぇ……そんな大雑把な……本当です?」
「不老不死の伯爵様が言ってたから、たぶん本当なんじゃない?」
エルフリーデがぽやっとした顔でそう伝えると、リザは天を仰いだ。ちっとも空なんか見えなくて、頭のすぐ上にある天井がお目にかかれるだけだろうけれど。
気持ちはわかる。
いくらエネルギーと資源が有り余っている超巨大帝国だからって、列車まで一〇倍の大きさにする必要はないだろう。
普通の列車が車体幅三メートル、一両あたりの長さ二〇メートルだから――比喩抜きで、ベガニシュ帝国の大陸横断鉄道は通常の一〇倍の大きさがあるのだ。
ここまで大きいと笑えてくる。
もちろん重量は一〇倍では済まない。こんな代物を磁気を使って地面の上に浮かべるというのも、感覚的に理解しがたいレベルの蛮行である。
そのおかげで時速四〇〇キロメートル超で大地を疾走する、怪物じみた列車が生まれたわけなのだが。
「……意味わかんないですね。いえ、メリットはわかりますよ? すごくデカい列車で、いっぱい荷物を運んで、しかも快速で大陸を横断できる。すごいですよね、ロマンですよね」
「でも一〇倍はないよね」
「ええ、デカすぎますよ! これ絶対、無駄に大きいですって!」
エルフリーデもリザも数字には強い方である。
これは二人が人型兵器バレットナイト――とんでもない高出力で疾走し、ジェットエンジンを使って空を飛ぶことさえしてみせる――の搭乗者であり、相応に科学的知見を持っているのが大きい。
専門家のように数値を弄ってあれこれ作れる必要はまったくないが。自分が乗っているマシンが、どういう兵器なのかを理解できるのは、優秀な搭乗者の必須条件である。
そして少女たちは顔を見合わせると、これまでの会話内容から一つの結論を導き出すのだった。
「気乗りしないね」
「今からもう気分が重いですよ」
エルフリーデ・イルーシャとリザ・バシュレーは今、高速鉄道の中にいる。磁気浮上式リニアレールのようなものすごい快速ではないが、在来線ほど遅くもない特別な乗り物である。
荒野に引かれた無限に続くかのような列車の
大量の積み荷と共に。
企業連合体ミトラス・グループによって製造された無数の工業製品――それらを積んだ状態で、どこまでも続く大陸の平原を見やる。
窓の外には、雪で彩られた荒れ野。
ベガニシュ帝国の西岸であるエリアですら、バナヴィアから見ればずいぶんと寒々しい気候だった――ゆえに三月になっているというのに、大地の上には残雪がたっぷりと敷き詰められていた。
時折、茶色い土塊が、薄汚れた雪の絨毯の合間に顔を覗かせる。
そんな景色だった。
しばらく眺めていると、地平線の果てに銀の壁が見えてきた。
すごい。
まるで堤防だった。
海沿いに築かれる護岸工事の痕跡よろしく、見渡す限り広がる白亜の壁――そうとしか形容できない何かが、大地の果てまで続いている。
「……見えてきたね」
「ですね」
エルフリーデはその傷ありの顔に、なんとも言えない渋面を作った。
噂をすれば影、件の大陸横断鉄道の専用リニアレールである。
磁気浮上式リニアレールというのは、読んで字のごとく、磁力によって車体を浮かせるための線路のことだ。
文字通り、馬鹿でかい溝がどこまでも続いていると思ってもらえばいい。
地面と接触している摩擦面がないので、車輪を使った従来の列車に比べて格段の快速で走ることができる――電磁コイルや電磁石を使っていい感じにしているらしい。
この辺はもう、専門外のエルフリーデにはさっぱりわからない領域なのだが。その仕組みの関係上、すごい量の電気的エネルギーが必要になる。
なので当然、リニアレールはそれ自体が膨大な電力を流せる室温超伝導の送電網なのだとか。
――クロガネの悪い癖だね、説明に熱が入るとわかりにくさが増していく!
もちろんエルフリーデにも彼の優しさはわかっている。
朝から晩まで多忙な男が、わざわざ自分と二人きりの時間を作ってレクチャーしてくれたことの意味がわからないほど、鈍い人間ではないつもりだった。
そこにあるのは気遣いであり、優しさであり、愛情だった。
それはそうとクロガネ・シヴ・シノムラは科学技術オタクなので、わかりやすさよりも正確性を重視する専門家だった。
あまり素人に優しい解説ができるタイプではない。
「OK、状況を整理しようかリザ。ヴガレムル伯爵は今、帝都に呼び出しを受けていて――わたしたちより先にあの怪物列車に乗り込んでいる。それで騎士であるわたしたちも同行する許可が出て、後追いで大陸横断鉄道に乗ることになった」
「お姉さん、ひょっとして今、機嫌が悪い感じです?」
「ふふっ、わかっちゃうかー。いやさ、わたしってほら、ちょうど今頃の時期にクロガネに拾われたんだよね?」
「ああ、
リザはやれやれと嘆息した。
この年下の友人は臆面なく事実を指摘してくる。皮肉っぽいキザな言い回しをするが、わりと事実関係は正確に言及するタイプだった。
エルフリーデはようやく自覚した。
――ああ、わたしって今、記念日にゆっくりできないことに怒ってるんだ?
ちょっと感動した。
ほんの一年前まで、肉体的にも精神的にも極限状況に追い詰められて、妹を不幸にしてしまったと嘆いていた自分が――好きな男とイチャつけない程度の不満を抱けるだなんて!
我ながら驚くべき進歩だと思った。
これまでのエルフリーデ・イルーシャならば、そんなこと気にも留めなかった思うけれど。
恋をすると、どんどん欲が出てきてしまう。
「幸せってすごいね、どんどん欲深くなっちゃうみたいだ」
「いいことじゃないです? いえ、私もわりとその辺の感覚ぶっ壊れてますけどね!」
あっはっはっは、と二人して笑い合う。
きっとクロガネやロイが聞いていたら、あっけらかんとした痛ましい会話にどんな顔をしていいかわからなくなっていたことだろう。
しかしながら少女二人に負い目はない。
つまるところ世界は残酷であり、運命は陰鬱であり、人間は醜悪かもしれないが――存外、そうでないこともあると知っているから。
あとはもう、自分にできることをやって突っ走っていくだけでいい。
雇い主であるクロガネが帝都に呼び出されているならば、合流してその進む道を切り開くのがやるべきことだろう。
そのように自然体でいられた。
エルフリーデは車窓から景色を眺める。線路は続く、地平線の果てにうっすらと見えていた銀の隆起に合流するように。
向かう先は大陸横断鉄道〈世界蛇〉のリニアレール――途方もなく長大な地を這う竜のすぐ傍まで、この列車は向かう。
「……この景色を見るのは、これで三度目でさ。最初のときは貨物車と大差ないような車両だったから」
一度目はもう、何年も前のことだった。
若年者だけで構成されたバナヴィア人機甲猟兵として、エルフリーデ・イルーシャは徴兵され、大陸の反対側の戦地へと送り込まれた。
そして数え切れないほど多くのバナヴィア人が、二度と故郷の土を踏むことなく死んでいった。
舌の上に苦みが広がる。
割り切れないことはいくらでもあった。
多くのバナヴィア人の若者にとって、死地への片道切符だった大陸横断リニアレールの銀光――ベガニシュ帝国という征服者の輝きを、少女は赤い瞳に焼き付けた。
「帝国らしい乗り物だよ、本当に」
思わずこぼれた呟きは、エルフリーデなりの皮肉に満ちていた。