機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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悪魔が踊るとき

 

 

 

 ものすごいゲテモノに襲われている気がした。

 エルフリーデ・イルーシャの胸にやってきた実感──今まさに自分が対峙している敵は、おそらくとびきりの凄腕で、手足のように異形の機体を扱えるやつだ──は、油断ならない現状を示していた。

 

 だが、嘆く必要はないとも思った。

 これが第二世代バレットナイトの中でも旧式の部類、たとえば〈アイゼンリッター〉初期型ならば絶望的だったけれど。

 

 幸いにも〈ブリッツリッター〉はかなりお金のかかっている高級機(ハイエンド)モデルであり、瞬発力やパワーの点では申し分ない性能だ。

 問題があるとすれば──

 

 

 

 ──今のご時世に新規設計されたバレットナイトなら、確実に第三世代機ってことか。

 

 

 

 今や〈アシュラベール〉がその代名詞となっている第三世代機は、高出力化にともなう人工筋肉の性能向上、そしてジェットエンジンやロケットエンジンの搭載による空中機動を大きな売りにしている。

 

 要するに突然、ものすごい速さで飛び跳ねたり、空中で移動方向を変えたりできる。

 自分が仕掛ける側なら、これほどやりやすい手札もないのだが──いざ敵機として旧世代機で対峙してみると、これほど嫌な敵もなかった。

 

 左腕一本で体重を支えながら、ぐるんと側転。

 そして姿勢の安定を待たずに七五ミリ低圧散弾砲をぶっ放した。

 炸薬が爆ぜ、燃焼ガスの膨張によってスラグ弾が銃口から飛び出す──毒蜘蛛は危うげなくそれを(かわ)した。

 

 当然のごとくその反動が襲ってくる。

 バレットナイトの重量は軽い。素材として特殊なプラスチックの一種であるアルケー樹脂を使用し、電磁式人工筋肉で動作するため、金属製の重量がかさばる部位はフレームにしか存在しない。

 

 自分自身の重量で、重火器の反動を受け止めるような作りにはなっていない。

 ゆえに駆動フレームの衝撃吸収機構があるとはいえ、不安定な姿勢での大口径火器の使用は──その反動で機体を大きく揺らしてしまう。

 

 

 

 ──反動で吹き飛ぶ機体。空中で後方に三メートル、〈ブリッツリッター〉の位置がずれる。

 

 

 

 ──直後、毒蜘蛛の斬撃が襲ってきた。すでに間合いの外へ退避済み。

 

 

 

 あらかじめ飛んでくる斬撃を見越して、空中での姿勢制御に散弾砲の反動を用いる。

 エルフリーデ・イルーシャの卓越した戦闘技量は、そのような絵空事にも似た回避方法を編み出していた。

 

 虚空を薙ぐに終わった斬撃──毒蜘蛛が踏み込んでくる。

 黒色の装甲の鮮烈な赤色、らんらんと輝く複眼のカメラアイ、編み笠のような円盤状の頭部──人型をしているのに、昆虫じみた印象がぬぐえない異様な機体だった。

 

 速い。

 人工筋肉の出力もさることながら、徹底した軽量化が追求されているに違いない。

 追撃が来る。

 だがこちらもそれは想定済みだ。

 

 

 

 ──間に合ったか。

 

 

 

 〈ブリッツリッター〉が地面に着地する。ちょうどその足下には、先ほど手放したばかりの片手半剣(バスタードソード)が一振り。

 刀身の長さを含めれば三メートル以上にも達する、バレットナイトが振るうための刀剣だった。

 剣の柄を左手で掴む。そのまま下半身の筋肉を伸縮させ、四肢すべての瞬発力を駆使して刃を振り上げた。

 

 

 

 ──通電されたテロス合金の刃が、原子間結合を強化され、絶対的な強度の超硬度物質に変化。

 

 

 

 ──〈ブリッツリッター〉の身体すべてを使った、両刃の剣ゆえに生じる斬撃。

 

 

 

 その機敏な動作ゆえに、毒蜘蛛が気づいたときにはエルフリーデの攻撃の間合いに踏み込んでいるはずだった。

 毒蜘蛛が、右手で握った曲刀を上段から振り下ろした。

 

 斬撃と斬撃がぶつかり合う。

 原子間結合を極限まで高められ、高エネルギー粒子の被膜で覆われた剣の激突。

 飛び散る粒子の火花、生じる雷鳴のようなスパーク──その轟音と閃光の中で、エルフリーデは右腕を掲げた。まだ実包が装填(そうてん)されている散弾砲をぶん投げた。

 

 

 

 ──毒蜘蛛の頭部から刺突が伸びる。

 

 

 

 ──蜘蛛の足のような無数の副腕(サブアーム)が、槍にも似た刺突を連続で叩き込んでくる。

 

 

 

 投げつけた散弾砲が一瞬でスクラップに変わった。そうして一瞬の攻防をしのいで、〈ブリッツリッター〉は後ろに飛び退った。

 接触の瞬間、生じた崩壊光から見て間違いない──あの副腕は、先端部に超硬度重斬刀の刃を備えている。

 

 絶対的な物理強度ゆえに、高速で衝突すれば如何なる金属であろうと容易く穿(うが)つ重金属。

 その物理的特性の発揮のために、常時、何らかの形でエネルギー供給が必須であり、それゆえにバレットナイトの腕部で刀剣として振るうことが最適解になっている兵装だ。

 

 

 

 ──だけど融合して制御する人間の負担を考えないなら、こういう形で奇抜(トリッキー)な裏技もできる!

 

 

 

 同種の武器はすでに何度か目にしている。

 バナヴィア独立派のバレットナイト〈ミステール〉との死闘を思い出す。多腕の剣士というべき怪物は、エルフリーデを死地に追い詰めた強敵だった。

 

 目の前の毒蜘蛛はそれに匹敵する技量を備えていた。

 多腕の機体で白兵戦を行うのは、かなり困難を極めるはずだ。

 刺突にせよ斬撃にせよ、刀剣やポールウェポンを用いた戦闘技術は、二本腕の可動範囲を前提にしている。腕の本数が増えれば増えるほど、占有できる空間の広さは減っていくから、必然的にできる動きもせばまっていく。

 

 そもそも敵も味方も動き回る戦場で、倍の本数に増えた手足を、合理的に最適解で動かせる人間は恐ろしく限られるはずだった。

 つまるところ曲芸である。

 

 

 

 ──わたしも何度かやってみたことはあるけど、こいつはかなり強いね。

 

 

 

 自分もやってできないことはないだろうが。

 ともあれ編み笠のような頭部から、四本ほど生えている副腕を自在に振るう様は──怖気が走るほどに虫っぽい。

 手足のひょろ長い人型の部分も虫っぽいが、首から上は完全に毒蜘蛛の意匠を備えているとしか思えなかった。

 

 

「クロガネ、逃げてください! こいつはわたしが食い止めます──」

 

 

 そう叫んだ直後だった。

 再び爆発音が聞こえた。

 敵から目を離さず、カメラアイをわずかに傾けて見やる──閉ざされていたシャッターが爆破されていた。クロガネたちの乗っている自動車の進路上に、わらわらと人影が現れる。

 

 全員が武装していた。

 近代的な騎士甲冑を着込んだ兵士の群れ──その装備は明らかに神殿騎士のものではなかった。クロガネが自動車を急発進させ、移動レーンの隅にある駐機スペースに飛び込むのが見えた。

 ここに来て敵は追い打ちとばかりに追撃の兵を出してきたらしい。

 

 

 

 ──最悪だッ!

 

 

 

 エルフリーデは今、クロガネたちと毒蜘蛛の間に立ちはだかっている。彼我の距離は数十メートル開いており、この上で騎士甲冑の群れを倒そうとすれば、それは毒蜘蛛めいたバレットナイトに背中を見せるのと同じだった。

 

 

「持ちこたえてください、すぐそっちに向かいます!」

 

 

 負ける気はしない相手だが、隙をさらせば手足を持って行かれるぐらいには強い相手だ。

 さて、どうしたものか。

 エルフリーデ・イルーシャがある種、非人間的なまでの冷静さでそう思案した刹那のことである。

 

 

『──提案しよう。エルフリーデ・イルーシャだな?』

 

 

 毒蜘蛛が話しかけてきた。男とも女ともつかない、機械っぽさ丸出しの声。

 バレットナイト同士の短距離通信ではなかった。おそらく何らかのボイスチェンジャーを噛ませて、わざわざ機体に据え付けられている拡声器(スピーカー)越しに言葉を投げてきている。

 

 奇妙だった。

 これほどの技量を持ち、ベガニシュ帝国の要人を暗殺しに来ている輩が──わざわざ音声言語でお話とは。

 いぶかしんだエルフリーデの心境などお構いなしに、毒蜘蛛は言葉を重ねた。

 

 

『ユシュナ・ゼオ・アンリバフを差し出せ。そうすれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「気づいてますか? それ、()()()()()()()()()()()()()()()()()の台詞だよ」

 

 

 そんな提案、呑んだ時点で命以外のすべてを捨てたも同然、しかも相手がそれを守る保証もない──エルフリーデはにべもなく切って捨てて前進した。

 片手半剣を両手で構え、上段に構えて突進する。

 

 こうなればやることは決まっている。

 最速で毒蜘蛛じみたバレットナイトを無力化、あるいは後退させ、稼いだ時間を使って騎士甲冑の兵士たちを皆殺しにする。

 計算してみた限りでは、移動に五秒、兵士たちをなぎ倒すのに一〇秒もあれば十分だろう。

 

 つまり一五秒間ほど時間を自由に使えるようにすればいい。

 大陸間戦争によって培われた冷徹で合理的思考──バレットナイトによる対人攻撃にためらいがない──とともに、エルフリーデは斬りかかった。

 

 

『よく躾けられた犬だ! そんなに伯爵の首輪は心地いいか──』

 

 

 不意に毒蜘蛛が声を荒げた。

 奇妙だった。こちらは相手と面識なんてないのに、向こうはエルフリーデ・イルーシャのことを知っているという感じの感情──あるいはクロガネ個人に対して敵意を向けている節すらある言葉使いだった。

 既視感(デジャブ)すら感じるような物言いと、間違いなく自分はこいつを知らないという確信にも似た違和感。

 

 

「一応訊いておきますが、わたしのこと、一方的に知ってる感じですか?」

 

 

『敵との問答を信じるのか? いいや、お前は信じない。自らが見たいものを見る、それが人の愚劣さゆえに!』

 

 

「いきなり人類全般の愚かさに話が飛んでない!?」

 

 

 気の抜けたやりとりだった。

 だが実際には、この会話の間に繰り広げられたのは神速の攻防だった。四本の副腕による刺突と、右手に握った曲刀による刺撃/斬撃──手数で勝る毒蜘蛛が繰り出す先手必勝の猛攻を、間合いを完全に読み切っているエルフリーデの一太刀が撃ち落とす。

 

 大げさな回避運動など〈ブリッツリッター〉にはできない。

 スラスターによる機動制御がない以上、その運動性能は、地面と接地している状態でしか発揮されない。

 

 跳躍によって滞空するのは自殺行為だ。

 ゆえにエルフリーデは正面から攻め込む。

 異様な光景だった。

 

 毒蜘蛛が左右から弧を描くように撃ち放つ刺突──その射線を見切って、半歩、機体をずらすだけで直撃を避けていく。

 

 〈ブリッツリッター〉がしているのは、理論上は可能だが到底、現実的ではないと評される類の技術だった。

 避けられる攻撃は半身で(かわ)して、より致命的で回避不可能な刺撃/斬撃を剣で撃ち落とす。

 

 恐ろしいほどに洗練された操縦技術──明らかに手数とパワーで勝る毒蜘蛛が、じりじりと距離を詰められていることに気づき、戸惑うようにうめいた。

 

 

『押されている──この私がっ!? エルフリーデ、一体どこまで無意味に強くなった!?』

 

 

「なんか知ってる人っぽい距離感なの、本当に困る!」

 

 

 ベガニシュ帝国の最重要施設にテロ攻撃を仕掛ける知り合いなんてほしくはない。

 心当たりを探ってみたが、困ったことにピンと来る相手がいない。

 たとえば大陸間戦争時代の仲間たち──三三二一独立竜騎兵小隊のメンバーであれば、異形極まりない毒蜘蛛を制御できる腕利きもいるかもしれない。

 

 だが、それならば動きを見れば一発でわかる。

 お互いの技量も操縦の癖も知り尽くした相手なら、バレットナイトにどんな偽装を施したところで、白兵戦をやっていれば嫌でも正体に突き当たる。

 なのでおそらく、敵は元三三二一小隊の誰かではない。

 

 困った。

 そうなるとエルフリーデの知り合いは、バナヴィア北部のロシュバレア地方の地元住民ぐらいになってしまう。

 だが、さすがにここまで馴れ馴れしく戦場で話しかけてくる相手はいなかったはずだ。

 

 

 ──セヴラン・ヴァロールって前例があるから、ありえないとは言い切れないのがやだなぁ!

 

 

 実は近所のおじさんとか、学校の友達とかが、バレットナイトに乗った凄腕暗殺者になって襲ってきている可能性。

 ありえなくはない。

 そんな現実がかなり嫌だった。

 

 

 

 ──エルフリーデの背後では銃声が聞こえ始めていた。

 

 

 

 おそらくクロガネやリザが、接近してくる騎士甲冑の兵士たちと交戦し始めたのだ。

 だが、妙だった。

 ユシュナ・ゼオ・アンリバフを殺すだけなら、重火器を撃ち込めばそれで事足りる。列車内を移動するための自動車に防弾性能など期待できないし、対戦車ロケット弾でも叩き込めばそれで決着はつくはずだ。

 

 クロガネもリザもまとめて無力化できるし、あとは瀕死になったユシュナを確保、ゆっくりと死ぬまで攻撃し続ければいい。

 自分ならば間違いなくそうする。

 だが、どういうわけか、実際には悠長(ゆうちょう)な銃撃戦が始まっている。

 

 

 

 ──さっき叩き切った〈ドッペルドラッヘ〉と、この毒蜘蛛はユシュナを殺そうとしてた。

 

 

 

 ──でも新手の兵士たちは、ユシュナを生きたまま確保しようとしてる?

 

 

 

 超硬度重斬刀の刃を振るい、毒蜘蛛をじりじりと後退させながら、エルフリーデはその違和感に顔をしかめた。

 ひょっとすると自分たちは勘違いしていたのかもしれない。

 

 列車を襲う強大な敵集団が次々と刺客を放ってきているというのは幻想で──別個の敵がそれぞれ、異なる理由でユシュナを狙っている可能性。

 ああ、ぞっとする話だった。

 

 

「わたしの手には負えないってわけだっ!」

 

 

 結論を吠えながら飛び込んだ。

 〈ブリッツリッター〉の俊敏(しゅんびん)な動きに、毒蜘蛛もまた追従した。

 それまでの気圧されているという雰囲気から一転、床面を蹴って宙に跳び上がる異形──エルフリーデが対応しようとした刹那、その脚部で推進炎が弾けた。

 

 脚部内蔵型の推進装置(スラスター)だ。

 その可能性は常に頭にあったが、今まで使用されることがなく、それゆえにエルフリーデの目が慣れていない戦闘機動(マニューバ)

 

 宙返りするように飛び上がり、スラスターによるロケット噴射を組み合わせることで、瞬時にその背後を取る。

 見事だった。

 

 

 

 

──()()()()()()

 

 

 

 

 呟きとともに〈ブリッツリッター〉は身をひねり、あらかじめ予想していた軌道上に刃を置いた。

 それは最小限の動きで繰り出される円運動──斬撃だった。

 砕き、断ち切る手応えがあった。

 

 毒蜘蛛が着地する。

 全部で四本の副腕を持った異形の人型──円盤状の頭部から伸びた蜘蛛の足が、二本、すっぱりと断ち切られて宙を舞っていた。

 毒蜘蛛のごときバレットナイトは、必殺の斬撃を弾かれ、手傷を負った事実を認めて。

 恐れおののいた。

 

 

 

『悪魔め……』

 

 

 

 エルフリーデは笑った。

 

 

 

「よく言われるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 











毒蜘蛛ロボ「サブアーム多腕剣術、参る」

エルフリーデ「あっ、これまで倒してきたボスの経験が生きるタイプのDLCボスって感じだ(初見カウンター)」

毒蜘蛛ロボ「なんで……?」


こんな感じの試合運び。



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