機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
──熱線砲が放たれる。
音速の数倍の速度に達する
高エネルギー粒子を収束させ、高速投射することであらゆる物質を昇華させ焼き切るだけの兵装だ。
熱線がほとばしる。
〈アシュラベール〉と〈ブリッツリッター〉が、足下を蹴って回避運動に移る──間一髪で回避した。
白熱する吐息を浴びた甲板が、一瞬で爆発を起こす。ドロドロに溶け落ちた金属が、強風に煽られてその飛沫をまき散らした。
轟音が鳴り響く。
『いい響きだ、
〈クリンゲンシュピンネ〉なるバレットナイト──双頭竜〈ドッペルドラッヘ〉と接続したその姿は、さしずめ〈ドッペルシュピンネ〉とでも呼ぶべきだろうか──が、その機体色に負けないぐらい毒々しい言葉を発した。
それは根深い憎しみを感じさせる響きがあった。
たぶん自分たちは言葉を交わしても、わかり合って刃を収めるという選択肢に至れない──エルフリーデ・イルーシャの胸にやってきたのは、そういう実感だ。
──どんな理由があっても、わたしはあなたの願う破滅を受け入れられない。
──だからここで斬るのが、わたしなりの誠意ってことになる。
〈アシュラベール〉が腰のジェット・スラスターバインダーから推進炎を噴いた。
絶大な加速が得られた。
それは徐々に加速を始めて、すでに時速四〇〇キロメートル超の高速走行に至っている〈世界蛇〉──その初速を合わせて瞬時に音速を超えた。
白い円錐状の衝撃波が、〈アシュラベール〉の機影に遅れて生じた。
その結果生まれるもの。
超音速の斬撃が、〈ドッペルシュピンネ〉の首を刎ねるために叩きつけられた。
──ぐねぐねとしなる竜の首、その先端部で煌めく超硬度金属のブレード。
──今まさにエルフリーデが斬り裂かんとした位置に、あらかじめ配置された刃。
甲高い金属音とともに刃がぶつかり合い、高エネルギー粒子が火花のように飛び散った。
〈アシュラベール〉が行った戦闘機動、その身に帯びた運動エネルギーのすべてが太く長い金属骨格と柔軟な人工筋肉の束によって受け止められている。
凄まじい衝撃が超硬度重斬刀の柄から伝わってきた。
戸惑う暇などなかった。深紅の悪鬼は空中で
直後、コンマ三秒前まで〈アシュラベール〉がいた空間を、熱線が薙ぎ払った。
こいつは
──自称・女帝さんより強い! こいつ、白兵戦に対応できたわけ!?
一度は〈ブリッツリッター〉で完封勝ちした相手である、という先入観はあった。
だが、こうも乗り手で動きが変わるものか──エルフリーデは舌を巻きながら、ジェット・スラスターバインダーの噴射方向を変更。
天に地獄の業火を吹きかけ、まるで猛禽類のように急降下した。
馬鹿でかい〈ドッペルシュピンネ〉の背後に回り込み、垂直の切り下ろしで機能を喪失させる。
そういう腹づもりだった。
──刹那、〈ドッペルシュピンネ〉の腹部で毒蜘蛛がうごめいた。
まるで
その下半身が埋められた接合部が、丸ごとターレットと化して回転したのだ。
──深紅の悪鬼が、その太刀を振り下ろした。
──毒蜘蛛が、掲げた太刀でそれを受け止めた。
擦れ合った超硬度重斬刀が、その絶対強度ゆえに互いに折れず曲がらず欠けないという状況を生み出す。
ただ表面にまとった高エネルギー粒子のコーティングが剥がれ落ち、その飛沫が火花のようにまき散らされる。
その輝きに深紅と赤黒、二つの色彩が照らし出される。
青く煌めく〈アシュラベール〉の瞳と、毒々しい蜘蛛の複眼が見つめ合った。
驚くべき反応速度だった。端から見ていればシュールで笑ってしまうような、玩具じみたギミックなのに──そのすべてが、エルフリーデの殺意に対応した動きになっている。
「オリヴィエ卿!」
『おうっ!』
オリヴィエ・ライアーの駆る〈ブリッツリッター〉が、その手にした超硬度重斬斧を振り下ろした。比重の高い重金属にして絶対強度の刃──たとえそれが重戦車の正面装甲であろうと、容易く両断するだけの破壊力を秘めた一撃。
騎士オリヴィエの振るう三日月斧が、邪竜の首に浴びせかけられた。
だが、手数が足りない。
──双頭竜がその二本の首をしならせ、まるで意思を持った鞭であるかのようにオリヴィエに襲いかかる。
──さながら空飛ぶ
オリヴィエの三日月斧の刃に、その先端部のブレードを叩きつけて弾いてみせる邪竜の首。
それが二連撃。
あるいはオリヴィエがポールウェポンに長じていなければ、この時点で命を失っていてもおかしくはなかった。
『むっ、手強いな!』
打ちかかったはずが逆に跳ね飛ばされ、〈ブリッツリッター〉が後退を余儀なくされる。
その間にも〈アシュラベール〉と〈ドッペルシュピンネ〉の鍔迫り合いは続いていた。深紅の悪鬼が放つ推力任せの押し込みを、その数倍はある巨体ゆえの質量で受け止める毒蜘蛛──驚くべきことに、敵の融合者は今、同時に二機のバレットナイトを相手取っている。
つまりエルフリーデとオリヴィエ、いずれも白兵戦を得意とする騎士二人の猛攻をしのいでいるのだ。
これほどの怪物的機構を、たった一人の人間が我が身のように操っている。
驚くべきことだった。
「驚いた、さっきより強くなってるみたいだ──とんでもない天才だね」
皮肉交じりの勝算とともに、前蹴りを叩き込んだ。第三世代バレットナイトはその推力で空中飛行もできるが、その本質は決して航空機ではない。重厚な駆動フレームを人工筋肉の駆動システムで覆い、その出力で重心移動を自由自在に行う不安定なパワーの怪物。
〈アシュラベール〉が体現するのは、そういう真理だった。
人間同士の剣戟ならば起こりえない挙動──踏ん張って斬り結んでいる最中に、鋭い蹴りなどできるものではない──だが、バレットナイトには可能だ。
ましてや独立した可動軸を持つジェット・スラスターバインダー、その完全手動制御が可能なエルフリーデならば。
──衝撃。もろに前蹴りを浴びた毒蜘蛛が姿勢を崩す。
──反作用で後退しながら着地する深紅の悪鬼。その足下で甲板と足裏が擦れ、ぎゃりぎゃりと火花が散った。
第三世代試作バレットナイト〈アシュラベール・リベルタス〉は、その推力任せの空中飛行が可能だ。
しかし今、列車先頭部から高度を取って離れすぎるのはよくなかった。精々、列車の走行速度が時速二〇〇キロメートルほどしかなかった、先ほどまでとは前提条件が大きく変わっているからだ。
大陸横断鉄道〈世界蛇〉はぐんぐんと走行速度を上げている。
見れば列車先頭部では、青白いプラズマを放つ
全高も全幅も数十メートルある馬鹿げた巨大列車は、ああやって、自分の顔面にぶつかってくる空気の塊を弾いているのだ。
それゆえにもうすぐ、時速五〇〇キロメートルに届こうかという高速走行も可能だ。
列車の側面では、その通過時の衝撃波によって大地が震えていた。
もちろん上方にも乱気流が吹き荒れている。
──プラズマ障壁のカバー範囲から外れれば、この〈世界蛇〉が生み出す乱気流に巻き込まれる。
おそらく翼のある本物の飛行機だってひとたまりもない環境だった。ましてや揚力を得る術を推進器以外に持たず、不安定な状況下にある〈アシュラベール〉が無事で済むとは思えない。
まず墜落死するし、そうでなくても列車先頭部とは大きく距離を離されてしまうだろう。
エルフリーデは厳しい状況を認識し唸った。
「参ったね、意外と考えてある戦場かも」
『飛べまい、エルフリーデ・イルーシャ! この〈世界蛇〉は高速走行に入った──その衝撃波に跳ね飛ばされ、乱気流に飲み込まれて墜落する未来! それがわかればこそ、お前の自由な
「解説どうも。すごいね、わたしが考えるより先に言語化してくれた」
『緊張感のないやつ……!』
「得意げに解説してくれる悪党に言われたくないッ!」
瞬間、〈ドッペルシュピンネ〉がその長大な尾──竜の尾を思わせるロケット・スラスターの集合体だ──に点火した。
内部に充填されていた高エネルギー粒子が燃料となって、文字通り、爆発的なエネルギーがロケットノズルから吐き出された。
同時に、列車の甲板に爪が突き立てられる。
〈ドッペルシュピンネ〉の四本の手足、四つん這いの蜥蜴の腕が、その先端部に備えたアンカークローを打ち込んだのだ。
駆動フレームと人工筋肉が、あらゆる衝撃を吸収するバレットナイトの強さの根源──凄まじい推力に対して、そこを支点にしてぐるんと機体が回転する。
恐るべき急速旋回。
重戦車よりも大きい巨体が、一瞬でその前後を入れ替えるという離れ業──〈ドッペルシュピンネ〉の竜頭が、相次いで熱線砲をぶっ放してくる。
粒子ビームが大気を焼き焦がし、着弾地点を昇華させた。
白熱する光の中で、〈アシュラベール〉は跳んだ。
◆
爆発。
瞬時に爆ぜた〈世界蛇〉の上部甲板──バレットナイト同士の戦闘など考慮されていない構造体の上で、溶けた金属が飛沫となってあちこちに飛び散る。
それらは吹き荒れる冷たい風によって急速に冷やされていった。
どこか寒々しい三月の空の下、どこまでも続く荒野を背後にして──〈ドッペルシュピンネ〉は一瞬、爆発の閃光によって〈アシュラベール〉を見失った。
「──しまった!」
『失礼ッ! 仲間はずれは寂しいので割り込ませてもらおうッ!』
「空気の読めない男がッ!」
オリヴィエ・ライアーだった。
一瞬、エルフリーデ・イルーシャの現在位置を探すことに気取られたその瞬間を狙って、機体性能で劣る勇者は果敢にも踏み込んだのである。
両手で長い柄を掴み、振り回すためのポールウェポン──
円運動を帯びた刃が、その運動エネルギーを破壊に変換する。
それだけの単純な動作。
『──勇者とはかくあらねばならんのだよ! 人の顔色をうかがう輩が、英雄などと呼ばれるものかよッ!』
オリヴィエは戦場で鍛えられた男だった。
ゆえにベガニシュ帝国の存続の是非、その滅亡を願う
あるいはここが紳士淑女の集うカフェであったなら、バナヴィア風に知識人たちが意見を交わすことだってあったかもしれない。
だが、互いにバレットナイトを持ち出して、その破壊力を行使している時点で、どちらが倫理的/道徳的に正しいのかなんて話に意味はないのだ。
そういう身も蓋もない現実のぶつけ合いだった。
「ならば英雄譚を完成させてやる!」
〈ドッペルシュピンネ〉の融合者──ナイツベインはその本体である毒蜘蛛のバレットナイトを駆動させる。下半身は接続コネクターごと〈ドッペルドラッヘ〉に埋まっているが、基部が丸ごとターレット化されているゆえに、その死角は存在しない。
理屈倒れの完全な兵器だ。
そもそも巨大で異形な〈ドッペルドラッヘ〉側の駆体を制御しつつ、融合しているバレットナイトまで御せる融合者は限られる。
二体のバレットナイトを接合させた結果として、順当に操れる人間がいないので実用性が足りないと放り出された試作品──それが〈ドッペルシュピンネ〉の正体だ。
ここに存在する例外、ナイツベインは違う。
本当の名前も肉体も性別も超越して、ただ抱いた憎悪に殉じるという願い──
──毒蜘蛛の左手から、太くしなる鋼鉄の鞭が解き放たれる。
自在軌道振動鞭〈ズィア・パイチェ〉──人工筋肉の束を極薄の超弾性鋼で覆った唸る鞭──その先端部のロケットアンカーが射出され、速度を増しながらワイヤー状の構造体が引き出されていく。
それは空間を埋め尽くす超振動ブレード、触れたものを引き裂いていく柔らかな刃であった。
縦横無尽に跳ね回る超弾性鋼の打撃──〈ブリッツリッター〉は振ろうとしていた三日月斧を支えにして、棒高跳びの要領で高く跳躍。
この一撃を逃れたが、第二世代機の限界はそこまでであった。人工筋肉の束でもある鞭が空中で軌道を変えて、その片足に接触したのだ。
耳障りな騒音。
高速振動する超弾性鋼が、絡みつくようにして〈ブリッツリッター〉の右脚を破壊した。
その外装であるアルケー樹脂装甲が、プラスチックの欠片になって砕け散った。次いでその下の人工筋肉が引き千切られていく。
『ぬおぉお!?』
オリヴィエが悲鳴を上げた。
空中で片足を失い、無様に墜落するだけの騎士は──そうして
機械仕掛けの騎士が甲板にぶつかって転がる刹那、ナイツベインは男の勝ち誇ったような声を聞いた。
『貴殿、私に気を取られすぎたな』
「──なっ」
ナイツベインとオリヴィエの攻防は一瞬の出来事だ。目と鼻の距離で交わされた会話は、光速の思考をレーザー通信によってやりとりした結果にすぎない。
神経の伝達速度に縛られ、音の速さで言語を話すだけの人間とは何もかもが異なる、超越した肉体──
接続コネクターで二体のバレットナイトを繋いだ
それは人間の視点ならば、ほとんど
連続した動作として攻防を繰り広げているときはまだしも、独立した二体の敵を同時に相手取ったとき、ナイツベインの機体制御には一瞬の隙が生じる。
『──悪いね、不意討ちだ』
深紅の悪鬼が落ちてくる。
一体今までどうやって〈ドッペルシュピンネ〉のセンサーの感知範囲から逃れていたのか──その答えは単純だった。
〈アシュラベール〉は真上に逃れていたのだ。
熱線砲の二重照射と、それによる大爆発に紛れての跳躍、乱気流に巻き込まれて押し流されるギリギリを見切っての垂直上昇。
そしてオリヴィエが作った一瞬の機に乗じての急速降下──恐ろしいほどの勝負勘と度胸なしには成立しない攻撃だった。
今まさに振り下ろされてくる死に、ナイツベインは吠えた。
「うるさい、黙れェッ!」
〈ドッペルシュピンネ〉の二本の首が直上を向いた。
熱線砲を放って蒸発させてやる、と思った。この機体に備えられた粒子ビーム兵器は、その威力と射程で対空砲火も可能なのだ。
そうだ、自分は認めない。
「──
力強い呪いとともに、〈ドッペルシュピンネ〉が竜の吐息を解き放つその刹那。
粒子ビームの束が照射される間際、その口腔を長大な金属製ブレードが刺し貫いた。
それは剣の
高所からの落下による加速、〈アシュラベール〉自身の推進力、腕の人工筋肉による回転運動──そのすべてを運動エネルギーに変換して投げつけたのだ。
刃渡り三メートルをゆうに超える
──二本の竜の首を貫通する切っ先。超巨大列車の甲板に縫い止められる双頭竜の首。
──暴発した高エネルギー粒子の
〈ドッペルシュピンネ〉の巨体が傾ぐ。
高密度の金属で作られた実体ブレードの直撃は、その絶大な運動エネルギーによって重戦車並みのバレットナイトを揺るがせていた。
その二本の首を失った竜の御者──接続された毒蜘蛛は、その瞬間、確かに振り下ろされる刃を見た。
深紅の悪鬼が、その左手を叩きつけようとしていた。まるで断頭台の刃のような兵装の名は、
「エルフリーデッ!」
それが一方通行の愛憎だとわかっていてなお、叫ばずにはいられなかった。
刹那、ナイツベインは声を聞いた。
『──わたしの勝ちだ』
毒蜘蛛の頭部/右腕が斜めに切り裂かれ、宙に投げ出されて──乱気流じみた風圧に押し流され、列車のはるか後方に流されていった。
断面からバチバチと吹き荒れる放電現象──稲光のような光を浴びながら、〈アシュラベール〉が立ち上がった。
あらゆる祈りを斬り伏せる悪鬼。
──その名は〈剣の悪魔〉エルフリーデ・イルーシャ。
──比類なき最強の機甲猟兵である。
オリヴィエ殿は口プロレスが上手いし、自分が噛ませ犬になることで相手の気を逸らすような真似もできる男。
ナイツベイン殿は地味にわりと解説してくれるタイプだし根が素直すぎると評判。