【書籍化】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
プロローグ(10)
──ここで死んでもよかった。
あるいは居場所が欲しかったのかもしれない。
少女にとって、人生で一番不幸な瞬間は今この瞬間ではない。
多くの同胞、バナヴィア兵にとってこの戦争は理不尽の極みだ。
十数年前に祖国を侵略し、併合した征服者──ベガニシュ帝国が、大洋をはさんだ海の向こうの大国と始めた争い。
いつの間にか大陸間戦争と呼ばれるようになったその戦いは、ジリジリと続く消耗戦の様相を呈した。
太平洋戦線での敗退にともない、戦線は帝国本土にまで後退。
その防衛を行うため動員されたのが、バナヴィア人の若者たちだった。
──大陸の反対側に連れてこられて、ベガニシュ人を死なせないために戦わせられる。
何もかもがクソッタレだった。
この戦場に連れてこられたバナヴィア兵の心境は様々だ。
絶望するもの、怒り狂うもの、嘆き悲しむもの。
そのどれもが正当な感情だった。
いずれにせよ、少女にとってはどれも縁がない。
──帰りたい日常がある人間は幸運だ。
少女はもう、帰りたい場所がなかった。
愛する家族もいない。懐かしむ思い出も消えた。
だから。
『ジゼル、ジゼル・カレ上等兵──』
呼びかけ。
誰よりも敬愛する人の凛々しい声だった。
少女──ジゼルは
「隊長?」
周囲に広がっているのは、
ここは大陸東部、ベガニシュ帝国の東海岸──かつては都市と都市をつなぐ中継基地として栄えた場所だ。
人の住む家屋は、幾度も繰り返された砲撃と爆撃の応酬で、すっかり瓦礫の山に変わっていた。
荒涼とした景色の中、銃声が聞こえる。
そこでジゼルは、ようやく自分が地面に倒れていることを思い出した。
至近距離で砲撃が爆ぜて、その爆風で機体が横倒しになったのだ。
『よし、生きてる! 損害報告!』
〈アイゼンリッター〉の状態を確認した。
思いっきり爆風を浴びたわりには、さほどダメージはひどくない。どうやら爆発した砲弾の破片は、運よく装甲部位に突き刺さっただけで、人工筋肉の繊維を痛めたりはしなかったのだ。
「異常なし、であります! ジゼル・カレ上等兵、復帰します!」
立ち上がる。
身長四メートルの兵隊人形、鉄兜をかぶった兵士を思わせる風貌の人型兵器──〈アイゼンリッター〉は、ベガニシュ帝国が有する最も普遍的な機甲駆体だ。
左手を地面に添えて、全身の筋肉と関節をバネのように活かして跳ね起きる。
手にした電磁機関砲を構えて、すぐそばに駆け寄ってきた隊長機の隣に並ぶ。
『よろしい。わたしたちは待ち伏せにあった。敵の主力は今、モランたちが抑えてる。わたしたちはこれから、バリアを展開して敵陣を突破する』
「撤退はできないんスよね」
『無理だね。この作戦は友軍と同時に進撃して、陣地を奪還するのが目的だ──わたしたちが引けば、友軍がはさみ撃ちにあって壊滅する。ついてきて』
「了解ッス!」
ジゼルは迷うことなく応えた。
〈アイゼンリッター〉のカメラアイが捉えた影は三つ。
隊長機の〈アイゼンリッター〉と、それに付き従う僚機二つ。
ジゼルの機体を合わせれば、ちょうどバレットナイト一個分隊の戦力だった。
──隊長とのっぽのオスカー、それに調達屋のマックスか。
悪くない人選だと思った。
いずれも白兵戦の名手であり、ジゼルの属する小隊では腕の立つ奴らである。
何より隊長はめちゃくちゃ強い。
そこにこれまた腕利きの自分が加わるなら──敵のバレットナイト部隊ぐらいは突破できるだろう。
また爆発音が聞こえた。
先ほどの砲撃から敵の現在位置を予測して、友軍がお返しの砲撃を叩き込んでいるのだ。
『ジゼル、オスカー、マックス! わたしに続け!』
「了解っ!」
『了解です』
『了解であります』
隊長機が機関砲を構え、ギラギラと光を帯びた粒子防御帯を展開。
強烈な高エネルギー粒子を皮膜上に広げたバリアだった。
バレットナイトが有する最も強力な防御装置が、彼らを守るのだ。
ジゼルは迷わない。
自分には戻りたい日常などありはしないから、今この瞬間、信じてくれる仲間だけが誇りだった。
──たとえこの世界が、残酷で不公平で悪に満ちていたとしても。
──あたしは戦えます。あなたを裏切らないために、この命を捧げられるんです。
駆け抜ける。
先頭をゆく隊長機が、手にした爆索──ワイヤーに連なった爆薬群──を投げつける。
爆発が連鎖した。
投げつけた爆索に連鎖して、ちょうど埋まっていた地雷に誘爆したのだ。
超人的な戦闘センスを持った隊長の曲芸だった。
対戦車地雷を仕掛けたら気持ちよさそうなポイントを見切って、道を切り開いて前進する。
言葉にするは容易く、行うは何よりも難しいそれ。
敵にしてみれば理不尽もいいところだろう。
苦労して地面を掘り起こし、地雷を仕掛けて防御陣地を敷いたというのに──どこに埋まっているかもわからず、突破できないはずのエリアを、その機甲猟兵は容易く切り開いていく。
──あとはひたすら、隊長を信じて進むだけでいい。
ジゼルにもうっすらとわかっていた。
この反攻作戦とやらは無茶だ。
根本的に殴り合いで勝てるだけの戦力差を用意できてないのに、とにかく陣地を奪還したという成果を求めている。
だから人が大勢死ぬだろう。
成功するかもわからない。
──そして無駄死にを作らないために、あたしたちの隊長は命を懸けている。
ジゼル・カレは偽善に敏感だ。
言葉だけ善人ぶって、実際には何もできない輩なんて腐るほど目にしてきた。
だからわかるのだ。
掛け値なしに善良で、突き抜けて強くて、誰よりも群れを生き残らせるボス──そういう生き物が、自分たちの隊長なのだと。
──夜明けが遠い、日も昇らぬ夜闇の中。
──ただひたすらに走り抜ける。
瓦礫の山を飛び越え、地雷原を疾走し、押し寄せる自爆ドローンどもを対空機銃で落とし続け、ガチガチに固められた敵陣地に肉薄する。
〈アイゼンリッター〉の走行速度は容易く時速百キロメートルを超える。
突撃は見事に成功した。
来るはずのない方角から、突如として敵陣に斬り込んできたバレットナイト分隊──その恐るべき打撃力。
──機銃掃射が幾度も瞬いた。
──互いの撃ち出した砲弾が、装甲を砕いた。
──振るわれる特殊合金のブレードが、何両もの戦車を引き裂いた。
暴れた。
撃ち抜いた。
切り裂いて、突き刺して、蹴り飛ばした。
ありとあらゆる形で振るわれた暴力が、敵部隊の陣地を
多くは語るまい。
誰もが必死であり、そこには疑いようもなく、ただ切実な祈りだけがあった。
彼女たちは生きるために戦い、抗い、その結果として──
『──ジゼル!』
声が聞こえた。
それは疑いようもなく、敬愛する隊長の声だった。
ジゼル・カレはその刹那、ようやく自分が撃たれたことを悟った。
衝撃だけが知覚される。
機甲駆体の最も装甲の薄い部位、背面装甲を大口径の火砲でぶち抜かれた。
まるでガスの抜けたスプレー缶みたいに、空気中に散逸していくのがわかった。
──ああ、撃たれたのがあたしでよかった。
皮肉抜きでそう思う。
クソみたいな人生だったけれど、まあ最後の最後に後味悪い結果にならなくてよかった。
本当にそう思って、少女は年下の可愛らしい隊長殿の顔を思い浮かべた。
──赤い瞳のエルフリーデ、本好きのエルフリーデ、妹バカのエルフリーデ。
──あたしは、あんたを失望させなかったはずです。
それが最後の思考だった。
次の瞬間、あっけなく少女は死んだ。
遺言もなく遺体も残らず、淡い燐光を残して消え去った。
これは、それだけの物語。
きっと生き残った誰かが、時折、思い出すだけの死者の群れ。
特別な誰かではない、多くの兵士の一人。
──ゆえにあえてこう言おう。
──終わったはずの物語に続きがあったのなら、それはすべて悲劇に過ぎない。
10章開幕です。
帝都コルザレムを舞台に、いろいろときな臭い話が舞い込んできます。
エルフリーデにとっての過去の因縁が、わっと押し寄せてくるかもしれません。
書籍版「機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情」2巻、2026年9月20日に発売予定です!
後日またお知らせしますが、よろしくお願いします!!