【新刊9/20発売】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
予期せぬ再会であった。
思いがけない旧知との顔合わせに、エルフリーデはちょっとはしゃいでしまった。
トラックのベンチシートをリザに譲り、助手席に座る。
元々、横幅の広い車両なので三人が並んでも十分に余裕があった。
何かしらの消臭剤も使われているのか、妙な匂いが染みついているというわけでもない。
こういうところはマックスらしいな、と思う。
「マックス、きみが異端対策局のエージェントやってるとはね。除隊してすぐに拾われた感じ?」
「マジで遠慮ないな……ま、そんなところです。軍に残れってプレッシャーもありましたけど。俺はそういうの面倒だったんで」
「異端対策局ってガチガチのお役所でしょ。どっちみち息苦しくない?」
「それを言うなら、いつの間にか伯爵家の騎士やってる隊長もめちゃくちゃでしょうが」
困った、正論で言い返されてしまった。
マックスこと本名マクシム・フォールは弁が立つ男である。
その弁舌と機転には、幾度となくエルフリーデも窮地を救われたことがある。
大陸間戦争の激戦区で、見捨てられた兵士たちが肩を寄せ合い、いつしか英雄部隊と呼ばれるまでになった日々──その過去はもう二年以上も前のことになるのだ。
三三二一独立竜騎兵小隊の解散、エルフリーデに強要された自殺まがいの空挺降下作戦、そしてクロガネとの出会い。
何もかもが嵐のように過ぎ去っていった。
なるほど。
自分がこんなにも激動の人生を歩んでいるのだから、マックスにだって想像もつかないような物語があるのかもしれない。
うーん、とうなる。
エルフリーデとマックスのやりとりを、二人にはさまれて聞いていた少女──リザが声を上げた。
「あのぅ、ちょっと気になったんですが、大丈夫でしょうか?」
「あー、リザさんだっけ? いいぜ、俺に答えられることなら何でも聞いてくれよな」
マックスは快活に応じた。
キザな喋り方をするし、わりと軽薄な言動をするし、可愛い女の子を口説こうとする悪癖もあるが──マクシム・フォールは基本的に面倒見がいい。
最初にエルフリーデが釘を差したこともあってか、すでに彼は年下に接するときの世話焼きモードのようだった。
「どうしてマックスさんのあだ名がエロ本なんですか?」
「マジかよ、そこをいきなり聞いてくるか普通……!?」
「すいません、私も二つ名がエロ本の人を見るのは初めてなので……!」
「そこは聞かなかったことにするのが大人の思いやりじゃないか、お嬢さん?」
リザはそうですね、とうなずいた。
そして自慢げに胸を張った。
「私は未成年なので……子供らしい
「なあ隊長、ちょっと後輩の教育間違えてないか? 面の皮厚すぎてわけわかんねぇモンスターが育ってるぞ?」
マックスは困っていた。
相変わらずの常識人ぶりを眺めて、エルフリーデは安心して「うむうむ」と深くうなずいた。
どうやら人生にはいろいろな流れがあるけれど、根本的な人間性は変わらないものらしい。
少女は満面の笑みを浮かべた。
「リザって可愛いよね!」
「あんたミリアムのときもそういうノリだったよな……! 育てるなよ、のびのびと変人を……!」
「わたしは褒めて伸ばしつつ、たまに威厳を見せていく流儀で行こうかなって」
「蛮族みたいな教育法しやがって……」
「最新にして最強の機甲猟兵の育て方だけど?」
「そこが事実なのが頭痛いわ。なんなんだよ、あんた」
マックスは頭痛をこらえるように顔をしかめたあと、サイドミラーを見ながらゆっくりとトラックを発進させた。
「とりあえず……あとは走りながら話しましょうか。あんまり長く止めてると、おまわりが切符切りに来てクソ面倒なんで」
「安全運転でよろしく。いつ大型免許取ったの?」
「地道に講習通いましたよ、俺は真面目なので」
走り出したトラックが、車の流れに乗ってすぐ──思い出したようにエルフリーデが口を開いた。
「そうだ、さっきの質問だけど……リザ、マックスがエロ本の異名を持つようになったのはね」
「待てよ、今ちょっと誤魔化せそうな流れだったよな。なんで掘り返したのか、全然わからねぇ」
「落ち着いてマックス。リザの性格的に、ここでなあなあにしても別のタイミングで不意打ちしてくる可能性がある。ちゃんと説明するのが正しい対応なんだよ」
「理不尽な話してんなぁ……!」
ともあれマックスも了承したらしく、渋々といった様子でうなずいた。
手のかかる妹分が二人な増えたとでも言いたげな顔だが、エルフリーデはしれっと見なかったことにした。
「大陸間戦争では、男女混合の機甲猟兵部隊が組織されたんだ。それでみんな若かったから、放っておくと色恋沙汰で面倒くさいことになるわけ。勘違いしたバカが女の子にアプローチするのもね、怒るだけじゃ防ぐのに限度があった」
「……大変だったんですね」
エルフリーデの語るかつての戦争の現実に、リザは真剣な表情になった。
こういうときすぐに雰囲気を切り替えられるのは、リザの美徳だと思う。
実際問題、戦時中の不愉快な思い出はあったし、再発防止に実力行使で打って出たこともある。
それでも今、エルフリーデはそれらの記憶を忌々しいものではなく、笑い話の一つとして話せる。
その理由は明確だった。
「そこで『思い詰めた男性諸君の悲しき欲望の救世主』に名乗り出たのが彼、マクシム・フォールってわけ。マックスはバレットナイトに乗ればバカみたいに強いのに、もう一つ特技があってね」
「それがエロ本……? ううん、どういうことです?」
ふっふっふ、とエルフリーデは笑う。
何度思い返しても傑作なので、つい笑ってしまうような思い出だった。
「マックスはね、いろんな
エルフリーデの語りに耐えきれなくなったのか、マックスが口をはさんだ。
若き日の失敗を悔いるような、ちょっと切なげな表情だった。
「──そう、エロ本さ。俺は若さがあり余ってるバカどもが、女の子を襲う
話を聞いていたリザは心の底から感心したように「おおー」と感嘆してみせた。
実際問題、マックスのした仕事は大したものである。
部隊内の秩序を維持するという意味でも、必要不可欠だったと言っていい。
取り扱っていたのが、成人男性向けのポルノ雑誌だったから、格好がつかないのも確かだけれど。
こうなってるくると、ひょっとして「エロ本のマックス」というのも純粋に親しみを込めた呼び名なのかな、とリザが思うのも無理からぬことだろう。
エルフリーデは「フリは十分かな」と判断して、この話のオチをつけることにした。
「そしてダーティな手腕であらゆるエロ本を取り扱うようになったマックスが……女性隊員すべての前で、えげつないポルノ雑誌の束をぶち撒けちゃったのが、この話の悲しい
その瞬間、頭髪を長く伸ばした伊達男という感じの青年──マクシムは苦痛をこらえるようにうめいた。
ハンドルを握りながら、マックスは過去の痛みを
「つらいぜ……部隊のバカどもの要望に応えただけなのに……女性陣の厳しい視線を思い出しちまう……!」
「元気出して、マックス。ほらミリアムあたりも最終的には、きみに理解を示してたじゃない?」
「あのですね、隊長! ああいう潔癖なご令嬢に、同情込めて慰められるの、一番キツいイベントですからね!?」
「大丈夫だよマックス。わたしはむしろあの事件できみのこと、ますます好きになったからね!」
「ええ、まあ……爆笑してましたからね、我らが〈剣の悪魔〉は。おおらかっていうか、ズレてるっていうか……」
ある意味で壮絶極まりないエピソードである。
事の
「悲しいお話でしたね……ええ、まるで運命の女神が仕組んだかのように……」
「なんか殺人事件の事情を調べた刑事みたいな雰囲気してんな……」
マックスはぼやいた。
トラックは速度をそこそこ出しながら車の流れに乗っていた。
帝都に張り巡らされた道路網は、せまいところでも片側四車線ぐらいはある。
大都市のわりには
そして何よりどこまで走っても、道路脇に何かしらの店がある。
圧倒される景色だった。
「……あらためて、すごく広い街だね」
「ですね。大陸最大の都って呼ばれてるのは知ってましたけど……こうして見てみると、スケールが違います。渋滞があんまりないのは、都市計画が上手いんでしょうか?」
エルフリーデの素朴な感想に対して、リザがするっと示したのはまた違うレイヤーでの視点だった。
めちゃくちゃ交通量が多いのに、車が詰まって前に進めない区間が生じていない──なるほど、言われてみるとその通りだ。
妹分の賢さを誇らしく思いつつ、エルフリーデは質問をぶん投げた。
「はい、マックス回答よろしく」
「ちょっとは運転手を労ろうって気持ちはないんです?」
「信じてるよ、きみを」
「その台詞で誤魔化されるの、ミリアム副隊長ぐらいだぜ……」
共通の知人──貴族令嬢にしてエリート軍人、そして強火すぎるエルフリーデの信者──を思い浮かべつつ、マックスはすらすらと答えを述べた。
「まっ……この街の作りが、流入する人口を想定して整備されてるのはマジです。ベガニシュ帝国にとって、帝都は文明の中心。そんでもってこの街は、ありとあらゆる財産と科学技術の中継点なんすよ。たぶん都市設計にも、何かしらの先史文明の遺跡が使われてると思いますよ」
「おおー……」
思ったより真剣な説明が返ってきたので、エルフリーデは感心してしまった。
マックスはたぶん、異端対策局の下っ端として再就職してから勉強したのだろう。
彼の生来の真面目さがうかがえて、少女はその事実に感動していた。
マックスがそっけなく声をかけてきた。
「なんですか、その反応?」
「マックスって年上だったなーって再確認しました。かっこいいよ!」
「今までどう思ってたの気になる言い方してくるな……」
二人のやりとりを聞いて、リザもうなずいた。
この場で一番年下の少女は、茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべる。
「お二人は仲がいいんですね……まるで
「俺は一人っ子だよ」
「わたしはお姉ちゃんだよ?」
「変なところで息ぴったりですね……?」
リザは戸惑った。
どうやら戦地を生き抜いた戦友の絆というのは、雑に扱ってるように見えても固いようだった。
◆
そうして走ること数時間。
途中、飲み物を買ったり軽食を取ったり、トイレ休憩をはさんだりしつつ、帝都を見て回るツアーが続いた。
巡っているのは、帝都でまことしやかにささやかれる怪談──死人帰りの目撃された場所である。
雑談を交えながら、現在の帝都についての基礎知識を得た少女二人──マックスはガイド役としてこの上なく優秀で、大型トラックを運転しながらぺらぺらと様々な説明をしてくれた。
この男、ひとしきり喋っても話が尽きない。
こちらの抱いた疑問についても、誤魔化さずにわかっていることを話してくれる。
元々、戦地でも優秀な兵隊だったが──これほどまでに、治安を守るエージェントをやっても優秀だとは思わなかった。
「──そんな感じで、帝都で起きてる怪談の主要な目撃地点はこんなところッスかね。何かわからないこと、あります?」
「そうだね、ちょっと気になるところが……んん、この帝都風の焼きソーセージ美味しいね。ケチャップとカレー粉かかってて、ピリッとしてるのがいい」
「まーた食ってる……カリーヴルストなんて珍しくもないでしょうに」
「バナヴィアにはない味だからねー。さっき食べたケバブだっけ? あれも美味しかった、きみはいい店を知ってる」
「清潔で美味い店ですよ、帝都で怪しい屋台で腹壊したなんて笑い話にもならない」
エルフリーデ・イルーシャは健啖家である。
最近はクロガネのおかげで、手の混んだレストランの美味しいご飯にも親しんでいるが──やはり庶民なので、ファストフード的な軽食も大好きだ。
その点、帝都の軽食は刺激的である。
香辛料を効かせて味のメリハリをつけ、肉汁のあふれるような腸詰めや、薄切りの肉をはさんだサンドイッチ。
実に美味しかった。
こういうジャンクフードよりの味つけもいいよね、と思う。
ちなみにリザ・バシュレーもニコニコして食べている。
この娘、基本的にこういう軽食が大好きなのだ。
もぐもぐと
「あっ、私からも一点、質問が。基本的に
流石に着眼点がいい。
エルフリーデはその質問を引き継いで、ゆっくりと言葉を重ねた。
「いいところに気がつくね、リザ。これまでの移動は、帝都環状線を走ったり、そこから降りて下道を通ったりって感じだったけど……わたしたちが見て回ったのは、全部が環状線沿いだった」
マックスはやれやれと肩をすくめた。
日も暮れて薄暗くなり始めた空の下、青年は年下の少女二人の頭の回転の速さに感心していた。
「土地勘ないって話なのに、気がつくのめちゃくちゃ速いな……そういうことです。異端対策局の見解としては、死人帰りの噂にはパターンがあると見ています。その一つが、帝都環状線の周辺に目撃談が集中してるって特徴です」
マックスの言葉に、エルフリーデはなんとも言えない違和感を抱いた。
これだけ大きな大都市である。
主要な幹線道路が集っているエリアに、人目が多いというのは自然なことだ。
事件の目撃者がいても不思議ではない。
だがそれは、あくまで普通の事件や事故の場合の話である。
「それっておかしくない? 怪談話なのに、人気のない場所とか、治安が悪い区画じゃなくて、車がビュンビュン行き交ってる道路のすぐそばなんて。雰囲気がなさすぎる」
「そういうことです。だからほら、隊長が読んだゴシップ誌でも目撃した場所は伏せてるでしょ? あれって雑誌の編集部が、怖くなくなるからって改変したところなんですよね」
「詳しいね、マックス。聞き込みした?」
「酒を
さらっと怖い話が聞こえてきた。
マクシム・フォールは元々、軽薄ながらその話術で誰とでも仲良くなれる男だったが、その腕はより磨かれていったようである。
エルフリーデは率直な感想を漏らした。
「まあまあ怖い話のような気がする……!」
いや、そもそも自分の命を狙うように言い含められていた元スパイ──リザ・バシュレーを仲間にしている時点で、こんなことを怖がっても仕方ないのだけれど。
大型トラックの助手席で、エルフリーデはこの怪異譚の一番不気味なところを再確認した。
「……つまりさ、マックス。もし死人帰りの噂に、何かしらの仕掛け人がいるとしたら。そいつはわざわざ、バカみたいに目撃者が多いってわかってるところで、幽霊騒ぎを起こしてる?」
マックスは真面目な顔でうなずいた。
「そこなんですよ、妙なところは。まあ死人だ幽霊だってのが、どんな壮大な陰謀なのかは知りませんが……普通は隠れてやるでしょう」
エルフリーデとマックスの間で沈黙が降りた。
二人の共通見解として、この事件は変すぎるという同意が生まれていた。
これまで見て回った場所は、いずれも──日中に大型トラックが走っていても、誰一人として不自然に思わないような普通の市街地だ。
日当たりが悪い街並み、ごみごみしている建物、治安が悪い貧民街──そういうありきたりな怪談の舞台ではない。
するとやはり、「何かある」と思わせる違和感はある。
しかし非合理的すぎて、それっぽい陰謀を想像することもできない。
うーん、とエルフリーデがうなった。
そのときである。
リザが目ざとく、運転席に備え付けられているバックモニターを見た。
「……あの、後ろを見てください」
まるで怪談みたいな台詞だった。
これが怪異譚なら白く伸びた人間の腕とか、恨めしそうにこちらを見る女とか、おっかないものが映り込んでいるものだけれど。
エルフリーデとマックスは、バックモニターを確認した。
「……リザ、よく気づいたね。ありがとう」
「お姉さん、やっぱりこれって」
「うん、よくないね」
少女たちの会話を耳にしつつ、マックスが首をかしげた。
「……何の話です?」
「隣の追い越し車線、後ろに数えて二台目のトラック。なんか走り方、変じゃない? たぶん小さめのロボット戦車か、バレットナイトを積んでるとああなる」
マックスは絶句した。
これまでありとあらゆる機種のバレットナイトと争い、その偽装方法についても、クロガネを始めとする技術者たちからレクチャーを受けた騎士たち──その知見は異端対策局のそれを上回っている。
物騒すぎるシチュエーションに、マックスは血の気が引いた顔で叫んだ。
「ここは戦場じゃない、帝都だぜ!? ありえないことだらけだ!」
エルフリーデは嘆息した。
「認めよう、マックス。わたしたちは今、ありえないことと戦ってるんだよ。わりとよくあるイベントだし」
実感がこもりすぎている台詞だった。
【挿絵表示】
書籍第2巻「機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情2 ~最強パイロットはスパイガールの運命にキレている~」
9月20日オーバーラップノベルスから発売です。
サブタイトルも内容に合わせて一新!
表紙は超大型装脚砲台〈イノーマス・マローダー〉――悲しみの巨神との死闘、そしてリザ・バシュレーとの出会いの物語です。
リザ・バシュレーとのイベントの数々に加筆いっぱい、メカバトル山盛りでお送りします。
よろしくお願いします!
そろそろ10章もわくわくロボットバトルの時間らしいです。