【新刊9/20発売】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
誰にとっても想定外の事態だった。
捕まえられたテロ実行犯が戦死者である可能性──現行犯逮捕された人物だから、その容疑に疑いの余地はないのだが。
よりにもよって捜査協力者のエルフリーデ・イルーシャが、目の前で死んだはずの部下であると証言している。
都合がよすぎる。
過去の科学文明の遺産──ロストテクノロジーの産物に対処し、その悪用を規制する異端対策局にとっても、これほど明確な厄ネタは珍しい。
ゆえに取り調べを行う部屋に満ちているのは、ピリピリとした緊張感だ。
机の前に座らされているのは、灰色の髪を後頭部で束ねた少女──顔の造形は整っているものの、薄ら笑いを浮かべた表情のせいか、見るものに威圧感を与える印象。
十代後半と思しき若い娘に、堅苦しい表情のベガニシュ人が質問を発した。
「ジゼル・カレ。バナヴィア属州グリムシャトフ出身。家族は母、アンヌ・カレ。すでに故人。所属はベガニシュ帝国陸軍、第三機甲猟兵連隊第三大隊、第二中隊、第一小隊──間違いはないか?」
「長いッスね。もっと短くわかりやすく言えないンスか?」
「質問に答えろ、バナヴィア人」
ここが帝都警察の連中なら、顔面に一発ぶち込んで立場をわからせてやったかもしれんぞ──そういう含みを込めた言葉だった。
尋問官にうながされ、少女はゆっくりと口を開いた。
「ま、よく調べてあると思うッス。階級は上等兵、指揮官はエルフリーデ・イルーシャ中尉。最後の任務は夜襲で、東海岸のバイサーだったかな。敵陣にバレットナイトで斬り込んで暴れる感じッス」
「……ふむ、書類通りだな。一致している。さてジゼル・カレ上等兵、お前はどうやら出世しているようだな。兵長へ特進しているぞ」
それを聞いた瞬間、ジゼルはにやりと笑った。
灰色の髪を揺らして、切れ長の目で煌々と輝く灰色の瞳──そこに浮かぶのは陰鬱なユーモアを解した人間の情念である。
クックック、と喉を鳴らして、少女はうつむいた。
「そりゃすごい。あたしが死んだあとに、勝手に昇進させたわけッスね。ありがたい話だ」
「奇妙なことだな、お前は戦時中のバイサー州で戦死したことになっている……では、あのとき何が起きたと認識している?」
「覚えてるのは暴れ倒して、ガルテグ兵をいっぱいぶっ殺したってことだけッス。そんで後ろかズドン! と撃たれておしまい。あたしは死んだ、よくある話っしょ?」
「その任務のとき、一緒に行動していた人物について覚えているか?」
ここまでは知っていて当然の情報だ。
この灰色の髪の少女は、エルフリーデと顔合わせしたとき、自分が死んだ状況について聞き及んでしまった。
要するに赤の他人が全身整形してなりすまし、芝居を打っている場合でもここまでは証言可能なのだ。
尋問官は冷静だった。
ゆえにジゼルしか知り得ない情報を問いかける。
「エルフリーデ、オスカー、マックス。あたし以外はこの三人です。選抜理由は全員が、白兵戦が強かったから。隊長殿が斬り込み部隊にいるのは……まっ、あたしらは人手不足にあえぐ下っ端の兵隊ッスから」
「お前の母親の死因は?」
「うわっ、
ジゼルの顔に浮かんでいるのは、どことなく投げやりな意思だった。
果たして自分が捕まっているのが、泣く子も黙る異端対策局──数々の強権によって、帝国内部でのテクノロジーの濫用を抑制する治安組織──だとわかっているのか疑わしいほどのふてぶてしさ。
だが、この少女に不敬を諭しても仕方あるまい、と尋問官は考える。
そもそもまともな神経をしていたら、帝都コルザレムのど真ん中で、地底戦車に乗って暴れるなどするはずがない。
「ジゼル・カレ。お前は今日まで戦死者として扱われていた。誰に救助された?」
「救助? バレットナイトの制御中枢を、砲弾でぶち抜かれたんスよ? エーテルに溶けてたあたしは、空気中にぶしゅーっと散らばっておしまいッス」
「言い方を変えよう──誰がお前を今日まで
「惜しいッスね、訂正しましょうか? あたしは何も、戦場で死んだあとすぐゾンビになって、何年も地下生活してたわけじゃないッス。目が覚めたのはつい最近、気づいたら何年も経ってて、いつの間にか戦争も終わってたワケッス」
「ゾンビとは……ああ、低俗なホラー映画だったか。自分が死んだはずの人間だと自覚があるようだな」
「そうじゃなきゃ、ここまでまどろっこしい尋問しないっしょ?」
重要な
そして大陸間戦争の終結後に意識を取り戻したという物言いから、時期はずっと絞り込めるようになってきていた。
すると最長でも去年の三月以降のことになるだろう。
あくまでジゼルが嘘をついていないという前提が成り立つならの話だが──尋問官はさらに可能性を絞り込む。
この少女が嘘や詐術に長けているという印象はない。
斜に構えた態度は露骨に嘲笑を投げかけているが、感情表現はむしろ素直だと言っていい。
問題は彼女が自覚的に嘘をついているかではない──何らかの催眠や暗示によって、認識を改変され、偽りの記憶を植え付けられている可能性は捨てきれない。
答え合わせは今後の捜査の進展次第だろう。
自白剤投与による二度目の尋問もありえるが、そもそも本人が虚偽を真実だと思い込んでいた場合、こうした薬物によって引き出した証言の有用性は保障されない。
自分自身を
「ジゼル・カレ。お前は今日、あの地底戦車で何をしようとしていた?」
「あたしが命じられたのは簡単な仕事ッス。
「誰に命じられた?」
「知らないッス。置き手紙で指定された倉庫に行ったら、命令と一緒にクソでかいモグラの化け物が用意されてたッス」
「あの機体は非常に特殊な機材だ。どこで訓練を受けた?」
問いかけにジゼルは視線を泳がせた。嘘をつく人間が、その一瞬に垣間見せる理性の揺らぎ。
尋問官は確信する。
この少女はおそらく、その質問が何らかの形で黒幕に繋がると知っている。
そして思考したのだ。
どこまで正直に言うべきなのか、正解を探るために現れた一瞬の揺らぎである。
「……どこかはわからないッスけど、だだっ広い地下坑道で練習させられたんスよ。ええまあ、前は〈アイゼンリッター〉ばっかりだったんで苦労したッス」
ベガニシュ帝国は広大な領土を持っている。
地下坑道という条件だけでも、該当地域はかなりの数になるだろう。
地底掘削を行ってなお、周辺住民に気取られずに済む
さらに質問が続いた。
「暗殺対象がエルフリーデ・イルーシャだと知っていたか?」
その瞬間、見たこともないほど膨れ上がった感情があった。
それは数多の犯罪者──人殺しを厭わない荒くれ者、傲慢極まりない貴族、はたまた異端にかぶれたカルト──を見てきた尋問官すら、身体が強ばるほどの激情である。
それまですべての質問に対して、投げやりな空気を隠していなかったジゼル・カレ。
灰髪の少女が露わにしたのは、途方もなく大きな怒気だった。
「あたしがエルフリーデを舐めてると思ってるんスか? 事前に知ってたら、あんな鈍くさいモグラで襲撃してねぇよ!」
「かの英雄の技量を信じている、というわけだ。そうか、お前はエルフリーデ・イルーシャを恨んでいるのか?」
「まさか。自分が死んだ原因だからって? それこそ馬鹿な話──あたしが恨むとしたら、それはテメェらベガニシュ人だけだ」
露骨にぶちまけられる激情は、それまでのジゼルに比べて、かなり剥き出しの感情が乗っていた。
尋問官は思考する。
悪くない兆候だ、と──エルフリーデの話題に絡めれば、ジゼルはうっかり重要な情報をこぼすかもしれない。
「つまりお前はこう主張するわけだ。誰かを知らずに襲撃をかけ、現地でエルフリーデの声を聞いて、挑発に乗って戦いを挑んだ……奇妙だよ、上等兵。それは上官を慕う部下の行動ではない」
ガタン、と椅子が激しく揺れた。
激昂したジゼルが立ち上がろうとしたのだ。尋問の横に控えていた看守が、素早くジゼルの身体を押さえつけた。
驚くほど強い力だった。
それは到底、十代の少女の体格に見合わない筋肉量が生み出す身体能力の産物。
鍛えている女の子を取り押さえるというより、小型の猛獣が力一杯、振る舞っているような気配がした。
「気安くエルフリーデについて語るんじゃねぇ……あの地獄を知りもせず、帝都で椅子に座ってたクソどもが、知った風な口を利きやがって!」
「……そうか」
尋問官はどうやら、自分が一線を越えたらしいと認識した。
さて、これが成功か失敗かはわからない。
問いかけた。
「ジゼル・カレ、お前は次の襲撃計画を知っているか?」
机に押さえつけられた少女は、成人男性の体重で押し込められる苦痛に顔を歪ませながら──それでもなお、嘲笑の意思を露わにした。
バナヴィア人の少女は、燃えるような敵意を隠そうともせずに叫ぶ。
「──教えてやるよ、あたしは
◆
「……以上が最初の取り調べのとき、ジゼル・カレが発した言葉になる。エルフリーデ、お前の目から見て違和感はあったか?」
かなり陰惨な気持ちになる映像記録だった。
異端対策局のオフィスの一室を貸し切って、取調室で撮影された映像を見る時間は、それだけでどんよりした気持ちになることこの上ない。
室内にいるのはクロガネとロイ、そして自分とリザだけだ。
つまるところ身内四人がそろっての情報共有。
場所が異端対策局の建物の中なのは、情報流出を気にしてのことだった。
エルフリーデは何を言うべきか迷った末、眼前の男──クロガネ・シヴ・シノムラに向けて、ぽろっと本音をこぼした。
「……わたしの部下がさ。わたしの命を狙ってくるの、これで二度目なんだけど」
「ああ、愛されているな」
「愛かなぁ!? これ愛って呼んでいいやつかなぁ!?」
深く考えると「ひょっとしてあのとき、めちゃくちゃ格好つけたいい感じの台詞言ったのが祟ってる!?」と自分でも察しがついてしまうのだけれど。
いや、それでもわからない。
ミリアムのときはいろいろと、敵味方が争うだけの大きな災厄──古代兵器〈ケラウノス〉の存在があった。
しかし今回の蘇ったジゼル・カレの事件は、そういう次元を超えている。
──認めるしかないよね、こうなっちゃうと。
エルフリーデはため息をついた。
「クロガネ、最初の質問にはこう答えるよ……少なくとも喋ってる様子は、わたしの知ってるジゼル・カレそのものだった。あの子は見ての通り、ベガニシュ人が大嫌いで、斜に構えてて、怒るとかなり実力行使に出るタイプ」
「それらしい演技を、彼女を間接的に知る人間がしている可能性は?」
「……もしそうならすごい役者だね。それに演技指導には、あの子と仲がよかった三三二一部隊のメンバーがいないと無理なレベルかも」
「難問だな……だが、参考になった。答えづらい質問をした、すまなかった」
クロガネは率直に頭を下げてきた。こうなるとエルフリーデとしてはびっくりしてしまう。
これではまるで、クロガネが気づかいのできる男みたいではないか──いや、よくよく考えると初めて出会ったときから、ずっとエルフリーデに対して手厚い支援をしてくれているのだが。
あんまりそう思えないのは、初見時の最悪すぎる言葉選びのせいだ。
年頃の少女にとって、犬を連呼したりする
傷ありの少女は、自分の左目の周りに刻まれた切創痕を指でなぞった。
懐かしい気持ちになる。
「クロガネ、最初からそういうしおらしい態度だったら、もっと人に好かれると思いますよ?」
「安心しろ、おそらくお前に対してだけだ」
「うれしくないタイプの特別扱いだよ!? うん、っていうか反省してるんだよね!?」
「ああ、もちろんだ。お前と出会ったことで、俺は救われたからな」
いきなり恥ずかしい台詞が飛んできたので、エルフリーデは面食らった。
思わずうめく。
「うわぁあ……こ、これが口説き文句……!」
「エルフリーデ・イルーシャを口説くことに罪悪感を抱く必要はないからな。俺は常にお前を愛している」
「うわぁ!?」
ヤバいぐらい恥ずかしい台詞が重ねがけされた。
かぁっと頬が赤らむのを感じつつ、少女は慌てて話題を元に戻すことにした。
気になることは無数にあったから。
「それでクロガネ、あなたの目から見てどうなんです? それとジゼルっぽい子、身の安全は保障されますか?」
「俺とマハト氏の間での共通見解はこうだ。あの人物が
「それって……根拠は?」
エルフリーデ自身、これほどまでに「たぶん故人が生きていたら、こういう言動を取っただろうな」と思えるほどに──あの少女はジゼル・カレに似ている。
だが、生前の彼女を知らないクロガネが、こうも強く言及できるのは何故だろうか。
自然と出てきた疑問に対して、不死者はうなずいた。
「ジゼル・カレはエルフリーデ・イルーシャと同じく、特別徴兵制度によって選抜されたバレットナイト搭乗者だ。その歯形や指紋のデータも、軍の管理するデータベースに残されていた。そして……あの人物のデータと一致した」
「なるほど……? ねえ、もし仮に演技してる役者だとしたら……超気合い入ってる整形手術してない?」
「ああ、そうなるな」
「そこまでしてジゼルに似せる理由なくない? あの子、普通のバナヴィア人で平民だったし」
そこまで口にしてから、エルフリーデはまだ二つ目の質問の答えをもらっていないことに気づいた。
よもやクロガネに限って、ここでしくじるような真似はしないと思うが──少しだけドキドキしながら、彼の方を見た。
彼の黄金色の瞳に、自分の深紅の瞳が映り込んでいた。
綺麗な色をしていると思った。
「安心してくれ、エルフリーデ。彼女が
「だから対策局が強硬手段に出られない?」
「ああ、俺の発言力を信じてもらうしかないが」
ならまあ、信じるけれど。
そう思いながらエルフリーデはふと、視線を感じて周囲を見回した。微笑ましいものを眺めるような雰囲気で、リザ・バシュレーがこっちを見ていた。
褐色肌の少女が、それはそれは嬉しそうに親指を立てる。
「
「なんか映画鑑賞してる人みたいなテンションだよね!?」
黒髪のボブカット、片目を前髪で隠した特徴的な髪型──リザは
「お姉さん、私はジゼルさんのことを何も知らない部外者です……できるのは精々、お姉さんの横で
「い、言い切った……!」
エルフリーデは面食らった。
もちろんリザの言うことは正しい。彼女は別段、不謹慎なジョークを言ったわけでもない。
かつての戦友が自分の命を狙ってきたなんて局面で、感情的になりすぎず、なるべくマイペースに事件を飲み込もうとする姿勢──そういうものをリザは賞賛しているのだ。
──言われてみると結構、落ち着いてるのかな。いきなりジゼルが現れたときは動揺しちゃったけど。
たぶんクロガネと出会ってからの一年間で、嫌というほど事件に見舞われた成果である。
不穏な陰謀の影がちらつこうと、できることをやっていくしかないのだ。
そう思うと落ち着いた。
エルフリーデはそうして、ふと、自分にできそうなことに気づいた。
どうすべきか迷う。
そんな少女のためらいを見て取って、クロガネが優しく声をかけてきた。
「エルフリーデ、お前の成し遂げたいことを話してくれ。俺が助力しよう」
断言されてしまった。
まったく、うちの伯爵は大変なやつだ──心の底からそう思った。
ある意味で過保護の対極、いつだってエルフリーデに無茶振りする男だが、同時にいつだって力を惜しまずに貸してくれる。
そうだね、と納得した。
クロガネがそういう人だから、彼の剣となって戦うと誓ったのである。
エルフリーデ・イルーシャは意を決して、そのお願いを口にした。
「クロガネ……
少女は行動する。
何もわからないままでいたくはないから。
ロイ(旦那様とエルフリーデ様がイチャイチャしてますね…)
リザ(お姉さんと伯爵様がまたイチャイチャしてますね…)
謎が謎を呼ぶ状況でラブコメを始める天然ボケカップルがいるらしい。