機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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西方の悪鬼

 

 

 

 ──女は世界を恨んでいた。

 

 

 

 怒りが魂を満たし、憎しみが身体を駆動させていく。

 女は貴人であった。誇り高きベガニシュ人の中のベガニシュ人、世界の名だたる帝国の頂点に君臨していたもの。

 それはそのように自らを認識していた。

 

 最早、その名を覚えているものの方が少ないであろう過去の余塵(よじん)──それはただ、恨みを晴らすために存在していた。

 暴虐なる竜そのものとなった自我。

 

 地面を這い回るための手足と、周囲を睥睨(へいげい)するための二本の竜頭。

 手足に内蔵された四基のジェットエンジンを垂直方向に噴射、リフトジェットとしてホバリングを行う機械仕掛けの竜──限りなく人型から遠く、それゆえに人ならぬ身となった女に応える駆体だ。

 

 双頭の邪竜は、その名を〈ドッペルドラッヘ〉という。

 (たか)ぶった感情のままに女は吠えた。

 

 

 

「──憎い、憎い、憎い! 許せるものか、許していいものか! わらわは忘れぬぞ! 死に追いやられた我が子の無念を!」

 

 

 

 歪み果てた人格が、電脳棺の中で保存されていた自我が、その激情を暴力に変換していた。

 そこは列車の中だった。全幅三〇メートル、全長二〇〇メートルにもおよぶ広大な車体──その上部構造物のすべてを焼き切り、天井を崩落させて〈ドッペルドラッヘ〉は着地していた。

 女は復讐者を自認している。

 

 与えられた暴力装置と一体化した歪な自我は、すでに、自らの組み込まれた陰謀の全体像を類推するほどの理性を保っていなかった。

 それはそのように成り果てていた。

 

 鋼鉄を沸騰(ふっとう)させ、溶解させた強烈な熱波──それでもなお、耐火性の内装は辛うじて全焼を免れていた。

 余波で燃え始めた一部の素材が、パチパチと火の粉を舞わせる。

 

 火災の気配を感じ取った消火装置が、焼き切られた天井の大穴の周囲で作動。消化剤をぶちまけて火の手を消していた。

 許せぬと吠えた〈ドッペルドラッヘ〉を、眼下で一人の若い女が見上げていた。

 

 まだ少女と言ってもいいほどの年若い女の形だった。長い黒髪に白い肌、護衛の騎士に庇われたのか──血を流しながらも重症を免れている様子。

 それでいい、と復讐者は笑った。

 

 

「おお、おお! 生きておったか、()()()()()()()()() この七〇〇年間、そなたの顔を忘れぬ日はなかった! 夢にまで見たとも!」

 

 

「……よもや、その言いよう。フランツィスカですか?」

 

 

簒奪者(さんだつしゃ)がぬけぬけと、わらわの名を口にするとはなァ! この〈ドッペルドラッヘ〉が、そなたの罪を数えよう!」

 

 

 呆然として、こちらを見上げるユシュナ・ゼオ・アンリバフの姿は滑稽(こっけい)だった。

 つい先ほどまで、自分の命が脅かされているとは欠片も思っていなかったに違いない愚者の表情だ。

 そのようにフランツィスカは信じた。

 

 たった今、自らの攻撃によって生じた惨状──熱線砲の放射によって、神殿騎士も侍従もメイドも命を失い、亡骸となって転がっている──を気にも留めず、むしろ愉快でたまらぬと女は笑う。

 暴力を振るうものの残忍な愉悦があった。

 

 馬鹿でかい双頭竜が、その四肢で床面を踏みしめる。全長一八メートルにもおよぶ巨体、前脚と後ろ脚の合計四本の歩行脚でその体重を支える異形のものは──第三世代試作重バレットナイトに分類されていた。

 

 ジェットエンジンを内蔵した手足からジェット噴射、揚力を得てその巨体を浮かせる火力トランスポーター。

 一対二本の邪竜の首には、高出粒子ビーム砲とその冷却装置が組み込まれている。人工筋肉によって支持された放熱フィンと冷却液の循環機構、蛇のように長い首はそれ自体がビーム兵器の一部なのだ。

 

 〈ドッペルドラッヘ〉が、ずしん、と地響きを立てて歩く。

 本来、路面電車(トラム)とその乗り換え駅(ステーション)から構成される空間は、今や崩落してきた天井の残骸に埋まっていた。

 そして残された隙間を埋めるように、双頭の邪竜がその巨体を横たえている。

 逃げ場はない。

 

 

 

「…………奇妙ですね。皇太后(こうたいごう)フランツィスカ、あなたは確かに処刑され、その亡骸は二度と蘇らないよう処理されたはずです。七〇〇年間、何もせずに機を見計らっていたとは──あなたらしからぬ慎重さと言えるでしょう」

 

 

 

 ユシュナは奇妙なほど落ち着いていた。

 たった今、身の回りの世話をしてきた親しい人間を、皆殺しにされた当事者とは思えぬほどの落ち着きぶりだった。

 

 端整な白い顔に浮かんでいるのは、純粋な疑問としか言いようのない感情である。

 それは命の危機に(ひん)したものの表情とは、到底、思えぬ冷静さを覗かせていた。

 その落ち着きぶりにフランツィスカは苛立った。

 

 

 

「だが、わらわは生きているッ! そなたはわらわの憎しみを見誤ったのだ!」

 

 

 

「はい、そうですね。憎しみとは恐ろしいものです。たった今、わたしの従者たちをあなたが踏みにじったように──後先考えない浅慮(せんりょ)を招いてしまう」

 

 

 

 ユシュナの呟きは、奪われた命を惜しむような口ぶりだったが──同時に言いようのない冷徹さを感じさせる、突き放したような物言いだった。

 あるいは目の前にいるフランツィスカ──遠い昔、処刑されたはずの貴種──のことなど、現実と認めてすらいないような口調である。

 

 その浮世離れした様子を、復讐者はどう飲み込んだものか思考した末、強大な暴力を前にした現実逃避であると解釈した。

 嘲弄が拡声器(スピーカー)からあふれた。

 

 

 

「ひ、ひひひ、無様よな! 忌まわしき西方(バナヴィア)と手を結び、わらわとヨアヒムに逆らった女が──今ではわらわの足下に這いつくばっている。殺さぬぞ、楽には殺さぬ! じわじわと苦しめて、骨を一本一本へし折って、その悲鳴をヨアヒムに捧げさせてくれようぞ!」

 

 

 

 悪意のにじんだ言葉だった。

 邪竜の双頭がユシュナを見下ろして、その口腔(こうくう)を見せびらかした。熱線砲の発射装置が組み込まれた口は、それ自体が一瞬で金属を溶断せしめる兵装なのだ。

 

 黒髪の巫女姫は足を怪我していた。先ほどの爆発で骨が折れたか、足首を痛めたのか──定かではないが、とにかく立ち上がる様子はない。

 ゆえに身じろぎもせず、ユシュナは目と鼻の先の邪竜を見上げた。

 

 

 

「暴虐女帝フランツィスカ。あなたがかの皇太后その人であるのか、それとも、そう名乗る()(もの)なのか……実に興味深いところですが。少なくともその邪悪さについては、かつての彼女に引けを取らないようです」

 

 

 

 ユシュナ・ゼオ・アンリバフは落ち着き払っていた。

 アンリバフの吸血鬼──歴史上、幾度となく命を落としたはずなのに、ベガニシュ人の権力闘争にいつの間にか入り込んでいる妖怪じみた不死者。

 

 大陸を統べるベガニシュ帝国では何度も権力構造の交代劇があり、不死貴族と呼ばれるものたちの姿も数えきれぬほどあった。

 だが、アンリバフの吸血鬼ほど長い間、歴史に干渉してきたものはいない。

 

 ユシュナ・ゼオ・アンリバフとはそのような不死の中の不死であった──ベガニシュ帝国の歴代皇帝には、必ずと言っていいほどアンリバフの血が混じっている。

 その血を、フランツィスカは嫌悪する。

 理由は単純だった。

 

 

 

「おお、おお、可哀想なヨアヒム! (たみ)をくびり殺す(たわむ)れ程度で──このような鬼畜の化け物に追い詰められるとは! ああ、許せぬ、許せぬなァ! アンリバフの吸血鬼! そなたこそ真実、このベガニシュから消え去るべき(やまい)よ!」

 

 

 

 ベガニシュ帝国の長い歴史において、流血に次ぐ流血をもたらし、暗君として語り継がれる断罪帝ヨアヒム──その実母である女は狂っていた。

 我が子可愛さに破滅を呼び込んだ怪物の駆体──〈ドッペルドラッヘ〉がその前脚を振り上げた。

 

 装甲がアルケー樹脂によって構築され、見た目以上に軽量とはいえ、それでもなお数十トンに達する異形の竜である。

 その一撃は容易くユシュナのちっぽけな身体を潰すだろう。その手足を千切り飛ばすだろう。

 フランツィスカはその一瞬を夢想して、多幸感の絶頂に酔った。

 

 

 

 ──刹那、騎士人形がその視界の隅でうごめいた。

 

 

 

 電脳棺(コフィン)の火器管制システムが動態検知──これまで瓦礫の影になって見えなかった巨人が、一本の剣を握りしめて突っ込んできた。

 身長四メートルの騎士人形、人型兵器バレットナイトと呼ばれるもの。

 

 自動的な機種照合メッセージは、その機体がベガニシュ帝国製の第二世代機〈ブリッツリッター〉であることを知らせてくる。

 遅いと思った。所詮は人工筋肉で飛び跳ねるだけの人影、地面を蹴って加速しようとも──この〈ドッペルドラッヘ〉の目を逃れることなどできない。

 

 

 

無礼者が──!

 

 

 

 〈ドッペルドラッヘ〉の胴体から生えた機銃砲塔が狙いを定めた。

 飛んでくる対戦車ロケット弾やミサイルなどを撃ち落とすためのアクティブ防御システム──機械的に制御される対空火器ゆえに外すことはありえない。

 

 彼我の距離は二〇メートルもなかった。

 〈ブリッツリッター〉が回避運動を取る様子はない。それが後方にいる生存者──クロガネとリザを庇う動きだと、フランツィスカにはわからなかった。

 

 他者を虫けらのように踏みにじることが日常であるがゆえに。

 銃火(マズルフラッシュ)が弾ける。

 同時に眩い光の皮膜が、一瞬で砲弾を砕くエネルギーのうねりを生んだ。

 

 光波シールドジェネレータと呼ばれる粒子防御帯(エネルギーバリア)の発生装置──突き刺さった二〇ミリ砲弾の雨が、次々と高エネルギー粒子に砕かれて光の飛沫(しぶき)を生み出した。

 輝きが爆ぜる。

 

 

 

 ──〈ドッペルドラッヘ〉に肉薄する寸前まで、〈ブリッツリッター〉がエネルギーバリアを展開しなかった意図は明白。

 

 

 

 ──それはセンサーシステムが輝度調整で対応するほんの一瞬を狙った目くらましだった。

 

 

 

 そしてバレットナイトの白兵戦において、一瞬の遅延は死を意味する。

 片手半剣(バスタードソード)タイプの超硬度重斬刀(テロス・ブレード)──原子間結合を強化された特殊合金製の刃が、亜音速に近い速度で振るわれた。

 

 接触、破砕、両断。

 アルケー樹脂装甲が砕け散り、内部の人工筋肉束が裂かれ、合金製骨格が火花を散らしながら断ち割られる。

 双頭の竜の首が、ひとつ、地面に落ちた。

 

 

ぬぐぁぁあああああああ!?

 

 

 フランツィスカは、絶対的であると錯覚していた自分の駆体(からだ)が失われる感覚に悶えた。

 痛覚はない。

 

 ただそれまで掌握(しょうあく)していた肉体の大事な部分が、いきなり感覚器ごと消失する。

 その苦悶(くもん)は無理からぬことだった。

 そして度しがたい隙である。

 

 

 

 ──剣閃

 

 

 

 さらに返す刃で二本目の首が落とされた。断ち割られた金属骨格の火花と、冷却用循環液を血のように振りまいて。

 長大な邪竜の首が、どすん、と床面を転がった。

 

 コンマ五秒ほどの時間差で胴体から切り落とされた双頭──噴水のように吹きだした冷却液が、足を怪我して動けないユシュナの顔を汚した。

 長い黒髪が、この世ならぬ竜の体液に濡れた。

 

 そして巫女姫は見た。

 紫紺の甲冑(かっちゅう)を身にまとい、黄金色の装飾(エングレービング)が施された姿で剣を振るう〈ブリッツリッター〉。

 〈ドッペルドラッヘ〉に飛び乗った騎士人形が、剣を突き刺して、精確にその心臓部──電脳棺(コフィン)を貫くその瞬間を。

 

 一撃。

 断末魔すら許さぬ早業だった。

 恨み言すら許されずに、かつての皇太后を名乗った襲撃者はその命を散らした。

 ただ圧倒的な力だけが、そこに示されていた。

 

 

 

 

 

「…………西方の悪鬼(ハァルゴルニ)

 

 

 

 

 

 思わずユシュナ・ゼオ・アンリバフが呟いた言葉は──バナヴィア人を恐れた太古の名残だった。

 まるで神話の中から抜け出てきたような悪鬼の姿を、アンリバフの吸血鬼はただ見つめ続けた。

 その真実を見極めたいと願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 700年前の皇太后フランツィスカは、当時のユシュナと救国卿がタッグを組んで息子ともども討伐しました。
 何故ってデイリー感覚で殺戮する暗君だったから。


 エルフリーデ卿にエンカウントしたのでスピード感あふれる死を献上されたらしい。






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