機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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神殿騎士

 

 

 

 路面電車がやって来た。

 それは特別、目新しい形状や機能をしているものではなかった。交通網が整備されている都市部で、地下鉄の類を利用したことがある人間ならば、そういうものと受け入れるような代物だ。

 普通の大きさの路面電車(トラム)である。

 

 それが実のところ、時速四〇〇キロメートル超で大地を疾走する巨大列車の内部だということさえ忘れそうなほどに。

 ()()()()()()()()()()という、倒錯しきった機能美があった。

 車両は無人化されており、乗り降りの時間もごく短いものだった。三人は誰ともなく路面電車に乗り込んだ。

 

 電灯で照らされた清潔な車内だけがあった。

 座席は余裕を持って用意されており、短時間の移動用にもかかわらず、内装はむしろ長距離列車の一等客車に似ていた。

 密かにエルフリーデとリザが警戒していたように、列車の中に待ち伏せの兵が忍んでいて、あっという間に周囲を囲まれる──なんて展開もなかった。

 

 

「──ところで君タチ、この列車のコトどれぐらい知ってマス?」

 

 

 くるりと振り返る人影は、異形の仮面に背広姿──有角卿(ホルナーデル)ゲオルギイ・カザールが話しかけてくる。

 少女二人の内心の警戒感を読み取ったのか、それをふわりと(かわ)すようなタイミングだった。

 

 侮れない人だな、とエルフリーデは思う。

 人間的に好きになれるかはさておき、これだけ胡散臭いと目されているのに、こちら側から距離を取ることが難しい話術を仕掛けてくる。

 

 

「ベガニシュ帝国にとって最も重要なインフラで、先史文明種の遺産を活用した存在──というところまでは存じています。帝国にとってエネルギー面でも物流面でも最も重要だとか」

 

 

「アァ、如何にもクロガネらしいネ。ソウソウ、実利的な側面から掘り下げてイクト、そういう言及にナルヨネ──」

 

 

「お言葉ですがゲオルギイ卿。すると()()()()()()()が重要だということですか?」

 

 

 エルフリーデの問いかけに、ゲオルギイはにっこりと笑ったようだった。山羊の頭骨に似た仮面のせいで、その実際の表情はうかがい知れなかったが、雰囲気でそう示したがっている気がした。

 

 

「マァマァ、座ろうカ。ダイジョーブ、僕らの目的地までは何分かカカルヨ。長話は座ってスル方が楽ダシネ」

 

 

 促されるまま着席した。

 ゲオルギイが真っ正面のシートに座り、それに向き合う形でエルフリーデとリザが並んで座った。

 

 ベガニシュ帝国においては少々目立つ、男装の少女二人に仮面の紳士──他者から見れば異様な景色であった。

 そのせいか、心なしか周囲の座席は空白が目立つ気がした。

 

 

「──サテ、君たちはこう思ッテマス。この胡散臭い仮面男は、一体どうやってクロガネの現状ヲ把握シタノカ。ひょっとして罠ヲ仕掛けるタメに虚言ヲ弄してるンジャネーか、ッテネ」

 

 

「いいえ、ゲオルギイ卿。わたしはあなたが嘘をつく方ではないと信じています。真実、利害関係というものを理解していらっしゃる紳士は──()()()()()()()()()()()()()をよくご存じだからです」

 

 

 エルフリーデ・イルーシャなりのはったりだった。

 こんなものはクロガネの言動を横から見ていて、見よう見まねで覚えただけの口先だけの態度だとわかっている。

 長時間、会話をしていればボロが出るだろうと思った。

 

 だが、少なくともこの場で──ゲオルギイの雰囲気に呑まれて、会話の主導権を取られる事態は避けられる。

 今ある(カード)で勝負していくしかなかった。

 

 

「イイネイイネ、僕ハ賢い子が大好きデスヨ。ソウダネ、僕ハ嘘をつかない。言わネーコトがいっぱいアルだけデース。デモ今回ハ恩を売りに来たカラネ、特別ニ教えてあげちゃいマース」

 

 

 エルフリーデの虚勢はたぶん見切られている。

 その上でゲオルギイはそれをよしとした。意地悪な会話でその見せかけを剥ぎ取って、いたぶり尽くすような真似をしなかった。

 

 ほら信用してくれてもいいんだよ、とジェスチャーされているようだった。

 対等の相手として尊重しているように見えて、その実、それ自体がごっこ遊びのような生ぬるさに満ちた対応──要するに上から目線を隠そうとしていない。

 

 

 

 ──弱った、本当にわたしの苦手なタイプ!

 

 

 

 いっそのことナイフ片手にデスマッチでもした方が気楽なぐらいだった。ここにリザが同席していなければ、もうちょっとけんか腰になっていたかもしれない。

 深呼吸する。

 栗毛のミディアムヘアを少し揺らして、少女騎士は言うべきことを口にした。

 

 

「教えてください。クロガネに何があったんですか?」

 

 

「チョット段階踏んで説明シヨーカ。この大陸横断鉄道〈世界蛇〉の特異性が何カ、わかりマスカ? そっちのお嬢サン──リザ・バシュレー氏に答えてもらおうカナ」

 

 

 流石にこちらの名前ぐらいは下調べしてあったらしい。

 ゲオルギイ・カザールのように帝国社会の暗部を生きる人間であれば、当然そうするだろうと思えた。

 唐突に話を振られたリザは、すまし顔を崩さずにこくりと頷いた。

 

 

「ええ、察しはつきます。全長二〇キロメートルの巨大列車が、常時、高速走行してるって条件からして──この列車の内部は、外部の社会と切り離されているはずです。もちろん物資のやりとりはありますけど、乗員はほとんど、この列車の中に住むことになるんじゃないでしょうか。列車よりも外洋を航行する大型船に近いかもしれません」

 

 

「イイネ! 賢いお嬢サンがいっぱいいるッテ素敵ダヨ。そのトーリ、我らが帝国の〈世界蛇〉ハ、それ自体が独立性の高い都市国家みたいなもんデース。この列車には途切れることないエネルギー供給と食料栽培のための生産プラントがアリマース。言うなればここハ、ベガニシュ帝国の中心部にありながら自治権を握ッタ聖域ってワケ」

 

 

 きな臭い話だった。

 世界帝国の物流事情を左右するようなインフラ施設が、独立性の高い国家のような存在だなんて──どう考えたってもめ事の種になるような話だと思った。

 これは以前のエルフリーデにはない視点だった。

 

 ヴガレムル伯領を差配する領主の腹心として、その業務にずっとついて回って、様々な書類仕事がどういう視座で行われているか見聞きした成果である。

 政治と経済の話は複雑怪奇だが、それでもわかることはあった。

 

 利権と呼ばれるようなものがあるとすれば、それゆえに人間社会と深く関わらずにはいられないということだ。

 大陸横断鉄道〈世界蛇〉は明らかに、ドデカい利権が絡む場所のように思えた。

 

 

 

「フフフッ、二人トモ困惑してマース。ソウダネ、この列車ハおっかない場所デス。普通なら殺し合いが起きるような条件デ、聖域であることヲ保っている。何せ、ここには──()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ゲオルギイがそう意味深に呟いた瞬間だった。

 列車内に突如として、奇妙な緊張感が生まれた。一〇〇両編成の超巨大列車の内部を走る路面電車(トラム)は、列車内の要所ごとにステーションが設けられ、各駅停車する仕組みになっている。

 

 先ほどの地下鉄めいた光景──列車内を移動する乗客が、路面電車の次の便を待っている──も、そうした運行システムに則ったものである。

 であるからして一定区間を進むごとに停車時間が発生する。

 

 乗り換えのための時間はそう長くないから、一定のリズムで発進と停止を繰り返しているように思えるのだが──そのリズムに違和感が生じていた。

 明らかに停止時間が長いのだ。

 

 そのくせ車内スピーカーからアナウンスは流れない。

 秩序だった仕組みを好むベガニシュ人の乗客らは、何事かと腕時計や懐中時計を眺めては、首をひねっていた。

 

 

「……妙ですね。乗客の様子がおかしいです。ゲオルギイ卿、心当たりはありますか?」

 

 

「ナイヨー、僕が君たちハメたのが一発でバレるような状況、逆に裏切らないヨ!」

 

 

「密かに裏切るのはありみたいな言い方です……」

 

 

 エルフリーデが問いかけ、ゲオルギイが首を横に振り、リザはもっともなツッコミを口にした。

 露骨な裏切りをしない宣言なんて、そうではない裏切りはすると断言しているも同然だった。通常であればこの時点で会話を打ち切られてもおかしくない失言である。

 

 恐ろしいことに少女二人は呆れ果てて、そんなことをする気力が湧かなくなっていた。

 胡散臭すぎる言動に不審すぎる衣装(コーデ)の組み合わせは、存外、馬鹿にならない気がした。

 質の悪い道化芝居でも見ているような気分になってしまう。

 

 エルフリーデは車窓から外を注視した。

 重い足音。おそらく重量のあるボディアーマーを着込んだ兵士が数人、整然と隊列を組んで接近してきている。

 

 

「本当に罠ではないとしたら、ですが。ゲオルギイ卿、この状況についてどう思われますか?」

 

 

「アー、先手を打ったつもりガ、バレバレだったみたいダ。ソウ、この〈世界蛇〉は世俗の権力機構から独立した自治権を持ってるンだケド──その頂点が()()()()()殿()()()っていうンだヨネ」

 

 

「宗教騎士団ってことですか?」

 

 

「ウン、普通に利用スルだけなら、まずかかわらない雲の上の人たちダヨ──クロガネも今までは相互不可侵的に無視されてたワケ。ところがネ、どうにも先方の気が変わッタっぽいネー」

 

 

 ゲオルギイ・カザールは嘘をつかない。

 彼の言葉を素直に解釈すると、つまりはこういうことになる。

 ベガニシュ帝国における特権階級として君臨し、ある種の独立した聖域さえ築いている宗教勢力が、何故か突然クロガネのことを拉致した。

 笑えるほど状況が悪く、しかも意味不明だった。

 最悪の想像が脳裏をよぎる。

 

 

「待ってください、まさかクロガネはもう──」

 

 

「アァ、たぶん無事ダヨ。だってクロガネ、()()()()()()()()()()()からネ」

 

 

「えっ」

 

 

 衝撃的すぎる発言に、エルフリーデ・イルーシャの身体が強ばった瞬間だった。路面電車の乗降用ドアが開き、ぬっと威圧的な人影が乗り込んで来た。

 それは中世めいた古めかしい甲冑だった。

 

 騎士甲冑と呼ばれる類の強化外骨格──防弾仕様の装甲板を鎧の形に仕立て上げ、電気駆動によって筋力補助(アシスト)する──見た目は中世そのものなのに、その実、仕組みは進歩的な科学技術が使われている。

 

 鎧を着た騎士が、ぞろぞろと群れを成して乗り込んでくる。あるいは仮装大会(コスプレ)にやって来た好事家(マニア)の一団と言われても違和感のない集団だった。

 そうして増えた騎士は、全部で六人はいるだろうか。

 皆、背が高い。

 

 

 ──弱ったな、動きもいい。一糸乱れぬ連携ってやつだ。

 

 

 エルフリーデは内心で舌を巻いた。

 騎士甲冑は野戦では用いられなくなっている装備だ。より強力で積載量が高く、長時間活動できるバレットナイトの普及が原因である。

 

 しかし別に弱くなったわけではない。

 拳銃やライフルで撃たれても平気な鎧を着た兵士である。狭い場所で使われるとこの上なく厄介だった。

 もうこうなってしまうと、ゲオルギイ・カザールが裏切っていたかなんて問題ではなくなる。

 とにかく状況がよくなかった。

 

 エルフリーデとリザは、彼らを刺激しないよう、すまし顔で席に座っていた。どのみち抵抗したところで逃げ場がない。

 リザが「いつでも仕掛けられますよ」と目で合図してくるのを押しとどめた。

 

 

 

 ──神殿騎士たちが近づいてくる。

 

 

 

 甲冑の群れはエルフリーデたちの前で足を止めた。

 さて、どんな高圧的な台詞が飛んでくるのかと身構える。

 顔の見えないフルフェイスの鉄兜(ヘルム)が、じっと傷ありの少女に視線を注いで──

 

 

 

「──エルフリーデ・イルーシャ卿。殿下からお茶会への御招待を(たまわ)っております。ご列席いただければ、との仰せです」

 

 

 

 あまりにも丁寧なお茶会の誘いが放たれた。

 エルフリーデは冷や汗を掻いた。

 どう考えても断れる空気ではなかった。

 やんわりと神殿騎士のリーダーと思しき男は言葉を付け加えた。

 

 

 

 

「栄誉と思え、〈剣の悪魔〉」

 

 

 

 

 めちゃくちゃ感じが悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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