機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットと政治チート男の英雄譚~ 作:灰鉄蝸
エルフリーデは判断に迷った。
これまでに見聞きした情報──去年の秋の事件のあと、クロガネやハイペリオン、そして当事者のシャルロッテから聞いた人物像──から判断すると、ゲオルギイは嘘を述べて陥れてくるタイプではない。
質の悪い情報の取捨選択で、こちらの意思決定を誘導する類の悪人だ。
つまり嘘は言っていないが、後々になって操られていたとわかるような真似をしてくる。
理屈の上では、一番いいのは無視してここを立ち去ることだ。
──でもそれだけじゃ済まない予感がする。
何の根拠もない。
しかし何年も戦場で生き延びてきた戦士の勘が、ゲオルギイの言及した厄介ごとを警戒させていた。
確かにクロガネらしからぬ段取りだとは思った。
何らかのトラブルが予想される巨大列車の旅に、迎え一つ寄越さないのは、あの伯爵様らしからぬ無神経さと言っていい。
──その原因が昔の面倒くさい知り合いっていうのは、あの人らしいけどね。
つい先日、決着をつけたばかりの怪人──救国卿ルシア・ドーンヘイルや眼前の仮面男ゲオルギイ・カザールの例に漏れず、クロガネ・シヴ・シノムラには異様な
流石に一〇万年間も生きていると、変な知り合いが増えもするのだろう。
クロガネ本人が聞いたら、さぞ不本意だと言いたげな表情で抗議してきそうだが──ともあれ、それとなくリザに目配せする。
褐色の少女はエルフリーデの内心の葛藤を察したらしく、こくりと頷いた。
ひとまずゲオルギイの話を聞いてみてからでも遅くはない、とお互いに同意に達する。
ゲオルギイの方に向き直る。
仮面の紳士は、その悪魔じみた異形の隙間から、黄金の瞳でこちらを値踏みするように見ていた。
「ではゲオルギイ卿、現在の状況について──わたしたち二人のエスコートをお願いしてもよろしいですか?」
「ハハハッ、ソレはもう、もちろんダヨ! こう見えテモ、僕は紳士で知られてるカラネ」
「
父母をテロで殺された少女の復讐心につけ込み、暴力装置として育て上げて利用する──お前の所業は聞き及んでいるぞ、と釘を刺す。
エルフリーデ・イルーシャの潔癖な正義感が漂う一言に、ゲオルギイは悪びれもせずに肩をすくめた。
自分が悪人であることを隠しもしない手合いは、大義名分や身分階級を口実にする手合いとは、また違ったやりにくさがあった。
そんな風に考えたエルフリーデの胸の内を見透かして、ゲオルギイが言った。
「マァマァ、僕はだいぶマシな方の悪党デスヨ。だって契約は守るシネ。約束をぶっちぎって口封じシテ、愚かなヤツだったなんてのたまう厚顔無恥なヤツ、君だって嫌いデショウ?」
「ご自身のことを悪党と自称するの……ありなんですか?」
「エルフリーデ卿ハ素直デスネ。自分自身を偽らないのは大事ダヨー? 自分では仮面を被っているつもりデモ、いつの間にか、そっちが本性になって破滅スル人間、珍しくネーデス」
二重の意味で笑えない台詞だった。
第一に現在進行形で物理的に仮面を被っている怪人がそれを言うのは、シュールギャグみたいなおかしさに満ちていたが、流石にここで笑うのは無礼すぎる。
第二にちょうどゲオルギイの
リザ・バシュレーは弟二人を犠牲にした人体実験の報復のために数年間、仮面を被って耐え抜き、憎い相手を皆殺しにした過去を持つ。
しかし自我の形が歪んでしまった弟たちを救うことはできず、慟哭しながら別離していた。
被せられた仮面によって魂までもが歪んでしまった子供たち──これ以上なくリザを傷つけそうな言葉選びだった。
相棒はすまし顔でゲオルギイの台詞を聞き流していたけれど。
──ゲオルギイがリザのことを、どれぐらい把握して喋ってるのかわからないや。ただの偶然って可能性もある。
ああもう、こういう腹芸は苦手だっていうのに。
この場にクロガネがいれば、それっぽい返答で上手く受け流しつつ
エルフリーデ・イルーシャは改めて自分の未熟さを痛感した。
普段、ヴガレムル伯領にいる面子──伯爵家の家臣団や企業グループの関係者は、能力と人格の両面で信頼できる人たちだったと痛感する。
猫なで声でウザったいからみ方をしてくる機械卿ハイペリオンすら、あれで約束事や頼み事を反故にしたことは一度もない、頼れるロボット家令なのである。
少なくともゲオルギイのように、失言をしたら食い荒らしてきそうな輩とは、根本的な信頼度が違いすぎる。
「
「ハハハッ、年を重ねた紳士ダケの秘密ってヤツダヨ」
「帝国風のミステリアスな魅力というわけですね、名探偵スターリングみたいです」
エルフリーデは愛想よく笑って受け流した。実際のところ「この面倒くさい会話を切り抜ける方法、クロガネに頼んでレクチャーしてもらおうかな……絶対あの人は経験豊富だよね」と考えていたけれど。
例え話に持ち出したのは、エルフリーデの好きな探偵小説の主人公だった。
バナヴィア出身の大作家イーサン・レイフマンの代表作で、偏屈だが天才的な観察眼と頭脳を持った私立探偵スターリングが、数々の難事件を解決していく物語である。
推理小説というジャンルを流行させた始祖とも、今世紀最大のベストセラー冒険小説とも呼ばれる大人気シリーズである。
今から一六年前のバナヴィア戦争と帝国による併合、その後の大陸間戦争の勃発など、何かと出版業界にとっては逆風が絶えないご時世にあって──名探偵スターリングは例外の中の例外であり続けた。
かのシリーズは国際的人気ジャンルであり、ありとあらゆる国で翻訳され出版されているとんでもない大ヒット作なのだ。
ベガニシュ帝国でも流行っているぐらいなので、ゲオルギイが読書家でなくとも、名前ぐらいは聞いたことはあるはずだった。
「ハハハッ、ドー考えテモ、僕は敵側ダヨ! 君にとっての名探偵スターリングがクロガネでしょーケド」
「探偵助手のマイヤーがわたしでしょうか。ええ、
「僕ガ悪役なの否定してクレネーノ笑っちゃうネ!」
先ほど悪党を自称しておいて、それは厚かましすぎると思った。
ひとまずエルフリーデとリザは、先頭を歩くゲオルギイのあとを付いていく形で歩き始めた。
何せこの列車の中は広い。
一〇〇両編成の列車なのに、一両あたりの長さが二〇〇メートルあると言えばその広さがわかるだろうか。
幸いにも三人が乗っているのは車両群の中腹に位置する一等客車であり、最後尾から先頭までの二〇キロメートルを探す羽目になるのは避けられるだろうが──とにかく大陸横断鉄道〈世界蛇〉は広すぎるのだ。
「そちらのお嬢サン、この列車ハ初めてデショー? ドウデス、感想ハ?」
ゲオルギイが不意に、リザに対して話しかけた。これまで一応は顔見知りのエルフリーデが相手だったから、本当に奇襲に近い。
褐色の少女はにっこりと笑った。
「ええ、お気遣いありがとうございます。何もかも珍しくてびっくりしていますよ──これ、移動方法はどうなっているか、うかがってもよろしいですか?」
リザ・バシュレーは流石に元スパイだけあって、受け答えも手慣れたものだった。よく考えてみれば、ずっと戦場で生き延びることを第一にしてきたエルフリーデより、真っ黒な大人とのやりとりは手慣れているのだ。
それがたとえ、自分自身の本音を作り笑顔で押し殺すものだろうと──リザは耐え抜いて、最後の最後に「ざまぁみろ」とぶちかます側の人間だった。
年下の少女のすごいところを再確認して、少女騎士はむむぅと唸るのだった。
リザの質問に対して、ゲオルギイは如何にも親切心あふれる大人という感じで、愛想よく応じた。
「エエ、お察しのトーリ、〈世界蛇〉は馬鹿でかい列車だからネー。流石に端から端まで歩きづめナンテ、鍛えてる帝国貴族モ耐えられないヨ──列車の中に
これには流石のリザも絶句した。
「……列車の中に……移動用の
バカじゃないですかこの帝国、と顔に書いてあるような反応だった。
ゲオルギイ・カザールは愉快で
「アッハッハッハ、イイネ、イイネー! 僕はこの列車ニ初めて乗る子、大好きダヨ! みんなそういう顔するカラネー!」
質の悪い冗談みたいな格好で往来を突き進む男は、これまた質の悪い冗談みたいな乗り物のことも大好きらしい。
ケラケラと笑うゲオルギイに連れられて、少女二人は顔を見合わせて──前途多難が約束されている列車の旅を続けるのだった。
◆
大陸横断鉄道〈世界蛇〉は磁気浮上式のリニアレールである。つまるところ電磁気を利用して、レールとの接触面を作ることなく、宙に浮いて運行されている。
全長二〇キロメートルにもなる馬鹿げた長大な車体、総重量は数百万トンにも達する質量の塊である。
これほど直感に反した光景もあるまい。
地響きを立てながら激しく揺れて大地を疾走する方が、よっぽどそれっぽく見えるだろう。
だが、現実の〈世界蛇〉は時速四〇〇キロメートル以上の快速で、揺れ一つなく大気を掻き分けて走っている。
列車内にいる乗客は、ここが列車の中であることを忘れてしまうぐらいだ。
その最たる景色が今、三人の目の前にあった。
──何度見ても意味わかんないね、これ。
呆気に取られているリザの様子を横目に見つつ、エルフリーデはぐるりと周囲を見回した。
そこには駅があったと思って欲しい。
イメージとしては都会の地下鉄そのものだ。
上下左右を人工物に囲まれた空間を、無数の照明が照らしている。そこには電車に乗り込むためのホームがあり、快適な待ち時間のためのベンチがあり、タバコをたしなむ紳士のための喫煙所すらあった。
バリアフリーの思想に基づき、段差も最低限になるよう設計され、転倒防止の柵すら完備である。
あるいは世の知識人にこれを見せたら、素晴らしい配慮に満ちた駅のホームだと思うかもしれない。
「……
「リザ、別の車両に乗り移るときはこうやって
「……合理的なんですよね。なんか前提がおかしい気がしますけど」
思わず素になってやりとりするエルフリーデとリザは、呆れ半分で目の前の景色を受け入れるしかなかった。
ヴガレムル伯領も都市計画はしっかりとしていて、ヴガレムル市の主要エリアは電車で移動できるよう動線が設計されているが──この人工空間ほど徹底されてはいない。
大陸横断鉄道〈世界蛇〉は幅三〇メートル、高さ二〇メートル、長さ二〇〇メートルの車両が、それぞれ独立した管区として機能している。
言うなれば一つの村や町が一両一両に存在し、それらを繋いで都市に至らしめているのがこの
ふとベガニシュ語が聞こえてきた。
「まったく路面電車がそんなに珍しいものかね……どこの田舎貴族だ?」
「男爵様。〈世界蛇〉はこの世界の大動脈でございますから」
感動するぐらいに
ベガニシュ帝国の貴族が、誰がどう見てもお上りさんな二人のやりとりに飛ばしてきた台詞だった。
エルフリーデもリザも、そんな第三者の言葉を気にするほど柔い神経をしていなかった。
聞き流して雑談を続行した。
「お姉さん……私、今気づいたんですけど」
「リザ、言っておくけど紳士の皆さんに喧嘩売るのは禁止だからね?」
「お姉さん、私のことをブレーキがない狂犬みたいに扱ってません?」
「執念深くてやり遂げるタイプだとは思ってるけど……」
「時と場合によっては血を見る話題ですね。ええ、とにかく私、気づいたんです。聞いてください」
リザは駅のホームを見回すと──同行している異様な紳士、バドムア子爵ゲオルギイ・カザールの方を見てぽつりと呟いた。
「……
少女の率直すぎる言葉を聞きつけて、ゲオルギイは肩をすくめると──気分を害した様子もなく陽気に笑った。
「僕ノ
リザ・バシュレーは首を横に振ると、断固とした口調でこう言い切った。
「いえ、私は遠慮しておきます……!」
リザ「超胡散臭いヴィラン相手に伯爵様の惚気話を始めるお姉さんの肝が太すぎる」
この少女騎士、自分を常識人側だと思ってるボケ…!!!
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