【新刊9/20発売】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
時間的余裕は思いのほかなかった。
昨日、捕らえられたばかりのジゼルの身柄を巡って、すでに多方面で綱引きが起きていたからだ。
まず死人帰り事件に関わる重要参考人として拘束した異端対策局。
帝都コルザレムで連続してテロ事件を起こされ、今まさに面子の問題として捉えている帝都警察。
そして一連の事件で用いられた地底戦車〈エアドボーラー〉の流出、戦死者の偽造疑惑を突きつけられた帝国陸軍。
三つの組織がそれぞれの事情により、ジゼル・カレからの事情聴取を望んでいた。
──面倒くさいのは、それぞれの言い分が全部正しいらしいこと!
エルフリーデに複雑怪奇な政治的思惑はわからない。
しかしどうやら、真面目にそれぞれの組織の担当者が仕事をするだけでも「ジゼル・カレから話を聞きたい。だってうちの組織の管轄でしょ?」という言い分は成り立つようなのだ。
──めちゃくちゃ頭痛くなってる話だけど、ジゼルは死人帰りの実例で、テロ事件の容疑者で、軍の不祥事にばっちり関わってる。
──だから異端対策局も警察も陸軍も、とりあえず自分の懐に入れておきたい。
かくしてエルフリーデたちが地底戦車〈エアドボーラー〉を撃破し、ジゼルを拘束してから一日と経たずに、彼女の施設移送が決定されていた。
これは帝都警察の面子を保つため、異端対策局の拘置施設から警察の施設へと移動させ、そこであらためて尋問を行うというものだった。
そして聞くだけ聞いたら、再び異端対策局に戻して、軍の尋問官を受け入れる手はずになっているらしい。
外野として聞いてるだけで嫌になる流れである。
エルフリーデがジゼルとの面会を求めたのは、ちょうどそういう面倒な成り行きになった頃合いのことだ。
話はトントン拍子に進んだ。
クロガネがこの事件の責任者であるマハトとほぼツーカーなので、極めて迅速に対面の許可が降りたのである。
クロガネ曰く「警察に引き渡す前に、我々の手でできるだけ情報を確保しておきたい……ということだな。エルフリーデ、お前が納得するまで話を聞いていい」とのことである。
恐ろしい手際のよさだった。
如何にも役人っぽいマハトにどんな話の通し方をしたのだろうか。
そういうわけでジゼルの拘束から一晩明けて、翌日の昼すぎ。
エルフリーデ・イルーシャはジゼルと対面することになった。
狭苦しい取調室の中に、机をはさんで見知った少女と向き合うため──意を決して部屋の扉を開けた。
ジゼルが興味もなさそうに顔を向けて、その後、動きを止めた。
見るからに困惑している様子だ。
灰色の髪をポニーテールにして束ねた少女は、鋭い目つきの中に戸惑いをにじませている。
「エルフリーデ? いや、なんでいるんです?」
「きみの話を聞きたいので無理を言って押しかけました。邪魔だった?」
「変な行動力あるよ、隊長ぉ。そういうところが面倒くさい女だと思ってましたよ」
毒づかれた。
エルフリーデは思わず笑顔になってしまう。
「いいね、それでこそジゼルだよ。口が悪くて、皮肉屋で、斜に構えたことばっかり言って、そのくせわりと寂しがり屋のジゼル!」
「はぁ!? 喧嘩売ってます?」
「ジゼルの可愛いところを言ってみただけ」
「今の一般的には悪口ッスよ? 口悪くて皮肉ばっかり言ってるスカしたクソ女じゃないッスか?」
「でも寂しがり屋のところで可愛げになるんだよ。知らなかった?」
「よくわかんねぇノリでゴリ押しするのやめた方いいッスよ!」
「ジゼル、きみは可愛いよ。流石にうちの妹やわたしには及ばないけど、自信を持っていい。わたしが保証する」
ジゼルはちょっと疲れた様子で視線をさまよわせた。
取調室の入り口に立っている見張りの男と目が合う。
知らん顔されて、ジゼルは深々とため息をついた。
「あー、アレッスね。今までが悪い警官の取り調べで、あんたがいい警官ってわけですか?」
「さあね。たぶんそういうことかも」
「善意の一般人が、異端対策局の取調室に出入りできるわけないでしょうよ。エルフリーデ、つまるところあんたは権力者の犬ころと知り合いってことです」
話す内容は実に尖っているが、ジゼルは雄弁だった。
少なくとも黙して語らずの正反対で、何かを喋りたくてたまらないという感じ──そう、奇妙なことである。
──やっぱりこの子は、わたしの知ってるジゼルみたいだ。めちゃくちゃ気合い入ってるなりすましの役者って線はなさそう。
それでもクロガネから聞かされた話には、いくつかの
そのうちの一つが、この蘇ったジゼルに何らかの催眠や暗示が施されていて、記憶や人格の一部に操作を受けている可能性だった。
明言していないが、おそらくクロガネはすでに、ジゼル・カレの復活に関わったテクノロジーの目星がついている。
今はその確証を得るために動いているのだろう、とエルフリーデは見ていた。
ともあれ疑問は尽きない。
あれこれと頭脳で駆け引きするつもりはなかった。
「ジゼル、きみに聞きたいことがあってここに来た。教えてほしい──なんでバレットナイトの中身がわたしだとわかってから、あんなに熱心に攻撃してきたの?」
これは大いなる謎だった。
自慢ではないが、かつて戦場を駆け抜けた三三二一独立竜騎兵小隊において、エルフリーデとジゼルの仲は良好だった。
同じバナヴィア人だったし、ベガニシュ帝国によって戦場に送られた歳の近い少女として、連帯感のようなものがあったからだ。
自惚れでなければ、お互いに背中を預けられる戦友だったと思う。
それが何故、あの廃墟のデパートで殺し合うようなことになったのか。
ジゼルが今の雇い主に忠誠を捧げているならわかる。
だが様子を見る限り、彼女のそういう意識は見受けられない。
喋りたいように喋っているだけで、組織や個人への義理立てはまったく感じられなかった。
ジゼルはあまりにも自然体である。
ゆえにわからない。
エルフリーデの真っ直ぐな視線に射抜かれて、ジゼルは居心地悪そうに目をそらした。
「……じゃあ、反対に聞きましょうか。エルフリーデ、あんたは自分が今、どんな風に見られているかわかってます?」
「予想はできてるよ。そうだね、ベガニシュ人が大嫌いなジゼルはきっと──わたしのことを、首輪をつけられた飼い犬だって思ってる」
それを聞いた瞬間、ジゼルはその端正な顔立ちを激情に歪めた。
「わかってるんなら、何も聞く必要はないっしょ。あたしはね、隊長ぉ。たぶんあんたのこと、お仲間だと思ってましたよ……この世界に理不尽をぶちまけられて、怒りを抱えながら戦ってるやつだって」
ジゼルの口から吐き出されているのは、やりきれない想いがドロドロと溶け合った溶岩のような言葉だった。
熱されて溶け出し、やがて熱を失えば──冷えた岩塊のように腹の底に溜まる感情。
エルフリーデは、ジゼルから目をそらさなかった。
キッと睨みつけられた。
灰色の瞳の中に、自分の赤い瞳が映り込んでいる。
「でもあんたは……あの怒りを、憎しみを捨てちまったんでしょう? そうじゃなけりゃ、そんな風に無邪気に笑っていられるはずがないッ!」
「……わたしがベガニシュ貴族の騎士になったから、そう思っている?」
「ええ、目覚めて何もかも変わっちまった世界で、あたしはいろいろなことを知りましたけど。エルフリーデ、あんたの華々しい転職にはびっくりしましたよ」
「うんまあ、わたしもこうなったのはびっくりしてる。たぶん一年前の自分に言っても、夢みたいな話だと聞き流すだろうね」
エルフリーデの自然体の反応に、ジゼルは烈火のような怒りを剥き出しにした。
「その目だよ。満たされている、奪われたって意識がない……ええ、きっとあんたは前より幸せになったんでしょうね。でもね、エルフリーデ……それがあたしには我慢ならない」
「ジゼル、それは……わたしに不幸せでいてほしかったの? 自分自身の怒りを重ねるために?」
ジゼルの目が鋭く、こちらの顔に注がれていた。
怒りによって研ぎ澄まされ、極限までその暴力性を開花させて戦場を駆け抜けた戦士の瞳だった。
大いなる怒りに燃える少女──ジゼル・カレは、じっと見つめ返してくるエルフリーデの瞳に、腹立たしさを向けた。
「……エルフリーデ。あたしの母さんの話って、前にしましたよね」
「うん、知ってるよ。それは……ここでしてもいい話かな?」
「お気づかいどーも……せっかくだからベガニシュ人のクソ野郎どもに、ちょっぴり胸糞悪い悲しい過去でも聞かせてやりましょうか」
エルフリーデは遠い昔、戦場の片隅でジゼルと二人きりで話した時間を思い出した。
それはたぶん、ジゼルが撒き散らしている怒りの根源だった。
「あたしの父親はベガニシュ人です。母さんとはまあ……国際結婚ってやつでした。ところがまあ、ご存知のとおり、バナヴィア戦争が起きて併合されて……何もかも前提が変わっちまった」
それはたぶん、ありふれた悲劇だったのだろうと思う。
一つの国が滅び去るというのは、そうして大勢の人生が変わってしまうことを意味する。
それもよくない方向に。
ジゼルは泣きそうな顔で笑っていた。
そうする以外にどうしようもないのだと、灰髪の少女は嘆いている。
「──
ジゼルはその瞬間、確かに嘲笑以外の感情をこちらに向けていた。
それはエルフリーデが現在、幸福であることを認めた上で──その未来を案じる瞳だった。
「愛は裏切られる。現在の幸せも、美しい恋のきらめきも、いつか醜い
ジゼルはきっと、不幸な結末になった自分の母親のことを、エルフリーデに重ねていた。
ベガニシュ貴族であるクロガネの寵愛を受け、その庇護の下で成り立つ幸福──そんなものはクロガネの都合一つで吹き飛ぶのだから、いずれ破滅するのだ、と。
そしてジゼルはそんな苦痛に追いつかれる前に、エルフリーデの時間を止めてしまいたかったのだ。
倒錯していた。
矛盾していた。
それは身勝手な重ね合わせだが、その気持ちだけは痛いほど理解できた。
それゆえに、少女はそっとうなずいた。
「ジゼル、きみは……わたしのことを心配してくれてたんだね。その愛情の現れ方が、わたしの命を狙う方向なのはやめてほしいけど」
エルフリーデなりに考えた言葉だった。
少なくともジゼルがどういう感情をたどって、自分を攻撃してきたのかは察しがついたから──その件に関して、これ以上、何故かを問おうとは思わなかった。
そのつもりだったのだけれど。
「……いや、ここで納得するのは変ッスよ?」
何故かジゼルに困惑の目を向けられた。
エルフリーデはなんとも言えない微妙な空気に、小首をかしげる。
「ちょっと待って、普通、困惑するのはわたしの側じゃない? わたしが受け入れたんだから、ここはジゼルが泣いて感動する場面だよね?」
「あたし、流石に自分で言ってて……我ながら気持ち悪いなー重いなーってなってましたよ。すんなり受け入れてる隊長は変ッス」
「おかしいな……はしごを外されるタイミングが変……!」
取調室の様子はマジックミラー越しに観察されている。隣の部屋にはクロガネやマハトが控えて、二人の会話を聞いているはずだった。
おそらく誰もが困惑している。
話の流れがぐだぐだすぎる。
エルフリーデのさまよう視線を向けられて、入り口付近に立っている監視役の男が目をそらした。
──気まずい空気に助けが入らない!?
理不尽な展開すぎる。
おかしい、ここは数多の冒険を乗り越えて精神的に成長したエルフリーデ・イルーシャが、ジゼル・カレをいい感じに納得させたりする流れでは。
あまりにも微妙な雰囲気に、とうとうエルフリーデは冷や汗をかきはじめた。
「難しいね、いい感じの話術ってさ……」
「あたしが思うに隊長ってほら、なんかいい感じのタイミングでいい感じの台詞言うじゃないッスか。ああいうの、やめた方がいいッスよ」
「わたしがアドバイス受ける流れなの!? 絶対おかしいよ、これ!?」
エルフリーデはいつの間にか、立場が逆転していることに
まさかこれが、ジゼルの話術なのだろうか。
純粋な瞳で見つめられて、ジゼルは耐えかねたように目をそらした。
「うあー……すいません、あたしなんか……エルフリーデの醜態見てたら頭が冷えてきたッス。なんですかこれ、変なフェロモン出してます?」
「わたしのあつかいがどんどん雑になってるよ、ジゼル……!」
「いや、ベガニシュ貴族に首輪つけられてるあんたを見たくないのはマジッスよ? でもこう、なんか変な生き物なのが変わってなくて調子狂うっていうか……」
「さりげなく昔から珍獣みたいに!?」
「この無限にぐだぐだする流れが原因ッスね!」
ほんの一日前に命のやりとりをしたとは思えないほど、エルフリーデたジゼルの空気は
ゆるふわすぎる。
しかしいつまでも、このノリを続けるわけにもいかない。
エルフリーデは話を元に戻すことにした。
「……ジゼル。きみが昔と変わってないのはわかったよ。変な性格になってなくて、ちょっと安心した」
「おっ、今から真面目な話ッス? 強引ッスね……」
「いいから」
「あーはい……」
気を取り直して、エルフリーデは一番気になっていることを尋ねた。
それはある意味で、ジゼルがどうやって蘇ったのか以上に気になっていたことだ。
「ジゼル・カレ、答えてほしい。きみがこの事件の黒幕に、忠誠心や義理立てする気持ちがないのはわかってる。なのにどうして、帝都で破壊活動するなんて役割に甘んじているの?」
「んー……本人確認の次は動機の解明ってことッス?」
「答えて、ジゼル。きみがわたしの知ってるジゼルだってわかった。だから余計にわからない。この事件の黒幕が何者か、きみも知らなかったとして……大人しく従う理由もないでしょう?」
問いかけに対して、ジゼルはしばらくの間、何を言うべきか迷っていたようだった。
そこにあったのは、真実を誤魔化したいという悪知恵ではなく──保身と親愛の間で揺れ動く心だった。
灰色の瞳が、意を決したようにエルフリーデの方を向いた。
「……契約みたいなもんッスね。エルフリーデ、あたしは死人帰りです。こいつは自然現象なんかじゃない。当然、得体のしれない魔法で、あたしを蘇らせた悪党がいるわけッス」
「……喋ってくれるんだね」
「本当はもうちょい意地張ってみたかったんですが……ええ、もういいです。エルフリーデのアホ面見てたら気が抜けました」
「ちょっと引っかかるなあ、その言い方っ!」
エルフリーデの抗議の声に、ジゼルは笑った。
それは限りない親愛と、その中になおも潜む敵意の混ざりあった──愛憎と呼ぶべき感情の発露。
予感があった。
おそらく自分とジゼルは、いずれまた戦うことになる。
お互いにそうとわかっているのに、手の内をさらすことには何のためらいもないという矛盾。
ジゼル・カレは普通ならばありえない言動を、するっとしてみせた。
「あたしをこき使ってる悪党は帝都にいます。あたしとそいつは取り引きしました。願いを叶えてくれるなら、言うことを聞くってね」
「……きみはその人の顔を知ってるの?」
核心を突く問いかけに、ジゼルは肩をすくめた。
「たぶんあいつは──
エルフリーデ「ヤンデレの愛情…わかるよ…」
ジゼル「ヤンデレに理解ありすぎるのもどうかと思うッス」
エルフリーデ「すごい勢いではしご外されてる…!」
めちゃくちゃ重い話からシームレスに変な流れになっているらしい。