【第2巻発売中】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中

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エアドボーラー

 

 

 

 帝都の夜景は壮観だった。

 道路を照らす街灯、照明の灯ったガラス張りの建物、道路を行き交う自動車──如何にも大都市らしく、夕闇に飲み込まれた暗がりは、労働から解放された人々であふれている。

 彼らは突然、廃墟のデパートの方から聞こえてきた騒音にも、眉をひそめるだけだ。

 

 事前の告知もなしに取り壊し作業でも始まったのか、日も暮れたのに解体工事を始めた愚か者がいるのか──そんな風に日常でありえそうなバイアスをかけて、物事を解釈する。

 あるいは非常識な騒音に腹を立て、最寄りの警察に「恐ろしく迷惑な騒音」について苦情を入れているかもしれない。

 

 一体どこの馬鹿な業者だろう、帝都の治安を悪化させている兵隊崩れか、それとも都市のルールもわからない田舎者の仕業か。

 各々の価値観と思想に沿った差別意識に基づいて、想定する下手人のプロフィールは変わってくるだろう。

 

 だが、それだけだ。

 それが金属製外殻で覆われた機械仕掛けのモグラが、都市のインフラを破壊しながら暴れ回っているせいだとは考えない。

 

 

 ──どいつもこいつも、のんきな顔してますね本当っ!

 

 

 リザ・バシュレーは焦っていた。

 自身の身の安全が脅かされているからではない。大型トラックの助手席に座っている彼女は、高速で現場から離脱しているから、ひとまず安全だ。

 

 リザが危惧しているのは、友人であり恩人であるもう一人の少女──エルフリーデのことだった。

 正体不明で戦闘能力も未知数の敵との交戦状態。

 これはよくない。

 

 突然、地面を突き破って現れた敵機には度肝を抜かれたが、それはそれとして、リザはすでに状況を分析し始めていた。

 運転席でハンドルを握る青年、マックスに声をかけた。

 

 

「マックスさん、この車の荷台って通信設備ありましたよね?」

 

 

「ああ、使うか?」

 

 

「ええ、お願いします」

 

 

「今、停車する。後ろのドアから乗り込んでくれ。セットアップ方法はわかるか?」

 

 

「大丈夫です」

 

 

 そういうことになった。

 マックスは流石にこういう仕事をしているだけあって、リザとほぼ同じことを考えているようだった。

 

 

 ──正直なところ、マックスさんを全部信じるのは無理です。彼と顔合わせした途端、二回も襲われてるのはできすぎている。

 

 

 ──お姉さんほど付き合いがない私は、彼の人間性を無条件で信じるのが難しい。

 

 

 それが今日知り合ったばかりの部外者、リザ・バシュレーなりの距離感である。マックスもそういう少女の認識は承知している。

 その上でひとまず、疑惑の追及はお互いに棚上げしていた。

 

 信用できるか否かは、いずれ伯爵様かマハト保安監察官が判断するだろう。

 異端対策局のバレットナイト部隊と合流しているとはいえ、エルフリーデを自分たちが孤立させるのは問題外──そういう共通認識は一致している。

 

 ここを裏切らないうちは、お互いに相手を信じるふりをする。

 そういう暗黙の了解があった。

 トラックがブレーキでなめらかに減速、するっと止まる。

 

 シートベルトを外して、助手席のドアを開いて降りた。そのまま荷台の方に走り寄り、車体後部のドアへと手を伸ばした。

 車高が高いから、手を届かせるのに苦労した。

 こういうときは自分が子供なのを実感して嫌になる。

 

 

「ええ、女性を想定した物作りを期待したいですね……!」

 

 

 口から皮肉がこぼれた。

 大きくていっぱいものを積めることを重視した大型トラックに、優しさを期待するのは的外れだ。

 

 それはそうと、こういう一刻を争うときに手間取ると嫌気が差したりもする。

 なんとかドアを開くのに成功した。

 内部の照明がついた。

 

 運送業者のトラックに偽装しているが、荷台の中身はまったくの別物だった。九メートル超の内部空間は、人型兵器バレットナイトを格納しておく場所と、通信設備を固定した仕切りに分けられる。

 

 トラックの走行中でも使えるように、身体を固定するシートベルトまでついている。

 リザは素早く視線を走らせ、目当てのものを見つけた。

 通信設備はベガニシュ帝国陸軍のものだった。そう難しい機材ではない、と思った。

 

 かつてガルテグ中央情報局の工作員として、みっちりと訓練を受けたリザは、この手の機材の扱いも心得ていた。

 ベガニシュ帝国は世界最大の軍事大国として君臨しており、自らの勢力圏に対して積極的に軍用機材を輸出している。

 

 ゆえに情報機関の工作員なら、いくらでも触る機会があった。

 マニュアルは必要ない。

 シートベルトに身体を固定して、車内用無線のスイッチを入れた。

 

 

「発進してください、もう大丈夫です」

 

 

『速いな、出すぜ? とりあえず渋滞は避けて走る』

 

 

「ええ、お願いします」

 

 

 トラックを走らせる理由は簡単だった。

 先ほどのドリル戦車もどきが、エルフリーデとリザたちを分断するための刺客で、本命の襲撃者が、さらに追加でやってくる可能性がある。

 敵はあんな馬鹿でかいモンスターを市街地に投入できるのだ。

 

 さらにバレットナイトの増援を、偽装車両から投入してくる可能性は否定できない。

 その場合、リザたちは無防備なところを襲われかねない。

 ゆえにマックスが車両を走らせ、安全な場所まで移動させる必要があった。

 

 

 ──これでマックスさんが、自爆上等のガンギマリ裏切り野郎だと、私はもう死ぬしかないんですけどね!

 

 

 ハードな一日になっているな、と実感した。

 リザはあらためてこう思った。

 

 

 ──全幅の信頼を寄せていい運転手(ドライバー)って得がたいものですね、ロイさん。

 

 

 リザ・バシュレーは安心できる身内(ホーム)を恋しく思いつつ、通信設備の周波数をあらかじめ決めていたものにセットした。

 軍用の暗号化通信は、ミトラス・グループの製造しているバレットナイトの高度な通信能力ならすぐ拾えるはず。

 呼び掛けた。

 

 

「こちらライオネス2。ライオネス1、ご無事ですか?」

 

 

『聞こえてるよライオネス2。生憎、こっちはまだ戦闘中──あっクソ、こいつコンクリートも砕ける! ごめん、電波も状況もよくない!』

 

 

 コールサインで返答。

 エルフリーデの声音は思ったより落ち着いているが、これは電脳棺に融合している彼女の感情を、汎用インターフェースが自動変換した結果だ。

 

 利用者(ユーザー)の気持ちはたぶんこんな感じなので、それっぽい補正をかけてお話しますねというシステム。

 そして何よりリザが敬愛する英雄殿は、百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の機甲猟兵だ。

 実際には常人なら死ぬようなシチュエーションでも、軽妙な返事をするぐらいに神経が太い。

 

 

 ──今のお姉さんの返事でわかったことがある。短い時間で手短に伝えないと、かえって負担になりますけど。

 

 

 リザは五秒に満たない時間、思考を巡らせた。

 エルフリーデと別れたとき、彼女のバレットナイトは馬鹿でかいモグラの化け物と対峙していた。場所は無人のだだっ広い駐車場、近隣にある建物は取り壊し予定のデパート。

 

 土地勘がないのが悔やまれた。

 流石に一度も訪れたことがない建物の内部構造まではわからない。

 だが、如何にもあのエルフリーデ・イルーシャならやりそうな無茶は察しがついた。

 

 

「デパートの内部で戦ってるんですね?」

 

 

『うん、なんとか上手いこと誘い出してね。でもこいつ、鉄筋コンクリートも砕いて掘り進んできてる!』

 

 

「お姉さん、地上フロアでは戦わないでください。相手は地中の岩盤だろうと砕いて移動できる機体です。地上にいる限り、向こうは足場を破壊しながら追い詰めることができます」

 

 

『……吹き抜けを駆け上がればいいんだね!』

 

 

 流石だった。

 エルフリーデは戦闘に関しては天才的なセンスの持ち主だ。

 それはバレットナイトの操縦という技能に留まらず、周囲の環境を観察して利用する応用力も同様である。

 

 人間用に作られている階段や手すりを、金属製の駆動フレームを持った巨人で足場にして駆け上がる──普通に考えると絶対に無理な曲芸もやってのけるだろう。

 なのでそういう実技面での心配はしなくていい。

 リザは科学知識に詳しい元スパイとして、エルフリーデに足りない知識を助言する。

 

 

「ええ、エレベーターシャフトも使えるかもしれません。おそらくですが、敵のセンサーシステムは地中用レーダーと振動センサーの組み合わせだと思います。デパートの立体的な構造を盾にしてください。地表付近の状況も、相手は地中から把握できているはずです」

 

 

『地中用レーダー? 地面の中から電磁波を当ててる? ……ああ、さっきのレーダー照射はそういうこと?』

 

 

「使用できる環境はかなり限られますが……普通のカメラアイは、地中じゃ使い物にならないですから。代わりのセンサーシステムが積んであるはず」

 

 

『ありがとう、リザ。参考になったよ』

 

 

 心からの感謝を込められた声。

 リザは自分の焦燥感を押し殺して、次に打てる手を考えた。

 大事なのはどうやってエルフリーデを助けるかだ。最善は自分のバレットナイトで駆けつけることだが、近場にちょうどいい機体がない。

 

 今から申請書を出してどこかの格納庫に押しかけるのは、時間がかかりすぎて論外だった。

 悔しいが、ここは一番頼れる人に連絡すべきだろう。

 

 

「お姉さん、これまでの戦闘でわかってることを教えてください。伯爵様に転送して、あの人の知識で敵の正体を突き止めましょう」

 

 

『さっすがリザ! きみってやっぱり、頼れる相棒だ!』

 

 

 いっそ脳天気に聞こえるぐらい明るい声だった。

 その天性の明朗快活(めいろうかいかつ)さに救われながら、リザはエルフリーデの言葉を受け止めた。

 なんとしても彼女を勝たせるために。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ──大きい建物だとは思ってたけど、まさか六階まで吹き抜け構造とはね。

 

 

 ──ざっと高さは三〇メートルあって、エスカレーターで各階層が繋がれてる。

 

 

 これが休日のショッピングに来た身分なら、目を輝かせて見上げたかもしれないけれど。

 ここはすでに閉鎖された無人の施設。

 とっくの昔に電気も止まっているから真っ暗闇だし、テナントも撤収していてだだっ広い空間が広がっているだけ──まさに廃墟と呼ぶに相応しい寒々しい空間だった。

 

 エルフリーデ・イルーシャはたった今、騎兵槍を叩き込んで突き破ったシャッターの残骸をちらりと見た。

 これで器物損壊の罪は犯した。

 まあ今さらだろう、ドリルモグラが地面を掘り変えてアスファルトを粉々に砕いているのだから。

 

 

 ──ドリルモグラを挑発して、こっちに誘い込んだまではよかったけど。

 

 

 ──あいつコンクリートの建物の中にも、平気な顔して侵入してくる!

 

 

 照明がついていないせいで、暗視モードに切り替わったカメラアイが周囲の空間を見ている。

 敵の姿はない。

 だけど足下から伝わる振動は、ドリルモグラが自分の足下にいることを伝えてきていた。

 

 先ほどリザとの通信で聞いたとおりなら──地中から強烈なレーダー波を放って、反射してきた電磁波で状況を把握することは可能だという。

 たとえ周囲が土砂や建築物の基礎だろうと、材質によって電磁波の通り方が違うから、それを利用して立体図のように感覚できるはずだ、と。

 

 そしてバレットナイトが歩行する際、地中にも振動は伝わる。

 あのぶるぶる震えるうろこ状の体表が停止していた場合、敵はその振動をセンサーで計測できる。

 

 

 ──どうやってこっちを感知してるのか不思議だったけど、見た目に似合わず感覚は鋭いんだ。

 

 

 めちゃくちゃ面倒くさい。

 エルフリーデは周囲の地形を頭に叩き込んだ。

 元々、老朽化を理由に閉鎖された施設である。建物としてはガタが来ているはずだし、近々、取り壊しの予定だったことを考えると──見た目以上に耐久性は落ちていると考えた方がいい。

 

 バレットナイトが見た目よりはるかに軽量といっても、ちょっとした装甲車ぐらいはあるのだ。

 あまり調子に乗って足場にすると、あっさり崩れて地面に真っ逆さまに落ちるかもしれない。

 ためらいはあった。

 

 その刹那、バレットナイト〈シュティーア〉のセンサーシステムが強烈な電磁波を感知。

 足下の振動が強くなった。

 

 

「クソッ、バレた!」

 

 

 〈シュティーア〉の三本の脚部を地面に叩きつける。

 電磁式人工筋肉が生み出す爆発的な跳躍力──吹き抜け構造になった空間を、跳び上がって上昇。

 空中でエスカレーターを蹴りつけ、跳躍方向を修正。

 

 地上三階のフロアに転がり込む〈シュティーア〉──手すりを吹き飛ばしながら、身長四・五メートルの巨人が着地する。

 幸いにも床は抜けなかった。

 

 

 ──ああもう、心臓に悪い!

 

 

 直後、エルフリーデが立っていた空間が爆ぜた。

 床面を崩しながら馬鹿でかいドリルの先端が現れ、ボロボロに崩れたコンクリートの欠片が飛び散った。

 

 驚嘆すべき事実──ドリルモグラは鉄筋コンクリートで覆われた床を、その土台ごと粉砕しながら進行してきた。土砂をアスファルトで覆った駐車場より、はるかに地中潜行の難易度は高いはずである。

 

 軍用の強化コンクリートや金属防壁なら違うかもしれないが、古くなったデパート程度の障害は問題にならないらしい。

 ぬっと浮上してくる巨体があった。

 

 冗談みたいに大きなドリルの頭部、寸胴と言ってよいずんぐりした胴体、太くたくましい手足。

 ザザザ、と耳障りな音を立てて震えるうろこ状の体表。

 

 

 ──冗談みたいな見た目のくせに、手強すぎる!

 

 

 とはいえチャンスだった。

 ドリルモグラはこちらに頭上をさらしている。

 三階のフロアから見下ろして、電磁機関砲を叩き込む絶好の機会──エルフリーデは右腕の騎兵槍を突き出した。

 

 槍の根元に仕込んだ同軸機銃を構える。

 レーザー照準。真っ正面は装甲で弾かれても、撃つ角度が違えば、攻撃が通るかもしれない。

 

 

「喰らえ!」

 

 

 三〇ミリ電磁機関砲が放たれる。

 火線が短砲身の電磁バレルから吐き出され、連続してドリルモグラに直撃。

 激しい火花が散った。

 

 それは暗闇で満たされたデパートの中で、たいまつを掲げるように周囲を照らす光源だった。

 エルフリーデはすぐにその結果を知った。

 

 

 ──嘘でしょ、上部装甲にも攻撃が通らない!?

 

 

 先ほどの接敵時は重戦車並みかと思ったが、相手はそれ以上の防御力の化け物だ。

 これ以上は無駄撃ちになる。

 射撃中止。

 

 騎兵槍と一体化している機関砲は、大容量の大型弾倉を使っているが。

 そろそろ心許ない状況になりつつある。

 エルフリーデが身体を引っ込めようとした瞬間、地上フロア、一五メートルほど下方でうごめくものがあった。

 

 それまで機銃掃射を浴びていたドリルモグラが、その上体をこちらに傾けて──ずっしりと重たげな装甲が持ち上がった。

 装甲がスライドしてせり上がってくる砲塔。

 それは明らかに大砲と呼ぶべき大口径──四肢を地面に接触させ、姿勢を安定させるドリルモグラ。

 

 

 ──ヤバい、ヤバい、あれ戦車砲レベルの大きさじゃん!

 

 

 エルフリーデはほとんど本能的に機体を動かした。

 脚部のローラーユニットを逆回転させ、全力で後退する〈シュティーア〉──次の瞬間、暗闇を引き裂く白熱光(マズルフラッシュ)。

 

 その光とほぼ同時に爆発。

 まばゆい光だった。

 高性能炸薬が生み出す致命的な殺傷半径──熱波と破片の嵐が、吹き抜け構造のデパート全体を揺るがした。

 

 それまでエルフリーデが開けた大穴以外、外部に対して閉ざされていた閉鎖空間が爆ぜる。

 内側から生まれた強烈な爆風によって、デパートの窓が割れる。

 ガラス片が飛び散った。

 

 砲撃を浴びた三階フロアの床面には大穴。

 砕け散ったコンクリートの粉塵が立ちこめる中、エルフリーデは生身なら死んでいたな、と思う。

 

 

 ──だけど、わかってきた。あいつはたぶん、戦車と同じかそれ以上に重たい。そのおかげでバカみたいに装甲が分厚い。

 

 

 ──でもそのせいで、このデパートみたいな三次元的な地形じゃ飛んだり跳ねたりできない。

 

 

 ──〈シュティーア〉もバレットナイトの中じゃ大きい方だけど、跳躍力には雲泥(うんでい)の差がある。

 

 

 リザの助言が役立っていた。

 あのまま地上フロアにいたら、縦横無尽(じゅうおうむじん)に地中を走り回るドリルモグラに追い込まれていたかもしれない。

 

 ひとまず三階に逃げ込めたのは行幸だった。

 問題はこのまま隠れていると──ドリルモグラが諦めて、他の攻撃対象に興味を移すかもしれないことか。

 適度に敵の注意を引きつけつつ、逃げ回る必要があった。

 

 

 ──どうする? もう一回、顔を出して挑発する?

 

 

 エルフリーデが思案する間、二度目の砲撃は来なかった。

 代わりに感知されるもの。

 激しい振動。

 

 

「……ここは三階。あいつの自重じゃ簡単に上がってこられないはず……」

 

 

 そう呟いた瞬間、激しい騒音がデパート全体に響き渡った。まるでとてつもなく重たい何かが、激突したかのような轟音。

 金属がひしゃげ、ねじ曲げ、ぐちゃぐちゃに破砕されていく甲高い音が続いて。

 

 やがてそれは建物全体を震わせるほどの振動に変じた。

 発生源はデパートすべての階層に面している構造体──エルフリーデが目を向けると、そこにあったのは。

 

 何の変哲(へんてつ)もないエレベーターだった。

 そこで気づく。

 

 

 ──エレベーターは縦穴(シャフト)になってる。地上フロアから最上階までを貫くように。

 

 

 まさか、そんなことができるのだろうか。

 ありえないでしょ、とエルフリーデの中の常識的な感性は告げているのに──戦闘の天才としての直感が、もう答えを出してしまった。

 

 金属を破壊しながら、巨大な何かがせり上がってくる轟音。

 その振動がびりびりと〈シュティーア〉の駆動フレームを震わせた。

 まるでアレだ、と思う。

 

 

 ──人食い鮫と戦う映画で、水場から上がって大丈夫だと思ってたら、サメがとんでもないところから襲ってくるやつ!

 

 

 ためらえば死ぬ。

 エルフリーデは〈シュティーア〉のローラーユニットを全力で回転させた。

 切り立った崖(がけ)みたいになっている吹き抜け、その縁(ふち)から反対側に跳躍(ジャンプ)。

 

 横っ飛びの無茶な姿勢だった。

 刹那、背後でエレベーターの扉が弾け飛んだ。

 勢いよく飛び出してくるのは、高速回転する超硬度ドリル──馬鹿でかいモグラから、人間の手足を生やしたような異形。

 

 まるで花火のような火花は、ぐちゃぐちゃに破壊されたエレベーターシャフトの鋼材がまき散らす悲鳴だ。高速振動するドリルモグラのうろこに接触し、赤熱した金属粉になったガイドレールが飛び散っている。

 ドリルモグラは、エレベーターシャフトを駆け上がってきたのだ。

 

 おそらくその大きすぎる図体を、無理矢理にシャフトにねじ込んで、周囲を切削して──建材のあげる絶叫とともに、破砕された金属とコンクリートが散らばっていく。

 触れるものを砕き、流砂へと変えながら、ドリルモグラが突っ込んでくる。

 

 

 ──間一髪だった。〈シュティーア〉が反対側のフロアに飛び移った瞬間、ドリルがそれまでいた空間を薙ぎ払った。

 

 

 衝撃は破壊的だった。

 床に亀裂が入って、それが拡大するまではあっという間だった。コンクリート打ちの床面が凹み、周囲の鉄筋がみしみしと軋んだ。

 

 次の瞬間、崩落。

 ずごごごご、とものすごい音を立てて、それまで三階フロアだった建材が崩れ落ちていく。

 ドリルモグラの体表──周囲の地形を流砂へと変えていくうろこが、老朽化した施設を急速に劣化させたのだ。

 

 二階に落下していくドリルモグラが視認できた。

 じたばたと手足を動かしていて、まったくダメージを受けたようには見えない。

 

 

「ああもう、怪獣映画みたいになってる!」

 

 

 エルフリーデはバカみたいな破壊規模に悲鳴を上げるしかない。

 手持ちの飛び道具──三〇ミリ電磁機関砲は通用しないとわかっている。

 こうなってくるといよいよ、騎兵槍を使った白兵戦しか打つ手がないのだが──勘弁してほしい。

 

 相手の全貌がわからない状態で突っ込むのは、できれば御免被りたいのだが。

 足下から振動が伝わってきた。

 

 

 ──クソッ! 二階を伝ってこっちに回ってくるつもりだ!

 

 

 どうする。

 このまま吹き抜けを利用して、上下の階層を移動してもいいけれど。

 ドリルモグラは地形を破壊しながら、垂直上昇する能力があるとわかってしまった。

 その上、大砲まで持っている。

 

 こうなってしまうと、デパートの外に出るのはますますありえない。

 建物の外であんな大砲をぶっ放されたら、被害規模はこんなものじゃ済まないからだ。

 無人の廃墟だから、死傷者が出ていないようなものである。

 

 

 ──重たいなあ。わたし以外の命も乗っかってる決断って、やっぱり重たいよ。

 

 

 戦地で下してきたそれを思い出す。

 自分の指示によって、死んでいった戦友たちの姿が脳裏をよぎる。

 ふと胸に降りてきた感慨(かんがい)──そうだね、と腑(ふ)に落ちた。

 

 

 ──軽い決断なんか一度もなかった。それはきっと、今この瞬間と何も変わらなかったよね。

 

 

 ならば恐れるものはない。

 エルフリーデ・イルーシャがそう自分自身に命じた瞬間、通信が入った。

 聞こえてきたのは、ど(・)う(・)し(・)よ(・)う(・)も(・)な(・)く(・)愛(・)お(・)し(・)い(・)人(・)の(・)声(・)。

 

 

 

『──ライオネス1、俺だ。今からお前に、敵についての分析を伝える。俺たちでやつを撃破するぞ』

 

 

 

 相変わらずだった。

 美味しいところで現れるのは、今も昔も変わらない男──クロガネ・シヴ・シノムラに、自然と微笑みがこぼれた。

 まったく、少しぐらいはこっちの無事を案じればいいものを。

 可愛げのないやつ。

 

 

 

「ええ、クロガネ。頼りにしてるから──あいつを倒そう」

 

 

 

 

 

 

 

 









ドリルモグラあらため〈エアドボーラー〉らしいです。
意味は見た目そのまんま…!


反撃のターンです。
クロガネはすごいやつなので敵の詳細も突き止められる…!






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