【新刊9/20発売】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
「手短に話しましょう、伯爵。先ほどの情報提供のおかげで調査は
クロガネ・シヴ・シノムラが事態の推移を聞いたのは、異端対策局のオフィスだった。
せわしない状況である。
日も暮れてから起きた大事件のせいで、帰れなくなった職員があちこちで業務に駆り出されている。
帝都環状線で起きた戦闘の直後、さらに現れた正体不明の地中潜行機械による襲撃──たった一日で起きていい規模の事件ではなかった。
特に後者がもたらした被害が
閉鎖されていた廃墟のデパートとはいえ、怪獣じみた地底戦車が暴れ回ったことで、施設には大きな被害が出てしまった。
今後の建物の取り壊し作業への影響は計り知れない。
ついでを言うならば、直接、事件の鎮圧に当たったのが異端対策局の特別協力者だったのも面倒ではある。
事後処理だけで膨大な業務が発生しているのは想像に難くない。
そういうわけで夜も深まってきた時分、クロガネが面会したときには──責任者であるオットー・マハトの顔色はすこぶる悪くなっていた。
こういうときに必要なのは、いたわる言葉以上に、必要な物事を見極めて簡潔に伝えることだった。
「察するに廃棄されたはずの機体が、帝都で秘密裏に運用されていた……といったところでしょうか?」
「おそらくは。陸軍に問い合わせていますが、彼らが調査結果を寄越すまではしばらくかかるでしょう。不幸中の幸いは、これほど重武装の機体が市街地に被害を出さなかったことです。無論、地下掘削の影響は未知数ですが……伯爵の仰っていた停電や断水は起きていない」
「地下敷設されたライフラインへの影響は限定的だった、と。妙ですな」
「ええ……これが帝都に対するテロ攻撃ならば、もっと大規模な被害を出せたはずです。しかしそうはならなかった」
つまり襲撃者の目的は、そういうありきたりな都市に対する攻撃ではなかったのだ。
帝都コルザレムでバレットナイトを用いた戦闘が起きたこと自体、本来であれば十分に大事件と呼べるのだが──クロガネが注目したのは、そういうことではなかった。
こうなってくると奇妙である。
狙われたのは明らかに、エルフリーデたちだった。
帝都環状線で起きたバレットナイト二体の襲撃、それに続けて地底戦車による奇襲──単なるテロ攻撃ならば、その過程でいくらでも流血を増やせたはずなのだ。
だが、敵はそうしなかった。
「
クロガネの指摘を聞いて、マハトはその小役人然とした顔に疑念を浮かべた。
「……確かに、妙なことが起きています。正直なところ起きた事件の規模が大きすぎて、私も戸惑っている」
「これはあくまで推測ですが。マハト保安監察官、我々はすでに──敵による証拠隠滅に巻き込まれているのではありませんか? もし掴まれて困る証拠があったのならば、放火して周囲すべてを焼き払ってしまえばいい」
その言葉を聞いた途端、マハトはまぶたを閉じた。深呼吸したあと、男は渋面になってうめき声を漏らした。
「伯爵閣下、それはあまりにも──破滅的です。それに論理的には穴がある。もし大事件に発展させて誤魔化したいのなら、敵はもっと民間人を巻き込んで被害を拡大させるべきだった」
「確かに。そこが今回の敵の最も奇妙な行動原理です。この一件の専属捜査官となったエルフリーデたちを排除したいなら、もっと目立たない方法での暗殺も視野に入れていいはず。敵は事態をエスカレーションさせているのに、
「悪党どもの良心が働いた、とは──いえ、つまらない冗談はやめておきましょう。とにかく伯爵、あなたのご助言の通りになったのは間違いありません。バレットナイトを用意していなければ、今頃、もっと事件は深刻化していたことでしょう。感謝いたします」
クロガネとマハトが顔を突き合せているのは、今日一日で事態が大きく動きすぎたからだ。
本来であればここから数日かけて、じっくりと死人帰り事件の不審な点を洗い出し──エルフリーデたちがバレットナイトを用いて、不審な施設に踏み込むようなことをしていたかもしれない。
そういう目論見はたった数時間で崩れ去った。
もう秘密捜査どころの話ではなかった。
これは軍から流出した兵器を用いて、帝都でテロが起きたという立派な大事件なのだ──おそらく明日には帝都の新聞という新聞が、この大捕物を扱うことになるだろう。
報道管制で隠しきれるようなものではない。
帝都の治安を担う警察組織が、その
異端対策局による捜査にも、支障が出るのは想像に難くなかった。
そういう今後の展望を思案していくと、やはり脳裏に浮かぶ言葉があった。
「……こちらの足止めだけが目的なら、敵は上手くやったのかもしれません。もし今以上に被害者が出ていた場合、かえって捜査は苛烈になっていたことでしょう。犯人一味を捕らえることに、民衆の報復心も強く向けられていたはずです」
「あえて半端な被害に抑えることで、異端対策局と警察の縄張り争いを引き起こしている、と?」
「そうした可能性もある、ということです。いずれにせよ死人帰り事件のついて、我々は一つの疑念を抱いています──
クロガネとマハトの直面している問題は、つまるところこういうことだった。
帝都で起きている不穏な怪異の噂──
この疑惑はすでに、敵によって引き起こされた一連の騒動で、確証に代わったといっていい。
普通に考えれば、極小規模な捜査が始まった程度で、この反応はあまりにも異常なのだ。
襲撃が成功しても失敗しても、大量の物証が現場に残されるのだから。捕らえられた襲撃者たちが真相を知っている可能性は、あまり望みがないのも確かだが。
そのときマハトに対して、部下と思しき男が耳打ちした。
事件に進展があったらしい。
その瞬間、マハトの表情が面白いように変わった。彼は数秒間、苦悩するように眉をひそめたあと──意を決してクロガネに視線を向けた。
「…………伯爵、私の理解を超えた事態です。お知恵を拝借していいでしょうか?」
「もちろんです」
クロガネにはある程度、予想がついていた。
おそらくエルフリーデたちを襲撃した地底戦車〈エアドボーラー〉絡みだろう。
最後に彼女の報告を聞いた時点では、機体のバイタルブロックは破壊していないという話だった。総重量が八〇トンを超える怪物的な機械だし、現場はすでに戦闘の余波で崩落している。
あまりにも二次被害が怖いので、搭乗者を引っ張り出すのも一苦労だろう──危険なので身の安全の確保を最優先するよう、エルフリーデには伝えてある。
マハトの部下が、どうにかして〈エアドボーラー〉の搭乗者を確保したなら、ちょうど今ぐらいの時間になるはずだった。
クロガネは理性と論理の人間である。
ゆえに起こりうる事態を想定していたつもりだったが──次の瞬間、マハトの口から聞かされたのは予想外の内容だった。
「地底戦車の搭乗者を捕縛しましたが……エルフリーデ卿の証言によれば、
「
「ええ、さらにもう一点。その人物は──
こればかりは想定外だった。
エルフリーデの旧知の人物──彼女の歩んできた過酷な半生ゆえに、何かしらの形でバレットナイトの運用にかかわっていることが多い──が、組織犯罪に関与していたというのは衝撃的だが、ありえない話ではなかった。
無論、これから捜査にかかわる人間にとっては、あまりよろこばしい話ではない。
通常の犯罪捜査の手順ならば、捜査から人員を外して客観性を確保するのも珍しいことではなかった。
だが、よもや
クロガネは今度こそ、ため息をつきたい気持ちになった──あまりにも考えることが多すぎたし、エルフリーデが背負う心の負担を思えば陰鬱なことである。
理性を動員して言葉を選んだ。
「……マハト保安監察官。どうやら我々はすでに、
もちろん、エルフリーデが事実誤認した可能性はある。
まったくの別人を見間違えたとか、後天的に整形して容姿を戦死者そっくりにしていたとか、より現実的な解釈だってできる。
帝都で軍用兵器を投入して、暗殺未遂を起こすような悪意の持ち主ならば、そのぐらいの
しかし奇妙な確信があった。
──これが意図的なものか否かはわからない。
──だが、エルフリーデ。お前はすでに事件の核心に近づいている。
筆舌しがたい悪運に見舞われる少女の身を案じつつ、クロガネは次に打つ手を考えた。
思考停止も楽観的な妥協もすべきではなかった。
すべてを失わせないために。
◆
──大変なことになってる、わけわかんない。
エルフリーデ・イルーシャは今、混乱していた。
廃墟のデパート一階で撃破され、崩落した上層の床だったコンクリート片──瓦礫の山に囲まれている地底戦車が、搭乗者の強制排出機能を使われるまで数時間かかった。
現場の混乱のしようを考えれば、驚くほど迅速に作業が進んだと言えなくもない。
そう、戦闘終了後から今に至るまで、何もかもが大変だった。
エルフリーデが撃破した地底戦車は、動力を伝達するための回路を破壊され、身動きできなくなって沈黙した。
要するに自分では指一本動かせなくなったのだ。
戦場になったデパートの廃墟は一気に崩壊が進んで、いつ二次災害が起きてもおかしくなかった。
そのくせ地底戦車〈エアドボーラー〉自体がとんでもない自重なので、安全なところまで機体を引っ張り出すというのも難しい。
結局、リスクを承知で異端対策局の技術者が侵入し、〈エアドボーラー〉のハッチを開けて、外部操作して搭乗者を捕まえるという流れになった。
その立会人として、エルフリーデも遠巻きにそれを見守っていたのだが。
──引きずり出された搭乗者の外見に、エルフリーデは見覚えがあった。
それは若い女だった。
ベガニシュ帝国の制式採用している耐環境パイロットスーツ姿。灰色の髪を首の後ろで束ねた、十代後半の少女である。
そう、くすんだアッシュブロンドの頭髪──馬の尻尾みたいにふさふさしたポニーテール、強く
しなやかでありながら、強く暴力性をうかがわせる筋肉質な体つき。
年齢は今のエルフリーデと同年代だが、それは明らかに記憶の中の姿そのままで──最後に彼女の姿を見たときから、数年が経過している時間と釣り合わなかった。
生きていたのなら、今はもう二十代前半じゃないと計算が合わないはず。
そういう懐かしい顔がそこにあった。
「…………ジゼル?」
思わずこぼれた一言だった。
バレットナイトで近場の人間とコミュニケーションするため、外部スピーカー機能をつけっぱなしにしていた。
それゆえに発された少女の言葉は、確かに相手に届いていた。
探照灯に照らされた灰髪の少女──完全武装の銃を持った男たちに囲まれ、両手を挙げて観念している様子──は、まぶしそうに目を細めていて。
ようやく気づいたか、とでも言いたげに笑った。
「どもッス。お久しぶりッスね、隊長ぉ」
エルフリーデは動揺した。
その声も喋り方も何もかもが、記憶の中の少女──ジゼルにそっくりだったから。
もしこいつが完璧な変装術の使い手で、エルフリーデ・イルーシャの知人になりすましているとしたら完璧だ。
ちょっと低めのハスキーボイスも、腰が低いようでその実かなり雑な敬語も、何もかもが懐かしい所作である。
だけど、そんなはずはなかった。
突然始まったやりとりに、異端対策局の現場チームが何事かと視線を向けてきている。
エルフリーデは落ち着いて、自分の現在の認識を伝えた。
「……彼女はジゼル・カレ。戦地でわたしの部下だった機甲猟兵ですが……戦死したはずの人間です。本人かどうかはわかりません、確認をお願いします」
我ながら
お前らが捕まえたのは幽霊だと言われて、はいそうですか、と思える人間の方が少ないはずである。
案の定、戸惑った様子で顔を見合わせる兵士たち──それでも彼らはプロフェッショナルで、すぐにうなずいて、無線で連絡を取り始めた。
これでひとまず、エルフリーデは重要なことを抱え込まずに済んだ。
どこか間抜けなやりとりを聞いて、ジゼルはけらけらと笑った。
「ひどいッスね、まるで墓の下から蘇ったバケモン見るような空気ッス」
「お墓の下には何もないでしょ。きみはそういう死に方をした。わたしの目の前で、バイタルブロックを撃ち抜かれて戦死したんだよ。ジゼル・カレ!」
思わず声を荒げた。
まったく悪い冗談みたいな光景だった。
その死を
──こんなとき、どんな顔すればいいんだろう。
数年前、大陸間戦争でベガニシュ帝国が押し込まれていた頃──エルフリーデが指揮するバレットナイト小隊が夜襲を仕掛けて、敵陣に斬り込んだことがあった。
大きな戦果を上げた。
敵陣は壊滅して、多くの友軍が助かったのである。
だけどその戦闘の最中、切り込み要員に選ばれた部下が一人死んだ。
それがジゼル・カレだった。
後悔は山ほどあった。もっと自分が強ければ、あるいはもっと指揮が上手ければ──ジゼルは死なずに済んだかもしれない、と。
そのように悔恨の涙を流したこともある。
──でも全部が終わった話で、わたしは一区切りつけたはずなのに。
そうではなかった可能性が、突如、自分の前に転がってきた。
まるで悪夢めいたホラー映画の世界に迷い込んだ気分──エルフリーデが言葉をなくしていると、ジゼルはそのまま、銃口を突きつけられて連れ出されていった。
客観的に見れば、あの人影がジゼル本人である確証はない。
今の彼女は帝都で暴れた地底戦車の搭乗者で、数々の罪状で逮捕されて然るべき容疑者なのだ。
去り際に灰色の髪が揺れていた。
「
最後の呼び掛けにだけ、隠しきれない情念が込められていた。
ジゼルの乾いた笑いが、廃墟のデパートに
考えることが多すぎて嫌になる。
エルフリーデ・イルーシャは天を仰いだ。
「……一難去ってまた一難って、自分の人生にはほしくない概念かも」
心の底からの嘆きだった。
【挿絵表示】
『機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情2 ~最強パイロットはスパイガールの運命にキレている~』の口絵が公開されました…!
今回から登場の少女リザ・バシュレーと、彼女と因縁が深い超巨大兵器〈イノーマス・マローダー〉!
主砲の1200ミリ砲〈バタリング・ラム〉の展開ギミックはこんな感じらしいです。
エルフリーデ「ヤンデレが……ヤンデレが昔の知り合いに多すぎる……!」
イマジナリーミリアム「頑張ってください、エルフリーデ……!」
だいたいこんな感じ。