機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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世界の破滅を願うもの

 

 

 

『エルフリーデ、聞こえるか? 俺だ。そちらの状況は?』

 

 

 クロガネから通信が入ったのは、エルフリーデが眼下の景色をぐるっと見回した瞬間だった。

 ここは列車中腹から見れば先頭側、列車先頭部から見れば後方という感じのブロック──敵集団が占拠していたのは、大量の対空火器が密集している武装車両だった。

 

 いわゆる装甲列車というやつである。

 大陸横断鉄道〈世界蛇〉は列車の一両一両が、ことごとく全長二〇〇メートル、全幅三〇メートルもあるお化けみたいな鉄道である。

 

 よって装甲列車といっても、その大きさと武装の山積みっぷりは、むしろ海に浮かぶ戦艦のそれに近い。

 ぎょっとするほど大量の砲塔、ミサイル発射機が並ぶとてつもない光景──あるいはこれが無事に稼働していたならば、如何に飛行型バレットナイトといえど、取り付くことは不可能だったろうと思う。

 

 

「はい、クロガネ。こちらは敵バレットナイト部隊と交戦、撃破しました。帝国製の第三世代機が一二。こちらの損害は軽微(けいび)です」

 

 

『よくやってくれた、流石だな。こちらも火器管制のコントロールルームへの侵入に成功した。敵の陸戦隊はこちらで排除した……閉じ込められていた職員と協力して、敵の設置したクラッキング・デバイスの位置を特定している』

 

 

「仕事が早いですね……もう少し長丁場になるかと」

 

 

『お前ほどではないさ。ロイとリザ、それにゲオルギイが積極的に動いてくれたからな。俺の仕事は頭脳労働に限られてしまっている』

 

 

 意外な名前が出てきた。

 エルフリーデにも馴染み深い二人は身内だからわかるが、よもやあの片言喋りの超胡散臭い仮面男──ゲオルギイ・カザールがここまで素直に協力してくれているとは。

 エルフリーデは〈アシュラベール〉の推力を調整、大陸間横断鉄道〈世界蛇〉に速度を同期させた。

 

 推力任せの弾丸飛行から転じて、スラスターバインダーを垂直方向に向けてのホバリングに切り替えて減速。

 先ほどの戦闘の余波で、表面の砲塔がいくらか吹っ飛んでいる装甲列車の真上に着地する。

 衝撃を脚部フレームが吸収──速度の同期は完璧だったので、着地の瞬間に姿勢が崩れることはなかった。

 

 

「意外ですね、ゲオルギイ卿ってその……わたしたちに敵対的なものかと」

 

 

『エルフリーデ、そう難しいことではない。今この場では、ベガニシュ帝国の聖域が、(ぞく)によって踏み荒らされそうになっている。ここで中立的な姿勢は許されない。選べるのは二つに一つだ。つまり帝国の臣民であるか、それとも反乱者であるか──ゲオルギイもその例外ではない』

 

 

「ああ、なるほど……一番困ってるときに様子見してたやつなんて、後々、何を言われるかわかったもんじゃない、と」

 

 

 クロガネの解説はとてもわかりやすかった。

 陰謀に次ぐ陰謀、ドロドロした悪意が渦巻いて暴力に変換されるろくでもない事件の最中だが──こうして起きている事件を整理されてみると、構図はひどく単純なのである。

 

 今あるベガニシュ帝国の権力者たちと、彼らから権力を奪取しようと行動を起こしたものたち。

 ゲオルギイ・カザールはまさに、現在のベガニシュ帝国に寄生して、その後ろ暗い仕事を引き受けることで利益を得ている悪党だ。

 

 倫理的にも道徳的にも到底、褒められた人間ではない。エルフリーデ自身、手を組みたいとは思えないが──ともかくこちらを裏切るわけにはいかない切実な理由がある。

 むしろ小悪党だからこそ、こういう危機的状況でも風見鶏にならない、という忠誠心を見せる必要があった。

 

 

「そっか、利害の一致ってやつですか」

 

 

『そういうことだ。無論、俺が口にしていない背景事情は山ほどあるが──基本的にここを押さえておけば、現在、この〈世界蛇〉で起きている事件の概要は掴める』

 

 

「クロガネに政治家をさせておくのってもったいないですね。学校の先生も似合いそうです」

 

 

『俺としてもその職業は憧れるものがあるな、考えておこう──待て、こちらでも情報の探査が終わった。クラッキング・デバイスのおおよその位置が特定できた』

 

 

 言ってる傍から仕事が早い。

 エルフリーデの〈アシュラベール〉の真横に、オリヴィエの〈ブリッツリッター〉が合流してきた。どうやら先ほどの集中砲火を浴びて、エネルギーバリアの発生装置は回路が焼き切れてしまったようだが、脚部などの基本的機能は生きているらしい。

 

 身振り手振りで「左肩のジェネレータは潰れたが、右側は生きている」と示すオリヴィエは、ちょっとした仕草にも茶目っ気があるようだった。

 

 

『話は聞いていたよ、伯爵。その異物──〈嘲笑う蛇の舌〉だったか、病巣はいずこに?』

 

 

「オリヴィエ卿、そちらの現在位置から見て三〇〇メートル先、数えて二両目です。装甲列車の壁を越えた先、エネルギーバリアを発生させている先頭車両との中間地点──なるほど、この列車全体の警備システムを乗っ取るのであれば、ここ以外にありえないでしょう。人間に例えるならば脊髄に腫瘍を埋め込んだようなものです」

 

 

『おお! ぞっとするような外科手術が必要、と聞こえるが! それで伯爵、殿下をお連れして先頭車両にたどり着けそうかな?』

 

 

「こちらも武器弾薬の補充はできました。ええ、必ずや。引き続きオリヴィエ卿には、我が騎士とともに敵機甲部隊の警戒を行っていただきたい」

 

 

『構わないが──まだ敵がいるものかね?』

 

 

 そうオリヴィエが呟いた瞬間だった。

 ぐん、と加速する感覚が足下からやって来た。視界を流れていくだだっ広い荒野の風景──大陸横断鉄道の進路上にある景色は、その巨体が引き起こす強風のせいで、樹木がまったく生えない──が、一段とその度合いを強めていた。

 

 比較対象になるものがないから、感覚が狂うけれど。

 通過速度が上がったのである。

 この列車全体が目に見えて速度を上げた──その意味をエルフリーデが考えるよりも先に、クロガネがうめいた。

 

 

『悪い報せが一つ。クラッキング・デバイス〈嘲笑う蛇の舌〉が列車全体の運行速度を乗っ取り始めたようです。これによって敵は、大陸横断鉄道の緊急停止を振り切れるようになった──そしてどうやら、敵の狙いは我々の想定よりも破滅的であるようです』

 

 

「クロガネ、最悪を想定するなら──何が起きるんです?」

 

 

『この〈世界蛇〉は最高速度は時速五〇〇キロメートル、一〇〇両編成の重量は三六〇万トンを超える。これほどの大質量が帯びた運動エネルギーが、一切減速することなく、何らかの形で暴走した場合……この大陸を揺るがすほどの大地震が発生するだろう。脱線事故のような災厄が、帝都コルザレム近郊で起きたならば、半径数十キロメートルがクレーターに変わる』

 

 

「なっ…………」

 

 

 エルフリーデは絶句した。

 前々から馬鹿馬鹿しいほど巨大な列車だと思っていたが、それが事故を起こした場合の被害など──想像もしていなかった。

 

 というよりも想定が難しすぎた。

 陸上で数百万トンある質量が高速移動してるなんて、まず日常生活では縁がないスケールの出来事である。

 

 大陸一の栄華を誇るという世界帝国の中心都市を、跡形もなく吹き飛ばせるほどのエネルギー量──聞いているだけで頭痛がしてくるような話だった。

 馬鹿げている。

 

 

「そんなの、人が大勢死ぬだけじゃないですか……!」

 

 

『そうだ。この大陸の物流を担う〈世界蛇〉の破綻は、さらに大陸全体でのエネルギーや物資の欠乏を招くだろう。事故発生時に大気中に舞い上げられる土砂は、エアロゾルとなって日光をさえぎり──食糧危機を招くかもしれん』

 

 

「め、めちゃくちゃだ……」

 

 

 エルフリーデはどうやら、真面目に現在の状況が、世界の危機ってやつらしいと認識した。

 こんなのは本当に久しぶりだった。

 まるで一年前、クロガネの背負ってきた宿命──古代兵器〈ケラウノス〉を巡る死闘に身を投じたとき以来の危機感。

 

 一歩間違えれば、世界そのものが砕け散るかもしれないという実感が湧いてくる。

 エルフリーデ・イルーシャは高等教育を受けたわけではないが、それでも少しは科学知識をかじっている。

 だからクロガネの口にした惨状が、ありえないことではないと判断することはできた。

 だが、わからない。

 

 

「ベガニシュ帝国で権力を握りたい悪党が、企みごとでインフラを乗っ取ろうとする……それなら話はわかりますよ。権力闘争を反乱にしちゃった奴らがいるんです。でもこれは……単に世界が破滅するだけです」

 

 

 意味がわからなかった。

 こんなことをして何になるというのか──そのようにエルフリーデが思案した瞬間である。

 オリヴィエが重々しくうなずいた。

 

 

『我らの帝国は恨みを買いすぎた。エルフリーデ卿、貴殿には言うまでもあるまい。外征と占領をともなう戦争とは、良かれ悪かれ、そういうものだろう』

 

 

 バナヴィア併合のことを言っているのだとわかった。エルフリーデの故郷であるバナヴィア王国は、一六年前にふっかけられた侵略戦争に敗れ、ベガニシュ帝国の属州として併合されてしまった。

 その戦禍は様々な爪痕を残し、そうして生まれた怒りと憎しみは、現在に至るまで遺恨を残している。

 

 実際問題、クロガネとエルフリーデは、去年の暮れまで──それゆえにバナヴィアの守護者、救国卿との間で死闘を演じたのである。

 ならば話は簡単だ。ベガニシュ帝国で起きる惨劇を願う人間など、いくらでもいるに決まっていた。

 

 

「……この列車で起きてる騒ぎは、ベガニシュ帝国を破滅させるためにあった、と?」

 

 

『そうかもしれない、と私は思うよ。だが、(おく)する必要はあるまい──やることは変わらないのだから』

 

 

 からっとした口調でオリヴィエは言い切った。

 祖国を巻き込んで世界が破滅するかもしれない──途方もない大事件の真っ只中にいることを教えられようと、オリヴィエ・ライアーは何一つブレていなかった。

 

 この男は戦士であり、戦うことで生きる類の人種なのだから。

 エルフリーデはまた一つ、眼前にいるオリヴィエの正体を垣間見た気がした。

 出会って五分と立たずに求婚してくる変人、戦斧を振り回して機銃掃射を弾いてみせる超人的戦士、そして世界が破滅の淵にあろうと変わらない死兵。

 

 そのいずれもオリヴィエという男だった。

 参ったな、と思う。

 流石に自分はここまで割り切れない。

 

 

『エルフリーデ、俺も驚嘆を禁じ得ない。気持ちは同じだ──その上でこう言おう。我々はいずれにせよ、この〈世界蛇〉の制御を奪還し、安全を確保しなければいけない。身の破滅が世界の滅亡にスケールアップしただけだ』

 

 

「困りました。わたしの周りにいる殿方って、こういうときのジョークのセンスが奇抜で……凡庸(ぼんよう)なわたしにはハイセンスです」

 

 

 クロガネもオリヴィエも肝が据わりすぎていた。

 自分のことを常識人と信じて疑わないエルフリーデ・イルーシャはそうして、冗談めかして弱音を発したのだけれど。

 それを聞かされた男二人は、数秒間の沈黙のあと──どちらからともなく笑い始めた。

 

 

『流石だな、エルフリーデ。我が騎士は冗談も上手い』

 

 

『うむっ! 帝国最強とも噂される獅子は、おのれを飼い猫と偽る諧謔(ユーモア)の持ち主か! ふふっ、このオリヴィエも感心してしまう!』

 

 

 エルフリーデはびっくりした。クロガネもオリヴィエも、こっちをからかっているというより──本当におかしくてたまらないという感じだった。

 この男ども、何がおかしかったというのだろう。

 少女騎士は困惑した。

 

 

「ちょっと待ってください、わたしが変なこと言ったような雰囲気は……理不尽です!?」

 

 

『無論、我が騎士がいつだって平常運転なのは承知しているとも』

 

 

『この危機の最中でも揺るがぬ平常心というわけだ。心強いなあ、伯爵!』

 

 

 エルフリーデ・イルーシャはどうやら、自分の側が形勢不利だと悟って──深々とため息をついた。

 言うまでもないことだが、不死者であるクロガネは口が上手い。古くからの家系で貴族をやってるオリヴィエだって、そういう口先がよく回る人種のようだった。

 

 二人とも悪意で虚言を弄するタイプではないけれど、口喧嘩で勝てるとも思えなかった。

 よってエルフリーデは、自分のペースで物事を進めようと決めた。

 

 

 

「ああもうっ! それじゃあ、世界を救いましょうか──クロガネもオリヴィエ殿も、ここまで来たからにはついてきてくださいね?」

 

 

『もちろんだ』

 

 

『光栄だな、美しい獅子とともに世界を救う英雄譚とは──ハハハッ、語り草になる!』

 

 

 

 エルフリーデを愛する男たちは、きっと無線の向こうでにやりと笑ったに違いなかった。

 バカばっかりだと思った。

 でも少女は、この雰囲気が嫌いではない。

 

 

 

 ──ティアナ、お姉ちゃん世界を救うよ!

 

 

 

 やる気を出すおまじないをして、前を向くと決めた。

 

 

 

 

 

 

 










https://blog.over-lap.co.jp/shoei_2607/
オーバーラップノベルス8月刊行予定に「機甲猟兵エルフリーデ」2巻が入っております。
WEB版2章に加筆修正した、リザ・バシュレーの登場回ですね。
書籍2巻もよろしくお願いします!



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