【書籍化】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
──ベガニシュ帝国について語ることは、すなわちこの世界の在り方を語ることである。
かつて世の賢人はそのように、うそぶいたという。
ベガニシュ帝国の歴史は古く、この地上で最も広大な領土を持ち、先進的な軍事技術を始めとした遺跡由来のテクノロジーを独自に研究し、一部は自らのものにしてみせた。
流石は大陸の三分の二を支配する世界帝国──そのように評することもできよう。
彼らをどう扱うかで、その人間の立ち位置も自然とわかる。
冷酷で
いずれの立場を取るにせよ、ひとつだけ確かなことがある。
──この巨大過ぎる帝国を、見なかったことにして世界を語ることは難しい。
あるいはベガニシュ帝国の外に住まう人間が、自らの住む国の政治や経済の在り方を論じようとしても──どこかしらで帝国の影がちらつくことになるだろう。
これを無視すること自体が、そういう立場を述べているのと同じである。
つまりどういうことかと言うと──
──悪の帝国だって思ってる国の首都に来るのって、めちゃくちゃ複雑な心境だよね!
しっかりと整えられて凸凹なんて欠片もない平らな舗装道路──窓から景色を眺める。
どこまでも続く人工物だらけの道路は、片側だけで四車線ある凄まじい規模だった。行き交う自動車の物量も速度も半端ではない。
これが見渡す限り地平線の果てまで続いているのだから、想像を絶する規模の大都市であった。
ついでを言うなら、遠目にもわかるほどの高層建築も見える。
見渡す限りの平原を切り開き、そのすべてに住居とビルと道路を敷き詰めましたという感じ。
水平方向にも垂直方向にも、ありとあらゆる形で伸びた都市建築──バナヴィアでも田舎の方である北部ロシュバレアの生まれとしては、あまりにもスケール感が違う景色に圧倒されるほかない。
ここはベガニシュ帝国の中心都市、帝都コルザレム。
大陸の要衝として通された無数の鉄道、運河、高速道路によって、帝国全土と繋がった都市である。
ベガニシュ帝国の政治的中枢も、大陸を駆け巡る経済圏も、腹の中に住まう人口も──何もかもが桁違いのとんでもない大都市。
──そりゃ社会科の教科書じゃ知ってたけど、実際に見ると圧倒されるよね。
エルフリーデが帝都に来るのは二度目である。
ちょうど一年前、古代兵器〈ケラウノス〉を巡って起きた紛争の直後──クロガネの付き添いとして、〈大宮殿〉と呼ばれる王侯貴族の巣を訪れたこともある。
なので帝都の馬鹿でかさを見聞きするのだって、これが初めてではない。
いや、だとしても。
「慣れないか? 帝都の様子は」
目を丸くして車窓の外を眺めていた少女は、向かいの席に座る男にそう声をかけられて、自分がどう見られているかに気づいた。
その男は相変わらずの無愛想で整った綺麗な顔に、微笑ましいものを眺めるような感情を浮かべている。
エルフリーデは少し慌てた。
「えっ? いえ、物珍しい気持ちにはなってませんから!?」
「恥ずかしがることはない。帝都コルザレムは間違いなく、この大陸において最大の都市だ。ヴガレムル市も繁栄してはいるが、流石にこれほどの経済圏には劣る。人口規模の面から見ても、実態に即した反応と言えるだろう」
「そこで追い打ちするのはクロガネのよくないところです」
「そうか?」
「はい」
エルフリーデに指摘されて、クロガネはすまなそうに肩をすくめた。おそらく反省はちょっとしている。
まあ可愛いから許そう。
外行きの背広姿は相変わらずだが、今日の服装は日頃、ヴガレムル伯領で着ているものよりもカジュアルさが薄い。
最近、上流階級の間で流行っている実務的なディレクターズ・スーツ──旧来の男性貴族向けのフロックコートよりも装飾性が薄い──なのは同じだが、いつもよりオシャレ感があった。
ちなみにエルフリーデのオシャレ感は基本的に素人以下なので、ふわふわしている。
お屋敷のメイドで友人、アンナの助言で私服やメイクについて指導は受けているのだが、間違いなく同年代よりその手の話題に疎い。
──ここを冷静に振り返ると、ちょっと悲しくなってくるからやめよう!
思春期で戦場に送られるとオシャレに疎くなる。
悲しい現実だった。
ころころと表情を変えるエルフリーデの姿に、向かいの席の伯爵様は和やかな空気になっていた。
「クロガネ、質問なんですが──いいですか?」
「ああ、問題ない。移動時間は自由だからな」
クロガネ・シヴ・シノムラは帝国貴族であり、企業連合体ミトラス・グループの代表である。
普通に考えて超忙しい激務を兼任している。
バナヴィア自治政府が発足すれば、いずれミトラス・グループ代表の座は降りることになるだろうが──この男、めちゃくちゃタイトなスケジュールで動いている。
朝は早くて夜は遅い。
常人ならば早死にしそうな感じだが、おそらくこの調子で十万年ぐらい生きているっぽい。
ワーカホリックを極めた不死者は、もう仕事が生態なのである。
美味しいご飯を食べて読書して、日課の筋トレをしてれば満足のエルフリーデにはわからない領域の話だ。
──いやまあ、最近はわたしも忙しいけど。
伯爵様の騎士ともなると、礼儀作法の講習だの書類仕事だのが欠かせないからだ。
上流階級の付き合いに同行するときマナーに欠けていると、マナーバトル──貴族の習性で動物のように
書類仕事は基本的にミトラス・グループ絡みのもので、最新鋭のバレットナイトを乗り回す関係上、何かと報告書を書く機会が多いのだ。
恐るべしヴガレムル伯爵家、気づくとなんか忙しくなってる。
でもなんやかんや居心地はいいので困る。
「今回の呼び出しって、わりと急に決まったやつですよね。心当たりあるんですか?」
「ああ、いくつかの
「めちゃくちゃ大変でしたよね……」
つい先日起きたばかりの大事件を思い出しつつ、エルフリーデはちらりと後ろの車を見た。
可愛い妹分にして同僚のリザ・バシュレーは、後続の自動車に乗って移動している。経済的繁栄を
車体が防弾素材で作られ、窓ガラスが分厚いのはもちろんのこと、タイヤもパンクしないよう肉厚のゴムで作られた軍用品だ。
多少、銃弾で傷つけられても問題なく走れる構造になっている。
当然、普通のタイヤの比ではない価格だった。
その他、ドローン対策装置やその電源など、まず一般車両ではお目にかからない装備が山積みだった。
これで内部の居住性はよく、シートはふかふかで冷蔵庫まである。
高速走行中の車の中で、一切、物音を聞かずに二人が談笑できていること自体、この車体が特注品であることの証だ。
──つまり帝都のど真ん中だっていうのに、クロガネは万が一があるって警戒してるわけだ。
世も末である。
帝国皇帝のお膝元までやってきたというのに、テロ攻撃の可能性を考慮して備えなければいけないこと自体がめちゃくちゃだと思う。
エルフリーデ・イルーシャは一応、自分のことをノンポリだと思っていた。
少なくとも貴族政治に入り込んで世渡りしているクロガネや、革命家として長きにわたって暗躍してきた救国卿のように、かっちりと揺るぎない政治思想があるとは言いがたい。
よって小市民的な感性でベガニシュ帝国のバナヴィア差別には抵抗があるし、帝国というものを強烈な理不尽を押しつけてくる存在だと認識している。
そういう直感に従うと、帝都コルザレムでこうも警戒が厳重なのには違和感があった。
「それって今、わたしたちが防弾車両で移動してるのと関係があります?」
「鋭いな。ああ、その通りだ……今話せる事柄は存外、少ないのが考え物だ」
「今話せないのもあるんですか?」
「ああ、先方の出方次第ではな」
「あー……」
クロガネは具体的に教えてはくれなかったが、うっすらとわかるように伝えてくれていた。
今の言い方は、目上の人間の都合次第で変わるというにおわせだった。
だが現在のクロガネにとって、そこまで意向を尊重すべき人間は限られている。
帝国貴族であるクロガネ・シヴ・シノムラはヴガレムル伯爵、バナヴィアの領土を統治するための
帝国内の貴族社会にとっては新参の成り上がりもの、なおかつ宮廷にとっては皇帝と宰相の信任が厚い
要するにめちゃくちゃ偉い。
わずか一六年で駆け上がった出世街道としては凄まじい業績だろう。
こういう立場の男が尊重すべき相手となると、それはつまり──
──ベガニシュ帝国の首脳部の人間と、何かを話し合うってことだよね?
それも武力担当という意味では、右腕に等しいエルフリーデに伏せておくべき情報である。
かなり面倒な厄介ごとに違いなかった。
少女騎士はこれまでの一年間、クロガネと一緒に駆け抜けてきたおかげで、すっかりその辺の機微が感じ取れるようになっていた。
この男は面倒見がいい。人間性も能力も信頼できる。人脈も広い。
それはエルフリーデにもわかっているので、彼が他人に頼られるのもわかるのだが。
「背負いすぎてませんか? あんまり気を張っちゃダメですよ、クロガネ」
「お前にそう言われると、自分の
「いまいち、あなたの問題ないって信用ないですよ。世界を背負ってた前科あるので」
「我が騎士よ、英雄になると言って見せたお前ほどではないさ」
「演説ぶちかましてみんなの期待を背負い込んでる人が言うことです?」
口にしてから気づいた。
端から見ていれば、あの救国卿ルシア・ドーンヘイルに真っ向勝負を挑み、その眼前で英雄を名乗って敬意を勝ち取った自分だって──いろいろ背負い込みすぎの人間なのだ。
この話題はお互い様すぎて、踏み込めば踏み込むほど自爆するに等しい。
エルフリーデはため息をついた。
「参りました、わたしって『お前が言うな』状態だったんですね?」
「すねるな、エルフリーデ。お前の心配はうれしい。その上で、お前を落胆させない程度に仕事はしたい。そういう
「そういう言い方は卑怯です。まったく、クロガネらしい……」
結局のところ、どうやら自分はクロガネのことが大好きなので──最終的にそのありようを信じてしまうのだ。
まったく恐ろしい、これが惚れた弱みのようである。
少女騎士はそのように悟って、その深紅の瞳でクロガネの顔を覗き込んだ。
クロガネはその端正な顔に、優しさを乗せて微笑む。腕時計にちらりと目を通し、移動時間が十分に残っていることを確認して──男は口を開いた。
「俺たちは今、帝国内務省に向かっている。一介の地方貴族にすぎない我々が、帝都の秩序を預かる役人の総本山に乗り込むわけだ。先方としては本来、借りたくもない力を借りたい一心での要請だろう」
「早速、面倒くさそうなシチュエーションですね」
「気にするな。いつものことだ」
「面倒くさいことについては一ミリも否定してくれない……!?」
ここまで言われると本職が機甲猟兵、
クロガネが帝国の連中に頼られる分野なんて、それこそ最新鋭の兵器や先史文明種の遺産のことだ。
つまるところ第三世代バレットナイトや古代兵器絡みの厄ネタで、その知識や技術について助力を得たいと要請されている。
大方そんなところだろう。
エルフリーデの瞳に理解の色を見て取って、クロガネがゆっくりとうなずいた。
「先の列車襲撃事件で、俺たちが経験したように……先史文明種の遺産が絡んでいる場合、往々にして常識が通じない事態が起きる。そしてここはバナヴィアではない。我々にとってのホームではない以上、何が起きても不思議ではない」
「仮にも帝都なのに、なんかお話の方向がどんどん物騒になってない!?」
「政治的な立場や、法律上の合法性は俺が確保する。万が一のときは、お前たちの腕を借りることになるだろう」
よろしく頼む、と言われた。
クロガネらしい言葉使いだと思った。この男は伯爵様で自分たちはその騎士、一言、命じればいいだけだろうに──事前にできる限りの説明をしておこうとする。
相変わらずだったので、少女は安心した。
どれだけ政治的な立場が偉くなろうが、変わらないものには安心感があった。
ゆえにエルフリーデはすまし顔で、それに応じた。
「そうですね──できる限りさっさと片付けましょう。そしたら帝都観光の時間は確保してください。ティアナにお土産買っていきたいです」
エルフリーデ・イルーシャは平常運転だった。
クロガネはすっかり慣れっこだったので、平然として少女の軽口なのか真剣なのかわかりかねる
「──努力しよう」
この二人、ずっとイチャイチャしてる…!