【書籍化】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
にこにこと愛想のいい小役人めいた男だった。
ベガニシュ帝国内務省の中でも、一際、テクノロジーの違法利用に関して敏感な組織──異端対策局の建物の中、清潔感あふれる小綺麗なオフィスの一角を貸し切った部屋──腰の低い振る舞いで、その男は口を開いた。
「異端対策局所属の保安監察官オットー・マハトです。先日の一件以来ですね」
「マハト監察官、お久しぶりです。かの〈ピルグリム・ハート〉の事件は、我々にとっても忘れがたいものです。あなたが再び、我々との協力関係を打診されたことによろこびを禁じえません」
「ハハハ……伯爵閣下と御縁があったからこそ、私が担当者として選ばれたのでしょう。要請を受理していただき、ありがたく存じます」
背広姿の役人風ながら、オットー・マハトは紛れもなくエリートの一人である。帝国内務省の中でも、強権的な振る舞いを認可されている異端対策局の管理職──その気になれば疑わしき人間を拘束し、尋問することができるのだから。
にもかかわらず、マハトは恐ろしく腰が低かった。
対峙するクロガネが、外行の微笑みを浮かべているのは、その様子をつぶさに観察するためだろう。
その横に控えている男装の麗人──エルフリーデ・イルーシャは、二人のやりとりを興味深く見守っていた。
──〈ピルグリム・ハート〉、つまりパスカルの事件のとき、クロガネに交渉でやり込められてた人だよね?
事件の最中、クロガネには「リザの事情を教えても対処しきれなくなるタイプ」と断じられていた役人である。
つまりヴガレムル伯爵家の内部の評価は決してかんばしくないのだが、さりとて険悪な仲というわけでもない。
むしろ〈ピルグリム・ハート〉の事件では、国際問題になりかねなかったテロ事件を、ほとんど被害を出さずに抑え込んだという重要な協力関係にあった。
事件を担当したマハトにとっては、自分の評価を下げることなく解決した実績の立て役者といえるだろう。
──わたしはほとんど顔合わせてないから、正直、何も印象に残ってないんだよね。
エルフリーデはぽやっとした雰囲気で、二人のやりとりを眺めていた。
剣呑な気配とか、ぴりりと神経に来る感じの危険な兆候はない。
少女の開花させた第六感めいた予感は、何らかの危機があれば、その予兆を見逃さなかった。
ゆえに今、クロガネや自分が罠にはめられている気配はなかった。
──もちろん政治的なトラップとか、
エルフリーデはクロガネの付き添いとして、同行を許可されていた。
ちなみに移動の足に使った自動車は、ロイとリザが張り付いて見張っている。
ここは帝都、油断ならない
駐車場で発信機だの盗聴器だの爆弾だのをくっつけられ、遠隔操作で悪さをされる可能性は否定できない。
──隣人が信用ならないと、いちいち見張りを立てなきゃいけなくて大変なわけか。
帝国内務省に呼び出されているというのに、必ずしも体制側を信じきれないのは、ヴガレムル伯爵家の特殊な事情ゆえだった。
──政治家としてのクロガネは今の帝国皇帝や宰相と仲が良くて、経済界にも顔が利く感じ。
──だけど古参の帝国貴族とは、これまでの経緯もあって面倒なことになってる。
一年前のサンクザーレ侵攻、つい三ヶ月前のヴガレムル事変。いずれも保守的な門閥貴族が主導して、バナヴィアをホームとする新興貴族を潰そうとした目論みである。
間違いなく非は向こうにあるし、事件後の世論としても「横暴な古い貴族が打ちのめされた」という感じで、ヴガレムル伯爵家の評判は上がっている。
とはいえ当事者である貴族──それも門閥貴族に属する人々はそうもいかない。
サンクザーレ侵攻を行った公爵家にせよ、ヴガレムル事変を引き起こしたバナヴィア総督にせよ、彼らは相応に大きな派閥の長だったのである。
そうなると必然的に、つるんでいた仲間というのもいる。
そういう連中が、手癖の悪い報復をしてこないとは言い切れなかった。
──普通に考えると、そんなことしたら皇帝の面子を傷つけるって話になりそうなんだけどなぁ。
だが、ここ一年ほどの経験でエルフリーデにもわかってきたことがある。
人間は思ったよりバカみたいなことをするし、領地に君臨してる貴族というのは時折、信じがたいほど
あるいは救国卿あたりに言わせれば、それこそがベガニシュ貴族の度しがたい愚かさということになるのだろう。
迷惑な話だが、とにかくそういうものだと思うしかない。
「それでは、こちらにどうぞ。あまり美味くないコーヒーしかありませんが、立ち話には長い話ですからね」
マハトが着席をうながした。
クロガネがテーブルに着いたのを眺めつつ、エルフリーデはその後ろに控えようとした。
話し合いの主体はクロガネなのだから、護衛の自分は脇役として傍にいればいいだろう。
そう思っていたのだが──
「エルフリーデ卿もどうぞ。帝都風のコーヒーが口に合うかはわかりかねますが」
マハトに着席をうながされた。
一瞬、警戒感と違和感が脳裏をよぎった。さっと視線を走らせて、クロガネの方を見た。
男は
エルフリーデは如何にも
──これはたぶん、マハト監察官が女の子に優しいからじゃない。
──わたしも当事者ってメッセージだ。
普通に考えれば、ただの社交辞令の
少女騎士はほとんど戦場におもむくような心境で、食えない男の主催する話し合いの場に参加した。
そしてコーヒーが供された。
毒が入っていることはなさそうだが、念のため口はつけなかった。
マハトはにこにこと微笑みつつ、本題に入った。
「さて……我々があなた方、ヴガレムル伯爵とその騎士のお力添えを欲しているのは、様々な事情があるのですが……」
「我々に求められているのは、正義の騎士ではなく、庭を整える庭師の仕事ということですな」
「ええまぁ……そういうことです。極めて迅速丁寧に、できるだけ少ない人数で密かに解決しなければならない。そういう種類の事件がある、とお考えください」
マハトは歯切れの悪い言葉で応じた。
なんとなく話の様子がわかってきた。
本当ならば異端対策局の権力と人員で捜査したいのだが、諸々の政治的事情によってそれができない──大事になること自体が、何かしらのよくない結果を招く──それゆえにめちゃくちゃ強くて少人数でなんとかできる手勢がほしい。
そういう事情らしい。
エルフリーデはちょっと呆れた。
──普段は偉そうな帝国のお偉方が、こういうときは都合よく力を借りたいって?
バカにした話だ、と思う。
とはいえそんな反感を口にしたところで、状況がよくなるとも思えなかった。
少なくともクロガネは、自分よりも周辺の事情をよく心得ていて、何かしらの理由があって力を貸すことに前向きなのだろう。
帝国の連中は信じがたいが、彼の判断は信じてもいい。
そういう心境でぐっと言葉を飲み込み、クロガネとマハトの顔を眺めた。
「コルザレムの国際武器展示会が、近く再開される予定でしたね」
「流石はミトラス・グループの代表、当然、ご存知でしたね。ええ、つまり……我が国は戦後に突入している。その復興を近隣諸国の目に映すべき時期に、あってはならない事件なのです」
「なおのこと、未然に防止する
「そういうことです。こちらに必要書類は準備してあります。どうかご確認を」
クロガネが発した言葉に合わせて、卓上に書類の束が用意された。
彼が無言でページをめくり、視線を走らせていくのが見えた。
ベガニシュ帝国は支配層に限って、電子的端末を用いた情報管理を行っているが、こういう場面では紙の書類が必須だった。
以前、クロガネに聞いたところでは──電子化されていない書類は、物理的に写し取るか盗み出すしか、外部に持ち出す方法がないのが大事なのだという。
素早く目を通し終えたクロガネが、重々しくうなずいた。
「結構。我々……ヴガレムル伯爵とその騎士は、異端対策局から委託を受けて、帝都コルザレム管区内における武力行使を許可された。その手段として
「ええ、その理解でよろしいかと。責任者として、オットー・マハトの名前もここに」
「わぁ……」
エルフリーデは思わず小声でうめいた。
頭の回転が早くて準備がいい担当者がそろっていると、こっちが話を飲み込む前に凄まじい速度で話し合いが進むのだ。
端から見ていると、何がなんだかわからない。
とりあえず帝都でバレットナイトを乗り回していいし、責任は異端対策局の方で受け持つという物騒な話が聞こえてきたのは確かだ。
そろそろ空気を読む様子見はいいだろう、と思った。
クロガネがこちらに目配せしたのを見て取って、エルフリーデは口を開いた。
「失礼、マハト監察官。質問をしても?」
「もちろんです、エルフリーデ卿。そのためにお招きしたのですから」
クロガネの口ぶりでは、もっと高圧的な呼び出しだったような雰囲気だが──ものは言いようということだろうか。
帝国のエリート官僚というのは、どうにも言い回しがいちいち面倒くさい。
少女騎士は表面上、微笑みつつ──嘘偽りない本音をぶつけた。
「それほどの権限を、外様の伯爵家に与えるほどの事件とは、どういうものなのでしょう? わたしは帝都の事情に詳しくありません。ご説明を願えますか?」
クロガネは察しがいい男なので、必要な書類をそろえてあって、必要な言質さえ取っていればいいのだろうけれど──自分はそういう政治的配慮は得意ではない。
だからこそ素人として、聞き出せることは尋ねておくべきだと思った。
要するに尋問と同じだ。
めちゃくちゃ理解のある玄人のポジションをクロガネが担当するなら、エルフリーデは素人ポジションで言外の諸々を明言させればいい。
──ひょっとしてクロガネ、わたしにこういう経験を積ませたかったのかな?
帝都に呼び出しというからには、貴族社会で社交デビューとかさせられるのかと思っていたが、思ったより荒事よりの気配。
その割には、政治的思惑の強そうな交渉の場に連れ回されている気がした。
ともあれエルフリーデの質問は、マハトにとっても想定内のものだったらしい。
男は柔和な笑みを崩さず、
「もちろんお答えいたしましょう。そうですね、まず……それには帝都の特異な状況をお伝えする必要があります。エルフリーデ卿、これは決してあなたを愚弄するわけではないのですが……」
マハトの言い回しは
果たしてどんな狂言めいたことを言うのかと思えば──背広姿の紳士は、真剣な口調でこんなことを言った。
「
◆
「
エルフリーデからことの
ここは帝都の高級住宅街の一角──領地持ち貴族が帝都に滞在する間、利用するための別邸だった。
さる沒落貴族が売りに出した物件を、爵位を買ったばかりの頃のクロガネが買い取り、改装した物件である。
多くの貴族向け邸宅がそうであるように、通りに面した門をくぐると庭があり、その奥に家屋が位置している。
幅の広い車を複数、納めるための車庫まで完備された富裕層向けの物件だ。
わざわざバナヴィアから人員を呼び寄せ、今も防諜的な意味での掃除が定期的に行われている。
要するに盗聴器やらなんやらがないかチェック済みなのだ。
そういうわけで外部からの盗聴の危険性が極力廃された屋敷の中の、最も安全なエリア──電波暗室として機能する隠し部屋で、エルフリーデとリザは打ち合わせをしていた。
ふかふかのソファーに身を横たえて、褐色の肌をした少女は言葉を続けた。
「私のベガニシュ語が不自由な可能性もありますけど……いえ、死人帰りって穏やかじゃないですね?」
「まあね。わたしも最初、自分のベガニシュ語の
「えっ、本当に都市伝説なんですか?」
「うん、帝都では今、怪談が流行ってるそうだよ。帰り道に買ってきたゴシップ雑誌がこれ」
エルフリーデが紙袋から放り出した雑誌──そのケバケバしく煽情的な表紙を見て、リザは「うわぁ……」とうめいた。
ネイティブのベガニシュ語話者でなくとも、これは絶対にお上品な雑誌ではないとわかるような見た目である。
まず文字列の自己主張がすごい、ついでに文書の意味を理解するとさらにげんなりできる。
およそあらゆる醜聞や噂話を面白おかしくつづった感じ──その巻頭特集だった。
「ええっと……『怪奇! 棺桶破りの奇跡か、はたまた悪魔の仕業か!? 帝都の夜を震え上がらせる
エルフリーデは心の底から同意して、しみじみとうなずく。
左目に傷のある少女は、そっとため息をついた。
「弱ったね、リザ。わたしたち、どうやら今度は都市伝説と戦うらしいよ?」
帝都。
葛葉ラ〇ドウのオープニングみたいな雰囲気らしい。
マハト監察官は8章に出てきた役人です。
基本的にスケールアップしていく事件に振り回されるタイプ(かわいそう)
ちなみにエルフリーデさんが社交界とバトルするターンもそのうちやります(こっちはこっちで大変らしい)