【書籍化】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
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現在の帝都コルザレムで流行っている噂話といえば、この二つに絞られてくる。
ベガニシュ帝国の首都であり、政治、行政、経済すべての中心地である帝都は、当然のように人口規模も巨大な都市領域である。
長年続いた大陸間戦争の終結と、それにともなう兵力の
戦争とは資源の消費をもたらす行為だ。
資金を使う、物資を使う、人材を使う──そのことごとくを湯水のように垂れ流し、戦争に関係するあらゆる行為に引っ張り出してしまう。
ゆえにそれがなくなると、まず起きるのが大量の失業者の発生である。
兵隊に取られていた男手が、一気に社会に戻ってくるのだ──誰だって明日の暮らしのことを考えるし、仕事を求めるのは当然の成り行きだ。
しかしだからといって、銃後の社会にその準備ができているかは別の問題だった。
「──つまり今の帝都コルザレムは、帝国の動員解除にともない、大量に生まれた失業者を受け止めている。これが治安の悪化を招き、世情不安に繋がっているのは否めない」
異端対策局との打ち合わせの夜、クロガネはそう解説した。
帝都に用意された別邸は、ヴガレムル伯領の屋敷に比べれば広くはなかったが、十分に個室が用意されていたし清潔で言うことがなかった。
談話室で話を聞いていたエルフリーデとリザは、帝都を取り巻く情勢について軽くレクチャーを受けていた。
いつの間にか用意されていたパンフレット風の冊子には、わかりやすく図解まで用意されている。
この男、仕事が早すぎる。
「あれ? でも大陸間戦争って、まず貴族が始めてあちこちの騎士団が参戦してた感じですよね? それでどうして、平民の失業者がいっぱい出るんです?」
リザが首を傾げてそう尋ねた。
彼女は元々、大陸南方の異国──フィルニカ王国の生まれだったし、育ちはほぼ新大陸だから、どうしてもベガニシュ帝国の事情には疎い。
一般常識についてはするっと学習しているものの、去年まで続いていた過酷な戦争の実態や、その過程で生じた面妖な政治的駆け引きは知らないことが多い。
ちょうど従軍していた当事者なので、エルフリーデはそっと口をはさむことにした。
「うん、そうだね。戦争の前半は、そうやって諸侯の貴族連合が中心に戦ってた。こいつらがボロボロに負けて、帝国の中央政府が平民に動員をかけたのが戦争後半ってわけ。わたしもそうやって特別徴兵されたんだよ」
「あー……地方貴族の集まりが始めた戦争を、一番強いボスが尻拭いしたわけですね?」
「そういうこと。わたしも詳しい
そういうわけで帝国の地方を統治する諸侯は、戦費の負担もあって弱体化を余儀なくされた。それで焦っていろいろと悪巧みして、ヴガレムルを中心としたバナヴィア人勢力に喧嘩をふっかけてきた──エルフリーデたちのこれまでの戦いは、おおむね大陸間戦争の影響で生まれていた。
迷惑な話である。
エルフリーデの総括を聞いて、クロガネはテーブルの向かい側でうなずいた。
「的確なまとめだ、エルフリーデ。今の説明で、大陸間戦争での平民の動員については理解できたな?」
「ええ、はい。お姉さんみたいにがっつり戦場に引っ張ってこられた人がいっぱいいたんですね……」
「そうだ。そして復員してきた彼らに、仕事を
「それで急に
「そういうことだ」
田舎には田舎らしい差別があるように、都会には都会らしい差別がある。
リザ・バシュレーに言わせれば、すべては
クロガネの言葉を聞いて、エルフリーデは疑問を呈した。
「クロガネ、帰還兵の話はわかるんです。わたしだって一足先に、あなたに拾われただけで……まあ境遇は似たようなものですしね。でも
エルフリーデ・イルーシャは多感な十代であり、ちょっと面白い小説を読むと影響される人間である。
過去には忍者小説や異世界への転生ものに影響され、自分が実はそんな感じのファンタジー超人だと思ったこともある。
なお妹に真面目に説教されたので反省した。
でも自分のことを恋愛博士だと思ったりはする──恋愛小説の名作を読み続けたのだから当然だ──ので、あまり根っこは変わっていない。
ともあれそんな少女にも確信できる。
「──死人は蘇らない。墓の下から這い出てくる
「いえ、まあ不死身の伯爵様はここにいますけどね?」
「リザ、リザ。わたしの格好いい台詞がなんか台なしになってる……!」
リザは軽く混ぜっ返す人間だった。
とはいえ正当なツッコミである。実は十万年生きてる不死者が目の前にいるのに、死者は蘇らないなんて摂理の話をするのは、シュールすぎて笑えない冗談みたいだった。
昔見たホラー映画で、教会の司祭が吸血鬼に説教をするシーンがあったけれど、構図としては似たような感じである。
クロガネ、カガン、ゲオルギイ、シャルロッテ、ルクカカウ──よく考えると去年だけで、五人も不老不死の人間に出会っていた。
エルフリーデはちょっと頭痛がしてきた。
「あれ……? 冷静になると、別に死人が蘇るぐらい普通かな!?」
「落ち着けエルフリーデ、俺はゾンビとは違う」
「わたしがノンデリカシーの発言したみたいな雰囲気!?」
「いや、今のはボケだ。笑っていいぞ?」
「これ笑うのかなり無神経じゃないと無理だと思う!」
流石は十万年生きてる不死者である。
このぐらいのノリは全然、許容範囲らしい。涼しい顔でハーブティーを飲んでいる。夜に飲んでも身体に優しいノンカフェインだった。
エルフリーデも真似してハーブティーをカップから飲んだ。
香りがよくて美味しかった。
「ロイさん、このお茶美味しいですね」
「ありがとうございます、エルフリーデ様。皆様のご意見を参考に、ブレンドを変えてみました」
「ロイさん完璧超人過ぎてすごいですよ」
エルフリーデがロイを褒めそやすと、何故か隣でリザが胸を張った。白いシャツの胸元を押し上げる豊かな膨らみが、
「そうでしょう、そうでしょう……ロイさんは基本的に万能ですからね!」
「なんかリザが得意げだ……」
「ちなみに私はそれをミサイルでぶっ飛ばせるらしいです。最強ですね?」
「それ持ちネタにするのだいぶ厳しいと思うよ! 未遂だし!」
ひょっとしなくても黒い笑いが飛び交っていた。
少女達の若干、
「ヴィーダーゲンガーは、元々はベガニシュ帝国の一部地域で語られる土着の妖怪変化のことだ。先ほどエルフリーデが例え話に出した、
「ええっと?」
「この帝都で語られる怪談は奇妙だ。蘇った死者という概念に、
「うーん? さっきの
エルフリーデに言わせれば、帝都の都会っ子が賢しげに語る怪談なんて──見慣れない復員兵に対する偏見がもたらしたデマだろう。
戦地で心身を病んだ人間だって、いっぱいいるはずだ。
そういう風体の人々への嫌悪感が、不気味な怪談にすり替わるのは不思議なことではない。
あの戦争に従軍していた身としては、気持ちのいい話ではなかったが、クロガネが言葉が
首を傾げたエルフリーデに、クロガネはこんな言葉を投げかけた。
「ああ、俺なりに情報を集めた。そもそも異端対策局が何故、こんな世情不安の産物のような流言飛語に、我々の協力を望んだのか──その理由は見えてきた」
「……その言い方は不穏ですね?」
「そうだな。現時点は断定しかねるが……コルザレムの怪談には共通項がある。いるはずのない人間の復活と、淡い光となって消える人影という末路だ」
「幽霊が消えるなんて怪談の基本じゃない?」
エルフリーデは自分で口にしておいて、ふと気づいてしまった。
ただの怪談なら、如何にもお堅いお役所──異端対策局の保安監察官なんてエリートが、自分たちに協力を要請したりはしない。
思い返すと、エルフリーデたちに与えられた権限は、わりと持て余しそうなほどの大きなものだった。
特別捜査協力者としての認定──任意の対象の身体拘束、犯罪現場への侵入と捜索、情報へのアクセス、そして武器の使用許可。
おおむね捜査っぽいことに必要な行為を、だいたいカバーできるようになっている。
それもそのはずだろう。
異端対策局は、これまで積み重ねてきた業務の中で、どういう権限が協力者に必要かを心得ている。
かといって何でもできるかというと、これが意外とそうでもない。
例えば逮捕、拘留などの権限は持たないし、現地の警察隊への命令などはできない仕組みだ。
要するに最終的には異端対策局の協力なしに大事を成し遂げられない構造──思ったより大胆だが、冷静に眺めてみると意外と正気──そんな感じである。
──でも帝国のど真ん中で、新興貴族の手勢に持たせる権限としちゃ大きすぎる。
何せ武器の使用許可には、
これはクロガネが目を通した書類なので、落とし穴の類はないはずだった。
現場責任者はオットー・マハト保安監察官だが、実質的には異端対策局という組織の上層部がバックアップを保障していた。
ただ事ではない。
「クロガネが引っかかってるのは、人間が消えることですか?」
「正確にはディティールが似通っている目撃談だな。これが単なる共同幻想であれば、ある程度は描写にブレが発生する。近年、流行ったホラー映画に影響されたような描写、幻覚などになるだろう」
「あー……昔の人と今の人は、お化けのイメージが違うみたいな話?」
クロガネとエルフリーデの語らいを効いて、リザが話に混ざってきた。
「都市伝説の流行りみたいな話ですか?」
「そうだね、リザ。お化けの目撃談ってさ、結構、流行った時期のフィクションに影響されるんだよ。妖精とか小人が流行ってるときと、顔色が悪い女の幽霊が流行ってるとき、みたいにね。こういうのはだいたい、小説とか雑誌とか映画の影響が大きいんだってさ」
「博識ですね、お姉さん!」
「うん。昔の友達の受け売り」
エルフリーデは胸を張った。
別に自分がすごいわけではないのだが、こうして褒められると──昔の気心知れた仲間も褒められたようでうれしい。
エルフリーデの補足説明を受けて、クロガネが言葉を引き継いだ。
「今のエルフリーデの説明で合っている。俺はベガニシュ帝国の文化や民俗学の専門家ではない。ゆえに断言はしかねるが……俺の専門分野に重なる違和感を、見出すことはできる。異端対策局の資料が
「クロガネ、前置きが長いです」
少女は無慈悲に告げた。
説明だらだらするのは悪癖ですよ、と日頃から言われている男は──ちょっぴり寂しそうに肩を落とすと、気を取り直したように、その黄金色の瞳に疑念を浮かべた。
「帝都における
クロガネの
エルフリーデはこれまで見聞きしてきた事象、経験してきた物事を振り返って、自分がそういう目に遭ったのはいつか考えた。
──古代兵器〈ケラウノス〉が現れたとき、自動的な機械システムに物質分解された。
──救国卿と北海上空で殴り合って、〈偽りの神〉とかいう化け物に物質分解された。
いずれもクロガネの介入によって、何とかサルベージされて、こうして健康体できているけれど。
思い返してみると、いずれも現代文明では再現できない超常現象だった。
エルフリーデ・イルーシャは、降りかかってきた厄ネタの正体にうめいた。
「……これ、先史文明種の遺産とか、異次元のヤバい神様とか、そういう話ってこと?」
クロガネは無慈悲にうなずいた。
「極めて危機的な状況の可能性がある。すまないが、協力してくれ」
よくあるオカルト系の怪談が、いきなりディザスターもののSFホラーに早変わりした感覚だ。
少女騎士は天を仰ぐと、あー、と情けない声を出した。
放っておくとまた世界がヤバくて、自動的に妹が住むバナヴィアも危なくなりそうな予感しかしない。
なのでクロガネの危機察知能力は、たぶん全面的に正しい。
そういう理屈はわかった上で、エルフリーデは叫んだ。
「──クロガネ、世界の危機を背負うペースが早いッ!」
不死者は本当にすまなそうな顔をした。
「反省はしている」
「そうですね、どっちかっていうと世界の危機が気安い感じです!」
二人のやりとりを眺めていたリザ・バシュレーは、しみじみとうなずく。
横に控えているロイ・ファルカと視線を交わらせ、南国生まれの少女は呟いた。
「平和じゃないのに日常を感じますねー」
エルフリーデ「よく考えると二回ぐらい粒子に分解されて復活してるわたしってすごくない?」
リザ「普通にハチャメチャですよね」