機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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恋する乙女は最強だから

 

 

 

 面倒な政治と陰謀の話はこりごりだった。意味深なわりに、決定的なところは迂遠(うえん)な言い回しでボカされる感じが苦手なのである。

 エルフリーデ・イルーシャは、ユシュナ・ゼオ・アンリバフが始めたろくでもない話題に、ため息をつきたい気持ちだった。

 

 嵐のように並べ立てられた情報の羅列に辟易(へきえき)している、と言ってもいい。

 なのでその後、ひとまずの目標設定がなされ、いざ実際に行動する段階に移ったとき──少女騎士の心に訪れたのは安らぎだった。

 

 〈ブリッツリッター〉の電脳棺と融合する。

 高次元情報媒体であるエーテル粒子によって記述された情報体──ありとあらゆる肉体の制約から解き放たれ、ほっと一息ついた瞬間だった。

 

 通信が入った。

 あらかじめ設定してあるそれは、クロガネ・シヴ・シノムラの携帯している無線機──ロイが列車内で調達した軍事目的の暗号化端末──からだった。

 クロガネの恐るべき技術力というか知識力によって、通信回線の一部が復旧しているのだ。

 

 

『エルフリーデ』

 

 

「クロガネ? どうしたんです、まだ作戦開始時刻じゃありませんけど」

 

 

 きょとんとして問いかける。

 クロガネの表情は仕草はわからないから、再生されるのはあくまで彼の声だけだった。

 

 

 

『先ほどは──お前に辛いことをさせた。俺の力不足が招いたことだ、すまなかった』

 

 

 

 何かと思えば、先ほどオリヴィエが行った殺生──武装した兵士の一団を、一振りの斧で真っ二つにした所業についてだった。

 あのときエルフリーデは、その残酷な光景を、クロガネやリザが見なくていいように盾になった。

 

 そして自分自身は、その血まみれの景色を視界に収めた。

 別段、今さら傷つくようなことではない。そういうことに忌避感を抱き、人殺しの感触に震えた無垢な少女は──大陸間戦争の地獄の中ですり切れて消えていったのだから。

 

 だけど優しすぎる不死者は、いたわるようにエルフリーデを気遣っていた。

 本当に甘っちょろい男だと思う。この調子でよく、こんな世界で一〇万年間も生きてこられたな、と呆れてしまう。

 でもその優しさが大好きだった。

 

 

「クロガネ、また悪い癖が出てますよ。何でもかんでも、あなたの責任だって言うんなら──わたしたちは全員、あなたを神様として崇拝してお慈悲を乞わなきゃいけない。ぞっとしない話です。わたし、好きな人は神様より人間の方が安心しますから」

 

 

 冗談めかして釘を刺した。

 そもそもこの列車内で起きている銃撃戦やら爆発やらは、全部が全部、クロガネと無関係な謀略を起点に発生している。

 

 ユシュナの言が真実ならば、さぞ性格の悪い悪党が、たっぷりと悪意を持って引き起こした事件なのだ。

 巻き込まれて生き残るために戦っている自分たちが、罪悪感を持つべきではなかった。

 

 

「そりゃ、人が死ぬのは敵でも味方でも嫌なものです。こういうの、何も感じなくなったらよくないって思います。でもね、クロガネ──それでもわたしは、あなたの剣でありたいんです」

 

 

 だからそんな風に後悔を重ねてくれるな、と口にした。

 一年前の帝都コルザレムの宮殿、その庭園──舞い散る桜吹雪に囲まれる風景の中で、あの日あのとき、エルフリーデ・イルーシャは彼にこう誓ったのだから。

 

 

 

 ──これから先の未来を歩いてください。あなたの過去がなんであれ、わたしが斬り伏せてみせるから。

 

 

 

 それが如何なる罪が待ち受ける道であろうと、少女は悪鬼であることを受け入れた。

 血まみれの剣を手にして、荒れ野を突き進む英雄たらんと覚悟した。

 であれば真実、悔いるべきことは殺生の罪ではない。

 

 守ると誓った人々を守り切れないことの方が、よほど恐ろしいに決まっている。

 そういう意味では先ほどの戦闘は百点満点だ、結果として誰も死なせずにここまでたどり着いたのだから。

 エルフリーデ・イルーシャの胸を満たすのは、そういう力強い意思だった。

 

 

 

『……俺の罪悪感で、お前の覚悟を試すような真似をしてしまったな。エルフリーデ・イルーシャ、お前の強さに感謝を。そしてどうか、神ならざる人として……これだけは願わせてくれ』

 

 

 

 クロガネ・シヴ・シノムラは切なる願いを、そっと言の葉に乗せた。

 祈るように愛おしげに。

 

 

『無事に生きて戻れ。そして祝おう、俺たちの一周年を』

 

 

「……びっくりした。あなたって一周年を祝うような機微があったんですか!?」

 

 

 自分でも言ってしまってから、これは流石に怒られる一線(ライン)を越えてるな、と思った。

 でも考えて見てもほしい。

 

 この大陸横断鉄道〈世界蛇〉に乗り込んでからというもの、こっちはクロガネやロイの身を案じるばかりで、二人が出会った一周年なんて忘れていたのだから。

 

 非日常の連続すぎて、記念日を祝う感覚を上書きしてしまったのだ。

 エルフリーデのほぼ失言に近い反応にも、クロガネは怒らなかった。彼はむしろ茶目っ気に満ちた調子で、楽しげにこう応じてきた。

 

 

『俺も傷つくぞ、エルフリーデ。この世で最も愛おしいお前と出会った記念すべき日だ、この俺が忘れる理由がないと思うが?』

 

 

「は、恥ずかしいこと素面で言うんだもん、あなたって……!」

 

 

『真実、恥ずかしがるべきことは──祝うべきことを祝えず、愛するものを愛せないことだ。そういう意味で、俺は誰よりも誇るべきことをしている。恥じ入るべき理由がないからな』

 

 

「あー、うーあー! 恥ずかしい、ダメです! わたしが限界になります、これ!」

 

 

 エルフリーデは今、自分の顔が真っ赤になっていることを自覚した。これが音声だけの無線通信でなかったら、きっと表情の一つ一つをクロガネに見られてしまったことだろう。

 ダメだ、これは慣れない。

 

 戦場で飛び散る血しぶきより、よっぽど未知の暴力的衝撃があった。

 つまるところ自分の青春は、銃火にあふれていて──恋の駆け引きなんて場面になると経験不足もいいところなのだ。

 おかしい、こんなはずはない。

 

 

 

「わ、わたしは恋愛博士ですから!」

 

 

 

『──その設定は無理があるぞ、エルフリーデ』

 

 

 

 クロガネは無慈悲だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

『作戦について確認しよう、我々は現在、一〇〇両ある列車群の中腹に位置している。一般的な居住空間に用いられている客車の群れだな。敵の電子戦によって情報的に隔離され、孤立しているわけだ』

 

 

 明瞭な声でどこか楽しげに話すのは、オリヴィエ・ライアーだった。貴族士官であり、軍事的な高等教育を受けている騎士は、すらすらと今回の作戦の要点をまとめていた。

 彼も〈ブリッツリッター〉に乗っているが、武装は長い柄の重斬斧──三日月斧(バルディッシュ)だけだった。

 

 エルフリーデも先ほど、大口径散弾砲をダメにしてしまったので武装は超硬度重斬刀だけである。

 清々しいぐらいに白兵戦しかできない面子だ。

 

 

『この〈世界蛇〉は本来、異常があれば迅速に警備部隊が駆けつける体制になっている。しかしこの警備システムの安心感を逆手に取られ、乗っ取りを受けたことで内部を通行することもままならなくなっている。敵集団はこの警備の機能不全に乗じて、外部から列車に乗り込んできている──そこで我々に託されている仕事は一つだけだ。この機能不全を取り除く』

 

 

 言ってみると容易いことのように思えた。もちろんそれは錯覚なのだけれど。

 オリヴィエは笑えるほどに困難な課題に対して、本当に楽しげにクロガネに話題をぶん投げた。

 

 

『さて、クロガネ卿。貴殿はこの状況に対してどう対処する?』

 

 

 この上なく話題の要点をはっきりさせた上での円滑な進行だった。

 クロガネ・シヴ・シノムラは満足そうに引き継いだ。

 

 

『ありがとう、オリヴィエ卿。もちろん我々の執るべき手段は一つだけです──この〈世界蛇〉の運行を取り仕切る殿下をお連れして、列車先頭部にたどり着き、システムの再起動を行う。実に単純明快です』

 

 

『システムが汚染されているならば、再起動しても無意味だと思うが?』

 

 

『私にはこの状況を成立させる、先史文明種の遺産に心当たりがあります。〈嘲笑う蛇の舌〉──物理的な接触を介してクラッキングを行うコントロール・デバイスです。元来、〈世界蛇〉のセキュリティシステムは自動生成型の抗体プログラムを所持しています。物理的に取り憑いているユニットを取り除けば、自然と抗体プログラムが機能するようになります』

 

 

 おかしい、超古代文明の遺産であるシステムを書き換えるほどヤバい敵だという話なのに──物理的に切り離せばいいらしい。

 びっくりするぐらい話が簡単だった。

 エルフリーデ・イルーシャは戸惑いながら、ゆっくりと事実を確認した。

 

 

「病気の源を流し込んでいる外部ユニットがあって、ひとまず病巣を切り離せば、列車自身が治ろうとするってことですか?」

 

 

『そういうことだ、エルフリーデ。実際のところ〈世界蛇〉ほどの巨大なシステムを、すぐに書き換えるのは現実的ではない。そもそもコントロール権限を完全に握っているなら、今頃、この列車は完全に制圧されていることだろう。だが実際には、敵は目と耳を塞いでいる間に、殿下を押さえようとした』

 

 

「……偽情報を流して、力技で誤魔化してるってことです?」

 

 

『そういうことだ。〈嘲笑う蛇の舌〉は極めて力技でクラッキングを行い、時間をかけて対象の演算処理能力を侵食することでその力を増大させていく。列車襲撃のタイミングを見るに、我々による切除は間に合う』

 

 

「なんか簡単なことのように思えてきましたね……」

 

 

 錯覚である。

 バレットナイトの無線通信機能を介して、クロガネとやりとりする実働部隊の面子は二手に分かれる。

 

 陽動を兼ねてド派手に暴れ回る担当のエルフリーデとオリヴィエ、そしてユシュナを連れて先頭車両に乗り込むために身体を張るクロガネたち。

 何をどう考えても戦力が少なすぎる。

 

 

「列車の神殿騎士を味方につけるっていうのは?」

 

 

『おそらくだが……〈嘲笑う蛇の舌〉を設置した内通者がいる。いつ裏切ってくるかわからない相手を、身内に抱え込むことになる』

 

 

「内輪もめって本当に面倒くさいですね……」

 

 

 エルフリーデの嘆息を聞いて、オリヴィエは爆笑した。

 

 

『ははははっ! エルフリーデ卿、こう言ってはなんだが──ベガニシュ帝国ではよくあることだッ! 頼れるものは戦友のみ、毒蛇どもは当てにならない! 実に麗しき我が祖国だ!』

 

 

「オリヴィエ卿、そこまでボロボロに(けな)して笑うのは豪胆すぎます!」

 

 

『すまん! 正直笑うしかないぐらいひどいな!』

 

 

「そう言われると否定の余地がゼロですけども!」

 

 

 ともあれ悲嘆に暮れる暇はなかった。

 二機の〈ブリッツリッター〉は今、まだ動いているエレベーターを通じて列車上層に向かっていた。ごうんごうんと動く貨物用エレベーターの音を聞きながら、エルフリーデはクロガネに問いかけた。

 

 

「〈ブリッツリッター〉だけでは、この馬鹿でかい列車の制圧は無理ですよ? あなたが〈嘲笑う蛇の舌〉ってやつの位置を特定しても、敵の機甲戦力が集結してたらダメです」

 

 

『問題ない。幸か不幸か──我々の切り札は、我々が進む先の貨物ブロックに運び込まれている』

 

 

 クロガネの力強い断言に、少女騎士は小首をかしげた。

 貨物用エレベーターが最上層にたどり着いた。ゆっくりと扉が開く。

 

 まだ肌寒い初春の空気、吹き付ける猛烈な風圧、地平線まで何もない荒野が続く殺風景な景色──外を流れる情景は、明らかにエルフリーデたちが到着したときよりもゆっくりになっていた。

 時速四〇〇キロメートル超の猛スピードで大地を疾走する浮上式リニアにあるまじき低速だ。

 

 外部から大陸横断鉄道に、バレットナイトが乗り付けてきたからくりはこういうことらしい──本来、外部との貨物やりとりのときに動作する、低速巡航用のプログラムを走らせ、航空機が乗り付けられる程度に速度を抑制。

 

 さらに絶対防空圏を司る対空火器が沈黙している隙に、輸送機で襲撃者は堂々と乗り込んで来た。

 おそらく列車先頭部には、すでに相当数の敵部隊が取り憑いているはずだった。

 しかしクロガネはこともなげに、こう言ってのけた。

 

 

 

『──〈アシュラベール〉がそこにある。エルフリーデ、俺の誘導に従って目的地に向かえ。我々はそうして、この状況を打開する切り札を得る』

 

 

 

 エルフリーデは笑った。

 理屈ではない説得力に満ちていたから、少女騎士は不敵に微笑むのだ。

 

 

 

「なるほど、それは負けられないですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











クロガネは基本的にエルフリーデ大好き人間なので「殺伐とした気持ちにはさせたくない」って思ってる。
エルフリーデ殿は「あなたを守りたいって言ってるんですよ!!」と力強く言い切る。
最終的にイチャイチャしてます。


そしてクロガネの伝家の宝刀、置き〈アシュラベール〉。
それは…ズルだろ…!






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