【書籍化】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
──馬鹿でかい列車から、無数のコンテナが降ろされていく。
──時速二〇〇キロメートル程度での低速巡航をしながら、並走する貨物列車に荷を移し替えていく自動化システムの化身。
エルフリーデは窓から見える異様な景色──端から見ていると、まるで昆虫の節足が生えてきたような錯覚すら起こすメカニズムの数々──を、列車のシートから眺めていた。
何かとトラブル続きで、当初の予定時刻からはだいぶ遅れたものの、大陸横断鉄道は確かに陸路を高速走行していた。
要するに
エルフリーデたちは今、大陸横断鉄道を降りて通常サイズの高速列車に乗り換えていた。
あのいけ好かない巫女姫が支配する巨大列車から解放されてみると、ものすごく気分が楽になった。
列車内で起きた事件について、面倒な取り調べはそこそこありそうな気配もあったが──まあ、そこはクロガネが上手いこと手回しすると信じるしかない。
「アーアー、ところで皆サン、僕に対シテ謝ルことあると思いマース」
開口一番、ゲオルギイ・カザールが抜かしたのはそんな戯れ言だった。
ここはもう〈世界蛇〉の管轄外、事件の関係者として乗せ換えられた人々は、安全管理の名目で同じ車両にいた。
監視と思しき警官が目を光らせているから、示し合わせて証言を偽証するなんて真似はできそうにない。
そこそこ緊張感のある空気の中、寝ぼけた発言をしている仮面の男に、エルフリーデは冷たい
リザもちょっと白けた空気を出している。
ゆえにゲオルギイの言葉に応じたのは、誰であろう精悍な顔つきの若者──金髪に日焼けした肌の青年貴族である。
オリヴィエ・ライアーその人だった。
「ははは! ゲオルギイ卿は冗談がお好きなようだ! うむ、確かにあの列車において、誰よりも裏切りを
「オリヴィエ卿、はっきりと言い過ぎでは……!?」
「お姉さんが振り回されるタイプの人、久しぶりに見た気がしますね」
「君たち、僕に対シテひどくネーデスか!?」
そうなのだ。
始まりから終わりまで「なんか裏切りそう」「イマイチ信用できない」「ここぞという場面で暗躍してそう」と思われていた男ゲオルギイ・カザールは──こちらの予想を裏切ってきた。
そして事件が終わってから見てみると、めちゃくちゃ胡散臭くて怪しいだけの男が残った。
エルフリーデは冷酷に事実を告げる。
「ええっと……わたしたちってゲオルギイ卿とはほら、多少なりとも因縁ありますからね。そういうこともあるでしょう、はい」
「アッ……僕二謝罪する舌ハネェって言われてマース!」
「ゲオルギイ卿、諦めるのも紳士の振る舞いというものだ……!」
「さりげなく僕ヲ庇ッテくれネーデスネ!? むしろ追い打ちデース!」
少女騎士二人の前に乗り出して、ゲオルギイの視線をさえぎる青年──オリヴィエは冗談めかした口調だが、断固としてこれ以上のウザ絡みはやめておけとたしなめていた。
かくしてめちゃくちゃ面倒くさい怪人のウザ絡みは阻止された。
ありがとうオリヴィエ・ライアー、流石は腕の立つ男──そんな風にエルフリーデが感謝の念を無言で示すと、青年貴族はくるりと振り返った。
「ああ、ちなみに私は恋に関しては諦めの悪い男だ! よろしく頼む!」
「その話題につなげる必要ありました……!?」
「フッ……
「すいません、わたしはクロガネ一筋なので……」
自分でも驚くぐらい、するっと口からそんな言葉が出てきた。無意識ゆえに嘘偽りなき気持ちに、少女がびっくりしていると──オリヴィエは快活に笑った。
「知っているとも、若き獅子よ! なにせ、かの正体不明の伯爵と若き騎士の
「えっ!? いや、初耳なんですが!」
「貴殿が以前、大陸南方──フィルニカ王国に赴いたとき、伯爵がしたという情熱的な口説き文句! その場に居合わせた侯爵令嬢レディ・ノーラが優れた弁舌で熱く語っているからな……!」
「……身に覚えのあるお話ですね! 人生にこういう伏線回収はほしくなかったですけど!」
それはおそらく、フィルニカ王国で起きた怪ロボット事件の最中のことだ。
リザ・バシュレーの起こした大事件を、ただ自らの独善を満たすために鎮圧しようとしたエルフリーデに、クロガネが言ってのけた熱い言葉の数々。
あの場には、同行していた貴族令嬢レディ・ノーラもいたから──貴族令嬢のお茶会やらで、話の種にされてもおかしくはなかった。
事件の発生そのものは隠しようもなく、ベガニシュ皇帝の命を受けて、〈アシュラベール〉が飛び立ったのも有名な話。
きっと話題性は抜群だ。
「お姉さん……なんか……大変そうですね……」
なお事件の当事者であるリザ・バシュレーは、公的な記録からは存在を抹消され、ゆるく第二の人生を生きていた。
今この瞬間も涼しい顔をして、他人事っぽい振る舞いをしているぐらいに。
──どう考えてもリザのせいなんだけど、これをリザのせいって言うわけにもいかないわけ!
エルフリーデは苦悶の表情でうめいた。
「ううっ……わたしの評判、もしかして顔を出す前からハチャメチャになってる……!?」
「いや、悲観することはあるまい! なにせエルフリーデ卿といえば英雄譚の主役! 〈アシュラベール〉といえば皇帝陛下の剣とも称される
「仰々しい……! なんかわたしの評判がすごいことになってる!」
オリヴィエからの情報提供で、ある意味、事前に知れたのは不幸中の幸いかもしれなかった。
わからない。
この話の流れをオリヴィエが計算していたのか、それとも素で雑談をしてきただけなのか──判断がつきにくい。
彼の人柄と実力は、短い時間の間の共闘で信頼に足るとわかっているのだが。
今日会ったばかりの男に対する評価としては、かなりの高評価ではある。
それはそうとオリヴィエは大仰な物言いばかりなので、本気と演技の境がわからない男だった。
「ああいや、言ってくれるなエルフリーデ卿。私も以前、とある御婦人にこう言われたことがある……万事が芝居掛かっている男とは、万事が嘘っぽい男なのだ、と!」
「自虐を、このタイミングで!?」
「フッ……現状認識だ!」
「そこまで客観的に自己評価されていると……わたしから何も言えませんけど……!」
わからない。まったくオリヴィエ・ライアーという男のことがわからない。
しかしエルフリーデにもひとつだけ、断言できることがあった。
少女騎士は礼儀として、それを伝えておこうと思った。
「オリヴィエ卿、ひとまず色恋沙汰はおいておきますが──」
「脈無しを公言されると……辛いな!」
「すいません、お話の流れがループしてます」
「うむ……すまない、続けてくれ」
話の流れはぐだぐだだった。
なのにその
エルフリーデ・イルーシャは、嘘偽りなき言葉を声に出した。
「わたしたちは戦いの場で背中を預けあった。それに足る騎士がいると知った。それだけは、オリヴィエ・ライアーという人にお伝えしたかったんです」
命のやり取りの最中に無条件で信じられる相手など、そういるものではない。
そういう殺伐とした価値観のエルフリーデは、最大限の信頼をこういう言葉で言い表す。
隣の席で話を聞いていたリザが、顎に手を添えながらポロっとこぼした。
「あれ……? ひょっとして私、バディの座を奪われてませんか!?」
オリヴィエは破顔一笑した。
「すまない、私が腕の立つ誠実な男であるばかりに!」
「やりにくいノリですね、オリヴィエ卿は!」
リザとオリヴィエは意外と相性がよさそうだった。
恐ろしくにぎやかな騎士たちの雑談を横目に、仮面の怪人ゲオルギイは──それはもう居心地の悪い時間を過ごすしかない。
「アーアー、青春ッテ過ぎ去るとめんどくせーデース」
悪党とは──悪党の流儀ができない空間では、ただ単に浮いてる人間なのだ。
◆
結論からいえば、クロガネによる事後処理の手並みは驚くべき鮮やかさだった。
関係各所へと適切に恩を売りつつ、事件の最中に取られた諸々の行動の正当性を確保、この件に介入する口実を探していた内務省を敵に回すこともなかった。
奇っ怪な帝国政治の真っ只中にいるはずなのに、表面上であれ、無風で済ませるというのは尋常なことではない。
取り調べが終わったのは、それでも当日の夜中だった。
一行が留め置かれた帝都近郊のステーション──大陸横断鉄道から物資を受け取り、同時に補給も行うための巨大鉄道施設──の一角、幾重にも人工物が折り重なった空間。
四角く切り取られた夜空の下に、二人の男の姿があった。
「ここにいらっしゃったのですね、旦那様」
「ロイか」
「はい、旦那様」
クロガネとロイだった。
補給ステーションの警備室を貸し切っての事情聴取が終わった時分である。
大陸横断鉄道〈世界蛇〉を揺るがせた事件は、明らかに尋常な出来事ではない。
しかも巻き込まれたのは、そろいもそろって面倒な立場の爵位持ちだ。
新興貴族とはいえ伯爵のクロガネ、男爵といえども古い血筋のオリヴィエ、軍部とつながりのある子爵のゲオルギイ、騎士爵のエルフリーデとリザ、そして追放刑に処された沒落貴族のロイ。
この場を逃すと、捕まえておくのも面倒な立場の人間だらけ──そういうわけでまとめて事情聴取してしまおう、という話の流れになったのだ。
後日、聞き取りに捜査担当者がやってくるかもしれないが、ひとまず最初の拘束時間は終わったのである。
建物によって区切られた四角い夜空──帝都近郊であるがゆえに、星明かりは見えない。
ロイ・ファルカは、意を決して自身の言葉を伝えた。
「──旦那様。あの日、あなたが私を救ってくださったのは、揺るぎない事実です。そこに当時のどんな情勢が絡み、クロガネ・シヴ・シノムラがどんな理由で動いていたかなど関係ありません」
〈世界蛇〉はこの二人にとって、すべての始まりの地だった。
ロイはあの列車から追放されて、ロイ・ザトゥナからロイ・ファルカに生まれ変わった。
クロガネは危険を承知でザトゥナ家の遺児を保護し、幼い彼に生きる術を教え込んだ。
主従の絆は、お互いの生きる時間を分かち合って来たがゆえに揺るぎない。
ロイにもうっすらとわかっていた。
自分があの無慈悲な毒蛇、ユシュナの毒牙にかかっていない理由は──クロガネが守ってくれたからなのだ、と。
そうでなければ、あの女がロイの意思をかえりみるはずもない。
クロガネは生真面目にうなずいて、恩義を語るロイに、そっと胸の内を打ち明けた。
「俺に悔恨があるとすれば、それはお前の人生を縛ってしまったかもしれないという疑念だ。お前は優秀だ、ロイ。どんな道に進もうと名を残す人物になれる。だからこそ……」
クロガネは言葉をそこで打ち切った。
つまるところそれが自分の感傷に過ぎないとわかっているからだ。
ロイは苦笑して、主の
「エルフリーデ様が日頃、旦那様のご厚意を
「失言だったか?」
「いいえ、旦那様らしいと思います。人間の可能性、次なる道を信じるということ──あなたは常に、自らの信じる最善を示そうとしていらっしゃる」
星の光は見えない。
ここにあるのは、ささやかな月明かりと電灯だけだ。
二人が出会ったあの日、満天の星空とは比べようもなく、劇的な美しさなど欠片もない空間だった。
それでいい、と思った。
今のロイにとって、主との関係はあって当たり前の日常なのだから。
「ですが旦那様、こう考えてみてください。私どもにとって、自分の生命、自分の能力、自分の時間を使うに足る理由こそ──クロガネ・シヴ・シノムラなのだ、と。あなたは光を示そうともがいていますが、我々にとっては、あなたの歩く道が希望なのです」
ロイ・ファルカはやはり、根底においてベガニシュ貴族だった。
思わず出力された
「弱ったな……我が従者は口が上手すぎる。どうやら俺は、知らず知らずのうちに、途方もない弁舌を育ててしまったようだ」
「あなたが見出した才覚です、旦那様」
かつて夜空の下で、二人は出会った。
不死なる放浪者と、追放された貴族の子息。
この大地に居場所などなかった二つの魂が、深い理由などなく巡り会った。
それが宿命に定められた必然だったとは言うまい。
きっと偶然の積み重ねで、クロガネとロイの関係は始まっている。
だからこそ青年は、おのれの心が欲するままに告げるのだ。
「我が魂はあなたとともにあります。どうかお許しください、我が主よ」
クロガネは無言の沈黙を何秒か続けたあと──やがて力を抜いて、ふっと薄く微笑んだ。
「ああ、よろしく頼む。お前の淹れた紅茶が、一番だからな」
帝都コルザレムでうごめく有象無象、姿の見えない陰謀の操り手、
だが、そんなことは百も承知で、不器用な男たちは笑い合った。
──あるいは自分たちの決めた一歩こそが、真実、王道と呼ぶにふさわしいのだと言わんばかりに。
これにて9章は終わりです。
実はクロガネの隠れ強火ヒロイン(?)ことロイ・ファルカでした。
どんなときでも運命を共にする従者は超強い属性だと言われています。
オリヴィエ卿とかナイツベインとかは、後々、また出番があるかもしれません。
10章は一行が到着したベガニシュ帝国の首都――帝都コルザレムを舞台に、陰謀とバトルが飛び交う感じです。
例によってトンチキメカと悲しき過去の章ヒロイン、エルフリーデとの因縁ある人物が出てくるかも…!
感想、評価などいただけると…よろこびます…!