機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
そして一五分後。
エルフリーデ・イルーシャは見慣れぬ場所──馬鹿でかい列車の上層部に設けられた区画──に通されていた。
贅沢な内装だった。
クロガネの付き合いで宿泊したホテルのスイートルームを思い出したが、多分、あれよりも格式高い気がする。
エルフリーデはバナヴィア人で平民であり、庶民出なので詳しいことはわからない。
だが、これだけはわかる。
──すごい貴族趣味だ!
成金のような見せびらかすド派手さはないが、その分、調度品の一つ一つにお金がかけられている気配がした。
周囲を固めているのは甲冑を着た兵士の一団──神殿騎士の連中である。
めちゃくちゃ態度が悪かった騎士ども、と言えばわかるだろうか。
気まずかった。
間違いなく「平民風情が俺たちの姫様に呼ばれるなど、恐れ多いことを……」とよろしくない感情を向けられている。
不幸中の幸いは、リザが同席を許されたことだろう。
そういうわけで今、エルフリーデとリザは並んで通路を進んでいる。少女二人は無言である。
その後ろにはへらへらと笑っている馬鹿みたいな仮面の男──ゲオルギイがいた。
──なんでこいつまで一緒なの!?
やはり裏切っていたのでは、とエルフリーデは疑っている。
しかし流石に神殿騎士の前で「罠にはめたんですね?」と問いかける気にはなれなかった。
そういうわけで無言の移動時間である。
おそらくそれで問題あるまい、と思う。
エルフリーデもリザも、外行きということで簡単なメイクはしている──そりゃあ本物のお姫様に比べればそっけないだろうが、みすぼらしいほど格差はないはずだった。
いや、むしろ確信する。
だって自分もリザも、世界有数の美少女(※エルフリーデの主観的表現)なのだから。
「騎士エルフリーデ・イルーシャ卿、リザ・バシュレー卿、参列──」
仰々しい声が響き、重厚なドアが開かれた。一見すると木製に見えるが、その実、圧縮した防弾素材に木材を貼り合わせたような分厚い扉。
いざというとき銃撃戦になっても、確実に中の人間を守れるようにという配慮──事前に教えられていたとおり、数歩、前に進む。
入室だ。
ふんわりといいにおいがした。お茶と焼き菓子の香ばしさだ。
顔は上げない。
目を伏せたまま、片膝をついてひざまずく。
エルフリーデの横でリザも同じ姿勢を取った。
ぎこちないが、何度かクロガネの手配した講師に指導されたことのある礼儀作法だった。
──爵位で格上の相手だから、向こうが声をかけてくるまでは喋っちゃダメなんだよね。
相手はクロガネを捕らえたかもしれない輩だ。
とはいえ貴族社会であるベガニシュ帝国で、いきなり上級貴族か、それ以上の特権階級に生身で喧嘩を売るのは無謀すぎた。
嵐のようなものだと思う。
まずはどうやり過ごすかが大事になってくる。
「──
凛とした女の声だった。
想像以上に若い──下手をすると自分と同年代、まだ
仰々しい神殿騎士に囲まれたお姫様だなんていうから、もっと落ち着いた大人の女性を思い浮かべていたのだけれど。
その声に許しを得て、ようやく視線を上げた。
広々とした部屋があった。
ここは列車の中のはずだが、まるで本格的な貴族の屋敷に設けられた歓談のための一室という感じ──壁から壁までの間が広く、天井もかなり高い。
そこにこれまた、広々とした長いテーブルがあつらえられていた。
空間的に贅沢なのだ、と理解する。
あれは以前、クロガネが話してくれたことだが──お金持ちというのは、
庶民は壁に囲まれた狭い部屋で、どういう風に効率的に暮らせるかを考えるが、富裕層は空間の広さをお金で買い取るのだ、と。
ここはまさにその実例だった。
──あっ、いた。
まず真っ先に目に飛び込んできたのは、見慣れた黒髪の紳士だった。
男はテーブルの一角、エルフリーデから見て右側に席を与えられ、お茶菓子と紅茶でもてなされていた。
見間違えようもなくクロガネ・シヴ・シノムラである。
思いのほか元気そうだった。
いや、という落ち着いて優雅に紅茶をティーカップから飲んでいる。
服装も乱れてはいない。
いつも通りの黒い背広姿で、しわ一つ寄っていないシャツにネクタイ姿。惚れ惚れするぐらいに健在だった。
どうやら力ずくで連れてこられて、暴力的な尋問を受けていた──なんてこともなさそうである。
拍子抜けした。
──こっちは心配してたんだから、もうちょっと何かあるよね!?
エルフリーデは安心すると同時に、この男はひょっとしてとんでもないド天然なのでは、と疑念を抱く。
その瞬間、クロガネと目が合った。
俺は無事だ、と言外に示す感じで頷き一つ。そこに込められた感謝を見て取って、少女騎士はほっと胸をなで下ろした。
元気ならそれでいいんだけど、と思う。
これらのやりとりには二秒もかからなかった。
「……失礼いたします」
エルフリーデ・イルーシャは如何にも──上流階級の皆様方の煌びやかな景色に目を奪われてしまったのです、という感じの芝居をしながら、促されるままに下座の席に着いた。
続いてリザもそれに習って席に着く。
自分たちは招かれた客人だが、同時に平民出の騎士という低い身分の存在だからだ。
ここまでは上手くできた。
礼儀作法の
テーブル席に着いているのは三人。部屋に隅にはそれぞれ、護衛と思しき甲冑姿の騎士、侍女と思しき女性、そして給仕役が控えている。
思いのほか人数が多い。
しかし実際のところ、高貴な身分の方々が、対等に話す相手として数えているのは──このうちの半数にも満たないだろう。
「さあ、どうかくつろいでください。ええ、何故なら……わたしは、
向かって正面に美しい少女がいた。
浮世離れしていると思えるほどに──その少女を彩るのは、
長く手入れの行き届いた髪は、それだけで絶対的に身分が違うのだとわかる要素である。
続いて目に映ったのは、これまた抜けるように白い肌だった。
エルフリーデ・イルーシャも色が白い方ではあるけれど、この少女の色白は別格だった。
おおよそ太陽の日差しというものを知らず、育ったのではないかと錯覚するほどに──黒髪の少女は、異世界じみたまっさらな皮膚を持っていた。
そう、恐ろしいほどにその娘は美しかった。
身にまとっているのは、これまた白い布地の衣服──ゆったりとした宗教的意匠の法衣だった。
たぶんこの服だけで、エルフリーデの着ている上質なスーツ何着分もの価値がある。
そして目に焼き付くのは──
──切れ長の目の奥で、らんらんと輝く黄金色の瞳。
確信する。
この黒髪の少女は、ほぼ間違いなく不死者だ。
ちなみに今のところエルフリーデが知っているクロガネ以外の不死者は、一名(マリヴォーネ事件でかかわったクロガネの旧知カガン)を除いて全員が敵だった。
緊張するに決まっている。
エルフリーデは自分の微笑みが、ひょっとしなくてもぎこちないものであると自覚した。
「緊張されているのね、エルフリーデ卿。よいのですよ、
「ありがとうございます」
高慢だが好意的な反応だ。
何とか返事をしたが、エルフリーデは困っていた。
そう、たぶんクロガネもリザも気づいているのだが、立場上、助け船を出すわけにもいかない問題である。
それは──
──わたし、このお姫様っぽい人の名前を知らないんだけど!?
付け焼き刃の知識の限界である。
おそらくきっと、上級貴族であれば名前を知っていて当然、身内の神殿騎士の連中にとっては名前を呼ぶなど恐れ多いこと──そういうわけで誰も彼女の名前を呼ばないのだ。
こうなってくると問題が生じる。
ベガニシュ帝国で新参者であり、平民出で貴族社会に疎いエルフリーデの弱点と言っていい。
不味い。
かといって「わたしはあなたの名前を知らないんですよね!」などと口にしたら、たぶん周囲の神殿騎士が黙ってはいない。
剣を抜いて無礼打ちしようとしてくるかも。
嫌すぎる。
どうしよう、とエルフリーデが冷や汗を流した刹那。
「あら、わたしったら──名乗り忘れていたわね」
「殿下、それは──」
侍従が口を挟むよりも早く、長い黒髪の少女は、弾むような声音でこう言った。
「わたしの名はユシュナ・ゼオ・アンリバフ──
エルフリーデは固まった。
五秒ほど経ってから、辛うじて声を絞り出した。
「…………きょ、
名乗られてしまった。
ひょっとしなくても厄介だった。
エルフリーデは平民だというのに、向こうは尊い血筋を名乗っている。
頭が回転する。
この権威というものを大事にする帝国において、尊い血筋だなんて自称は、それ自体が恐れ多いに決まっている。
それをわざわざ口にできる立場の人間は限られている。
しかもアンリバフという姓、つまり──
──帝国の皇室か、それに連なる一族ってこと!?
どうすればいいんだろう、この状況。
よりにもよってベガニシュ帝国で最高位に近い上流階級の中の上流階級に、自ら名乗られてしまったという奇っ怪なシチュエーションである。
返答を誤ると首が飛ぶっぽい。
流石のリザも、うかつに動けない環境。
助け船を出してくれたのは、それまで一連のやりとりを見ていたクロガネだった。
「殿下、我が騎士をからかうのはそこまでにしていただきたい。彼女は若いのです。我らの
「ふふ……随分と手厳しいのね、伯爵。いいえ、今は〈始まりの御使い〉とお呼びするべきかしら? そんな言葉、昔のわたしが聞いたら……ええ、嫉妬して……
ぞっとするやりとりだった。
ユシュナ・ゼオ・アンリバフと名乗った少女は、どうやらクロガネと浅からぬ因縁があるようだった。
というか
怖い。
エルフリーデ・イルーシャは眼前で繰り広げられる上流階級の優雅な会話──そこに込められた親愛と毒気に、どうしていいかわからなくなった。
クロガネと目が合った。
不死者の男は、沈痛な表情で頷いた。
──クロガネ、これで二人目ですよ!?
流石に一〇万年生きてる男はスケールが違う。
病的な愛し方をしてくる不老不死の女性が、またもやエルフリーデの前に現れる──人生で何度も味わいたくない状況だった。
どうしよう、これ。
困り果てたエルフリーデは、テーブルの左手に目を向けた。
そこには元々、この部屋にいた男──テーブル席に座っているお茶会の参加者側──が一人いた。
身なりのいい紳士だ。
おそらくは日焼けした肌と、混じりっけのない金髪が鮮やかなコントラストを描く美青年。
屋外でのフィールドワークとか、秘境での冒険とか、そういう感じの活動的で
そいつはエルフリーデのほうを、じっと見つめてきた。
「むっ。困ったな、正直、結婚してほしいな……」
聞き間違いかと思った。
エルフリーデ・イルーシャは絶句して、一〇秒ぐらい固まったあと、思わず礼儀作法も忘れてうめいた。
「えっと……!?」
「ああ、申し遅れた。私はオリヴィエ・ライアー。しがないベガニシュ貴族だ、美しい
またもや名乗られてしまった。
金髪の美青年は、ぱちりとまつげの長い目を閉じてウィンクしてきた。
自分の美貌を自覚していて、
だが、少女騎士は思わずツッコミをしていた。
「女の子をライオンに例えるのは……たぶん口説き文句にはなってないと思います……!」
オリヴィエは衝撃を受けたように、「なんと……!?」とうめき声を漏らした。
男はどうやら本気で、コミュニケーションの行き違いを嘆いていた。
大仰な仕草でまぶたを押さえて、オリヴィエ・ライアーは反論を述べてきた。
「待ってほしい、獅子は美しくて強い生き物だ。私は君にピッタリだと思ったのだが……」
「そういう問題ではなく……!」
それまで黙ってことの成り行きを見守っていた少女、リザ・バシュレーは静かに、混沌に満ちているお茶会をぐるっと見回した。
毒気の強いお姫様に粘着質な愛情を向けられているクロガネ、いきなりエルフリーデをライオン呼びしてくる知らない美青年。
「いきなり
リザは呆れたように呟いた。
エルフリーデはちょっと涙目になった。
──勘弁してほしいなあ、本当にもう!
オリヴィエはグラハムみがあふれる紳士です。
自分をラブコメの真打ちだと思ってそうな変な人たちがわっと出てくると「誰!?」とみんな混乱する。
そんな回。