機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
それにしても状況がわからない。
これはひょっとしてアレだろうか、噂に聞く貴族の悪質なからかいの類だろうか──そう思ってエルフリーデ・イルーシャは、助けを求めるようにクロガネに視線を投げかけた。
男は深く頷くと、わざとらしく咳払いをした。
「オリヴィエ卿、我が騎士をからかうのはご遠慮いただきたい。彼女は純真なのです」
「えっ……!?」
何故だろうか、心なしかクロガネからの評価が不当に低い気がする。
常日頃のド天然なぽわぽわした言動ゆえの妥当な評価──少なくともロイやリザはそのように少女をたしなめるだろう──だった。
エルフリーデ・イルーシャは異を唱えることもできず、かといって純真という表現をそっくりそのまま受け取ることもできず、渋い顔でコーヒーカップの中身を見つめた。
最大限に気を利かせた迂遠な物言いであることは明らかである。
むう、と不満げに半眼でじっとりクロガネを睨んだ。クロガネは
──その反応は何もわかってないですね!?
そういえばこの男、
「ふ、ふははは! すまない、貴殿らは思いのほか、仲がいいのだな。ふ、ふふふ……ああ、だが訂正しよう伯爵」
オリヴィエは愉快そうに吹き出すと、するりとすまし顔になってこう言った。
「このオリヴィエ・ライアー、血筋の古さだけが売りの男爵だが──女性に対する要求水準はすこぶる高く、そのくせ、わがまま放題というどうしようない男だ! フフフ、おかげで独身ではあるが! 真実、美しいものを見定める審美眼はある!」
「お二人ともオリヴィエ卿の
「殿下。初対面のご婦人に遊んでる軽い男と見られるような悪評を流すのは……仁義に反すると思いますな!」
「オリヴィエはこういう男です。おわかりになりましたか?」
いきなり会話のキャッチボールがユシュナから放り投げられてきた。
不自然に間が空いては空気が悪くなり、不用意に相づちを打つようではやはり雰囲気が悪くなる。
そういう場面である。
エルフリーデは笑顔で冗談っぽく受け流した。
「ええと……とっても楽しい方なんですね!」
すごい、強烈なチュートリアルみたいな会話だった。
金髪碧眼の美丈夫という感じの男爵オリヴィエ──どうやら爵位は低いけど家は古いので格は高いパターン──と、その言動を揚げ足取って楽しむ黒髪の美姫ユシュナ。
ひとつだけわかったことがある。
二人とも、我が道を好き放題に進むタイプの変な人である。
エルフリーデはとりあえず、先ほどから香ばしいにおいがしている褐色の液体を、コーヒーカップから口にした。
すごくいい匂いがして、酸味とコクのある苦みが、ふわりと広がった。
戦地に支給される泥水みたいなコーヒーとは雲泥の差である。
「美味しい……!」
思わずそう呟くと、ユシュナ・ゼオ・アンリバフ──不死者にしてベガニシュ皇族の血筋というとんでもなく厄介なお姫様──はにっこりと微笑みかけてきた。
生まれてこの方、紫外線で日焼けしたことなんて一度もありませんという感じの美白の肌に、これまた長くで艶やかな頭髪。
素の造形美もあるとはいえ、根本的に自分で
そこに所作の優雅さも加わるから、同じ席でお茶会にいるというだけで緊張してしまう。
「まあ、よかった。そのコーヒー豆は特殊な条件で栽培されたものでして、この列車でしか味わえないものなのです。ふふふ、どこで採れた豆だと思いますか?」
「豆の採れた場所、ですか?」
お姫様が直々に問いかけてきた。
エルフリーデはどうやら、名指しでおしゃべりの相手に選ばれたらしいと腹をくくった。
深呼吸をひとつして、ユシュナの言葉から推測する。
──ええっと、クロガネのうんちくで聞いたことあるかも。コーヒー豆は自然環境だと赤道付近がいい感じの条件なんだっけ?
不味い、知識がふわふわしてる。
うろ覚えすぎて役に立たないが、ユシュナは先ほど「特殊な条件」「この列車でしか味わえない」と言っていた。
おそらくその口ぶりからして、わざわざ南国から取り寄せた豆なのだろうか──そこまで考えて、何か引っかかるなと思い直す。
そう、あれはゲオルギイ・カザールの解説だったはずだ。
──この列車には途切れることないエネルギー供給と食料栽培のための生産プラントがアリマース。
ぴんときた。
こちらを試すように、悪戯っぽい微笑みを浮かべて、黄金色の瞳を向けてくる貴婦人──クロガネの口ぶりから察するに実年齢は見た目通りではないはず──の腹の底は読めない。
しかし問題の意図はわかったと思う。
「もしかして……この大陸横断鉄道の
ユシュナはにっこりと笑った。
「ええ、正解です。噂に聞く〈剣の悪魔〉は、どうやらきちんと物事を見ている方なのですね──安心しました。それでこそクロガネ・シヴ・シノムラの騎士に相応しいというものです」
何故か能力の品評会を始められた。
うっすらとわかってきたのだが、自分はたぶん、対等なお茶会のメンバーとして扱われてはいない。
クロガネが飼っている犬がちゃんと躾けられているか、ひとつ試してやろう──そんな感じで質問を投げかけられているようだった。
今さらそんなことで傷つく繊細さは持ち合わせていなかったけれど。
──うわぁ面倒くさい!
この一言に尽きた。
エルフリーデ・イルーシャは平民出の文学少女である。断じて上流階級のお茶会で社交という名の格付けバトルをする習慣に浸ってはいない。
そういう
内心げんなりしつつ、少女騎士は表面上、愛想よく笑った。
「何分、戦場帰りですので──至らぬ身ですがご容赦ください」
大陸横断鉄道の腹の中で、宮殿のように飾り立てた列車に引きこもっているお姫様などにわかられてたまるか──そういう意地のこもった
しかし想定外のことが起きた。
何故かその瞬間、オリヴィエ・ライアーが生き生きとした顔で食いついてきたのである。
「うん、戦地の話か──そうか、それもそうだな! 貴殿はあの〈剣の悪魔〉! 東海岸の激戦区を駆け抜けた英雄だ。いや、正直なところプロパガンダを疑っていたのだが……こうして本物を見ると、疑う余地なく素敵だ!」
「は、はい?」
「おお、すまない。一人で盛り上がってしまった。改めて名乗ろう、ベガニシュ帝国の最も新しき英雄よ」
金髪の美青年は、自分の顔の良さを存分に活かす気満々のあざとい笑みとともに──特に思うところもなさそうに、自己紹介を更新してみせた。
「私の名前はオリヴィエ・ライアー。大陸間戦争では太平洋戦線を戦っていた身でね。バレットナイトを使った戦闘が専門だ。つまり君と同じ機甲猟兵というわけだな」
エルフリーデにわかったことはひとつだけだ。
太平洋戦線ということは、負け戦真っ盛りの激戦区を生き残った将兵を意味していた。それもガルテグ連邦の捕虜になることなく、あの大戦を生き延びてきた猛者だ。
この男、さらっととんでもない経歴を話してきている。
次の瞬間、クロガネが話を引き受けて、相づちを打ちながら細やかな情報を補足した。
「オリヴィエ卿は〈蒼騎士〉の異名をお持ちでしたね。あの大戦の最中にあって、従軍した将兵の多くを救った英雄である、とも」
「ははは、こそばゆいな! だが、そうだな──私は勝利をもたらすことはできなかったが、その点において、誇れるものはあったと思うよ」
そういうオリヴィエの快活な笑い声は、それゆえにむしろ、この爽やかな男が見てきた地獄を感じさせるものだった。
あの戦争に従軍した常人であれば、このように笑うことはできまい。
単なるボンクラ貴族であるならば、このように笑うこともできよう。
オリヴィエはそのどちらでもなかった。
──おっかない人だな。自分がズレてると知ってて、被る仮面の種類を選べる人だ。
それは単に歯車がズレてしまった人々──精神を病んだ人間の多くが陥る苦しみ──とも、また様相の異なるありようだった。
エルフリーデはオリヴィエに対して、不快感を持つことはなかった。
同じような地獄を経験して、あっけらかんと笑う在り方は、むしろ自分に近しいものだと思いさえした。
その上で疑問を呈した。
「あの……わたしに求婚してくださったのは、そういう親近感からのジョークですか?」
「はははっ! いや、単に見た目が特別、好みだっただけだ! 一目惚れとはこういうものらしい!」
「う、裏表がない……!」
どうやら距離感がおかしい物言いは、オリヴィエの素らしい。
対応に困ったエルフリーデは曖昧な笑みで受け流しつつ、再びコーヒーカップを持ち上げて──ふと、その表面にさざ波が立っていることに気づいた。
振動だろうか。
だが、妙だった。
この大陸横断鉄道〈世界蛇〉は、磁気浮上式リニアレールによって時速四〇〇キロメートル超で大地を疾走している。
当然、相応の慣性力や遠心力を帯びているものの、それを打ち消すような形で抗重力場機関が用いられている──つまり列車の中身が、自分がものすごい勢いで走っていると認識することはまずない。
走行時の振動だなんて無粋なものを、お姫様が乗っている区画に及ぼすはずがないのだ。
──これ、一時的なものかな?
なんとなく不吉な予感がして、コーヒーカップをソーサーの上に置いた。
その瞬間だった。
がくん、と一際大きな衝撃──カップの中の液面が跳ねて、テーブルの上に褐色の液体がまき散らされる。
テーブルだけではない。部屋全体が揺れるような衝撃が襲ってきたのだ。頭の中で
遅れて鈍く大きな音が、扉の向こうから響いてくる。
「クロガネ、リザ、これは──」
「不味いことになっていますな」
少女騎士が警告を発したときには、クロガネとリザ、そしてオリヴィエは油断なく席から立ち上がっていた。
一拍遅れて、ユシュナ・ゼオ・アンリバフの元に警護の騎士が駆け寄った。
そばに控えていた侍従に手を差し伸べられて、黒髪の姫がゆっくりと席を立ったその刹那。
鈍く重い音。
連続して銃声が聞こえてきた。
分厚く大きな防弾扉の向こう側──つまり廊下で銃撃戦が起きているようだった。
「…………なんで?」
思わずうめいた。
ここはベガニシュ帝国の中枢にして神聖なる領域と聞いていたのだけれど、現実には物騒な紛争の足音がものすごい勢いで迫っていた。
この部屋に来るまで頭に叩き込んでおいた道順を思い返す。
さて、どうしたものだろうか──流石に拳銃のひとつもなしに、襲撃者に立ち向かえると思うほどおめでたくはない。
エルフリーデが口を開こうとしたそのとき、部屋の奥の扉が開いた。
反射的に鋭い視線を投げかけた。
すると、そこにいたのは──
「皆サン、こっちデース!」
──死ぬほど胡散臭い仮面の紳士だった。
まずこいつが裏切ってる可能性が脳裏をよぎった。
部屋の誰もが同じ思いだったから、たっぷり三秒ぐらいは無言の時間が生まれてしまった。
エルフリーデは渋々、口を開いた。
「えっ、本当に味方なんですか……!?」
ゲオルギイ・カザールは悲しげにかぶりを振った。動きがもう
「エェー、僕に対する仕打ちがヒデェデース!」
いつの間にか、するっと姿を消していたゲオルギイが、爆発と銃声の直後に現れる。
怪しすぎてこいつを信じるのは無理でしょ、とエルフリーデは思ったのだが、この列車の主は違うようである。
黒髪の
端整な顔立ちには動揺ひとつなかった。
「では皆様、仮面の道化とともに避難いたしましょう。非常事態のようですので」
やっぱり不死者ってすごい。
こんな胡散臭い状況でも眉ひとつ動かさないって、慣れって怖いよね──と顔を見合わせて、エルフリーデとリザは戸惑うしかなかった。