機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
大陸横断鉄道〈世界蛇〉は、ベガニシュ帝国の物流を担う超大規模なインフラである。
さらに〈世界蛇〉には、大小様々な対空レーダーによる防空システムまで備わっている。
近づくものは小型ドローンであろうと探知され、防空圏に入った時点で容赦なく撃墜されていく。
〈世界蛇〉は比類なき大地を支配する力であった。
浮遊式リニアであるこの馬鹿げた巨大列車は、その動力源を外部からのエネルギー供給に依存している。
大地の果てまで敷かれた超伝導リニアレールこそ、真実、この列車にとっての生命線と言ってよかった。
つまりこういうことである。
──大陸横断鉄道〈世界蛇〉とは、この大陸に張り巡らされた鉄道網のすべてを支配する礎。
──比類なき先史文明種の遺産であるがゆえに、何者にも複製できず、それゆえにこれを牛耳るものたちは特権階級として君臨する。
──ベガニシュ帝国の階級社会の始まりは、正しくこの〈世界蛇〉の資源配分によって生じたのだ。
ベガニシュ帝国が大陸の三分の二を支配する超大国でありながら、ゆるやかであるとはいえ、国家としての一体性を保っている
つまり大陸横断鉄道とは高速移動の手段であり、遠く離れた都市と都市を結ぶ物流インフラであり、帝国各地で産出される資源を分配する機構であり、軍事力を展開するための戦力投射手段なのである。
これほど巨大な権力と財力と武力の源が、他にあろうはずもない。
そして今までベガニシュ帝国では、これの奪取を試みるものはほとんどいなかった。
長い歴史の上では幾人かいたものの、いずれも手痛い失敗を残し、反乱の参加者は処刑され見せしめの対象となった。
──それを奪えば国家の要を牛耳れるのは、誰の目にも明らかだが、無謀すぎる。
そういう共通認識が、帝国内の野心家たちにも行き渡っていたのである。
長年、掘り返されることがなかった反乱計画が、日の目を浴びることになった理由は──皮肉にも大陸間戦争の終結によってもたらされた平和だった。
元来、戦争とは金がかかるものである。
それが何年も続いてしまえば、その出費は莫大なものになる。
軍役を課されることと引き換えに、帝国皇帝によってその独立性を認められている帝国各地の貴族たちは、自分たちが始めた戦争に首を絞められた。
何せ、手に入るものが何もない。
ベガニシュ帝国とガルテグ連邦の和平条約の調印は、賠償金や利権などが得られない終わりを意味していた。
出費ばかりがかさんで得るものがない終戦である。
そして悪いことが重なった。
大貴族の一つである南方公爵ガトア家の起こしたサンクザーレ会戦の敗北は、貴族連合の政治的発言力を減退させてしまった。
さらにバナヴィア総督府の総督──ランズバルグ侯爵の起こした反乱も鎮圧された。
皇帝と敵対的だった貴族たちが相次いで失脚し、もの申すこともできなくなった貴族たち──特に工業や商業に手を出していない、昔ながらの軍事貴族の中には、どうしようもなく行き詰まるものが出てきた。
金がない。
これに尽きる。
そして古今東西、国が荒れるときの様相はどこも似ていた。
──戦争が終わったあとの紛争、帝国が互いに相争う時代。
かつてクロガネ・シヴ・シノムラが軍部の重鎮カール・トエニに予言し、救国卿ルシア・ドーンヘイルがセヴラン・ヴァロールに語ってみせた嵐の時代である。
かくしてこのまま破産して借金を重ねていくか、帝国による救済政策を待つか、それとも一発逆転の博打を行ってみるか──そのように魔が差した貴族も出てきた時期のことである。
真偽不明の情報が、裏社会の限られた人間の間に流れた。
──〈世界蛇〉のセキュリティを一時的に麻痺させる手段がある。
それが単なる噂話でないことを、さらに一部の人間は知ることができた。
かくして無謀でしかないはずの陰謀は、勝算がある博打に変わっていき──現在の状況が生まれたのだった。
◆
『見えるか、エルフリーデ卿。敵のバレットナイトだ……驚いた、あれは〈ヴィントヴェスペ〉。最新鋭の第三世代機が投入されているらしい。これは地方貴族の反乱で済ませるには……無理があるようだ!』
話しかけてくるオリヴィエ・ライアーは、こんな状況だというのに楽しげだった。この男は常在戦場を楽しむ類の心境らしく、敵側に最新鋭の飛行型バレットナイトがあるという事実もするっと口にしてみせる。
呆れるほどの
そういう男だった。
個人的には嫌いではないノリだけど、と思いつつ──エルフリーデは相づちを打った。
「見えます、オリヴィエ卿。その新型についてうかがっても?」
エルフリーデの〈ブリッツリッター〉は、今現在、列車の甲板上に寝そべるような形で一体化している。
バレットナイトは電磁式人工筋肉で動く。内燃機関のエンジンのように排気ガスを出さないから、こうしてゆっくりと慎重に動けば、思いのほか見つからないのである。
頭部のカメラアイが遠方の景色を捉えた。
──まるでスズメバチだ。大きなお腹があって、ぶんぶん空を飛ぶ感じ。
見えたのは人型と言うよりも飛行機に近いシルエットの機体だった。真横に馬鹿でかい主翼が突き出ていて、その先端に馬鹿でかいエンジンブロックがついている。
あれはたぶんリフトジェットというやつだ。
垂直方向にジェット噴流を噴きだして、その勢いでぷかぷか空中を浮遊するように浮かぶ──〈アシュラベール〉の開発が進む中、クロガネにマンツーマンで教えられた概略が脳裏をよぎった。
ジェット噴射を後ろ向きに出せば、その勢いで機体は前に進むことができる。
リフトジェットはこれを地面に向けることで、重力に逆らうように揚力を得ることができる仕組みだった。
たぶん安定性は高い。
──お尻の方にプロペラがついてる。ジェット噴射で空中に浮かんで、推進式プロペラで前に進む感じかな?
現在、〈ブリッツリッター〉と敵機のいる先頭部までは数キロメートルの距離がある。列車の自走速度は時速一八〇キロメートル前後にまで低下しており、〈ヴィントヴェスペ〉の群れは先頭部に取り付いているようだった。
オリヴィエが説明を続けた。
『〈ヴィントヴェスペ〉は我が帝国で実用化された第三世代機の一つだな。あれだ、貴殿と〈アシュラベール〉の活躍は凄まじかったから──是が非でもほしい、と軍事にかかわるものは思ったに違いない。財政面での立て直しが急がれる中でさえ、まとまった数、発注されたぐらいだよ。特徴は見ての通り、ジェット噴射で浮かんで、プロペラで前に進む。バレットナイトが使える武装はだいたい使える。戦闘ヘリコプターみたいな使い心地と聞く』
「すごいですね、お話を聞いていると普通に強そうな気がします」
『うん、どうやら電磁アンカーで列車に取り付いているようだな。速度を同期させてしまえば、〈世界蛇〉から振り落とされる心配はない。あの空飛ぶ番犬どもが飛んでくれば、陸戦しかできない〈ブリッツリッター〉に勝ち目はないな』
どうにもならんからなあ、空中から爆撃されると──そう言ってオリヴィエは笑った。
さわやかな男である。数的に劣勢、乗っている機体の性能でも劣勢、おおよそ死地と言っていい状況下で、ここまで肝が据わっている人間は珍しい。
緊張感がないバカか、あるいは死に対する覚悟の定まった戦士か。
オリヴィエ・ライアーは後者だった。
『エルフリーデ、そこから七〇〇メートル先の貨物ブロックに〈アシュラベール〉が存在する。残念ながら重火器は携行していない。武装は白兵戦用の
クロガネからの通信だった。
帝都での展示用という胡散臭すぎる言葉に、少女騎士は鼻白んだ。おそらくきっと建前に違いない。
「最新鋭の第三世代試作バレットナイトを、わざわざ伏魔殿に持ち込むメリットってあったんですか?」
『こういうときに便利だぞ?』
「展示用って建前が五秒で消えましたよ、伯爵!」
二人の漫才じみたやりとりを聞いて、オリヴィエが爆笑した。
『ふははははっ! いや、すまん、失礼した……我らが獅子と伯爵の絆は、この毒蛇どもの宴の中でも胸を打つ! このオリヴィエ、死地に向かう覚悟も決まろうというものだ!』
「……やはり囮が必要ですか?」
『エルフリーデ・イルーシャ殿。そんな顔をしないでくれ。確かに貴殿と〈アシュラベール〉の力は凄まじいのだろう。だが、それゆえに敵も乗り換えは許してくれない。今は〈アシュラベール〉が存在すると気づいていないが、そこにあるとわかってしまえば集中砲火だ。気を逸らして時間稼ぎする勇者が必要だろうな』
オリヴィエはそうこともなげに言い切った。
先ほど空中戦ができない〈ブリッツリッター〉では不利すぎると戦力差を分析した男は、その上で自分を捨て駒にする覚悟をあっさりと決めていた。
湿っぽさも欠片もない意思がそこにあった。
『──勇者は私であるべきだ。悪いがエルフリーデ卿、私の英雄譚を飾る名脇役になっていただけるかな?』
エルフリーデ・イルーシャは、このような覚悟を決めた戦士にかけるべき言葉はひとつだけだと知っていた。
「ではしばしの間、オリヴィエ卿に主役の座をお譲りしましょう。ええ、ですが一つだけ訂正を──〈アシュラベール〉は加減ができません。英雄譚が始まってしまったときはご容赦を」
エルフリーデの軽口──主役の座はもらうという宣言に、オリヴィエはからっと笑った。
『なんと! それでは死ねないようだな、前座の脇役というのは──勇者の死に様としてはちょっと悲しい!』
◆
ベガニシュ帝国の第三世代バレットナイト〈ヴィントヴェスペ〉。その特徴は前後に長い機体形状である。
大きく前方に突き出した頭部にセンサータレットと光波シールドジェネレータを装備──前方からの対空砲火に対して絶大な防御力を発揮する。
横に突き出た主翼部のリフトジェットにより浮遊、機体後部の尾のような部位に設けられた電動プロペラによって推進力を得る。
ある種の複合ヘリコプターにも似た機体構成である。
人型兵器として当然、人型の駆動フレームを持っているものの、その性質はほとんど戦闘ヘリコプターのそれと大差ない。
先行配備が始まったばかりの機体が、こうして大陸横断鉄道〈世界蛇〉の襲撃に参加している理由は定かではない。
一つだけ確かなことは──ベガニシュ帝国陸軍に配備されたバレットナイトに、該当する機は存在していないという事実である。
──存在しているはずがないもの。製造番号のない部品で構成された幽霊。
全部で一二機の空飛ぶスズメバチ──その搭乗者はそんな出自を知るよしもなかった。
彼らはとある貴族家に仕える騎士たちである。
代々、小規模な遺跡を管理する領主の家系に仕えて、反乱から外征に至るまで、ありとあらゆる戦争に駆り出されるものたち。
大陸間戦争の負債によって追い詰められた主家のため、彼らは帝国に銃口を向けるも同然の行為であると知りながら──この列車襲撃に参加することを決めた。
こうなってしまえば生きて帰ることはありえない、言わば死兵である。
大陸横断鉄道〈世界蛇〉を占拠できればよし、そうでなければ皆、ここで討ち死にすべきものたちだ。
怪しげな支援者から与えられた飛行型バレットナイトとて、乗りこなしてみせよう。
列車に打ち込んだ電磁アンカーによって、対地高度五〇メートルほどの低空飛行を続ける機影──〈ヴィントヴェスペ〉のセンサータレットが、接近するものを認めた。
『こちらファルケ2、列車後方に動態感知──バレットナイトだ。数は一、相対速度一五〇、先頭車両に接近してくる』
『ファルケ1、確認した。機種照合──〈ブリッツリッター〉だ。ファルケ2、ファルケ3、攻撃を許可する』
『ファルケ2、了解』
『ファルケ3、了解』
リフトジェットによって空中に浮かぶ〈ヴィントヴェスペ〉が、ジェット噴流の角度を変えて、その場で旋回を行った。列車後方に向けられる銃口──手にしているのは、三〇ミリ電磁機関砲と呼ばれる連射型レールガンだ。
従来、使用されてきた二〇ミリ電磁機関砲よりも口径が大型化され、威力と射程が大きく向上している。
相手は所詮、旧世代機のバレットナイトである。
何キロも距離がある状況下では、ほぼ向けられる銃口の数が戦闘力に直結する。たった一機のバレットナイトなど恐れる要素がない。
高速発射された機関砲が、空気を引き裂いて着弾する。爆発が起きた。光波シールドジェネレータと呼ばれるエネルギーバリアが砲弾を防いだのだ。
『着弾した。攻撃を続行する』
『ファルケ4、5、攻撃に参加しろ。集中砲火でバリアを削り取れ』
『ファルケ4、了解』
『ファルケ5、了解』
〈ブリッツリッター〉は必死の回避運動を行っていたが、この列車上では無意味なことだった。全幅三〇メートルしかない足場の上では、如何にバレットナイトの瞬発力が優れていようと限界がある。
〈ヴィントヴェスペ〉は敵に接近するような愚を犯さなかった。
ただ純粋に、数的優位に基づいて機銃掃射を撃ち込み続ける──しかし驚異的なことが起きた。
とうの昔にバリアを剥がされ、砲弾に撃ち抜かれているはずの敵機が健在なのだ。
『ファルケ1、対戦車ミサイルの使用許可を。こいつは何かおかしい』
『撃ち続けろ、ファルケ2。敵の接近を許すな』
『な、なんだこいつ……信じられない……!』
『ファルケ3、報告は明確にせよ』
『ファルケ1、敵は──
一瞬、〈ヴィントヴェスペ〉部隊の指揮官も言葉を失った。一体どこの馬鹿げた映画だ、と思いさえした。
超音速で飛来する砲弾の運動エネルギーは想像を絶する。触れた物質を粉砕する超硬度重斬斧とはいえ、連続で何十発も叩き込まれて、そのすべてに対応することなど不可能だ。
そのはずである。
一体どんな曲芸師が乗っているのかと思いながら、指示を口にした。
『構うな、対戦車ミサイルを許可する。今度こそあの世に送ってやれ!』
その瞬間だった。
新たな動態が感知された。
同時に列車中腹部の貨物ブロック──希少な物資や機材を運ぶための区画から、異様な音が響いてきた。
騒音。
地獄の悪鬼のうなり声。
貨物コンテナが収められているはずの場所から、強烈なまでの高出力エンジンの稼働音。
鮮やかな深紅で彩られた影が、ジェット噴射とともに跳び上がった。
その姿を認めた〈ヴィントヴェスペ〉の機種照合システムが、乗り手の驚愕など知りもせずに無情な答えを吐き出した。
『──〈アシュラベール〉だと!?』
それは絶望の名前だった。
・〈ヴィントヴェスペ〉
人型のスズメバチ。手足の生えた推進式プロペラ攻撃機。
頭頂高3.8メートル。前後の胴体長5メートル。
ベガニシュ帝国の貴族財閥――ベガニシュ系企業によって開発された、第3世代バレットナイトの一つ。
度重なるエルフリーデ・ショックの影響により、異例の速度で生産されており、すでにかなりの数が先行配備されている。
光波シールドジェネレータを内蔵して前に突き出た頭部、両肩から左右に展開された主翼、主翼末端部に設置された垂直離着陸用のリフトジェット、腰の真後ろに突き出た超伝導モーター駆動プロペラなど、前後に長い独特の機体構造を持つ。
次世代バレットナイトという分類ではあるが、その実態はむしろバレットナイトのフォーマットを利用した対地攻撃機の一種。
電気熱ジェットエンジン2基によって揚力を、機体後部の電動プロペラによって推力を得る。
大型化・重装備の路線をひた走る他の第3世代バレットナイトの潮流に抗った比較的小型――〈アシュラベール〉の頭頂高が4メートル50センチ、〈ヤークトドラッヘ〉は尻尾のロケットブースター込みで全長10メートルはある――の設計が特徴である。
ミトラス・グループ製の小型・高出力のジェットエンジンのような革新的な推進装置を諦め、あえて枯れた技術である電動プロペラと小型ジェットエンジンの併用に踏み切った。
これにより飛行時の安定した操作性を実現している。
垂直方向にジェットエンジンの噴流を放出、揚力に変えることで空中を浮遊するような挙動を取り、電動プロペラによって得た推力で前進する。
その仕組みの関係上、決して効率的とは言いがたく、重量に対して推力が限られているため、他の第3世代試作バレットナイトのような高速飛行には向いていない。
第3世代バレットナイトの登場以後、相対的にその価値が減じつつある戦闘ヘリコプターの代替を目指して開発された。
バレットナイトの強みである「軽量なわりに防御力が高い」「高出力のジェネレーター」「稼働時間が長い」という特徴を生かし、VTOL可能な飛行型バレットナイトとして運用される。
とはいえ航空機と人型兵器、両方の特性を併せ持つがゆえに癖は強い。
実戦での運用には相応の習熟が求められる。
兵装ハードポイントは共通規格で、第2世代機のものを流用可能。
つまり〈アイゼンリッター〉型の豊富なオプション装備を装着した状態で飛行が可能である。
装備
・頭部:光波シールドジェネレータ、センサーターレット
・胴体後部:超伝導モーター駆動プロペラ
・肩部主翼:電気熱ジェット推進機構(リフトジェット)×2
・肩部主翼:対戦車ミサイル(4発)×2/誘導ロケット弾ポッド(19発)×2
・腕部携帯武装:30ミリ電磁機関砲
・腕部特殊装備:電磁アンカーユニット
・脚部:ランディングギア
エヴァのVTOL機(YAGR-3B)みたいなシルエットしてるロボです。
ここまで来ると人型フレーム部はほぼ武装ハードポイントと化しており、ガンガン殴り合いする〈アシュラベール〉とは設計思想が違います。
オリヴィエ殿はめちゃくちゃやる人なので「絶対壊れない斧をいい感じの角度で当てれば銃弾も防げるな! ミスると死ぬが!」もノリノリでやります。