【新刊9/20発売】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
──たぶんこいつに接触されるのはヤバい。見るからに触ったものを粉々に砕いてますって感じだ。
泣き言めいた台詞を言っても、別に目の前の現実は変わらない。
エルフリーデは直感的に、〈シュティーア〉の脚部ローラー機構にブレーキをかけていた。
その場で停止するという本能に反した判断。
目と鼻の先にいる怪物じみた巨体から、一刻も早く距離を取りたいという動物的欲求を理性で抑えつけた。
ぱっと見で〈シュティーア〉の倍近い体躯の巨人だった。おそらく直立時の身長は九メートル以上、前屈みになっていてなお、こちらをはるかに上回る大きさ。
地面を割って出てきただけでも、夢に出てきそうな衝撃──さらに質が悪いのは、こいつの頭部に位置する巨大な円錐型の突起物。
そう、ドリルだ。
まるでクラシックな特撮映画に出てくる、空想科学の産物みたいな造形。
冗談じゃなかった。
──頭のドリルで地盤を砕いて、ぶるぶる震える身体の表面で土砂を弾いて移動してきた?
すべてが異様だった。
アスファルトを砕いて土砂を吹き上げ、ぬっと地中から上昇してきた巨人──ずんぐりとした体躯は分厚く、手足を備えているものの、純粋な人型とは呼びがたい不格好さがあった。
子供向けのブリキの兵隊人形みたいな造形である。
その頭部で回転するドリルと、体表で震えているうろこ状の装置は不気味だが、兵器としての危険性を見て取るには奇妙すぎる。
一瞬、判断に迷うような異形だった。
さしずめドリルモグラってところだろうか──ともあれ思考を切り替える。
──優先事項は敵を倒すことじゃない。
──第一にリザとマックスを死なせない、第二に一般人への被害を出さない、第三に建物もなるべく壊さない。
──第一機動隊なんてプロフェッショナルがすぐ傍にいるんだから、こっちは逃げちゃってもいい。
よし、思ったより簡単そうな気がしてきた。
実際には全部が全部、容易いことじゃないとわかっていても──気分の問題である。
マックスの運転する大型トラックが、勢いよく後退していく。
立ちこめていた土砂の煙幕が薄まっていく中、薄暗がりの中にたたずむ巨影が動いた。
その太い腕が前に突き出される。
装甲が開閉、筒状の装置が露出する──内蔵火器だ。
狙われているのは大型トラックの運転席。エルフリーデは迷うことなくその銃口の前に立ち
──銃火が爆ぜる。
夕暮れの闇の中で瞬くプラズマの白光。高速投射された砲弾が突き刺さる。ドデカいハンマーでぶん殴られた衝撃が連続する。
闇に沈みゆく景色を叩き割るような、轟音の嵐。
あっという間にボロボロになっていく実体シールドがわかった。
だが、耐えられている。
おそらくは口径二〇ミリ以上の電磁機関砲──バレットナイトの搭載火器としては平均的な水準だ。
身長九メートルはあろうかという巨大ロボットの内蔵火器である。
なるほど、通常のバレットナイトとはサイズ感が違いすぎて、腕部の内部容積も桁違いだった。
──だけど目と鼻の先ってことは、こっちの攻撃も届くってことでしょ!
白熱するプラズマ化した大気の輝き。
その発光部目がけて、〈シュティーア〉が右手に装備する騎兵槍を突き出す。並みのバレットナイトであれば、接触するだけでその胴体が千切れ飛ぶ威力の近接兵装。
電磁機関砲の射線を迂回するように、その外側から矛先を一撃──リザたちへの攻撃を弾きつつ、即座に反撃に転じる。
敵に到達するまで〇・五秒もかからない。
そのはずだった。
──ドリルモグラの身体がうごめく。
──その異様なまでに分厚い巨体が嘘みたいに、つるりと地面の上を滑って後退。
──宙を切る矛先。
エルフリーデはその瞬間、相手の対応が、自分の想定から外れたことを認識する。
まるでそう、氷上を滑るスケートブーツみたいな動きで、こちらの考えていた間合いの概念を揺るがした。
今さら攻撃動作は中断できない。
──〈シュティーア〉の騎兵槍には同軸機銃がある。ならっ!
カメラアイで周囲を認識した。
後ろにあるのは廃墟になった無人のデパートの建物だけ。万が一、弾を外しても機銃掃射は鉄筋コンクリートの建築物を崩すだけだ。
運動エネルギーのままに流れ弾が飛んでいって、不幸などこかの誰かを殺すなんてことは防げる。
「悪いね、避けても無駄!」
エルフリーデは騎兵槍の根元に仕込まれた同軸機銃──三〇ミリ電磁機関砲の引き金を引いた。
銃火が瞬く。
今度こそ外しはしなかった。
肉眼では、すべてがぼんやりとにじむような闇の中──高速投射された三〇ミリ弾頭が、ドリルモグラの胴体に突き刺さる。
激しく火花が散った。
硬質な金属に、何度も何度もハンマーを叩きつけるような甲高い音。
当たってはいる。
だが、装甲を貫通しているような手応えがない。
ギギギギギギ、と火花をまき散らしながら、揺るがない異様な巨体。
──嘘でしょ、こいつ重戦車並みの重装甲ってこと!?
バレットナイトの携帯する機関砲は、基本的に軽装甲の戦闘車両を撃破できる程度の性能だ。
これは機甲駆体という人型兵器の出力・電装系・冷却系から実現できる、一番お手頃で使いやすい武器の必然。
本物の戦車と正面から殴り合ったら、まず打ち負けるが──眼前のドリルモグラの防御力はそれに匹敵するというのか。
背後でトラックの走る音。
十分に後退して空間的余裕を確保した大型トラックが、前進しながらハンドルを切って駐車場を横切っていく。
流石の運転技量。
いい仕事だと思った。
「そのまま逃げて! こっちは自分でなんとかするから!」
言いながら機銃掃射をやめた。
おそらく目の前の化け物は、バカみたいに分厚い装甲を持っている。そのくせスケートでもするみたいに、つるっと地面の上を滑る妙な芸当をしてくる。
絶対に近接戦の間合いに入りたくはないのに、確実にダメージを通すならそれしか方法がない。
そのとき、視界に入る距離まで来ていたトレーラーから、友軍を示す識別コードが送られてくる。
四機の人型兵器が、たった今、地面に降り立った。
異端対策局機動部隊の〈アイゼンリッター〉──彼らから無線通信が入った。
『こちら第一機動隊のノイアーだ。無事かな、エルフリーデ・イルーシャ』
「ノイアー殿、そちらに重火器はありますか?」
『狙撃砲がある。手強い敵か?』
「三〇ミリ電磁機関砲が通用しません、重戦車並みです」
『わかった。退いてくれ』
円滑なコミュニケーションが取れるプロフェッショナルって素晴らしい、と涙が出そうだった。
エルフリーデは迷うことなく〈シュティーア〉の脚部ローラーユニットを高速回転させた。左右の足の開き方、回転数を変動させることで進行方向を制御。
爆発的な速度でその場から走り去る。
その瞬間、ドリルモグラがこちら目がけて体当たり──間一髪で避けた。ほとんどボディプレスのようなのしかかる動作だ。
轟音。
大型トラックが停車していてもなんともなかった舗装道路が、一瞬で砕け散った。
粉砕されたアスファルトの破片、波打つ液体のようになった土砂が、ぶしゃっと飛び散る。
ごぉおん、と重低音を響かせて、倒れ込むようにして路上に転がったドリルモグラ──まともに考えれば愚策もいい動きだった。
人型兵器とは、その手足を用いて機動するがゆえの兵器。
ジェットエンジンやロケットエンジンで空中飛行する第三世代機と言えど、瞬間的な加速ならば、手足の人工筋肉を用いた跳躍は頼りになる。
──でも油断ならない。こいつの性能がわからない、だから怖いっ!
エルフリーデは駐車場を走りながら、頭部を回転させる。たった今、自分が回避したボディプレスの着弾地点──ドリルモグラがいるはずの場所を、カメラアイの視界に収めた。
予想外の光景──クジラが陸に上がってきて潮吹きでもしているのかと思った。
それは濁流のように噴き上がった暗色の煙。
まるで水飛沫が上がるように、土砂が強烈な勢いで周囲に吹き付けられていく。
夜闇と混じり合った茶色い煙幕が、もうもうと立ちこめていた。音響センサーが捉える音は、高速振動する金属が何かを震わせるときのそれ。
『クソッ、何も見えない。赤外線センサーもダメだ、熱がこもった土砂がまき散らされている』
「敵は地中から現れました。原理は不明ですが、地中を移動する能力があります!」
『ははっ、空想科学映画か……承知した、全機、足下に気をつけろ。私に合わせて移動し、ポジションを変えながら索敵を続ける』
第一機動隊の指揮官、フェリックス・ノイアーの指示は的確だった。
〈アイゼンリッター〉は陸上兵器であり、動き回っている限りは素早い人工筋肉駆動だ。敵のドリルモグラが地底怪獣じみた移動方法を持っていようと、地中潜行よりも素早い。
ならば足場を崩されて、地割れに飲み込まれる間抜けにはならずに済む。
電磁機関砲と狙撃砲を所持した〈アイゼンリッター〉型が二機ずつ、前衛と後衛でツーマンセルが二組の構成。
エルフリーデは自身も油断なく、〈シュティーア〉で距離を取りながら、土砂の煙幕を眺めた。
──なんだろう、違和感がある。
──あのドリルモグラは、たぶんドリルで掘り進んできたはず。
──でも、変かも?
ぐるぐると頭の中を巡る違和感を探って。
ようやく気づいた。
「……帝都には電線がない?」
独り言を聞きつけて、ノイアーがするりと疑問に答えた。
『我らが帝都コルザレムは、電線の地中敷設が進んでいる都市だ。それがどうしたのかな?』
エルフリーデはその答えで確信した。
極めてろくでもない予感が、頭の中ではっきりした脅威の認識へと変じていく。どう言えば初対面の治安当局の男に、自分の危惧が伝わるのか考える。
どのみち時間がない、言うだけ言ってみるしかなかった。
「ノイアー殿、照明です。わたしたちの周りの夜景は、街灯がつきっぱなしです──あのドリルモグラが全力で地中を掘り進んできたなら、停電が起きてないとおかしい」
『エルフリーデ殿、つまりそれは……』
「あいつは今まで、本気を出してなかった。全力駆動の性能をこっちに見せてないんです──」
刹那、駐車場に走る亀裂が拡大した。異様な光景だった。放射状に広がっていくひび割れ、波間に浮かぶ板きれのように頼りない路面。
足下から伝わってくる振動は、最早、局所的な地震を疑わせるほどに激しい。
〈シュティーア〉の脚部フレームを通して感じられる波動。
ぐらぐらと揺れる地面が、数十メートル先で盛り上がる。めきめきと盛り上がる隆起が、猛烈な勢いで移動していく。
アスファルトが波打っていた。
急速接近してくる震動源を前にして、ノイアーが鋭く指示を発した。
『撃て、敵は地下にいる! 狙撃砲でぶち抜いてやれ!』
電磁機関砲が火を噴く。
バレットナイトが運用する重火器としては、極めて高い対装甲能力を持った火砲──その鋭い一撃はあっけなく回避された。
うねうねと左右に蛇行する何か──その軌跡を
凄まじい速度だった。
『全機、回避運動に移れ──』
ノイアーの指示が飛ぶ。
〈アイゼンリッター〉四機が攻撃を中断して、左右に散開しようとしたその刹那。
彼らがそう判断する瞬間を待っていたかのように──地面が爆ぜた。
アスファルトが粉々に砕け散る。
それはまるで、安っぽいサメ映画みたいな景色だった。
水面を割って現れた人食い鮫が、勢いよく飛び跳ねるような
元来、地面とは凄まじい質量の土砂が積層されたものである。
ゆえに地中とは、自由に進むことがままならない空間のはずだった。
そのような固定観念を打ち崩す地中移動──否、機動と呼ぶべき概念。
──両手を広げた異形の人型/ドリルとうろこで覆われた化け物。
その巨体に接触して、〈アイゼンリッター〉の手足が枯れ木のように千切れ飛んだ。
四機のバレットナイトが、化け物じみた巨体の体当たりを受けたのだ。
その質量の差は歴然としていた。
武装状態で五トンに満たない〈アイゼンリッター〉が、あっけなく空中に弾き飛ばされるほどの運動エネルギー。
少なめに見積もっても数十トンはあるであろう重量と、どうやって実現しているのかもわからない異様な機動性。
その結果──辛うじて直撃を免れたものの、攻撃するための武器/機動するための脚部を一度に失ったバレットナイト部隊。
がしゃん、と音を立て、地面に叩きつけられる人型が四体。
『ぐおっ……! まだだ、武器が残っているものは構えろ、至近距離でぶっ放してやれ!』
『了解っ……!』
ノイアーとその部下の戦意は衰えていなかった。
そんな彼らの士気を嘲笑うように──はるか遠方に着地し、地響きを立ててアスファルトに突っ込んだ巨影が反転してくる。
地面が震える。
駐車場の舗装を隆起させ、液状化させた土砂の中を泳ぐ怪物──エルフリーデ・イルーシャはもう我慢がならなかった。
〈シュティーア〉を疾走させる。
〈アイゼンリッター〉四機にとどめを刺すべく、地面の中を突き進むドリルモグラを見た。
──クソッ、楽はできそうにないってことだね!
覚悟を決める。
地中の相手にはほぼ効かないと承知の上で、三〇ミリ電磁機関砲をアスファルトの隆起に撃ち込んだ。
少女は外部スピーカーを起動させると、これ以上ないぐらいにやかましい声で怒鳴りつけた。
「──こっちだ、ドリルモグラ! わたしはここにいるぞ、臆病者っ!」
まったく馬鹿なことをしている。
さっさと避難しろ、ここは任せろと言われたのだから、そうするべきだ。
たとえ彼らが任務中に
そうしなかった理由は
──そんなの目覚めが悪すぎる。
──たとえ一時的なものでも、戦友を見捨てるような真似はしたくはない。
結局のところ、自分はこういう人間なのだとわかって。
機甲猟兵エルフリーデ・イルーシャは笑った。
悪くない気分だった。
「──エルフリーデ・イルーシャの首を取ってみせろ、モグラ野郎っ!」
ぴりぴりと肌を突き刺すような殺意。
アスファルトを盛り上げる軌跡が、こちらを向いて進路を変えた。
死闘の始まりだった。
『このライトノベルがすごい! 2027』
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