機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

199 / 203
帝国らしい列車

 

 

 

 さて実際のところ、エルフリーデ・イルーシャはこの馬鹿げた巨大列車――大陸横断鉄道〈世界蛇(ヴェルテンシュランゲ)〉について詳しくはない。

 如何にそれが人間世界の常識を越えたとんでもない乗り物であろうと、普段の暮らしでかかわることがなければ人間は無関心なものである。

 

 しかもエルフリーデは諸事情によって、この列車に対しては多くの情報を伏せられてきた。

 大陸横断列車を利用して移動したことは何度かある。

 だが、それは自分の意思によるものではなかった。西の果てのバナヴィアから大陸東海岸まで連れてこられたときの長距離移動、あるいはサンクザーレ会戦後の帝都への呼び出し。

 

 いずれも自由な旅行とはほど遠い状況である。

 エルフリーデ自身、いろいろと長距離移動には事欠かないのだが、自分の意思でこの手の乗り物を利用したことはほとんどない。

 人質にされている妹と面会するときは、わざわざ軍の用意したティルトローター輸送機で目隠しされて運ばれたりしていた。

 

 

――つまりわたしにとって、列車は不自由の象徴ってことかな。

 

 

 そのようにエルフリーデは結論づける。

 それにしても面倒なことになっている、と少女は思う。

 常日頃から用意周到で「こんなこともあろうかと」と備えを怠らない男――それがクロガネ・シヴ・シノムラである。

 そんな伯爵様が急遽(きゅうきょ)、帝都に招聘(しょうへい)されること自体が、ただならぬ空気を感じさせるのだ。

 

 

――クロガネは帝国皇帝とは上手くやってるはずだよね。ヤバい事件なら、クロガネのフットワークが軽すぎる気もする。

 

 

 よもや政変と言うこともあるまい。もしそうであるならば、あのクロガネが何の断りもなくエルフリーデを巻き込むわけがなかった。

 今回の巨大列車への移動とて、クロガネの方は仕事先からそのまま直行する形で乗り付けているのだ。

 

 要するに「そこそこ急いで招きに応じる必要はある。だが、完全武装でエルフリーデを呼び寄せるほどではない」事態ということであろう。

 気密が保たれた高速鉄道の車両――その窓から見える景色が変わっていく。それまで開放的なレールの上を走っていた車両が、巨大な構造物の中のトンネルに差し掛かったのだ。

 

 減速はしない。

 エルフリーデとリザが乗っている列車は普通の大きさで、車体の幅は三メートル大である。このような通常スケールの列車が、トンネルを進んで――やがて超巨大な大陸横断鉄道のレールと並走する。

 列車は止まらない。

 

 ここで駅に止まるためではなく、合流するために走っているからだ。

 やがて後方から光る何かが追いついてくる。車体幅が三〇メートルもある、列車というよりも堤防とでも評したくなる金属製の竜――〈世界蛇(ヴェルテンシュランゲ)〉の名を冠した怪物が疾走してくる。

 

 超巨大リニアモーターカーである。

 大陸を横切り、円環を描くように敷かれた銀色の流体金属レールの上を、通常の一〇倍もの大きさの列車が走り抜けていく。

 衝撃波はない。

 

 列車の前方に展開された青白い光の膜――プラズマ・エアロシェルが空気抵抗を低減させ、衝撃波の発生を抑制しているのだ。

 エルフリーデたちの乗った高速鉄道と、〈世界蛇〉が並走した。

 乗り換えの時間だった。

 

 

『お客様にご案内申し上げます。現在、大陸横断鉄道〈世界蛇〉とのドッキング時間でございます。ご利用のお客様は係員の誘導に従い、搭乗橋(ボーディング・ブリッジ)まで移動してください』

 

 

 流ちょうなベガニシュ語でのアナウンス――列車の乗り換え案内だった。

 自分たちが乗っている列車も、その巨大さを微塵も感じさせない静かさでやってきた巨人列車も、まったく停車する様子を見せなかった。

 

 困惑したのはリザだった。

 エルフリーデとおそろいの黒いスーツ姿、伯爵家の騎士としての装い――褐色肌の少女は、立ち上がって手荷物を準備し始めたエルフリーデに戸惑いの視線を向けた。

 

 

「あのぅ、お姉さん。この列車、走ったまま乗り換えするんです?」

 

 

「あー、うん。ほら、普通の一〇倍大きい列車を止めたり走らせたりするのって大変でしょ? だから大陸横断鉄道の場合、真横のサブレールを並走して、真横からドッキング用の通路を延ばすわけ」

 

 

「……ええっと……同じ速さで走ってれば、理論上は止まってるのと同じみたいな話です?」

 

 

「さっすがリザ! 理解がすいすい進むね。うん、わたしが初めてこの仕組み知ったときはありえないって思ったけど」

 

 

 リザはその鬼火色(エメラルドグリーン)の瞳に、隠せない困惑を映してうめいた。

 少女は窓の外の景色――ぴったりと張り付くようにして並んでいるから、ほとんど止まっているも同然に見える馬鹿でかい列車――を見やり、ためらいと共に呟いた。

 

 

ありえないです(ノーウェイ)! それってドッキングをミスったり、速度同期を間違えたら大事故じゃないですか!?」

 

 

「残念ながらリザ、これって飛行機の離着陸の方がよっぽど危ないレベルらしいよ」

 

 

「……ベガニシュ帝国ってすごいですね。今ちょっと実感しましたよ、驚異的です(アメイジング)

 

 

 皮肉たっぷりの泣き言を言いながら、荷物を手に取ったリザ――年下の友人の可愛らしいうめきに、エルフリーデはふんわりと微笑むのだった。

 少女騎士は肩をすくめると、その端整な顔立ちに晴れやかな笑みを浮かべる。

 

 

「ありえないことだらけの帝国にようこそ、リザ」

 

 

 

 

 

 

 サブレールを走る高速鉄道と、メインレールを走る巨人列車のドッキング――それはおおむね、大型飛行機の搭乗橋(ボーディング・ブリッジ)を想像してもらえばいい。

 つまり上下左右を壁と天井で仕切られた細長い橋が、並走する相手の列車に向けて伸びて、磁気を用いて固定されることで成立する。

 

 ちょうど列車と列車の間に橋が架かったような状態になるのだ。

 リザ・バシュレーが懸念したように、これは速度同期がずれた場合は危険である。向こう側とこちら側が同じ速度で並走しているから、見た目上は止まって見えるのであって、これが少しでも違ったらとんでもない運動エネルギーが牙を剥くことになるだろう。

 

 しかしながらこのドッキング方法は、今日までのベガニシュ帝国の歴史において、事故らしい事故をほとんど起こしたことがなかった。

 恐るべき速度同期システムの完成度、あるいは先史文明種の遺産の偉大さを褒め称えるべきだろうか。

 

 ともあれ高速鉄道の車内から、搭乗橋(ボーディング・ブリッジ)を通しての移動は何事もなく終わった。エルフリーデとリザが手荷物と共に〈世界蛇〉に乗り込む間にも、列車のあちこちでは荷の積み卸しが行われている。

 

 馬鹿でかい列車から伸びた磁気固定式ブリッジを通じて、大量のコンテナが竜の腹の中に吸い込まれていた。

 そのほとんどが自動化されている、とはクロガネの作ってきた解説カタログの受け売りだ。

 

 

――何でもいいけどこういう資料、いつ作ってるんだろう、あの人。

 

 

 たぶん趣味である。

 こういうのも息抜きになっているのだろうし、まあエルフリーデとしては可愛らしい男の趣味として受け取るだけなのだが。

 機密が保たれた搭乗橋を歩いて、一〇倍スケールの巨人列車の内側に入り込む。

 

 エルフリーデとリザが通されたのは、歩いてすぐそこにある詰め所だった。ちょうど空港施設よろしく、手荷物検査をするための保安検査場があった。

 明かり窓はないものの、照明は明るい。

 ご丁寧に警備員のいるゲートまである。

 

 列車という言葉の印象に反して、ここには走行音らしい物音はまったく聞こえず、振動らしい振動もまったくなかった。

 ここが高速走行中の列車の車内であるなど、事前に知っていなければまったくわからないだろう。

 

 そして少女二人は顔を見合わせた。

 嫌な気配を感じ取ったのだ。

 二人がこれから乗り込むのは一等客車、大陸横断鉄道〈世界蛇〉において、外部から招かれた客が乗ることのできる最も等級の高い区画だ。

 つまり爵位持ちでなければ立ち入りが許されず、その同行者も準貴族であることが求められる。

 

 

――だからまあ、わたしとリザだけで来ることになったんだよね。

 

 

 二人は騎士の身分にあり、ギリギリでこの一等客車に乗ることを許される側だった。

 リザがこちらを見た。

 

 

「お姉さん、お姉さん。それで――どうします?」

 

 

 

 エルフリーデはそっと、リザにだけ聞こえる声音でささやいた。

 

 

 

「あのねリザ。これからめちゃくちゃムカつくやつがいるかもしれないけど、わたしがいいって言うまで聞き流して」

 

 

 

 それはこれまでの搭乗経験から来る忠告だった。

 この〈世界蛇〉とはベガニシュ帝国を帝国たらしめるもの、すべてが詰まった巨人列車である。優れた科学技術と身分階級制の社会構造、そしてそれに応じた差別と偏見と抑圧。

 

 要するに「非ベガニシュ人の若い女で平民出身の騎士」だなんて生き物は、まず間違いなく喧嘩を売ってくる馬鹿がいるとみてよい。

 エルフリーデの言葉で事情を察したのか、リザ・バシュレーはじとっとした半眼でセキュリティ・ゲートを眺めた。

 

 

 

「あっ、思ったより面倒くさい感じですね?」

 

 

 

「大丈夫、威嚇にはコツがあるから」

 

 

 

「それって大丈夫って言わないと思いますよ、お姉さん」

 

 

 

 リザは苦笑した。

 エルフリーデはにやりと笑って肩をすくめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 










・大陸横断鉄道〈世界蛇(ヴェルテンシュランゲ)
車体幅30メートル、全高20メートル、車体長200メートル、100両編成=全長20キロメートルにもなる高速鉄道にして比類なき巨人列車。
先頭車両から最後尾まで徒歩で4時間以上はかかる。
巡航速度:時速420キロメートル、最高速度:時速500キロメートル。
編成重量は360万トン。

異常なほどに規模の大きい装甲列車であり、貨物列車であり、高速鉄道でもある。
大陸(おおむねユーラシア大陸に相当するスケール)の東西南北を数日で一周する。
磁気浮上式リニアレール。
このリニアレールは現在の科学技術では物理的に破壊不可能なオーバーテクノロジーの産物であり、地上最大規模の先史文明種の遺産と目されている。
斥力場を発生させる抗重力場機関によって、乗客がコーヒーをこぼさないレベルにまで自重と遠心力を相殺している。

高速走行する車体の周囲には、高エネルギー放射によって空気をプラズマ化させ、空気抵抗と衝撃波を低減するプラズマ・エアロシェル機構を搭載。
このため走行時には先頭部が青白く輝いて見える。
こうしたバリアシステムが、「口から火を噴く竜」の神話伝承の原型になったことは想像に難くない。
ベガニシュ帝国の文化圏において、竜は王権神話の敵役ではなく、むしろその権威の源泉として機能している。
文化的背景として、この長大な巨人列車の影響が見受けられる。

バレットナイトが兵器として使用している装備は、元々、この巨大で桁外れの出力を持った怪物的構造体の機能の一部だった。
その解析を進め、小型化と汎用化を推し進めたのがこれらの装備なのだ。
オリジナルの方が出力と耐久度において模造品をはるかに凌駕しているのは言うまでもない。

すなわちこの巨大列車こそ、ベガニシュ帝国にとっての始まりの地である。
ベガニシュ帝国が持つ技術的先進性や科学技術の崇拝思想は、この列車のリバースエンジニアリングから始まっているからだ。
このため〈世界蛇〉は宗教的象徴としての色が濃く、巫女姫を頂点とした階級社会が形成されている。
現在では定住を選んだ皇帝と分かたれているとはいえ、ある種、聖域としての特権を付与されている。
貴族に一定の独立性を認めているベガニシュ帝国だが、この列車の中では、誰もが武装を取り上げられて乗客として扱われる。

いわば列車自体が一つの都市国家であり、〈世界蛇〉こそは大地の中心――神殿、要塞、都市、工場すべての役割を担う比類なき巨人列車である。
この車両は造物塔のリソースを用いて建造されたため、オーバーテクノロジーによって運行されている。
車体のほぼすべてが高度な自動化システムによって運営されているが、それでも数万人の滞在者を抱えている。

常時、帝国全土の路線を走っている列車であるため、普段、消費される生鮮食品は内部の生産プラントで栽培されたもの。
食糧プラントで生産される食材は、リニアレールから供給される無尽蔵の電力で育てられている。
土で育てられた野菜や肉類は、大地の恵みとして補給時に振る舞われる。


列車構成
・聖堂管区…メインシステムおよび動力部を統括する。祭祀でありエンジニアでもある神官たちによって管理。
・生産管区…重工業プラントや食糧プラントが接続されている。
・兵装管区…列車の各所に分散配置されている。ドローンやティルトローター機の発着デッキ、レールガン砲台、熱線砲などが備えられている。
・居住管区…一般巡礼者や貴族の利用者が配置される。三階建てであり、実質的には社会的な身分階級によって隔てられている。
・貨物管区…帝国各地の資源や工業生産物を乗せている。戦時には徴兵された兵士を乗せた。バナヴィア兵もこれで運ばれた。
・移動用トラム…全長20キロメートルの車両間を繋ぐ路面電車。主要ブロックを繋ぐ各駅停車。
・車内道路…電動小型スクーターなどで移動するための専用通路。






  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。