【第2巻発売中】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
ジゼル・カレと初めて会ったのは、大陸間戦争の最中だった。
当時のエルフリーデ・イルーシャはまだ英雄でもなんでもなくて、他の多くのバナヴィア兵と同じように、縁もゆかりもない異郷の地に連れてこられた兵隊に過ぎなかった。
これは不思議な話ではない。
バナヴィア人の中から才能があると見込まれた若者を、女子であろうと徴兵して機甲猟兵に訓練する構想は、まだ戦争に余裕があった頃に立案された。
よって大陸間戦争の前半部分において、エルフリーデは他のバナヴィア出身の機甲猟兵と同じように訓練を受けていただけだった。
しかしこの前提はあっさりと崩れた。
情勢が変わったのである。
ベガニシュ帝国の太平洋戦線での相次ぐ敗退の末、海を渡ってきた敵国の軍隊に上陸されるに至った戦争後半──戦場となったのは大陸東海岸であった。
貴族諸侯の連合軍が会戦で敗れると、帝国にはどうしても時間稼ぎの捨て石が必要になった。
そこで白羽の矢が立ったのがバナヴィア属州からの徴兵である。
大陸西端のバナヴィアから東の果てまでの動員──それは要するに、属州のバナヴィア人を犠牲にすることで、帝国本土への影響を避ける狙いだ。
バナヴィアから集められた若者たちと、これまた帝国内の派閥抗争で貧乏くじを引いた将校たち。
それが帝国の選んだ犠牲者のリストだった。
無論、当時のエルフリーデたちにそうした戦況を知る術はない。
報道管制によって情報は制限されていたし、ベガニシュ帝国に住まう多くの平民にとって、戦争とは海の向こうで起きている災害でしかなかった。
我がことになって初めて、現実を思い知らされることになったのだ。
──鳴り止まない砲声の中で、多くの将兵が死んでいった。
エルフリーデはただ、生きるために戦った。
バレットナイト〈アイゼンリッター〉を駆り、必死で押し寄せる敵軍を斬り捨てた。
訓練で教え込まれた戦い方の基本を、実践して否応なく洗練させていくこと。
それができない仲間は死んでいったし、エルフリーデが手を伸ばして生かしたものたちは、そうして戦友になっていった。
長雨でぐずついた泥の合間を、鋼鉄の巨人が駆け抜けて。
超硬度金属の刀剣を振るっては切り込み、敵軍のバレットナイト部隊を
それは断じて華々しい英雄譚ではなかった。
強くなければ死んでいた。幸運でなければやはり死んでいた。同胞を救わなければ数の差ですり潰されていた。
エルフリーデが戦場の英雄〈剣の悪魔〉の名を轟かせていったのは、ある意味で必然的だったのかもしれない。
そう振る舞わなければ、いずれどこかで力尽き、名もなき戦死者の一人になっていただろうから。
──遠雷の鳴り響く砲声、電動プロペラで飛来する自爆ドローンの群れ、銃火とともに進軍してくるバレットナイト。
ベガニシュ側もガルテグ側も戦力の不足に苦しんでいた。
帝国は本格的な反撃のために軍を再編成している最中だったから、運ぶだけでも一苦労の重戦車の数が足りていなかった。
一方、太平洋を渡っての上陸作戦を展開したガルテグ連邦陸軍は、史上初の大規模な輸送船団を組み、本格的な軍事侵攻を行ったものの──帝国側が運用し始めた潜水艦によって多数の損害を出し、やはり重戦車の不足を招いていた。
元来、重戦車とは陸戦の王者である。
巨大な大砲、それを防ぐほどの重装甲、対空機銃ターレット、これらすべてを機動させる無限軌道。
それが強い理由は明白だ。
すべてが単純に強すぎる。
結局のところ対戦車ミサイルや対戦車地雷、自爆ドローンの飽和攻撃──世にあふれている戦車の倒し方は、戦車が強すぎるから発展してきた攻略法なのだ。
まともにやり合うと犠牲が大きすぎる。
そういう存在なのだ。
重戦車──恐ろしく強い戦力が乏しい戦場で、両軍の主力はバレットナイトになっていた。
──バレットナイトはとても軽い。戦車が数十トンの自重を持つのに対して、その十分の一の重さしかない。
つまり理論上、戦車一両を運べる輸送機で、バレットナイトを一〇機は運ぶことができる。
ベガニシュ帝国とガルテグ連邦──自国の領土に攻め込まれた国と、海を渡って攻め込んだ国。
双方の立場は違えど、共通の理由によって戦場の主力はバレットナイトに決定された。
──強いからじゃなくて、今すぐ用意できてコストパフォーマンスがいいから。
──そんな理由で、わたしたちは消耗品のように争わされていた。
時間稼ぎの捨て石、間に合わせの軍隊、とりあえず用意できるだけの
エルフリーデは生き残りたかった。
この世に唯一残された家族のために、泥水をすすってでも故郷に生きて帰りたかった。
そのために戦った。
効率よく敵を倒すための剣を、数で勝る敵の目をあざむく術を、死地にある友軍を救うための機転を学んだ。
そうしなければ死んでいたから、必然的に生き残った彼女は強くなり続けた。
激戦の連続だった。
やはり運が悪ければあっけなく命を落としていたに違いない、そういうシチュエーションを幾度となく繰り返し、全滅の危機にあった部隊をいくつも回収した。
エルフリーデ・イルーシャは所詮、バレットナイトの操縦を許されているだけの兵隊で、下士官ですらなかったけれど。
指揮系統が混乱しきった戦場では、自然とエルフリーデを中心に序列が生まれていた。
それは生き残るために必然的な
とはいえ当時の自分はあまりに若すぎた。
当然、それが気にくわない兵隊もいて──ジゼル・カレはそうして突っかかってきた人間だった。
「お前か、あたしたちを助けたバレットナイト乗りってのは……ガキじゃねぇか」
それは数少ない補給拠点で、バレットナイトの整備を受けている最中の出来事だった。
これ幸いと食事をかっ込んでいたエルフリーデ・イルーシャが顔を上げると、そこには目つきの鋭い少女がいた。
灰色の髪を後頭部で束ねて、乱雑に放っているような雰囲気。
年上のように見えた。
きっと中等部と高等部ぐらいに歳が離れていて──きっと街中で出会ったなら、まず会話のきっかけが見つからないかもしれない。
もぐもぐと食事を
「うん、ガキだよ。見ての通りすごく若くて、可愛くて、一番強いんだ」
「態度がデケぇガキだな……!」
「ガキだけど名前はあるよ、わたしはエルフリーデ。あなたは?」
「あぁ?」
彼女はしばらくの間、胡乱そうな目つきでエルフリーデを見ていたけれど。
じっと赤い瞳で見つめてくる年下の少女に、根負けしたかのようにため息を一つ。
「……ジゼルだ。お前、なんだってこんなところにいるんだ? ガキは学校通ってろよ」
「あなただってそうでしょ? もちろん、わたしはすごく若いけど」
「おい待てよ、あたしが老けてるみたいな言い回しになってんぞ?」
「落ち着いて、ジゼルさん。つまりこういうことだよ。わたしはすごく若い、あなたは若い」
「そういうことじゃねぇよ!?」
話の流れはぐだぐだになった。
あとはそう、そんなに特筆すべきエピソードがあるわけじゃない。
どうやら最初、何かしら喧嘩を売るつもりでやってきたらしいジゼルは、毒気を抜かれてしまったようで──それからしばらくして、部隊再編のときにエルフリーデの部下になった。
幾度となく戦場で背中を預け合い、一緒になって戦った。
時間があるときは雑談をして、他愛のない会話を重ねて、自然と仲良くなった。
戦友なんてそれだけでいい。
命がいつ失われるかもしれない戦場で、心の底から信じられる仲間は──それだけで何よりも価値があったから。
──そして何ヶ月も経ったあと。
──ジゼル・カレが戦場で散ったのは、わたしが指揮していた作戦の最中だった。
◆
仮眠を取って熟睡し、起きがけにシャワーを浴びた頃合いのことだった。
すこぶるよくないニュースを、エルフリーデ・イルーシャは聞いた。
帝都コルザレムに用意されたヴガレムル伯爵の別邸──そのテーブルの上に用意された軽食のサンドイッチの皿と、温かなミルクティーの入ったマグカップ。
ちなみに同席しているリザ・バシュレーも、もぐもぐと同じメニューを食べている。
帝都の人気店でテイクアウトしたファストフードで、たっぷり入った香辛料の利いたソースが美味しい。
向かいの席に座るクロガネに、思わず言葉を返した。
「……ジゼルを護送中に襲われ、その身柄を敵に奪還されたって……帝都警察って仕事してないんです?」
真っ先に思い浮かんだのは、そんな苦言めいた皮肉だった。
エルフリーデはミルクと砂糖を混ぜた紅茶を口に含むと、その豊かな風味を味わって一息ついた。
よくないニュースを聞いたからといって、神経を尖らせてもいいことはない。
とはいえ皮肉の一つも言いたくなる。
誰がどう見たってタイミングがよすぎる。異端対策局から帝都警察に身柄を引き渡した途端にこれである。
こんな結果になるなら、最初から施設から施設への移動なんてすべきではなかった。
もちろんそれを言うべき相手は、目の前にいる黒衣の伯爵──クロガネではないのだけれど。
「ああ、
「どういうことです?」
「まず一つ目だが……ジゼル・カレは生きている」
「……ジゼルは
「徹底的な証拠隠滅ゆえに奪還した可能性か。ありえなくはないが、その必然性は薄いと俺は考えている」
クロガネらしからぬ断言調だった。
この男はどちらかといえば、想定される事態をいくつも検討して、並行して対策を用意しているタイプの人間である。
エルフリーデがぱっと思いつく最悪の事態など、とっくの昔に考えついているはずだった。
すると何かしら否定するだけの根拠があるのだろうか。
「わかりました。あなたを信じて、その話は置いておきます……二つ目って?」
「我々の知る異端対策局の当事者に裏切り者はいない。エルフリーデ、マクシム・フォールは白だ」
「……ううん?」
話の流れがわからなくなってきた。
今のところジゼルは生きたまま敵の手に落ちた、以外に情報がないのだけれど。
何故そこから内通者の有無がわかるのだろうか。
もちろん自分はマックスのことを疑ってはいないが──これはあくまで個人的信頼に基づくもので、部外者のクロガネが信じるほどの材料ではあるまい。
傷ありの少女が小首をかしげると、クロガネは落ち着き払って、言葉を発し始めた。
「今回、異端対策局と帝都警察の間で交わされた、ジゼル・カレの身柄引き渡しを知るものは限られていた──事前通告なしの移送だった。ゆえに情報が漏れる箇所は限られていた」
「その要監視リストでマックスは潔白だった、ってこと?」
「すでに彼の運用していたトラックの点検も終わった。お前たちが襲撃された一件でも、彼に内通の事実はない」
「そっか、それは安心したよ。でも……」
エルフリーデはつまるところ、話の始まりに戻ってくる疑問をぶつけることにした。
「裏切り者はいないのに、やたらタイミングよく護送中のジゼルを奪われた。これってどういうことになるんです?」
いっそスパイが紛れ込んでいて、こっちの情報を
理由がわからない
何せこれでは対策のしようがない。
エルフリーデ・イルーシャは機甲猟兵で、バレットナイトを使った戦闘のプロフェッショナルを自認している。
しかし防諜だのスパイ合戦だのの世界は専門外なのだ。
わかりやすい裏切りがなかった場合、お手上げということになる。
そのときだった。
それまで黙って話を聞いていたリザが、ゆっくりと口を開いた。
「もしかして、なんですが。情報は敵に流れていた、でもそれは……人間を経由してなかったんじゃないですか?」
リザ・バシュレーは元スパイである。
当然のことながら、この手の話についてはエルフリーデよりずっと詳しい。
頼れる年下の相棒が言及した事柄──人間以外の流出経路──について、説明を求めてクロガネの方を見た。
我が意を得たり、とばかりにうなずく美貌。
クロガネのその姿に、嫌な予感がしたので釘を刺すことにする。
「クロガネ、お話の説明するのに科学的な原理まで含めなくていいですからね?」
男はちょっとしょんぼりした。
気を取り直してか、クロガネは表情を生真面目に取りつくろって喋り始めた。
「リザ・バシュレーの推測はおそらく正しい。つまりだ、エルフリーデ。我々の内部情報にアクセスしなくとも、敵はこちらの動向を推測するだけの手段があった。二度の襲撃にせよ、ジゼル・カレ奪還にせよ、敵の目は常に我々を捉えていたからだ」
「……監視されてた? でもそんな監視、露骨すぎてすぐにバレるでしょ?」
「そうだな、もし人間の密偵や監視用のドローンを放っていたなら、我々はすぐにその存在に気づいただろう。だが敵の執った手段はもっとスマートだ。すでに帝都全域に張り巡らされている機材を使っていたのだから」
確信を持った断言だった。
なんとなく察したのは、どうやらクロガネは以前から情報流出の源を探っていて──ジゼルを奪還された一件の流れによって、ほぼそれを突き止めたのだということ。
エルフリーデは考える。
リザの言っていた「人間を経由しない」方法、クロガネの言っていた「帝都に張り巡らされている機材」を使った方法。
そんな便利なものがあるのかと思い、ふと脳裏をよぎった光景があった。
マックスと落ち合った街角にも、自然と設けられていたもの。
「……防犯カメラが敵の目になってた、ってこと?」
クロガネがうなずいた。
正解のようだった。
「マハト氏に確認してもらったところだ。帝都に設置されている防犯カメラのネットワークに対して、不正なアクセスが見つかった。巧妙に偽装されていたが、特に我々に対する襲撃の前後、アクセス数が増えていた」
「……わたしたちの居場所がバレてたのは、防犯カメラで定期的に追跡されてたから?」
「そうだ。お前たちが悪目立ちして襲われたというよりも……以前から追跡を受けていて、襲撃の条件を満たしたから起きたのだと理解すべきだろうな」
「反則だよ、高速道路なんてずっと見張られてるようなものじゃん……!」
エルフリーデとしては事前に知っていたとしても、避けようがない監視方法に驚くしかない。
一方、隣に座るリザは、クロガネの話を聞いて別のことに気付いたようだった。
「伯爵様、でもそうなると……事前通告なしのジゼルさんの護送はどうなるんです? 流石に防犯カメラじゃ限界があるはずです」
「確かにな。直接的に、護送のタイミングを知る手段はない。だが間接的にならば、人の流れを察知することはできた」
難しい話になってきた。
たぶんリザは「防犯カメラがあっても、秘密の移送を知るのは難しい」と言っている。
クロガネはそれに「それっぽい雰囲気を予測することはできた」と返している。
つまり──
「──防犯カメラで人間や自動車の流れはわかる。飛び交ってる無線通信の量もわかる。そういう予兆を元にして、敵は動いてたってこと?」
エルフリーデにわかったことは一つだけだ。
つまり相手はただの犯罪者集団なんて陳腐な悪党ではなくて、軍隊並みの機材を使って、こちらをずっと見張っていた。
そんなことが可能なのだろうか。
いくら何でも必要な
そんな悪党がのさばっていたとしたら、帝都の治安はもっと悪化していてもよさそうな気がした。
そのくせこの都市は、ぱっと見の治安はさほど悪くなさそうである。
ちぐはぐだった。
うーん、と悩むエルフリーデに対して、クロガネがそっと答えを差し出した。
「あくまで推測だが。今回、我々が遭遇している一連のテロ攻撃、
クロガネ・シヴ・シノムラはそうして、決定的な一言を放った。
「──我々の敵は
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イノーマス・マローダー。
全長50メートルの怪獣ロボ。
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この他、リンク先では帝国/連邦の量産型機も掲載されています。
超かっこいい…!
クロガネ「だいたい敵の利用してる情報の入手経路がわかった。そこから正体も予測できる」
エルフリーデ「話が早すぎる…!」
だいたいこんな感じ。