機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
飛翔する。
深紅の悪鬼が、踊るように空を舞っていた。
大陸横断鉄道〈世界蛇〉の貨物ブロックから、文字通り跳び上がるように離陸した一機のバレットナイト──その名は〈アシュラベール・リベルタス〉。
現在、この世界で最も先進的な第三世代バレットナイトと評される存在である。
離陸時の速度は実に時速六〇〇キロメートルを超えていた。
巨大な列車である〈世界蛇〉そのものが、時速二〇〇キロメートル前後で走行しているから、そこから飛び立った〈アシュラベール〉も慣性によって加速している。
言わばこの列車そのものが、カタパルトとして機能したのだ。
腰の両脇に設けられた二基のジェット・スラスターバインダーが、プラズマ化した大気の焔を吐き出す。
時速二〇〇キロメートルの速度に、二〇Gの加速運動が加わった。
青白いプラズマジェットの推進炎の尾を引いて──爆発的な推進力が弾ける。
光の被膜が、人型をした〈アシュラベール〉の前方を包み込む。たった一・五秒の短時間で音速に迫る勢いを得た機体が、押し寄せる大気の壁によって潰されることを防ぐために。
エネルギーバリアの技術を応用した大気整流──空気抵抗を軽減して、超音速に達した。
──敵は第三世代バレットナイトが一二機。
──参ったね、こっちの一二倍の数ってわけだ。
つまりこちらに向く銃口の数も一二あると見ていい。これは希望的な観測であり、敵機がミサイルだのロケットポッドだのを使ってくるなら、火力の差はさらに開くことになる。
間が悪いことに〈アシュラベール〉の武器に射撃武器はない。
ではどうするか。
──最高速で突進して全員倒す。
言葉にすると単純に見えて、そんなことは敵もわかっているから簡単ではない戦術の筆頭だった。
エルフリーデ・イルーシャが完全な奇襲によって稼いだ時間はおおよそ五秒の空白──彼我の距離は七キロメートル前後なので、接敵までに残り一〇秒の時間があった。
それはエルフリーデにとってはどんなに頑張っても詰められない一〇秒間で、敵にとっては何とか対応するための貴重な一〇秒間である。
編隊を組んで飛行していた〈ヴィントヴェスペ〉──リフトジェットと電動プロペラで空を舞うスズメバチが、旋回しながら銃口をこちらに向けてくる。
最も柔軟な砲塔たりえる二本の腕が、保持した連射式レールガンを照準。
発砲してくる。
だが弾幕密度が薄い。全方位を警戒していたがゆえに、〈ヴィントヴェスペ〉一二機のうち、エルフリーデの方にすぐ反応できたのは一部にすぎなかった。
ジェット推進機構をぐりんと可動させる。可動式アーム構造で保持されたスラスターバインダーが、推進力の偏向制御を実現。
その結果。
〈アシュラベール〉の機動が変わる。
螺旋を描くような戦闘機動──スパイラル・マニューバ──バレットナイト同士の空戦を見据えて、エルフリーデがひねり出した戦闘機動だった。
すでに速度は超音速の領域、時速一三〇〇キロメートルに迫るほどの速度域だ。
ほとんどミサイル並みの速さで突進してくる悪鬼の姿は、スズメバチの群れにもわかっていた。
──だが、当たらない。
遅れて旋回が終わった〈ヴィントヴェスペ〉過半数が、ようやく銃口を〈アシュラベール〉に向けた。
銃火が弾ける。
〈アシュラベール〉はその瞬間、光波シールドジェネレータの出力を再設定。それまで粘性を帯びた空気を受け流すため展開していたバリアを、強力な物理防御モードに
粒子防御帯が空気抵抗を受け止める──強力なエアブレーキとして作用したバリアが、続いて飛来した機銃掃射の雨を受け止めた。
三〇ミリ電磁機関砲の初速は速い。至近距離であれば大口径の戦車砲にも匹敵する破壊力を、触れるものすべてを砕くバリアが弾いていく。
──回路が焼き付くまでの無敵だけどッ!
それだけの時間があれば十分だった。
エルフリーデ・イルーシャが何よりも欲しかった一〇秒間はそうして過ぎ去っていった。
一方、〈ヴィントヴェスペ〉部隊の指揮官が犯した過ちは大きかった──密集しての集中砲火の力を過信するあまり、散開して接敵時の被害を減らすという初歩的対応を
深紅の悪鬼が、ほとんどミサイル同然の速度と軌道制御で、
あるいは体当たりかと敵機の搭乗者は思ったに違いない。
眼前に迫る〈ヴィントヴェスペ〉が怯えたようにそのセンサータレットを動かした。
──近距離破砕防盾〈シールドアックス〉を展開。
〈アシュラベール〉の左腕を覆うように装着されている、巨大な盾が掲げられる。
否、それは盾というには鋭利すぎた。
カイトシールドを思わせる幅の広い盾の
音速超過の衝撃波。
真っ二つに断ち割られたスズメバチが、泣き別れになった上半身と下半身とともに墜落した。
肉厚の特殊合金製ブレードと、軽量で頑強なアルケー樹脂の装甲外殻を一体化させた近接兵装──読んで字のごとく
──まず一機!
斬撃の反作用で自分自身も墜落しそうなところを、危うげなく姿勢制御して機体を立て直す──回し蹴りの応用で身体をひねり、進路上にいた〈ヴィントヴェスペ〉に蹴りを見舞う。
〈アシュラベール〉の深紅の脚部装甲を覆うように装着された超振動ブレードが、けたたましい鳴き声をあげた。
火花が散る。
特殊樹脂の装甲が切削され、金属製フレームにまで達した刃が敵機を仕留めた。
蹴り殺されたスズメバチが、千切れ飛んだ主翼とともに墜落。
──二機!
絶大な速度と慣性に従って、猛スピードで敵陣を突っ切る〈アシュラベール〉──次の瞬間、エルフリーデはさらに右手で背中の鞘から抜刀。
超硬度重斬刀と呼ばれる太刀が、縦一文字の斬撃を見舞った。
火花が散る。
真っ二つに寸断された金属フレームから、充填されていた高エネルギー粒子が血液のように吹き出す。
──三機!
深紅の悪鬼が宙を舞う。
それは鳥の羽ばたきには欠片も似ておらず、ありったけの推進力で強引に重力を振り切っているだけの推進だった。
優雅さはない。自由はない。
にもかかわらず、如何なる
ジェット・スラスターバインダーによる推力偏向──軌道変更と粒子バリアのエアブレーキを組み合わせ、それまでの加速が嘘のように減速。
ようやく散開し始めた〈ヴィントヴェスペ〉に対して、亜音速にまで速度を落とした〈アシュラベール〉が食らいつく。
左手の盾が横薙ぎに振るわれる。
襲い来る機銃掃射を弾きながら、近距離破砕防盾〈シールドアックス〉が遺憾なくその威力を発揮した。スズメバチがまた一機、その腹を切り裂かれて重力に囚われた。
姿勢制御を失った飛行物体の末路は悲惨だ。
それまでの速度と高度のすべてが、重力加速度に従って運動エネルギーに転じる──空を飛ぶという行為の優位性が、そのまま逃れえぬ死を体現する。
──これで四機!
〈アシュラベール〉は太刀を背中の鞘に納刀──長大な金属ブレードの移動によって生じた重量の偏りすら利用して、あえて姿勢制御を崩す──スラスターバインダーによって推力を直上方向に向ける。
加速。
今まさに落下している〈ヴィントヴェスペ〉の残骸に急接近──すでに力を失った敵機の右腕から機関砲を奪い取る。
文字通り、もぎ取るとしか形容できない動作。
三〇ミリ電磁機関砲をそうして手にした悪鬼は、それまでの落下軌道を強引に振り切った。
弧を描くような
爆発。
墜落した敵バレットナイトの残骸が、列車に激突して砕け散る。
たった数トンの質量しかないバレットナイトが、時速二〇〇キロメートルで動き続ける数百万トンの質量体に接触すればそうなるのが道理。
──五機、六機、七機!
〈アシュラベール〉が手にした三〇ミリ電磁機関砲を数発ずつ別方向にぶっ放す。
もちろんミリタリーカラーのスズメバチどもは、いずれもエネルギーバリアを展開していた。
その守りは鉄壁だ。
先ほど〈アシュラベール〉がそうしていたように、粒子防御帯のカバーする角度ならば、射撃武器の多くを無効化できる。
ゆえにエルフリーデは狙い撃った──
真下、真横から着弾した砲弾に対して、機体正面方向に張られたエネルギーバリアは無力だった。
墜落と見間違えるような速度と角度で、列車表面すれすれを飛んだ理由──〈アシュラベール〉の狂気じみた行為に対して、敵部隊は統制を失っていた。
接敵から六〇秒にも満たない交戦時間で、一二機いた部隊の過半数を失うという受け入れがたい現実。
彼らがそれでもなお、敵意を保持し続けたのは驚嘆すべき偉業だった。
──レーザー照準された!? クソッ、ミサイル!
エルフリーデの高速化された思考が、機体のセンサーが捉えた敵兵器からのロックオンを知る。
来る。
視界の端でロケットモーターの点火と思しき火が爆ぜる。
こちらを捕捉している〈ヴィントヴェスペ〉編隊の残敵、その主翼下からミサイルが飛んでくる。
数は二〇発を超えている。
おそらく全弾を一斉射してきた奴らが三機もいる。
──なら撃ち落とす!
この至近距離とはいえ、ミサイルの旋回性能には限度がある。
〈アシュラベール〉そのものが高Gでの旋回ができるモンスターマシンだからできる芸当──そうして稼いだ数秒間で照準を終えた。
──撃つ、撃つ、撃つ。
単射で三〇ミリ電磁機関砲を片っ端からぶっ放す。
そうして弾倉の中身を撃ちきった。弾切れの機関砲を放り捨てる。
飛来してきたミサイルの数は二四発、そのうち半数を撃ち落とした。残り一二発のミサイルは元気にこっちに向かってくる。
迷うことなく狂気じみた覚悟で眼下へと
全部で一二発のミサイル群は、どんなに頑張っても空力制御フィンで旋回するだけの存在だ。スラスターそのものが自由自在に動く〈アシュラベール〉ほどの旋回性能は持てない。
相次いで起きる爆発を聞きながら急上昇──無傷で爆発を生き延びたようにしか見えない悪鬼の姿に、敵部隊は今度こそ恐慌をきたした。
直上にいたスズメバチを下方から襲う。
──これで八機!
振り抜いた〈シールドアックス〉が〈ヴィントヴェスペ〉の右半身を引き裂いた。同時に〈アシュラベール〉は右腕を伸ばし、敵機の保持していた電磁機関砲をまたも奪い去った。
高出力の人工筋肉に支えられた圧倒的パワー任せの暴虐である。
おそらく敵の新型バレットナイトは、機体そのものを飛行のために軽量化、重火器の反動を相殺するための衝撃吸収機構の他は簡略化している。
作りが安いから、白兵戦を想定した〈アシュラベール〉に殴り負けていた。
銃口を狙い定めた。
側面と背面を取ったがゆえの直撃だ。
──九機、一〇機!
きっかり九〇秒が経過した。
それでもなお生き残った〈ヴィントヴェスペ〉二機が、同時にこっちに突っ込んできた。
ありったけの機銃掃射、誘導ミサイル、ロケットポッドからのロケット弾。
持てる火力のすべてを、精確な狙いなどくそ食らえという感じでぶっ放して急降下、急加速。
今の〈アシュラベール〉は敵と接触するため、減速した状態だった──ゆえに速度で劣る〈ヴィントヴェスペ〉とて、体当たりを覚悟すれば食らいつける。
「悪いね、その覚悟だけは買うよ」
三〇ミリ機関砲を放り捨てる。
無手になった〈アシュラベール〉が、その右腕で超硬度重斬刀を引き抜いた。長大な特殊合金製ブレードが、通電によって絶対的物理強度を実現する。
抜刀と同時に斬撃が繰り出される。
さらにその質量によって生じる慣性すら利用して、ぐるんと空中一回転する悪鬼──深紅の鎧武者が、舞踏でもするかのように宙で踊った。
その刹那、繰り出された斬撃は二つ。
──右手の
──二振りの刃が異なる方向を同時に切り払って。
──すれ違い様に切り裂かれたスズメバチが二機、爆発しながら落ちていく。
エルフリーデ・イルーシャはそうして無慈悲に、自身の一二倍の敵機を撃墜した。
ここまで失った兵装はゼロ、損傷は
〈アシュラベール・リベルタス〉と〈ヴィントヴェスペ〉部隊の接敵から、たった一〇八秒間の出来事だった。
悪くない性能の機体に、悪くない操縦者たち。
ゆえに容赦なく全滅させる必要があった──目の前で味方を殺させないために。
ほんの少し自分の心をよぎった感傷を、今さらすぎるな、と自嘲して。
「今ので一二機……オリヴィエ卿、ご無事ですか?」
少女騎士は落ち着いた声音で問うた。
一秒もせずにオリヴィエ・ライアーから通信が入った。
馬鹿笑いしているのが目に見えるような、晴れ晴れとした笑い声──
『ふはっ、ふはははははッ! いや、すまんッ! 貴殿、強すぎて美しいな! うん、気が変わったときは是非、この私と付き合ってほしい! 私は強くて美しいものが好きだッ!』
からっとした物言いである。気持ちがいいぐらいに陽性の男だった。
決して褒められた感性ではあるまい、平時の道徳観では──それがなんであれ、殺人とは重たい罪過であるべきと信じられているのだから。
このように他者の死を愉快だと笑う人間を、許せない価値観とてあるだろう。
しかしエルフリーデ・イルーシャの憂いを笑い飛ばす豪快さは、不快ではなかった。
眼下の列車と並走するように低空飛行しながら、少女騎士は肩をすくめた。
「──困りました、オリヴィエ卿は変わった趣味をしていらっしゃる」
エルフリーデはくすっと笑った。
・近距離破砕防盾〈シールドアックス〉
今回、バレットナイト〈アシュラベール〉が左腕に装備している試作兵装。
一見するとほどほどの大きさの実体盾だが、その正体は近接戦に特化した複合兵装である。
コンセプトは「近接戦闘で本体のバイタルブロックを守りつつ、カウンターの一撃で確実に敵機を仕留める」というもの。
装甲板にはアルケー樹脂、シールド側面に沿ってテロス合金製の刃――超硬度
これは通常、バレットナイトの近接兵装に使用されているテロス・ブレードを斧の形にしたもの。
原子間結合を極限まで強化される刃は、その性質上、シールドとしての強度を確保できると期待された。
バナヴィア独立派からの技術協力により、短期間での実用化に成功した。
その原型は近距離破砕防盾〈ブクリエ・デュ・ブゥロ〉――電磁パイルと超硬度
つまるところ救国卿が設計してクロガネが製造した曰く付きの兵装。
自分の愛する男との合作を、自分が認めた本物の英雄が使う――そういうわけで救国卿のテンションは高かったらしい。
理論上、複数の兵装のいいとこ取りを目指した武器だが、実際の運用にはかなり難がある代物である。
テロス合金は極めて比重が重い高密度金属であり、加工難易度も高いため生産性が悪く、さらに活性化のためには多量のエネルギーを消費する。
シールドとして外殻で厚みを持たせた結果、バトルアックスとしての取り回しもよくない。
要するに「これ盾か斧、どっちかにしてくれないかなあ!?」とパイロットに苦言を呈されている。
シナンジュの盾withビームアックスみたいな使い方をします。
ちょっと救国卿のやや気持ち悪い愛情がこもった使いにくい複合武器。
開発経緯と相まってエルフリーデは「まあまあ嫌…なんとなく嫌…!」って思ってますが、救国卿への義理で使ってる。
展示用と称してクロガネが帝都に持ち込もうとした理由は「重火器の定義にあてはまらない装備」だから。
おそらく世界初の量産型第三世代機〈ヴィントヴェスペ〉と第三世代機の代名詞〈アシュラベール〉の非公式な実戦!
凄惨な結果になりました。
対地攻撃機とジェット戦闘機が出会ったような惨状ともいう。
オリヴィエ卿の理想の女の子は「こう……ひたすら強くて可憐な戦乙女!」みたいな感じだったらしい。
実在した!!!!(クソデカボイス)
クロガネが「エルフリーデ頼るのは良心咎めるが、同時にその強さに救われている」矛盾の男だとすれば、オリヴィエ殿は「うむ!!!」って力強く全肯定する暴力畑の男です。