【書籍化】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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巫女姫ユシュナ

 

 

 

 夕暮れに染まった空を背負い、列車は大地を走る。

 現在の巡航速度は時速一八〇キロメートル、ベガニシュ帝国が誇る超巨大高速列車としてはかなりの低速である。

 

 とはいえそれでも足を止めていないのは、この〈世界蛇〉の役割の大きさゆえだった。あれだけの大事件のあとですら、外部からの応援を待つまでもなく、列車自身が自らの傷を修復しながら走っているのだ。

 

 金属製の肉体と流体マイクロマシンの循環によって、絶えず代謝し続ける怪物的自動システムの権化。

 それが先史文明種の遺産の力だった。

 流れていく景色を、〈アシュラベール〉のセンサーで眺めながら──エルフリーデ・イルーシャはぽつりと呟いた。

 

 

 

「不思議だね。あんなに意味わかんない状況だったのに、ド派手な斬った張ったが過ぎ去れば──なんか終わった気になるんだから」

 

 

 

 戦いが終わってみれば、やってくるのは窮屈(きゅうくつ)な日常だった。

 現在、エルフリーデはその愛機に融合した状態のまま、列車先頭車両の甲板に待機している。現場は当然、先の戦闘の後始末がまだ終わっていない。事件終結からまだ半日も経っていないのだから、片付けなんてできるはずもなかった。

 

 ひとまず自分たちは目標を達成した。

 悪辣なクラッキング・デバイスを除去して、列車全体のシステムの再起動と最適化──侵食されていた権限の復旧にも成功したのである。

 おおむねクロガネの思い描いたとおりに、事件終結に尽力した形になる。

 

 とはいえ、現在のエルフリーデが置かれているのは──実質的には監視下というべき状況だった。

 周囲には強化外骨格である騎士甲冑を着込んだ神殿騎士たちが、重火器を手にしてそれとなく現場の警備に就いている。

 

 彼らはこの〈世界蛇〉を揺るがせた事件の最中、その大半が機能を麻痺させていた。

 おそらく屈辱的なはずである。

 自分たちの縄張りで起きた事件を、余所者に解決されてしまった上、姫君の身をお守りするという名誉まで奪われてしまったのだ。

 

 現地の治安維持組織にとって〈アシュラベール〉は強大すぎる武力だ。それはこの大陸横断鉄道〈世界蛇〉においても変わりなかった。

 今すぐに武装解除しろ、と思うのが彼らの本音である。

 

 ここでもう一つの問題が立ち上がってくる。そもそも神殿騎士が対応できていなかったから、〈アシュラベール〉が活躍するような事態になっていたという事実である。

 しかもこの一件、武力行使を許可したのは、列車の主──巫女姫ユシュナ・ゼオ・アンリバフ自身なのだ。

 

 政治的に死ぬほど面倒くさい。

 エルフリーデとしては「また敵が襲ってくると怖いから、応援が到着するまで警備に協力します」と言うほかない。

 かくして微妙に気まずい空気で、神殿騎士の皆さんとご一緒する〈アシュラベール〉が生まれた。

 

 

 ──感謝してくれてもいいと思うんだけど、こういう閉鎖的な環境じゃ難しいんだろうね。

 

 

 ため息一つ。

 先ほど放ったエルフリーデの呟きに、通信機の向こうでリザ・バシュレーが応じた。

 

 

『そうですね、ひとまずは……私たちの中から、殉職者が出なかったことに胸をなで下ろしてもいいはずです。本来、その責任を預かる身分じゃないんですから』

 

 

「リザ、言うね」

 

 

『ええ、お姉さん。私たちって世界を救った英雄なんですから、少しぐらい、胸を張ったって罰は当たらないと思いますよ?』

 

 

 リザの言葉は正当だった。

 しかし世界を救った英雄とは、他人の口から言われてみると、途方もなくむずがゆい響きの言葉である。

 

 わりと醒めてる皮肉屋の側面が少なからずある身としては──そう、大したことではないと謙遜(けんそん)したくもなる。

 思えば実際に世界を救うのはこれで二度目だ。

 

 一度目はちょうど一年前、災厄の塔〈ケラウノス〉──全世界を射程に収め、地表を焼き尽くす超巨大熱線砲──を巡る戦いだった。

 あのときの武功でエルフリーデ・イルーシャは、帝国最強と呼ばれるだけの名声を手にしたと言っていい。

 そう、自己評価低めの少女にもわかる。

 

 

 ──もう小市民的な謙遜してればいい立場でもない。わたしにはバナヴィア人の英雄として、その発言力を保持する努力義務ってやつがあるわけだ。

 

 

 これは常々、クロガネから助言されていることである。あのいけ好かない機械卿ハイペリオンや、命を奪い合って死闘を繰り広げた救国卿からも釘を刺されている。

 ベガニシュ帝国は死ぬほどろくでもない国である。

 

 陰謀と悪意が渦巻く毒蛇の帝国であるがゆえに、一度、名を挙げた英雄に取れる道は限られている。

 すなわち三つほどの選択肢だ。

 その名声を投げ捨てて隠居するか、目をつけられて破滅するか、名声を発言力として泳ぎ続けるか。

 

 エルフリーデ・イルーシャはすでに隠居するには、内外において名声が高まりすぎた。

 下手に怖じ気づけば、それこそ言いように取って食われるだろう──というのが、政治に強いご意見番たちの助言だった。

 クロガネとハイペリオンと救国卿、三者三様の言い回しだが、彼らの答えは一つに集約される。

 

 

 ──自分たちが脇を固めるから、謀略や暗殺の心配はしなくていい。

 

 

 ──泳いでみせろ、英雄。

 

 

 クロガネは純粋に、それがエルフリーデの身を守る最大の防御だと心得ているから。

 機械卿ハイペリオンは、そうすることがエルフリーデという人間を最大限に活かせる方法だから。

 救国卿はそうあることが、バナヴィアの英雄になると宣言したものの義務だから。

 そういう言い分だった。

 

 

 ──あの人たちがそう言うんなら、そうなんだろうね。

 

 

 ──実際、今からどこかの田舎に隠居したって、ある日、黒服が拳銃片手に現れたら終わりだし。

 

 

 ティアナ・イルーシャの未来を守るならば、クロガネという庇護者の力を支えるのが一番だし、それは長い目で見ればバナヴィアの再興に繋がる。

 それが去年の間、幾度となく繰り広げられた戦いの果てに、エルフリーデとクロガネ、そしてバナヴィア独立派の間で形成された合意だ。

 

 不満はなかった。

 少女騎士はすでにクロガネ・シヴ・シノムラに誓ったからだ。

 彼の剣としてその隣に立って、あらゆる障害を斬り伏せる──そういう約束をした。

 そしてあの不器用すぎる男を、絶対に幸せにする。

 

 

 ──悪の帝国の中で出世するなんて、クロガネを幸せにすることに比べたら難題でもなんでもない気がする。

 

 

 そう、あの男はすこぶる面倒くさいのだ。

 何せ真面目すぎて善良すぎる。

 一〇万年間も人類の延命のために尽くして、それでもなお、世界に愛想が尽きないなんてどうかしてるお人好しだった。

 目を離したら、またぞろ自己犠牲的な生き方をしそうな男である。

 

 

「リザ、考えてみたんだけど──英雄やりながら不器用すぎる男の人を幸せにするのって、超大変だよね」

 

 

『お姉さん、急に惚気られるとびっくりします。いえ、しました。でもそうですね、幸せにしたい人ほど、なんか不器用な生き方しそうっていうのはわかります』

 

 

「うん、リザもそうだと思ったよ!」

 

 

『…………あっ! これって誘導尋問ですか!?』

 

 

 少女騎士たちは(たわむ)れる。

 不条理が横たわる世界の最中であろうと、力強くその恋を叶えるのだと羽ばたくために。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「結論から申し上げましょう。此度の〈世界蛇〉を襲った事件は、意図せずして共犯者となった複数の勢力の合作でした。それはまるで、見ず知らずの他人同士が、言葉も交わさずに一枚の絵画を描き上げたかのように──全体図として、複雑怪奇な陰謀を作りあげてしまったのです」

 

 

 一方その頃、クロガネ・シヴ・シノムラは列車内の一室にいた。先の襲撃で破壊され、その内部構造の多くが焼き尽くされた特別客車のお茶会の続き──貴人を休ませるため、臨時に設けられた休憩所の席だった。

 

 大仰な長テーブルに比べれば、はるかにこぢんまりとしたティーテーブルをはさんで、男は向き合っていた。

 長い黒髪に黄金の瞳を保った麗人──美しい少女の姿をした不死者と、一対一で話をするために。

 傍仕えのものが全滅したがために、室内には如何なる他者も存在していない。

 

 

「しかし実際には、意図せぬ共犯者たち、一人一人の役割は単純明快です」

 

 

 ユシュナ・ゼオ・アンリバフは無言で、優雅にお茶をすすっている。薄汚れていた法衣を着替え、エアシャワーで綺麗さっぱりとその汚れを落とした女は、身綺麗で清潔感のある容姿だった。

 

 見ようによっては二十歳そこそこの容姿の優れた若者に見えるだろう。

 だが、クロガネは知っている。

 眼前の女はそのような存在ではなく、本質的に決して許容できない怪物のままなのだ。

 

 

「第一にこの陰謀を始めたのは、〈嘲笑う蛇の舌〉を入手し、その設置を働きかけた人物です。あるいはその犯人こそが黒幕、現在のベガニシュ帝国にとって最大の脅威と言えるでしょうが──ええ、ここから先は内務省の管轄です」

 

 

 クロガネの考えでは、この一連の事件の発端は──悪意ある何者かが、先史文明種の遺産を入手したことにあった。

 その人物はおそらく深謀遠慮(しんぼうえんりょ)で世界の破滅を願ったわけではない。

 むしろその意図は真逆だ。

 

 破滅の火種になる状況だけを作りあげ、それが激化するよう情報を流して傍観する──悪質な愉快犯の類のような性質が感じられた。

 それほどに今回の事件は、用意の良さに比べて細部の詰めが甘すぎる。

 無能者の関与による失敗と見なすには、あまりにも事前準備の良さに反していた。

 

 

「第二にこの陰謀を発展させたのは、第一の犯人のささやきに応じて、この列車にそれを設置した内通者です。〈世界蛇〉の秩序を司る神殿騎士の内部に、このような反乱分子がいたことは……誰にとっても不幸な出来事だったと言えるでしょう。すでに彼らは殿下の手で捕縛されたのは、ご存じの通りです」

 

 

 ユシュナによる列車の再起動のあと、内通者の特定は迅速に行われた。

 鮮やかな手並みだったと言わざるを得ない。

 〈嘲笑う蛇の舌〉の影響が切除されて、真っ先に駆けつけた神殿騎士の一団──相当に高位の騎士が指揮していた──は、反逆者としてユシュナに名指しされ、あっけなく捕縛された。

 果たしてその推理が真実であるのか、今となってはクロガネに知る術はなかった。

 

 

「第三にこの事件を過激化させたのは、第一の犯人の流した情報に飛びついて、襲撃を実行したものたちです。彼らは複数の第三世代バレットナイトを手にして、この襲撃による列車の占拠──あるいは殿下の確保を狙いました。個々の手足によって、その目的に差異はありましたが、この違いは重要ではありません。すべての手足は、互いに面識がなく、事前の連携など最初から取れていなかったのです」

 

 

 この事件において、陰謀の実態を掴みづらくしているのは、まさにこの部分だった。

 特別客車を襲撃してユシュナの傍仕えを含めた複数の死傷者を出した女帝フランツィスカ、ユシュナの身柄を押さえようとしたナイツベイン、そして最新鋭のバレットナイト〈ヴィントヴェスペ〉を操る賊。

 

 そのいずれもが、異なる最終的目標のために、同じタイミングで大陸横断鉄道に襲撃を仕掛けた。

 彼らが同じ勢力の手先だと考えた場合、意味不明すぎて混乱するだろう。

 

 クロガネの推理するところでは──彼らの実態は、トリプルブッキングを引き起こして、お互いを妨害し合った陰謀の末端に過ぎない。

 興味深そうに彼の話を聞いて、こくこくとうなずくユシュナは少女めいていた。

 旧知の不死者に対して、クロガネは鋭い視線を向けて、ゆっくりと糾弾を開始した。

 

 

 

「第四にこのような事件が発生することを容認して──その流血の惨事そのものを、自らの利益に変えたものがいます。その人物は常人には理解しがたい論理によって、この事件を許容しました。短期的に見れば、この事件が及ぼす影響は現在の帝国政府にとって面倒ごとの種です。中央政府の直轄インフラを狙ったテロ事件は、今後、よからぬことを企む不穏分子を勢いづける。しかし考え方を変えてみましょう──そんなことはどうでもいいと考える人物がいたとすれば?」

 

 

 

 クロガネ・シヴ・シノムラはその怜悧(れいり)な容姿に似合わぬ、火のような激情を言葉の中に込めていた。

 それはまるで、青白い高温の焔に似ていた。

 

 

「その人物はこう考えました。第一の犯人による陰謀もまた好都合だと──〈嘲笑う蛇の舌〉の脅威度をどの程度、低く見積もっていたかは定かではありません。ですが不穏分子をあぶり出し、帝国政府が粛清を進めていく大義名分として、これ以上ない口実を提供できる──ならば、すべての犠牲は必要悪である、と」

 

 

 それがお前の目論見だったのだろう、と告げているも同然だった。

 無論、これは物的証拠を保たない空想に過ぎない。であればこそクロガネは、余興としてこのような戯れ言を吐くことを許されているのだ。

 

 その事実がわかっていてなお、このような邪悪な企みごとを、誰も気づかなかったふりをするなど──許せるものではなかった。

 クロガネの怒りを察してか、ころころと喉を鳴らして、ユシュナ・ゼオ・アンリバフが笑った。

 天使のような微笑みが、美しい顔に浮かんだ。

 

 

「あなたの面白い推理は素晴らしいですわね、伯爵。わたし好みの刺激的なお話です。ええ、まるで流行りの探偵もの──名探偵スターリングのように知的興味を引きます。ですから、あなたの名推理の欠点を指摘するのは、心苦しいけれど。ええ、あえて言いましょう」

 

 

 釘を刺すように、悠久の時を生きる不死者は事実を告げた。

 

 

「そのような大それた企みごとを、この〈世界蛇〉の中で考えられる人間は、一人しかいない──そしてその意味するところは、不敬極まりない虚言(デマ)です」

 

 

 これ以上踏み込むのであれば、たとえ相手が旧知の不死者であろうと容赦はしない、と。

 そのように牽制されたのはわかっている。

 クロガネは笑わなかった。微笑みで自らの怒りを誤魔化す真似を、この怪物の前ですべきではないと知っていた。

 

 不死者ユシュナ・ゼオ・アンリバフはかかわったものを腐らせ、眷属に変えていく化け物だ。

 歴史に名を残す偉人の多くが、その毒牙にかかって魂を奪われていった。

 

 

「残念ながらすべては空想ですよ、殿下。私は物的証拠に基づいて物語っているわけではありません。ゆえに犯罪の糾弾をする権能を持たない。これほど我が身の無力を悔いることもありません」

 

 

「悔恨? あなたが?」

 

 

「ええ、悔恨です殿下。この〈世界蛇〉にはびこる不正義は、正されることなく放置される。それは私にとって、これまでの怠惰のツケとして記憶されることでしょう」

 

 

 クロガネの限りなく本音に近い一言に──黒髪の美姫は、愉快でたまらないと喉を鳴らして笑った。

 それは鈴を転がすように綺麗な音色だったが、むしろ、毒蛇がそうする音によく似ていた。

 

 笑って、笑って、笑い転げて。

 ユシュナは目の前にいる男に対して、喜悦に満ちた嘲笑を投げかけた。

 

 

「──ああ、可哀想な〈始まりの御使い〉。あなたはどうせ、二〇〇年も保たずに死んでしまう小娘を、犬猫を飼うように手元において、いずれ失ったそのとき感傷に浸るのでしょう?」

 

 

 瞬間、クロガネ・シヴ・シノムラが発したのは、冷酷な一瞥(いちべつ)だった。それは如何なる怒気よりも雄弁な、心からの敵意の表れだった。

 

 

「失礼──エルフリーデ・イルーシャを侮辱することを、私は決して許容できない。それが何人であろうと。ここまではよろしいか?

 

 

 ユシュナは一瞬、気圧されたように言葉を失った。

 そして二秒ほど経ってから、やれやれと肩をすくめて、分不相応な糾弾をしてきた男を許すとのたまった。

 

 

「まあ、なんて面白い冗談でしょう。あの偉大なる人でなし、世界のために数多の流血を見過ごしてきた不死者が──今さら小娘一人のために道徳を気取るなど、これ以上ない見世物です。ふふっ、愉快です。ゆえに許しましょう、クロガネ。あなたの不遜(ふそん)さを、わたしは愛しているのですから」

 

 

 皮肉たっぷりの言葉は、おそらく何よりもクロガネの罪を表していた。

 そう、まったく滑稽(こっけい)な話だ。

 ユシュナ・ゼオ・アンリバフのありようが許せないというのであれば、彼女が権力機構に寄生して生きながらえる文明を、男は許すべきではなかったのだ。

 

 クロガネは眼前の女が、何一つ変わっていないことを再確認して、最後に残された懸念事項(けねんじこう)を問うた。

 

 

「何故、ロイ・ザトゥナの身を欲したのですか?」

 

 

「永劫の時間をたった一人で歩いていける賢者は、かくも人の心がわからなくなるものなのですね──いいでしょう、答えて差し上げましょう」

 

 

 ユシュナは笑う。きっと目の前の男には決して理解できない感性で、歌うように自らの業を語る。

 すべては愛するためだった。

 

 

「永遠を歩むものには、供をするものが必要です。あなたがエルフリーデ・イルーシャを傍に控えさせているように、わたしは自身の血族を愛しているのです。可哀想なロイの子を産んでもいい。それはいずれ、我が孤独を癒やすのですから」

 

 

 身勝手で厚顔無恥(こうがんむち)で、たとえようもなく倫理に欠けた物言い──それこそがユシュナ・ゼオ・アンリバフの本質だった。

 怪物がさえずる愛は、途方もなく邪悪だ。

 

 異性愛、親子愛、家族愛、同胞愛──そのすべてが、自分自身という永遠不滅のものに奉仕するための消耗品にすぎない。

 他者の生き血をすすることでしか生きられないもの。

 

 自らが寄生するためだけに封建制の社会基盤を作りあげた、悪夢めいた存在。

 ゆえにその女はこう呼ばれる。

 

 

 ──アンリバフの吸血鬼

 

 

 幾度となく刃を交え、幾度となく葬り去って、その度にいずこかに再誕するもの。

 それが彼女という不死者のありようだった。

 枯らすことができない植物のように、ユシュナはベガニシュの大地に根を張った存在だった。

 その呪縛が、自らの従者を務める青年に降りかからぬよう──クロガネはゆっくりと言葉を選んだ。

 

 

「ロイはもう一人の青年です。彼には自分の人生を選ぶ権利がある。それをお忘れなく」

 

 

「このベガニシュ帝国において、個人の価値が、平等になることなどありえない。ですが、いいでしょうクロガネ。此度のあなた方の活躍に免じて、その無礼を許しましょう」

 

 

「ご寛恕(かんじょ)のほど、ありがたく存じます」

 

 

 白々しい言葉だと思ったが、クロガネはそれを口にはしなかった。

 そもそも今回、〈アシュラベール〉が切り札になったことも、ユシュナにとって既定路線の事実だったに違いない。

 自らが予防策を講じず、あえて燃え広がるに任せた事件を解決させるため、クロガネたちをここに引き留めた。〈アシュラベール〉の積み込みを黙認した理由はそんなところだろう。

 

 

 

「ふふっ、わたしからも質問してよろしくって? 薄々、利用されることはわかっていたでしょうに──伯爵はどうして、この流れを止めなかったのかしら?」

 

 

 

 ユシュナ・ゼオ・アンリバフはそう言って、無垢な少女のように小首をかしげた。

 その仕草は決して虚偽ではない。擬態ではない。

 永遠不滅の美貌とともに、ベガニシュの血に交わり、その地に住まう人々の理想像を演じるもの。

 

 それがユシュナだった。

 彼女は女帝の座につくことはない。ただ現在そうであるように、聖域に隔離され、そういうものとして(あが)(たてまつ)られるのだ。

 

 クロガネは思う。

 あるいは保身のため、悪行に身を浸す不肖の弟子──ゲオルギイ・カザールの理想を突き詰めると、この怪物になるのではないか、と。

 

 いずれにせよ、クロガネのすべきことは一つだけだった。

 ユシュナにこびへつらうことなく、さりとて拒絶しきることもなく、一定の距離を保つこと。

 最も困難な道のりこそが、必要とされる最適解だった。

 

 

「ヴガレムル伯爵とその騎士たちは帝国の中枢を守った。その事実こそが、我々の身を守ることになるでしょう」

 

 

 クロガネ・シヴ・シノムラの返答に対して、毒蛇はくすりと笑った。

 その短い言葉の中に、今の男が守りたいと願うものを見て取ったから──純粋な親近感で微笑んだのだ。

 

 

 

(なんじ)らの行く道に多頭竜の祝福のあらんことを。わたしはあなたの味方です、ヴガレムル伯クロガネ・シヴ・シノムラ」

 

 

 

 毒蛇のはびこる多頭竜の帝国において、最も古い蛇の一匹はそうして言祝(ことほ)ぐ。

 嘲るように、祈るように、呪うように。

 

 

 

 

 

 

 

 








不死者サークル女子紹介

・救国卿/ルクカカウ
好き好き大好きな思い人にして師匠を讃えるために宗教と言語と民族を作り、革命の理想に基づき、近代国家という制度と思想を世界中に輸出する←ここまで数千年かけてやり遂げる怪人。
ストーカーのレベルを極めたヤンデレ。
超善人なのでクロガネが大好き。
最近エルフリーデのことも大好きになった。


・アンリバフの吸血鬼/ユシュナ・ゼオ・アンリバフ
自分が寄生するために社会基盤を作りあげ、陰謀と流血と婚姻を繰り返して無限に血族を増やしていく。
倒しても倒してもいつの間にか復活してしれっと権力者の血筋に混ざってる怪人。
観てて面白いのでクロガネが大好き。
人間としてはクズの部類に入る。




なお当然、お互いに「なんだこいつ…」と思ってるので仲は超悪いらしい。



巫女姫ユシュナ:煽りカス。
ゲオルギイ卿:煽りカス。
嘲笑う蛇の舌:煽りカスAI。

恐怖の煽りカスだらけの列車だったらしい。





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