【新刊9/20発売】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中

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10章:帝都怪異譚
プロローグ(10)


 

 

 

 ──ここで死んでもよかった。

 

 

 あるいは居場所が欲しかったのかもしれない。

 少女にとって、人生で一番不幸な瞬間は今この瞬間ではない。

 多くの同胞、バナヴィア兵にとってこの戦争は理不尽の極みだ。

 十数年前に祖国を侵略し、併合した征服者──ベガニシュ帝国が、大洋をはさんだ海の向こうの大国と始めた争い。

 

 いつの間にか大陸間戦争と呼ばれるようになったその戦いは、ジリジリと続く消耗戦の様相を呈した。

 太平洋戦線での敗退にともない、戦線は帝国本土にまで後退。

 その防衛を行うため動員されたのが、バナヴィア人の若者たちだった。

 

 

 ──大陸の反対側に連れてこられて、ベガニシュ人を死なせないために戦わせられる。

 

 

 何もかもがクソッタレだった。

 この戦場に連れてこられたバナヴィア兵の心境は様々だ。

 絶望するもの、怒り狂うもの、嘆き悲しむもの。

 そのどれもが正当な感情だった。

 いずれにせよ、少女にとってはどれも縁がない。

 

 

 ──帰りたい日常がある人間は幸運だ。

 

 

 少女はもう、帰りたい場所がなかった。

 愛する家族もいない。懐かしむ思い出も消えた。

 だから。

 

 

『ジゼル、ジゼル・カレ上等兵──』

 

 

 呼びかけ。

 誰よりも敬愛する人の凛々しい声だった。

 少女──ジゼルは機甲駆体(バレットナイト)の中で、自らの脳髄よりも信頼に値するその意思に応えた。

 

 

「隊長?」

 

 

 周囲に広がっているのは、機甲駆体(バレットナイト)以外の何者にとっても過酷な荒野だった。

 ここは大陸東部、ベガニシュ帝国の東海岸──かつては都市と都市をつなぐ中継基地として栄えた場所だ。

 

 人の住む家屋は、幾度も繰り返された砲撃と爆撃の応酬で、すっかり瓦礫の山に変わっていた。

 荒涼とした景色の中、銃声が聞こえる。

 そこでジゼルは、ようやく自分が地面に倒れていることを思い出した。

 至近距離で砲撃が爆ぜて、その爆風で機体が横倒しになったのだ。

 

 

『よし、生きてる! 損害報告!』

 

 

 〈アイゼンリッター〉の状態を確認した。

 思いっきり爆風を浴びたわりには、さほどダメージはひどくない。どうやら爆発した砲弾の破片は、運よく装甲部位に突き刺さっただけで、人工筋肉の繊維を痛めたりはしなかったのだ。

 

 

「異常なし、であります! ジゼル・カレ上等兵、復帰します!」

 

 

 立ち上がる。

 身長四メートルの兵隊人形、鉄兜をかぶった兵士を思わせる風貌の人型兵器──〈アイゼンリッター〉は、ベガニシュ帝国が有する最も普遍的な機甲駆体だ。

 

 左手を地面に添えて、全身の筋肉と関節をバネのように活かして跳ね起きる。

 手にした電磁機関砲を構えて、すぐそばに駆け寄ってきた隊長機の隣に並ぶ。

 

 

『よろしい。わたしたちは待ち伏せにあった。敵の主力は今、モランたちが抑えてる。わたしたちはこれから、バリアを展開して敵陣を突破する』

 

 

「撤退はできないんスよね」

 

 

『無理だね。この作戦は友軍と同時に進撃して、陣地を奪還するのが目的だ──わたしたちが引けば、友軍がはさみ撃ちにあって壊滅する。ついてきて』

 

 

「了解ッス!」

 

 

 ジゼルは迷うことなく応えた。

 〈アイゼンリッター〉のカメラアイが捉えた影は三つ。

 隊長機の〈アイゼンリッター〉と、それに付き従う僚機二つ。

 ジゼルの機体を合わせれば、ちょうどバレットナイト一個分隊の戦力だった。

 

 

 ──隊長とのっぽのオスカー、それに調達屋のマックスか。

 

 

 悪くない人選だと思った。

 いずれも白兵戦の名手であり、ジゼルの属する小隊では腕の立つ奴らである。

 何より隊長はめちゃくちゃ強い。

 

 そこにこれまた腕利きの自分が加わるなら──敵のバレットナイト部隊ぐらいは突破できるだろう。

 また爆発音が聞こえた。

 先ほどの砲撃から敵の現在位置を予測して、友軍がお返しの砲撃を叩き込んでいるのだ。

 

 

『ジゼル、オスカー、マックス! わたしに続け!』

 

 

「了解っ!」

 

 

『了解です』

 

 

『了解であります』

 

 

 隊長機が機関砲を構え、ギラギラと光を帯びた粒子防御帯を展開。

 強烈な高エネルギー粒子を皮膜上に広げたバリアだった。

 バレットナイトが有する最も強力な防御装置が、彼らを守るのだ。

 

 ジゼルは迷わない。

 自分には戻りたい日常などありはしないから、今この瞬間、信じてくれる仲間だけが誇りだった。

 

 

 ──たとえこの世界が、残酷で不公平で悪に満ちていたとしても。

 

 

 ──あたしは戦えます。あなたを裏切らないために、この命を捧げられるんです。

 

 

 駆け抜ける。

 先頭をゆく隊長機が、手にした爆索──ワイヤーに連なった爆薬群──を投げつける。

 爆発が連鎖した。

 

 投げつけた爆索に連鎖して、ちょうど埋まっていた地雷に誘爆したのだ。

 超人的な戦闘センスを持った隊長の曲芸だった。

 対戦車地雷を仕掛けたら気持ちよさそうなポイントを見切って、道を切り開いて前進する。

 

 言葉にするは容易く、行うは何よりも難しいそれ。

 敵にしてみれば理不尽もいいところだろう。

 苦労して地面を掘り起こし、地雷を仕掛けて防御陣地を敷いたというのに──どこに埋まっているかもわからず、突破できないはずのエリアを、その機甲猟兵は容易く切り開いていく。

 

 

 ──あとはひたすら、隊長を信じて進むだけでいい。

 

 

 ジゼルにもうっすらとわかっていた。

 この反攻作戦とやらは無茶だ。

 根本的に殴り合いで勝てるだけの戦力差を用意できてないのに、とにかく陣地を奪還したという成果を求めている。

 

 だから人が大勢死ぬだろう。

 成功するかもわからない。

 

 

 ──そして無駄死にを作らないために、あたしたちの隊長は命を懸けている。

 

 

 ジゼル・カレは偽善に敏感だ。

 言葉だけ善人ぶって、実際には何もできない輩なんて腐るほど目にしてきた。

 

 だからわかるのだ。

 掛け値なしに善良で、突き抜けて強くて、誰よりも群れを生き残らせるボス──そういう生き物が、自分たちの隊長なのだと。

 

 

 ──夜明けが遠い、日も昇らぬ夜闇の中。

 

 

 ──ただひたすらに走り抜ける。

 

 

 瓦礫の山を飛び越え、地雷原を疾走し、押し寄せる自爆ドローンどもを対空機銃で落とし続け、ガチガチに固められた敵陣地に肉薄する。

 〈アイゼンリッター〉の走行速度は容易く時速百キロメートルを超える。

 

 舗装道路(ほそうどうろ)ならいざ知らず、不整地でこれだけの速度を出せる兵器は他に存在しえない。

 突撃は見事に成功した。

 来るはずのない方角から、突如として敵陣に斬り込んできたバレットナイト分隊──その恐るべき打撃力。

 

 

 ──機銃掃射が幾度も瞬いた。

 

 

 ──互いの撃ち出した砲弾が、装甲を砕いた。

 

 

 ──振るわれる特殊合金のブレードが、何両もの戦車を引き裂いた。

 

 

 暴れた。

 撃ち抜いた。

 切り裂いて、突き刺して、蹴り飛ばした。

 

 ありとあらゆる形で振るわれた暴力が、敵部隊の陣地を蹂躙(じゅうりん)していった。

 多くは語るまい。

 誰もが必死であり、そこには疑いようもなく、ただ切実な祈りだけがあった。

 彼女たちは生きるために戦い、抗い、その結果として──

 

 

『──ジゼル!

 

 

 声が聞こえた。

 それは疑いようもなく、敬愛する隊長の声だった。

 ジゼル・カレはその刹那、ようやく自分が撃たれたことを悟った。

 

 衝撃だけが知覚される。

 機甲駆体の最も装甲の薄い部位、背面装甲を大口径の火砲でぶち抜かれた。

 電脳棺(コフィン)に溶け込んだ意識が、エーテル粒子の奔流となってあふれ出す。

 まるでガスの抜けたスプレー缶みたいに、空気中に散逸していくのがわかった。

 

 

 ──ああ、撃たれたのがあたしでよかった。

 

 

 皮肉抜きでそう思う。

 クソみたいな人生だったけれど、まあ最後の最後に後味悪い結果にならなくてよかった。

 本当にそう思って、少女は年下の可愛らしい隊長殿の顔を思い浮かべた。

 

 

 ──赤い瞳のエルフリーデ、本好きのエルフリーデ、妹バカのエルフリーデ。

 

 

 ──あたしは、あんたを失望させなかったはずです。

 

 

 それが最後の思考だった。

 次の瞬間、あっけなく少女は死んだ。

 遺言もなく遺体も残らず、淡い燐光を残して消え去った。

 これは、それだけの物語。

 

 きっと生き残った誰かが、時折、思い出すだけの死者の群れ。

 特別な誰かではない、多くの兵士の一人。

 

 

 

 ──ゆえにあえてこう言おう

 

 

 

 ──終わったはずの物語に続きがあったのなら、それはすべて悲劇に過ぎない

 

 

 

 

 

 








10章開幕です。
帝都コルザレムを舞台に、いろいろときな臭い話が舞い込んできます。
エルフリーデにとっての過去の因縁が、わっと押し寄せてくるかもしれません。





書籍版「機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情」2巻、2026年9月20日に発売予定です!
後日またお知らせしますが、よろしくお願いします!!


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