【書籍化】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸
異端対策局との打ち合わせの翌日──エルフリーデを待っていたのは、不穏な都市伝説とは無縁の様々な手続きだった。
少女は今、相応の立場を得ている。
曰く、ヴガレムル伯爵の剣。
曰く、バナヴィア人の英雄。
曰く、伯爵家の筆頭騎士。
曰く、ミトラス・グループにとって最高のテストパイロット。
実態としてはクロガネの私兵と言われたらその通りの立ち位置だが、ともあれ公的な身分がある。
これは一見するといいことのように思える。
少なくとも表舞台に顔を出せない私兵よりは、よっぽど自由だし給料もいい。
そういう意味での不満はないのだが──
「──なんか、やること多くない!?」
少女は思わずうめいた。
ここはミトラス・グループのコルザレム支社。クロガネが大陸横断鉄道で持ち込んだ軍事機密の塊、第三世代試作バレットナイト〈アシュラベール〉の搬入先だ。
帝都郊外の敷地に建てられた広々とした施設、その一角を借り受けての物々しい警備がされている。
具体的にはヴガレムル伯領から派遣された民間警備会社、そして整備スタッフが常駐している。
めちゃくちゃ厳重な警備だった。
基本的に〈アシュラベール〉が盗まれる心配はしなくていい。
それでも仕事はある。
例えば異端対策局から出たバレットナイトの戦闘使用許可──それに対応した提出書類の作成である。
結局のところ実際に現場で〈アシュラベール〉をぶん回すのは、エルフリーデ自身だから、細々とした書類に目を通す必要があった。
これでいざというとき「やっちゃいけないことをわかってませんでした!」では笑い話にもならない。
そして彼女はエルフリーデ・イルーシャ。
おそらく伯爵家の誰よりも名前が売れている個人だ。
当然、現場組として諸々を把握しておく義務がある。
「わかってたけど、お役所が絡むと書類多い……!」
臨時の仕事部屋として与えられた個室で、机の上に書類を広げて、目を通してサインしていった果てである。
眼の前には同僚のリザ・バシュレーがいて、同じく目を通した書類にサインしていた。
かつてはエルフリーデの補佐だったが、スピード出世で同僚に昇格したのである。
よって同じ権限があり、同じ量の書類がやってくる。
リザは肩をすくめた。
「まあまあ、お姉さん。たぶん伯爵様が厳選した書類ですから。私たちはめちゃくちゃ加減されてますよ、これ」
「まあね。それはわかるんだけど……」
「あっ、私は今ので最後です」
「こっちも終わった!」
二人してうなずいてハイタッチした。
テンション高めの仕事の終わりである。
紙の束をまとめる。
伯爵家の人員が間借りしているエリアを横切って、事務方に手渡すべく歩いた。
その道中、エルフリーデは深紅の機影を見た。
格納庫に固定された鬼神の巨像──これまで幾度となく力を合わせ、共に戦ってきた彼女の武具。
クロガネのくれた戦うための翼は、いつだって力強い。
「……〈アシュラベール〉の出番が来ないといいんだけどね」
呟きにリザが応えた。
「ミトラス・グループの軍事機密の塊ですもんね。うかつに壊すこともできない……ってわけですか」
「まあね。たぶん切り札になるけど、部品一つ取っても、喉から手が出るぐらい欲しがってる人が大勢いると思う」
「あー、嫌ですねー。大人の利害関係バリバリってことですよね」
「本当なら帝都の武器展示会で展示するための搬入だしね。このまま何事もないといいんだけど」
自分で口にしておいて、何もないなんてことはありえないとわかっていた。
そもそも平和裏に物事が片付く状況なら、クロガネやエルフリーデが頼られるはずもなかった。
ゆえに少女は胸の内でこうお祈りする。
──〈アシュラベール〉。きみの力を借りるときは、たぶん無茶させちゃうと思う。
──よろしくね。
特に意味のない祈りだった。
それでも気休めぐらいの気持ちにはなれる。
何が待ち受けていようとも、必ず勝ってみせよう──そのように思いながら、少女はその場をあとにした。
◆
さて、改めて状況を整理してみよう。
エルフリーデたちは今、かなり胡散臭い役職についている。
異端対策局の民間協力者にして特別捜査官──捜査対象は死人帰りなる不気味な都市伝説、動き回るのは帝都コルザレム全域。
対して実働部隊として動けるのは、エルフリーデとリザの二人だけ。
クロガネとロイは異端対策局のデータベースを洗い出しつつ、随時、解析の終わった情報をこちらに伝える手筈になっていた。
地平線の果てまで高速道路が続くような、途方もないスケール感の大都市で動くには、あまりにもちっぽけなマンパワーである。
そもそもエルフリーデもリザも、帝都は地元ではないから土地勘もない。
普通に考えて無茶振りである。
そのようにクロガネに伝えると、彼はそうだな、とうなずいた。
曰く──
『──異端対策局の側から協力者が派遣される。マハト監察官の元で働いているエージェントが、こちらのサポートを行う。我々の使用する機材についても、彼らが用意する契約だ。合言葉を覚えておくように』
そういうことになっているらしい。
かくしてエルフリーデとリザは今、待ち合わせ場所に出向いていた。
服装については特に指定がなかったので、ひとまずカジュアルな長袖のシャツにジーンズを履いて、動きやすいスニーカーを選択。
異端対策局から付与された権限を示す許可証と、それにともない携帯許可された自動拳銃をジャケットの下に。
一見すると街をぶらぶらしてる若者、その実態はものすごく物騒な少女たちの誕生だった。
平日の昼下がり、ざっと周囲の景色を見回す。
流石に都市中心部ほどではないが、十分に交通量が多くて活気がある街並みだ。
エルフリーデはちょっと参った。
だって単純に、人通りが多すぎるから。
通行人も多ければ道路を行き交う自動車も多く、道幅が広いからわりとスピードを出して車両が走っている。
ずらりと並んだお店のショーウィンドウといい、田舎育ちには刺激の多い景色だった。
「うーん……にぎやかすぎる……」
「お姉さん、お姉さん。なんかちょっと疲れてます?」
「ちょっと車の量がすごすぎてさ……そういうリザはなんか余裕あるね?」
「私の場合は、わりと都市部での活動も多かったので」
「あー……人に歴史ありだね」
ため息をついた。
時間つぶし用に持ち込んだポシェットから、文庫本でも取り出そうかと思う。
いや、流石に初対面のエージェントとやらが来るのに、そこまで余裕ある振る舞いはできない。
腕時計──クロガネからの誕生日の贈り物だ──を眺めた。
待ち合わせ時刻は近い。
「時間に超だらしないやつだったらどうする?」
「それはないと思いますよ。時計見てないやつに、この業界で仕事するのは無理です」
流石に元スパイのプロは言うことが違った。
なるほど、確かにその通りだ。
一般的にベガニシュ帝国は時間に厳しい文化圏である。
巨大な経済圏を築き上げ、物流とエネルギー分配を通じて支配権を確立した帝国政府と、それに従う貴族諸侯の国──この帝国を一つにしているのが、単位系の統一という偉業なのだという。
これは学校教育で習う範囲の話だ。
ベガニシュ帝国は凄まじく広い国土を持っているが、標準時が設定されているし、長さや重さの単位も厳密に定められている。
何でも昔の皇帝が、強権を振るってこれらを統一したらしい。
この規格からはみ出すものは、ベガニシュ帝国の市場から締め出されるので、自然と根付いていったのだ、とも。
「相手がベガニシュ人なら、そうだね。わたしたちの知らない地方の知らない文化圏の人だと、結構すごい常識のこともあるけど」
「お姉さんの実体験ですか?」
「聞く? めちゃくちゃ苦労話になると思うよ」
「他人事なら美味しいネタですからねー」
ちなみに出自を考えるなら、リザだって大概な異文化の人間である。大陸南方のフィルニカ王国生まれ、育ちは新大陸のガルテグ連邦、今は大陸西方のバナヴィア。
これほどまでに異国から異国に渡り歩いていて、するっと場に馴染んでいること自体、彼女の人並み外れた優秀さの
気づかいの人でもある。
褐色の肌をした少女は、人懐っこくてそれを感じさせないのだけれど。
──肌の色といえば、帝都は本当にいろんな人がいるね。
──いろんな特徴の人がいすぎて、誰がどういう出自なのか、見た目じゃ何もわからないぐらいに。
こうして短い時間、待ち合わせで暇をつぶしていてもそう思えるのだ。
流石は大都会と言うべきだろうか。
そのときだった。
エルフリーデの赤い瞳は、徐々に減速していく大型車両を察知した。
荷台の大きなトラックだった。
一見すると何の変哲もない運送会社の持ち物に見えるそれ──走り方の違和感から、少女はその正体を察した。
「リザ」
「あれですか」
「たぶんね。荷台に何か重たいものを積んでる。バレットナイトかも」
もちろん大型トラックなんて重たいものを運ぶのが仕事だが、重量の偏りが生まれるような積み方は普通ではない。
荷運びなら均等に、バランスよく積むものだろう。
そうなっていないのは、運んでいるのが、そういうことができない機材だからだ。
トラックが路肩で停車した。
車体の窓が開いて、若い男が顔を出した。胸元をはだけた柄つきのシャツ姿、伸ばした頭髪を整髪料で撫でつけたミディアムヘア、日焼けしているが元々は色素の薄い肌、髭の剃りあと一つない清潔感を大事にした風貌──軽薄な笑みとともに、キザなベガニシュ語が聞こえてきた。
「やあ、お嬢さんたち! 『帝都の都市伝説、楽しんでいるかい』?」
合言葉だった。
エルフリーデは相手の顔をじっくり眺めたあと、ゆっくりとうなずいた。
「……『ええ、おかげさまで楽しい旅行です』……久しぶりだね、もしかして一年ぶりかな?」
エルフリーデには見覚えがあった。
声をかけてきた男──おそらく青年と言っていい年頃だ──は、戦場で幾度となく背中を預けてきた知人そっくりだ。
髪型も服装も変わっているが、その雰囲気を知っている。
トラック運転手というより、街で女の子に声をかけてるナンパ男が似合う感じ──青年はそのへらへらした笑みをこわばらせた。
「げっ………………協力者って隊長かよ」
地獄の鬼にうっかり出会ってしまった、とでも言いたげな声音。
それまでの都会っ子気取りが嘘のように、青年は眉をひそめた。
思った通りの反応に、今度こそエルフリーデは満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり……エロ本のマックス!」
「クソみたいなあだ名覚えてんのなー!」
少女の
二人のやりとりを横から見ていたリザが、右から左に視線をさまよわせ、小首をかしげる。
「ええっと……お知り合いですか?」
エルフリーデが振り向き、リザに対してうなずいた。
うきうきした気持ちが伝わってくるような、晴れ晴れとした笑みである。
少女騎士は可愛い妹分に、戦友を紹介した。
「リザ、彼はわたしの戦友──三三二一独立竜騎兵小隊のマックスだよ。腕の立つ機甲猟兵で、特に白兵戦では頼りになるやつだよ」
深い信頼と親愛のうかがえる言葉だった。
エルフリーデの紹介に対して、トラックの窓から顔をのぞかせているマックスが、やれやれと肩をすくめた。
「元・機甲猟兵ですよ。今じゃこの通り、平和なトラックの運転手ですし?」
「協力者なんだよね? どうせこのトラックも偽装でしょ」
「あーもう、平常運転だな、あんた! とりあえず車乗ってください。ベンチシートあるんで三人乗れますんで」
マックスはすでに外行の仮面をかなぐり捨てて、エルフリーデに対して雑なあつかいをしていた。
その距離感に対して、言いようのない絆を感じたのか──謎の対抗心を発揮して、リザ・バシュレーはキレ味抜群の自己紹介をぶっ放した。
「私はお姉さんの
マックスは困惑した。
「名誉妹ってなんだよ……聞いたことねえ概念だぞ……」
「マックス、彼女はリザ。めちゃくちゃ有能で可愛いけど口説かないようにね」
「俺に対する信頼がまあまあ軽い!?」
マックスこと本名マクシム──三三二一独立竜騎兵小隊における苦労人。
彼は戦後においてもそういう立ち位置のようだった。