【書籍化】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

219 / 219
10章:帝都怪異譚
プロローグ(10)


 

 

 

 ──ここで死んでもよかった。

 

 

 あるいは居場所が欲しかったのかもしれない。

 少女にとって、人生で一番不幸な瞬間は今この瞬間ではない。

 多くの同胞、バナヴィア兵にとってこの戦争は理不尽の極みだ。

 十数年前に祖国を侵略し、併合した征服者──ベガニシュ帝国が、大洋をはさんだ海の向こうの大国と始めた争い。

 

 いつの間にか大陸間戦争と呼ばれるようになったその戦いは、ジリジリと続く消耗戦の様相を呈した。

 太平洋戦線での敗退にともない、戦線は帝国本土にまで後退。

 その防衛を行うため動員されたのが、バナヴィア人の若者たちだった。

 

 

 ──大陸の反対側に連れてこられて、ベガニシュ人を死なせないために戦わせられる。

 

 

 何もかもがクソッタレだった。

 この戦場に連れてこられたバナヴィア兵の心境は様々だ。

 絶望するもの、怒り狂うもの、嘆き悲しむもの。

 そのどれもが正当な感情だった。

 いずれにせよ、少女にとってはどれも縁がない。

 

 

 ──帰りたい日常がある人間は幸運だ。

 

 

 少女はもう、帰りたい場所がなかった。

 愛する家族もいない。懐かしむ思い出も消えた。

 だから。

 

 

『ジゼル、ジゼル・カレ上等兵──』

 

 

 呼びかけ。

 誰よりも敬愛する人の凛々しい声だった。

 少女──ジゼルは機甲駆体(バレットナイト)の中で、自らの脳髄よりも信頼に値するその意思に応えた。

 

 

「隊長?」

 

 

 周囲に広がっているのは、機甲駆体(バレットナイト)以外の何者にとっても過酷な荒野だった。

 ここは大陸東部、ベガニシュ帝国の東海岸──かつては都市と都市をつなぐ中継基地として栄えた場所だ。

 

 人の住む家屋は、幾度も繰り返された砲撃と爆撃の応酬で、すっかり瓦礫の山に変わっていた。

 荒涼とした景色の中、銃声が聞こえる。

 そこでジゼルは、ようやく自分が地面に倒れていることを思い出した。

 至近距離で砲撃が爆ぜて、その爆風で機体が横倒しになったのだ。

 

 

『よし、生きてる! 損害報告!』

 

 

 〈アイゼンリッター〉の状態を確認した。

 思いっきり爆風を浴びたわりには、さほどダメージはひどくない。どうやら爆発した砲弾の破片は、運よく装甲部位に突き刺さっただけで、人工筋肉の繊維を痛めたりはしなかったのだ。

 

 

「異常なし、であります! ジゼル・カレ上等兵、復帰します!」

 

 

 立ち上がる。

 身長四メートルの兵隊人形、鉄兜をかぶった兵士を思わせる風貌の人型兵器──〈アイゼンリッター〉は、ベガニシュ帝国が有する最も普遍的な機甲駆体だ。

 

 左手を地面に添えて、全身の筋肉と関節をバネのように活かして跳ね起きる。

 手にした電磁機関砲を構えて、すぐそばに駆け寄ってきた隊長機の隣に並ぶ。

 

 

『よろしい。わたしたちは待ち伏せにあった。敵の主力は今、モランたちが抑えてる。わたしたちはこれから、バリアを展開して敵陣を突破する』

 

 

「撤退はできないんスよね」

 

 

『無理だね。この作戦は友軍と同時に進撃して、陣地を奪還するのが目的だ──わたしたちが引けば、友軍がはさみ撃ちにあって壊滅する。ついてきて』

 

 

「了解ッス!」

 

 

 ジゼルは迷うことなく応えた。

 〈アイゼンリッター〉のカメラアイが捉えた影は三つ。

 隊長機の〈アイゼンリッター〉と、それに付き従う僚機二つ。

 ジゼルの機体を合わせれば、ちょうどバレットナイト一個分隊の戦力だった。

 

 

 ──隊長とのっぽのオスカー、それに調達屋のマックスか。

 

 

 悪くない人選だと思った。

 いずれも白兵戦の名手であり、ジゼルの属する小隊では腕の立つ奴らである。

 何より隊長はめちゃくちゃ強い。

 

 そこにこれまた腕利きの自分が加わるなら──敵のバレットナイト部隊ぐらいは突破できるだろう。

 また爆発音が聞こえた。

 先ほどの砲撃から敵の現在位置を予測して、友軍がお返しの砲撃を叩き込んでいるのだ。

 

 

『ジゼル、オスカー、マックス! わたしに続け!』

 

 

「了解っ!」

 

 

『了解です』

 

 

『了解であります』

 

 

 隊長機が機関砲を構え、ギラギラと光を帯びた粒子防御帯を展開。

 強烈な高エネルギー粒子を皮膜上に広げたバリアだった。

 バレットナイトが有する最も強力な防御装置が、彼らを守るのだ。

 

 ジゼルは迷わない。

 自分には戻りたい日常などありはしないから、今この瞬間、信じてくれる仲間だけが誇りだった。

 

 

 ──たとえこの世界が、残酷で不公平で悪に満ちていたとしても。

 

 

 ──あたしは戦えます。あなたを裏切らないために、この命を捧げられるんです。

 

 

 駆け抜ける。

 先頭をゆく隊長機が、手にした爆索──ワイヤーに連なった爆薬群──を投げつける。

 爆発が連鎖した。

 

 投げつけた爆索に連鎖して、ちょうど埋まっていた地雷に誘爆したのだ。

 超人的な戦闘センスを持った隊長の曲芸だった。

 対戦車地雷を仕掛けたら気持ちよさそうなポイントを見切って、道を切り開いて前進する。

 

 言葉にするは容易く、行うは何よりも難しいそれ。

 敵にしてみれば理不尽もいいところだろう。

 苦労して地面を掘り起こし、地雷を仕掛けて防御陣地を敷いたというのに──どこに埋まっているかもわからず、突破できないはずのエリアを、その機甲猟兵は容易く切り開いていく。

 

 

 ──あとはひたすら、隊長を信じて進むだけでいい。

 

 

 ジゼルにもうっすらとわかっていた。

 この反攻作戦とやらは無茶だ。

 根本的に殴り合いで勝てるだけの戦力差を用意できてないのに、とにかく陣地を奪還したという成果を求めている。

 

 だから人が大勢死ぬだろう。

 成功するかもわからない。

 

 

 ──そして無駄死にを作らないために、あたしたちの隊長は命を懸けている。

 

 

 ジゼル・カレは偽善に敏感だ。

 言葉だけ善人ぶって、実際には何もできない輩なんて腐るほど目にしてきた。

 

 だからわかるのだ。

 掛け値なしに善良で、突き抜けて強くて、誰よりも群れを生き残らせるボス──そういう生き物が、自分たちの隊長なのだと。

 

 

 ──夜明けが遠い、日も昇らぬ夜闇の中。

 

 

 ──ただひたすらに走り抜ける。

 

 

 瓦礫の山を飛び越え、地雷原を疾走し、押し寄せる自爆ドローンどもを対空機銃で落とし続け、ガチガチに固められた敵陣地に肉薄する。

 〈アイゼンリッター〉の走行速度は容易く時速百キロメートルを超える。

 

 舗装道路(ほそうどうろ)ならいざ知らず、不整地でこれだけの速度を出せる兵器は他に存在しえない。

 突撃は見事に成功した。

 来るはずのない方角から、突如として敵陣に斬り込んできたバレットナイト分隊──その恐るべき打撃力。

 

 

 ──機銃掃射が幾度も瞬いた。

 

 

 ──互いの撃ち出した砲弾が、装甲を砕いた。

 

 

 ──振るわれる特殊合金のブレードが、何両もの戦車を引き裂いた。

 

 

 暴れた。

 撃ち抜いた。

 切り裂いて、突き刺して、蹴り飛ばした。

 

 ありとあらゆる形で振るわれた暴力が、敵部隊の陣地を蹂躙(じゅうりん)していった。

 多くは語るまい。

 誰もが必死であり、そこには疑いようもなく、ただ切実な祈りだけがあった。

 彼女たちは生きるために戦い、抗い、その結果として──

 

 

『──ジゼル!

 

 

 声が聞こえた。

 それは疑いようもなく、敬愛する隊長の声だった。

 ジゼル・カレはその刹那、ようやく自分が撃たれたことを悟った。

 

 衝撃だけが知覚される。

 機甲駆体の最も装甲の薄い部位、背面装甲を大口径の火砲でぶち抜かれた。

 電脳棺(コフィン)に溶け込んだ意識が、エーテル粒子の奔流となってあふれ出す。

 まるでガスの抜けたスプレー缶みたいに、空気中に散逸していくのがわかった。

 

 

 ──ああ、撃たれたのがあたしでよかった。

 

 

 皮肉抜きでそう思う。

 クソみたいな人生だったけれど、まあ最後の最後に後味悪い結果にならなくてよかった。

 本当にそう思って、少女は年下の可愛らしい隊長殿の顔を思い浮かべた。

 

 

 ──赤い瞳のエルフリーデ、本好きのエルフリーデ、妹バカのエルフリーデ。

 

 

 ──あたしは、あんたを失望させなかったはずです。

 

 

 それが最後の思考だった。

 次の瞬間、あっけなく少女は死んだ。

 遺言もなく遺体も残らず、淡い燐光を残して消え去った。

 これは、それだけの物語。

 

 きっと生き残った誰かが、時折、思い出すだけの死者の群れ。

 特別な誰かではない、多くの兵士の一人。

 

 

 

 ──ゆえにあえてこう言おう

 

 

 

 ──終わったはずの物語に続きがあったのなら、それはすべて悲劇に過ぎない

 

 

 

 

 

 








10章開幕です。
帝都コルザレムを舞台に、いろいろときな臭い話が舞い込んできます。
エルフリーデにとっての過去の因縁が、わっと押し寄せてくるかもしれません。





書籍版「機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情」2巻、2026年9月20日に発売予定です!
後日またお知らせしますが、よろしくお願いします!!


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

TSさせられてエイリアン生まされたけど我が子は可愛い(作者:SIS)(オリジナル現代/冒険・バトル)

宇宙の果てからやってきた侵略者につかまって、実験でTSさせられた挙句、寄生型の生物兵器を産まされました。▼だけど体を痛めて生んだ子供はやっぱり可愛いよね!▼あ、ダメだよ人間食べちゃ。めっ!! 人里離れて暮らすしかないか……。▼※ハーメルン匿名杯総合第三位! みなさんありがとうございました!▼※カクヨム・小説家になろうでも投稿しています。


総合評価:22527/評価:9.2/完結:145話/更新日時:2026年05月09日(土) 07:00 小説情報

【一巻8月20日発売予定】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す(作者:棘棘生命)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

(旧題:裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す)▼ニッチな需要のあるゲーム世界で、鬱展開を破壊する話▼鬱を破壊した分、様々な種類の闇は主人公に降りかかるものとする▼オーバーラップノベルス様から、8月20日に第一巻が発売予定です!▼皆様のおかげです。ありがとうございます!▼書影が公開されました!▼【挿絵表示】▼書籍のページはこちらになります!▼ht…


総合評価:16378/評価:8.89/連載:128話/更新日時:2026年08月03日(月) 23:05 小説情報

厄ネタヒロインたちとラブコメをすることになった(作者:灰鉄蝸)(オリジナル現代/恋愛)

「キミが好きだよ。だから殺すね」▼「あなたが好きです。好きなので洗脳しますね」▼「俺の死因多すぎるだろ…」▼異能バトルも伝奇ホラーもある世界で、バッドエンドの元凶になるような厄い美少女に好意を抱かれる――好意全開の金髪巨乳幼馴染み、ややホラーな超能力者の黒髪ロング同級生、彼女たちが引き起こす破滅の未来に巻き込まれる少年。▼愛が重くて、死の原因になる厄ネタヒロ…


総合評価:4821/評価:8.82/連載:49話/更新日時:2026年08月08日(土) 18:04 小説情報

【第1部完結】吾輩は猫である。前世で描いた鬼畜リョナゲームのスピンオフ漫画の世界に転生したので贖罪の為に魔女達を救って行こうと思う。(作者:あんみつ炙りカルビ)(オリジナルファンタジー/恋愛)

 吾輩、かつては人間だったが今は黒猫である。だが、何の因果か吾輩が書いていたスピンオフ漫画の世界に転生してしまったようだ。▼ だが、この世界は鬼畜リョナゲームのスピンオフ漫画であり、このままでは吾輩が書いたヒロイン達は見るも無惨な姿へと変わってしまう。▼ それは断じて許されない。吾輩が地獄への道を書いてしまったのならば、責任を取るしかない。▼ 吾輩は吾輩であ…


総合評価:12382/評価:8.76/連載:88話/更新日時:2026年07月30日(木) 17:03 小説情報

プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~(作者:翠碧緑)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

気が付くと、俺は人間と魔族が争うクソみたいな世界で、赤ん坊として捨てられていた。▼孤児院で育ち、飢えと貧困に耐える日々。▼そんな中、外見の特徴を理由に貴族に拾われる。▼どうやら俺の血には「特別な何か」が混じっているらしい。▼理不尽(暴力)。▼理不尽(陰謀)。▼そして、逃れられない理不尽(因果)。▼それでも、俺は生きることを諦めない。▼「そっちがそう来るなら、…


総合評価:6540/評価:9.18/連載:136話/更新日時:2026年06月28日(日) 20:09 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>