【新刊9/20発売】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
クロガネの指示は
まずはより上層に登れ、という話だったので〈シュティーア〉を疾駆させる。この際、動きを気取られないようにしようとは考えない。
思いっきり床を蹴りつけ、エスカレーターを途中の足場にして、反対側の上層フロアに到達する。
これでエルフリーデは地上四階に到達した計算になる。
不吉な振動は足下からずっと聞こえていた。
無線通信越しに、クロガネへ尋ねた。
「どのみち、あいつはすぐ上に登ってくると思うよ? 直立すれば九メートル以上ありそうだったし、頭のドリルで天井を削っちゃえばいい」
『そうだな、十分にありえることだ。しかし敵──〈エアドボーラー〉の選択肢を削ることはできる』
「それは相手の名前かな」
『ああ、お前の目撃談を元に検討してみたが……戦時中の試作兵器の噂で、一つ該当するものがあった。〈エアドボーラー〉はその仮称だ』
「呆れた。地獄耳過ぎる……軍事機密じゃないの、そういうのって」
流石は科学技術オタクというべきか、最新技術についての感度が高すぎる男だ。
ひとまず、新しくつけられた名前について思考する。
そう名付けられた存在は、絶えず大地を削り取り、触れたものを流砂に変えながら機動する──その肉体は異形であり、分厚く、最低でも九〇トン以上の自重があると推測された。
それは正しく地中潜行することに特化した機体。
異形極まりない頭頂部のドリル、高速振動するうろこ状の体表、分厚い金属外殻で守られたボディ、姿勢制御で用いられる四肢。
はっきり言ってインチキじみている。
めちゃくちゃ重くて頑丈なロボットが、ものすごいパワーとスピードでそこら中を走り回る、だなんて。
そりゃあ飛行機みたいに空を飛んで、エネルギーバリアやビーム砲を積んでるロボットだってめちゃくちゃだが──こっちはまだ、対処法というものがわかる。
バリアで身を守るような機体は、何かしら本体の防御力は脆弱なのだ。
そもそも素の装甲がお化けだと、そういう話にすらならない。
『仕方あるまい。一度、ミトラス・グループにも打診があった計画だ──結果的に我々がかかわることはなかったが、どういうものが求められていたかは察しがつく』
「なるほどね、詳しいわけだ……」
先ほどまで聞こえていた騒音は、反対側の下方から鳴り響いている。明らかに鉄筋コンクリートで作られた高層建築の中を、〈エアドボーラー〉が動き回っている証拠だ。
自分自身の重さで二階に落下したと思ったら、今度はぐるっと回り込んでエルフリーデの尻を追っかけてきている。
特撮映画に出てきそうな見た目のくせに、動きが速いのである。
少女は依然として脅かされている自分の命を実感しつつ、クロガネの解説を聞いた。
『〈エアドボーラー〉のコンセプトは見ての通り──地中を
「つまり動力源も同じだね? 電脳棺に融合してれば、食事もトイレも睡眠も要らないし」
『ああ、地中では有限になってしまう酸素の問題もクリアされる。従来技術ではどう足掻いても非現実的な、地底戦車という空想が、理論上は作れそうなものになった』
「だから帝国は作っちゃったってこと?」
『そういうことだな。どんなに非現実的に見えたとしても、それが実在する兵器ならば──敵軍は対応する手段を講じざるをえない。戦時中に承認された兵器開発プランの一つというわけだ』
話を聞いていると、技術畑の人間にとっての感想は「本当に作ってたのか、アレ」みたいなノリらしい。
わからない。
精々、戦争のときに何かの間違いで予算が通っちゃった失敗作がいいところでは──クロガネの言葉を聞いていると、それが自分の足下で、元気に暴れ回っている地底怪獣もどきとは思えない。
その
『〈エアドボーラー〉が一〇メートル近い大型機なのは、地中で必要な機体強度を保つためだ。地面の下は、大量の土砂が詰まった質量の塊だ。強烈な圧力を常時、あらゆる方向から受けることになるだろう』
「だからめちゃくちゃ頑丈ですって……打つ手がないよ?」
『──いや、この構造がやつの弱点を決定づけている』
その瞬間、騒音がけたたましく響いた。
見れば三階の床をぶち抜いて、巨大なドリルが突き出している。エルフリーデが先ほど逃げ出した地上三階に、〈エアドボーラー〉が到達したのである。
削り取られたコンクリートの破片が宙を舞う。
改めて大きすぎる。
このデパートの天井はそこそこ高く、バレットナイトでも身をかがめれば移動できるほどだが──件のドリルモグラは、身を横たえた状態でも天井に届きそうなぐらいだ。
根本的に身体が分厚く、それは地中の圧力に耐えるための必然的な構造なのだという。
ドリルで床面をぶち抜いたあと、よっこらしょ、という挙動で腕を突き出して這い上がる巨体──仕草だけは人間くさい。
クロガネは淡々と説明を続けた。
『赤外線センサーの反応はどうなっている?』
「……うわ、真っ赤だ。たき火でもしてるみたいに、あいつの身体全部が発熱してる」
先ほどは粉砕されたエレベーターシャフトの金属粉など、派手に飛び散る火花でそれどころではなかったけれど──こうして落ち着いてみると、〈エアドボーラー〉は全身が熱を強烈に発していた。
異様だった。
エルフリーデの知る限り、この世界の乗り物の大半は超伝導モーター駆動だ。電気で回るホイールやプロペラで、自動車も飛行機も動いている。
その動力源は大容量バッテリーから供給される電気で、それゆえに乗り物は熱をあまり発さない。
最近登場したジェットエンジンやロケットエンジンを使った飛行機、第三世代バレットナイトはその限りではないけれど──内燃機関を積んだ乗り物は極少数の例外なのだ。
〈エアドボーラー〉は別に、ジェット噴射やロケット噴射で空を飛ぶわけではない。
なのに機体全体がこんなにも発熱しているのは──奇妙だった。
『よし、もう情報は十分に得た。後退していい』
「わかった」
瞬間、強烈なレーダー波が飛んできた。すごい出力の電磁波を放って、その反射で周囲を索敵する〈エアドボーラー〉の目となるであろうセンサーシステム。
電磁波対策が施されているエルフリーデの機体は平気だが、続いて特徴的な振動が計測された。
たぶん音響センサーシステム、こっちは音波を使って、立体的に周囲を計測するセンサーシステム。
昔読んだ動物図鑑を思い出した。
コウモリやクジラがやるという、超音波を使った
さっきのリザの推測は大当たりだった。
こっちの位置はバレたな、と察する。
ローラーユニットを回転させて後退した途端、強烈な銃火が飛んできた。
空気が破裂する発砲音──おそらく腕部の
あっという間に穴だらけになっていく鉄筋コンクリートを尻目に、エルフリーデはクロガネに問いかける。
「クロガネ、〈エアドボーラー〉の弱点が発熱ってどういうことです? 確かにアレじゃ悪目立ちする。爆弾を落とせる爆撃機でもいれば、狙い撃ちされますけど──ここにはそんなのないですよ?」
『なるべく手短に話す。結論から言おう。敵の弱点は、排熱機能の不全だ』
「……排熱?」
ピンとこなかった。
ベガニシュ帝国の熱線砲──粒子ビーム兵器やジェットエンジン搭載機ならいざ知らず、地面を掘り進む地底戦車に、どうしてそんな弱点が生まれるのだろう。
エルフリーデの疑問に答えるように、クロガネは解説を続行。
『まず〈エアドボーラー〉は地中で活動するために頑強なボディに設計された。最低でも二層構造の多重装甲、岩盤やコンクリートに接触しても問題ない一次装甲と、衝撃を吸収する二次装甲がある』
「衝撃を吸収……コンクリートを削っちゃうぐらい身体を振動させてるのに、自分自身を壊さないカラクリってこと?」
『そうだ。そしてお前も知っての通り、敵は極めて優れた機動力を持っている。これを成立させているのは、体表のうろこだ。ベガニシュ帝国で試作されていた推進装置の一つ……ヴェレン・トリープ波動推進器。高速振動するうろこが周囲の土砂を液状化させ、地中を泳ぐように移動できる』
説明が手短と言うわりには
そこで推進装置の正式名称を口にする必要はないと思うが、たぶん科学技術オタク的には外せないのだろう。
流石は激務の日常の中でも、美味しいご飯を食べるという
そこが可愛げだけれど、こういうときでも安定してると少し困る。
──困った人だなあ!
エルフリーデはちょっと呆れつつ、要点らしきものを読み取った。
伊達にこの一年間、クロガネ・シヴ・シノムラとともに死線をくぐり抜けたわけではない。
「……わかったかも。〈エアドボーラー〉はそのヴェレン……うろこで地面を泳いでる。でも高速振動してるってことは、硬いものと擦れたときの摩擦熱もすごい?」
『流石だな、その通りだ──ヴェレン・トリープ波動推進器は、画期的な推進装置と見なされながらも、机上の空論に過ぎないものだった。理想的な柔らかい土壌以外では、うろこ状ユニットの負担が大きすぎるせいだ』
気づくと耳障りな騒音がピタッと聞こえなくなっていた。
あのドリルモグラが、頭部の超硬度ドリルも体表のうろこも動かさずにいる証拠──出現してから常に何らかの形で周囲を破壊して、暴れ回っていた怪物とは思えない。
あいつのこれまでの行動パターンなら、静かにしているのは大きなアクションをする前の予備動作かもしれないけれど。
いや、そんなタメを作る必要はない。
あれほど圧倒的なパワーとスピード、防御力と機動力があるのだから──ずっと全力で追いかけっこをしていれば、先に
──最初は自重がすごくて上に登れないのかと思っていたけど、そうじゃないのはもうわかってる。
──その気になればエレベーターシャフトを使ったり、天井をぶち抜いたり、いろんな方法であいつは上層に移動できる。
でもすぐにそうしなかった。
あの異様な発熱がその理由であるならば──少女騎士の推測を裏付けるように、クロガネの言葉が投げかけられた。
『先ほど赤外線センサーの反応で確認した情報を整理しよう。〈エアドボーラー〉は全身にうろこ状ユニットを持ち、そこから大量の熱を放出している。おそらく排熱問題の解決策として、うろこ状ユニットに放熱器の機能を持たせている』
「えっ?」
エルフリーデは耳を疑った。
あのドリルモグラは全身にぶるぶる震えるうろこを持っていて、高速振動させて素早い動きを可能にしている。でもそれが原因で熱を発生させてしまう。
なのでうろこに放熱をさせている。
話の順番がおかしいというか、論理的に変な感じがした。
違和感を口にした。
「なんか……めちゃくちゃじゃない? 問題を起こしてる部位に、その問題を解決させようとしてる? 上手くいくの、それ?」
『ああ、その場しのぎの解決策だな。推察するに……周囲の土砂や地下水に熱を移し、排出することで普段は冷却ができているのだろう。お前が駐車場で見たという、高熱をともなう土砂の噴出がそれだ』
「そっか、あれって……熱をまき散らしてたんだ!」
異端対策局の第一機動部隊──ノイアー隊長率いるバレットナイト部隊が交戦していたとき、エルフリーデも観測した光景である。
あのときは熱された土砂が煙幕のように振る舞い、赤外線センサーでの探知が難しくなっていた。
あれは別に、目くらましのための機能ではなかったのだ。
たぶん純粋に〈エアドボーラー〉の機体にこもった熱を、地表付近の温度が低い土砂で冷却していた。
『動力源の問題がないとしても、そのエネルギーを使って動作する機械の負荷まではどうにもならない。ヴェレン・トリープ波動推進器が、故障せずに動作するレベルになっていること自体、俺は驚嘆している』
「じゃあ〈エアドボーラー〉が、これまで本気出すのをギリギリまで渋ってた感じなのは……」
『挑発的な動作に見えるよう、自己演出していたのだろう。実際には駆動システムが全力を出したり、内蔵火器を使用するたびに、やつは自分自身の熱を排出しなければいけなかった。作戦行動中に放熱を優先しなければならないほどに……〈エアドボーラー〉の冷却システムは余裕がないはずだ』
言われてみるとこれまでの〈エアドボーラー〉の行動が、一つのロジックで繋がっていくように思えた。
あの機体が内蔵している重火器──戦車砲並みの大砲を連射してこないのも、発射時に生じる熱が原因ならば納得がいく。
〈アシュラベール〉のようにジェットエンジンとエネルギーバリアを同時使用するバレットナイトが、出力不足に陥ることなく運用できるほどに。
だから〈エアドボーラー〉が電力不足で、大口径リニアガンを連射できないという可能性はありえない。
なるほど、相手が無敵の超兵器ではないと理解できた。
「それでクロガネ。専門家として、あいつの倒し方に心当たりはありますか?」
問いかけに、不死者はすっぱりとこう答えた。
『提案はある。その前に確認しよう。現在の武装についてだが──機関砲の弾はまだあるか?』
◆
〈エアドボーラー〉は狩りをする側だった。
この機体は元々、ベガニシュ帝国陸軍が試作した特殊工兵車両だった。
地雷原に機関銃、山ほどのドローンに鉄筋コンクリートで補強された地下構造体──現代戦で要塞化された陣地は、簡単に攻略できないものに成り果てている。
近頃は対空レールガンとしてバレットナイトまで配備されているから、空爆での攻略すらどんどん難易度が上がっている。
もちろんバレットナイトを使って、あっさりとこういう要塞を攻略する優秀な将兵もいるが──できることなら犠牲を出すことなく、容易にそれを成し遂げたい。
〈エアドボーラー〉はかくして試作された。
地中を切削して、地下から要塞を食い破る戦車。
それがこの異形のマシンの存在意義であり、そのためにありとあらゆる試行錯誤が繰り返された。
蓄積される熱量、摩耗していく部品、あまりにも異形すぎるがゆえの操縦難易度──実用化を阻むハードルは無限に増えていき、それらは解決されなかった。
所詮、戦争という熱狂の中で考案された悪夢の産物だ。
そのように搭乗者は思考する。
──さてエルフリーデ。あんたは敵を挑発して、こんな廃墟に逃げ込んだ。
──飛べもしない不格好なバレットナイトで何ができる?
あるいは噂の赤い鬼神──〈アシュラベール〉ならば、この〈エアドボーラー〉を一蹴できたかもしれないが。
そうではない以上、負ける気がしなかった。
火力と装甲、それを押しつけるための機動力。
すべてにおいて〈エアドボーラー〉は怪物的な機体である。
どんなに大型の機体でも、精々、二〇トン未満の機体にすぎないバレットナイトとは根本的な設計思想が違う。
この機体が対峙するのは敵軍ではない。
──この星の大地を相手取るための怪物だ。
──あんたは勝てない。ここで負けるんだよ、エルフリーデ。
ほの暗い
ここに超音波を使った音響センサーシステムの耳を足すことで、〈エアドボーラー〉は外界を三次元的に把握できる。
見えた。
鉄筋コンクリートの建物の中で、身長四メートル大の巨人は目立ちすぎる。たった今、エスカレーターを蹴ってさらに上の階層に逃げ込む姿を確認した。
脚部を使った跳躍にせよ、ローラーユニットを使った走行にせよ、何らかの振動を生むのは必然的だ。
重量が数トンあるバレットナイトを、高度なセンサーを備えた〈エアドボーラー〉から逃れることはできない。
〈エアドボーラー〉は自分がいる階層を確認した。
──ここは地上三階、エルフリーデは五階にいる。このデパートの吹き抜けは六階まで。
──逃げ場なんてどこにもない。
手足を床面に接地させる。
〈エアドボーラー〉の背中で開閉する装甲──地中の高圧環境に耐える開閉機構、その内部に埋め込まれた大口径レールガンの砲身があらわになる。
それは一二〇ミリ電磁投射砲。
文字通り重戦車の正面装甲すらぶち抜ける重火器は、要塞化された陣地を容易く貫く。
当然のことながら、単なる鉄筋コンクリート作りの建築物なんて紙切れ同然だ。
──徹甲弾じゃない榴弾でも、破壊力は十分。
──至近距離でバレットナイトが浴びて無事に済む威力じゃない。
〈エアドボーラー〉は手足の接地面を振動させた。
コンクリートの床面に穴が空き、ずっしりと手足が沈み込んでいく。
強烈な反動を受け止めるための発射姿勢──半ば建材の中に埋め込まれた機体は、単なる接触状態よりもはるかに安定する。
先ほどエルフリーデが消えた六階フロアに照準を合わせた。
発射。
速やかなる炸裂。
時限信管によってセットされたタイマーに従い、一瞬で砲弾が爆ぜた。
その瞬間、デパート内を満たしていた闇が、爆発の火焔によって白く染まる。
爆風が吹き荒れたはずだ。
さて、この程度の攻撃で死ぬエルフリーデとも思えないが──そう思考した刹那、爆発で薙ぎ払われた上層で振動。
何事かとレーダー波をぶっ放す。
電磁波の反射でわかったこと──地上六階から飛び降りてくる機影が一つ。
──今このタイミングで飛び降り!?
──血迷ったんですか!?
まあいい。
そんな苦し紛れも行動で、意表が突けるほど安い敵ではないとわからせてやる。
〈エアドボーラー〉がその腕を床面から引き抜き、装甲を開閉、内蔵機銃を向けたその瞬間──銃火が爆ぜた。
衝撃、爆発、飛散。
何が起きたかのか、一瞬、判断に苦しんだ。
一拍遅れて理解する。
──内蔵機銃が露出したタイミングで、内部の銃身を撃ち抜いた!?
馬鹿げている。
確かに〈エアドボーラー〉の武装には弱点がある。地中潜行するせいで土砂を詰まらせないため、普段は銃身を露出できず、使用時には装甲をスライドさせる必要がある。
そして攻撃の瞬間だけは、重火器を覆っている鎧がなくなる。
だからそこを撃ち抜けばいい。
──机上の空論でしょうが!? そんなのとっさにやるバカがいるか、普通!?
右腕に飛び込んできた三〇ミリ砲弾の威力は抜群だった。
〈エアドボーラー〉の搭載火器は、すべて電磁加速式なので火薬に誘爆はしなかったが──そもそも機銃掃射の威力が桁違いなのだ。
装甲の内側にあった機械システムはズタズタに食い荒らされ、使い物にならなくなった。
その間にもエルフリーデのバレットナイトは自由落下、デパートの五階から地面まで真っ逆さまに墜落して。
──エスカレーターを蹴りつけて、真横にカッ飛んできた!?
重力ってものを知らないのか、と困惑するような異様な動き──垂直降下によって生じた運動エネルギーを、自分自身の脚部で障害物を蹴って生み出した運動エネルギーでねじ曲げる。
自由落下が斜め下へのそれに軌道変化。
デパートの地上フロアに落下するはずだった機影が、〈エアドボーラー〉のいる三階に転がり込んでくる。
いや、ほとんど激突といっていい無茶な動きだった。
左腕にくくりつけている盾を床面に叩きつけ、その反動で無理矢理に急制動をかけている。
気づけば至近距離に潜り込まれていた。
──〈エアドボーラー〉の内蔵火器じゃ照準が間に合わない。
──なら逃げさせてもらう!
体表のうろこ状ユニット、ヴェレン・トリープ波動推進器を起動した。
全身をびっしりと覆う一枚一枚が、独立した可動域を備えて、超振動モーター駆動によって高速振動する金属部品。
常軌を逸した小型化と強度確保──膨大な部品点数と引き換えに、全身のうろこ状ユニットを震わせることで、〈エアドボーラー〉は大地を自在に操る。
高速振動するうろこによって、大地を流砂のように変化させ、振動数を変化させることで圧力の波を作り出し──波乗りして機体を動かすのだ。
まるでクジラが海を泳ぐように、数十トンの巨体が軽やかに動き回る理由である。
大地に与えた振動エネルギーを推進力にすることもあれば、自在に浮上と沈下を切り替えることもできる。
──うろこに接触していた床面が砕け散る。
──凄まじい高速振動によってコンクリートに亀裂が走り、鋼鉄の骨が破断し、崩れ去っていく。
──〈エアドボーラー〉の質量に耐えかねて、文字通り床が抜けた。
それは崩落だった。
デパート三階の床をぶち抜き、二階に落下していく巨体。
九〇トン超の質量がいきなり落ちてきた衝撃で、さらにデパート二階の床面にも亀裂が入った。
面白いように破壊が連鎖した。
打ち砕かれたコンクリートが質量の津波になって、重力に従って落ちていく。
どかどかと降り注ぐ瓦礫の山。
──〈エアドボーラー〉の強度なら耐えられる!
──だけどエルフリーデ、あんたの機体はどう見積もっても七トン未満!
──こんな瓦礫の質量に耐えられやしない!
廃墟のデパートの一階フロアで生じるもの──鳴り響く轟音、衝撃の連鎖、もうもうと立ちこめる粉塵の煙。
〈エアドボーラー〉は無傷だった。
凄まじい物量の瓦礫が、その位置エネルギーを運動エネルギーに変えて、重力に従って降り注ごうと問題はない。
その程度の負荷で壊れるような機体ならば、地底戦車など名乗れはしない。
──その強度ゆえの自信が仇となった。
──その瞬間、生じたのは慢心だった。
〈エアドボーラー〉は疑うべきだったのだ。
自由落下しながら壁を蹴りつけ、空中機動するような一握りの超人──エルフリーデ・イルーシャが、ただの崩落程度で死ぬはずがない、と。
時間にして、一秒にも満たない油断である。
──〈エアドボーラー〉の索敵システムが異変を察知。
──空中を落下する瓦礫が、その軌道を変えていた。
否、それはコンクリート片ではない。
人型をしていた。
身長四・五メートルの巨人が、落ちてくる。
──
その瞬間、〈エアドボーラー〉は自分の失敗を悟った。
エルフリーデは無事だったのだ。彼女は崩落をギリギリで回避して、〈エアドボーラー〉が先に落ちていくのを確認し、コンクリート片に紛れて
〈エアドボーラー〉のセンサーシステムは、電磁波ないし音波の反響を利用して、外界を認識する。
ゆえに大量の瓦礫に紛れて接近してくるエルフリーデに、気づくのが遅れた。
銃火が弾ける。
三〇ミリ電磁機関砲が降り注ぐ。
おそらく弾倉内に残っている弾丸すべてを撃ち尽くす勢い。
〈エアドボーラー〉の装甲が受け止める。
激しい火花が散る。
──やめろ! やめろ!
〈エアドボーラー〉は焦っていた。
バレットナイトの携帯機関砲ぐらいで、この機体の重装甲が貫通されることはない。
だが、無傷では済まない。
機体表面をびっしりと覆ううろこ──ヴェレン・トリープ波動推進器は、被弾すると砕けている。
それは一度や二度、撃たれたぐらいで致命傷になることはないが、確実な機能低下を意味していた。
〈エアドボーラー〉のありとあらゆる能力──地中潜行、地上での急速旋回、排熱による冷却システム──を司るがゆえに、被弾面積が広ければ広いほど影響は深刻になる。
──さっきと撃ち方が違う!
──うろこを剥がすつもりで撃ってきてる!
胴体のあちこちでヴェレン・トリープ波動推進器が
大胆すぎた。
おそらくエルフリーデはどこかで、この機体の特性について気づいた。
逃げ回ってこっちを観察してた時期とは、明確に異なる意思のありよう。
──あんたは獲物だ、狩人はこっちの方だ!
吠えた。
〈エアドボーラー〉の搭乗者は、今や自分が狩られているという現実に逆上する。
頭部のドリルを高速回転──上方から落下してくるエルフリーデの機体を、空中で串刺しにしてやろうとした。
エルフリーデに回避する術はない。
そのはずだった。
──空中で火花が散る。
──高速回転する超硬度ドリルと、騎兵槍の矛先が激突する。
自由落下の速度を乗せた刺突である。
お互いが超硬度金属でできた絶対強度の刃ゆえの
着地される。
〈エアドボーラー〉の足下に、その半分ほどの背丈しかないバレットナイトが潜り込んでいた。
数十トンの質量の怪物が、その重さで外敵を押し潰そうとする。
──刹那、その関節が爆ぜた。
──超硬度重突槍が、〈エアドボーラー〉の右脚の膝にねじ込まれていた。
蛇腹状の装甲に覆われていたものの、他の部位に比べて強度が落ちる関節部。
そこを的確に狙われていた。
〈エアドボーラー〉はもう自重を支えられなかった。あまりに大きすぎる質量ゆえに、バランスが崩れた瞬間、その巨体は地上で溺れるしかなくなる。
轟音とともに、巨獣が床面に倒れ込んだ。
──急速潜行だ! 地中に潜って、ここから離脱する!
デパートの床面を打ち砕き、液状化させて逃げ込もうと試みる──だが、信じがたいほどに潜行速度が落ちていた。
先ほどの被弾の影響だ。
体表のヴェレン・トリープ波動推進器の多くが
刺突が襲ってくる。
狙われたのは腕の付け根だった。
絶対強度を誇るテロス合金のブレード──刺し貫かれた間接部から、破壊された金属フレームの断片が火花になってあふれ出す。
胴体の内側にある駆動システムにダメージが入るのに七秒。
一か八かで展開した背部のレールガンが破壊され、電装系が焼き切られて、頭部のドリルが満足に動かなくなるまで一五秒。
──まるでクジラが銛でとどめを刺されるように。
──〈エアドボーラー〉は沈黙した。
・〈エアドボーラー〉
ドリルモグラ。
全高3.8メートル、全長9.4メートル。総重量:不明(推定90トン以上)。
地上走行速度:時速70キロメートル以上。
地中巡航速度:不明。
本機はその名(=地中採掘機)の通り、機体全体を使って地中を掘り進む地底戦車。
モグラを思わせるずんぐりとしたシルエットが特徴。
頭部と胴体を水平にしたうつ伏せ――地を這うような姿で運用されるが、フレームそのものが大型のため、重戦車以上の巨体を持つ。
その運用コンセプトは地中侵攻による特殊工兵マシン。
地対空レールガンの発達や対戦車地雷の敷設によるキルゾーンなど、地上戦の負担が増大する中で、より安全に敵陣を切り崩す――このためにベガニシュ帝国が開発した機体。
陸戦を主とする第2世代バレットナイト、空中機動の概念を獲得した第3世代バレットナイトとは、根本的に異なる運用を行う。
このため既存の兵器体系に分類しがたいが、技術的には最新鋭のバレットナイトのそれが転用されている。
電脳棺による機体制御の都合上、人型の内骨格という構造は保持されているものの、実質的には内蔵火器が大半を占める。
これはフィードバックされた感覚としては、全身に機械のオンオフを行うためのスイッチがあるような状態。
非常に操縦困難であることは想像に難くない。
巨大な尖った頭部には削岩刃を搭載。
加工難易度が高く生産性の悪い特殊合金――テロス合金製の超硬度ドリルは、接触した物質を瞬時に破砕することが可能で、絶対強度によって刃の摩耗もない。
このドリルで地中の岩盤やコンクリートなどを粉砕後、全身に分散配置された波動推進器=ヴェレン・トリープによって推進力に変換する。
ヴェレン・トリープはうろこ状の独立可動式振動板を貼り合わせた推進装置で、機体表面そのものが振動波を放って周囲の土砂を流動化させ、それらと相互作用することで水中を泳ぐような機動が可能。
全身の表皮に存在するうろこは放熱板としても機能する。
また接地部位のうろこを高速振動させることにより、地面との摩擦係数を操作、その自重に見合わない軽快な機動が可能。
さらに地面を粉砕、液状化させることで地盤強度を自在に変化させ、短時間での地中潜行すら行う。
胴体および前脚には内蔵火器を搭載し、自衛戦闘および地上進出時の火力投射を司る。
頭部そのものが巨大なドリルになっている。
地中潜行時の周辺探査には、地中レーダーと音響ソナーを併用。
得られた探査データは汎用インターフェース・電脳棺によって五感に即した形に変換され、パイロットに伝達される。
全身の装甲には、超強度複合材と振動吸収メタマテリアルと合金製耐圧殻の三重構造が採用されており、物理的強度そのものが桁違いに高い。
地中侵攻時に生じる高圧・高温の極限環境に耐えるため設計されたボディは、純粋な防御力とダメージコントロール能力のすべてに優れる。
また特定部位の破損時には、内部を循環する流体マイクロマシンを硬化させ、かさぶたのようにして断面を保護――これによって欠損部位を抱えても安全に地中へ逃げ込むことが可能。
言わばベガニシュ帝国の科学技術の結晶というべき本機――そのスペックは恐るべきものである。
大陸間戦争末期にはガルテグ連邦の要塞化された陣地に対して実戦投入され、多大な戦果を上げた。
この怪獣めいた機体の最大の欠点は、その部品点数の多さに由来する劣悪な整備性、専用の超強度素材の多用、これにともなうコストの高さだった。
また運用時に蓄積される排熱限界、部品消耗の激しさ、電脳棺による制御難易度など問題は山積みである。
特に排熱問題は根本的な欠陥というべき様相を呈している。
電脳棺という制御系・動力源・生命時装置を兼ねた画期的な装置によって、機動兵器の常識は大きく塗り変わった。
有人搭乗兵器では、そもそも人間の生存が困難である地中活動――そのハードルが大きく下がったことも、〈エアドボーラー〉が試作された理由である。
だが、地中は極限環境である。
四方八方から押し寄せる大地の圧力に耐えうる構造体を実現するには、多層構造の頑強なボディが必要となった。
自重が増大した機体を満足に機動させるため、超振動デバイスの技術を応用したうろこ=ヴェレン・トリープ波動推進器が実装された。
土砂を流動化させ、推進力を生み出し、地中の高圧を和らげるうろこ――しかしこの特殊な推進装置が仇となった。
絶え間なく稼働するヴェレン・トリープ波動推進器は、それ自体が熱を発生させてしまう。
これはうろこ状ユニットに排熱機能を持たせ、地中の土砂に熱を捨てることで一定の解決を見たものの、発生させる熱量に機体の冷却システムが見合っていないという問題は未解決である。
このため〈エアドボーラー〉は、戦闘出力での稼働後、一定の排熱時間を必要とする。
こうした未解決の課題ゆえ、戦時中、小数生産されるに留まっている。
装備
・装甲材:超強度複合材/振動吸収メタマテリアル/合金製耐圧殻
・推進装置:波動推進装置〈ヴェレン・トリープ〉…うろこ状ユニットを個別振動制御、振動数の可変制御によって推力を生み出す。排熱機構を兼ねる。
・センサー:地中用レーダー、振動探査装置
武装
・頭部固定装備:超硬度ドリル
・背部内蔵火器:120ミリ電磁投射砲×1
・背部:地中用レーダー
・腕部内蔵火器:30ミリ電磁機関砲×2
・腕部内蔵火器:破砕型超振動クロー…五本の指すべてが超振動ユニットとして機能、振動波を増幅させ、接触した対象を広範囲にわたって破壊する。
・脚部:波動推進機〈ヴェレン・トリープ〉…振動板の可変制御により、地面の摩擦係数、地盤強度を自在に操作して機動する。
クロガネ「たぶんこういうことだ(無線越しに状況を聞くだけで全部考察するマン)」
エルフリーデ「安楽椅子探偵みたいな男がいる…!」
二人がイチャイチャすると中ボスが沈むらしいです。