【第2巻発売中】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中

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地底世界への突入

 

 

 

 ──ドローンが大穴の中に出たり入ったり、ケーブルに繋がれたセンサーが降ろされたりしてる。

 

 

 ──地上の仮設テントでは、防護服を着た人が出入りして大騒ぎ。

 

 

 警察の仕事は犯罪者を取り締まって治安を保つことだが、未知なるオーバーテクノロジーの濫用に立ち向かうのは管轄外である。

 すると異端対策局の出番というわけで──その協力者であるエルフリーデたちが、現場の主導権を握るまではスムーズだった。

 

 これはオットー・マハト保安監察官が責任を持ったことによる成果である。

 必要なだけの権限、必要なだけの機材をあっという間に手配してくれたあたり、間違いなく有能な官僚という感じがした。

 

 たぶんクロガネとの協力関係が、上手いことお互いをカバーし合っているのだろう。

 現場組としてはありがたい話だった。

 エルフリーデが感心しながら調査の様子を見ていると、無線通信が入った。

 

 

『縦穴(シャフト)の調査が完了した。レーザー測距、音響探査、放射線の測定、気圧と大気組成については許容範囲内だ。探査深度は地下五〇〇メートル程度までをカバーしており、底部に巨大な人工物を確認した。ここが内部施設への侵入経路になっている。縦穴(シャフト)そのものの強度にも問題はない』

 

 

 クロガネは今、現場である大穴のすぐ隣に来ていた。

 仮設テントに機材を運び込み、異端対策局が手配した人員に指示を出しながらテキパキと分析を進めていたのである。

 

 有能な現場主義者を自称する伯爵様らしい手際の良さだった。

 あらかじめ調査しておくべき項目をわかっているから、事前に手配した機材と段取りで、何もかもがスムーズに進行しているのだ。

 

 突然、大都会のど真ん中に直径数十メートルの縦穴(シャフト)が開通したという意味不明な事件にもかかわらず、すぐにあらかたの知っておきたいことはわかった。

 

 

「つまり突入はGOサインが出たってこと?」

 

 

『ああ、バレットナイトに融合した状態ならば問題ないだろう。電気熱ジェットエンジンの使用に適した、適度な酸素濃度の大気組成だ』

 

 

「生身で脱出は考えない方がいい、と」

 

 

『測定したのはあくまで縦穴(シャフト)内部の数値だ。この縦穴(シャフト)は、そのまま地下空間に直結している──毒ガスや殺人的な放射線に満ちていることはありえないが、万全を期すならば電脳棺から出るな』

 

 

 確信を持った物言いだった。

 妙だな、とエルフリーデは思う。

 クロガネ・シヴ・シノムラは理性的かつ科学的思考の信望者である。

 

 可能性があるというような言い回しを好んでするし、不確定要素がある場合、相応にもったいぶった言い回しをする人種だ。

 要するに真面目なのだが、そういう男がここまで強く言い切るのは不思議だった。

 

 

「クロガネ、その様子だと……心当たりがある感じですか?」

 

 

『ああ、その通りだ──先史文明種の遺産が絡んでいる。この縦穴(シャフト)の開通にともなって、除去された土砂の量は数百万トンに達するだろう。これほど大規模な土木工事を、現在の技術水準で、人目に触れることなく短時間で達成することはできない』

 

 

「……それって……サンクザーレの黒い塔みたいな?」

 

 

 クロガネの言葉を聞いて、少女が思い出したのは一年前に遭遇(そうぐう)した古代兵器のことだった。

 大量破壊兵器〈ケラウノス〉──全長二キロメートルにもおよぶ斜塔、そのすべてが途方もない出力の粒子ビーム砲という代物──かつてこの地上に存在した文明を滅ぼした忌まわしい遺産。

 一〇万年間、クロガネを呪ってきた邪悪な存在である。

 

 思えば〈ケラウノス〉も、物質分解プロセスと称して周囲の地形をえぐり取って出現していた。

 どうやら先史文明種の時代には、そういう得体のしれない凄まじい科学力があったようなのだ。

 あれと同じような理屈ならば、突然、誰にも気付かれずに地の底まで続く大穴を開通させることだってできるだろう。

 

 

『同様のプロセスによって、この縦穴(シャフト)が開いたと俺は考えている。現在の測定値から判断して、ジェットエンジンの使用には適するが……念のためだ、ロケット推進器のブーツを装備しての探索になる』

 

 

「懐かしいやつだ……竹馬(スティルツ)だっけ」

 

 

 エルフリーデはそう呟いて、自分の機体〈アシュラベール〉の足下を見た。

 この流線型の美しい外殻を持った巨人には少々、不釣り合いな長靴──脚部に被せるようにして装着、外付けのロケットエンジンによる推力増設を目的にした装備だった。

 

 これは去年の一二月、高高度迎撃装備〈マルドゥック・フリューゲル〉として試験した装備の一部である。

 バレットナイトの脚部にロケットエンジンを増設して、空中機動の自由度を増すという試み──今回は地底空間への突入を行うため、外気を必要としないエーテル粒子ロケット推進器が選ばれた。

 

 エルフリーデ自身、何度か試験運用はしているので慣れてはいる。

 自分の隣にカメラアイを向けた。

 

 

「リザ、いけそう?」

 

 

『ええ、お姉さん。私も〈ラセツベール〉も準備万端ですよ!』

 

 

 深紅の一本角〈アシュラベール〉に対して、群青の二本角〈ラセツベール〉──エルフリーデの駆る機体を元にした量産試作型に、リザ・バシュレーが乗っていた。

 ミトラス・グループの帝都支社に運び込まれ、最高機密の警備体制の下、郊外の整備拠点で準備されていた二機である。

 

 基本的にはエルフリーデとリザのバレットナイトは同型機、フレームもハードポイントの規格も同じだ。

 つまり整備場万全なら、同様の装備を使い回せる。

 ゆえに〈ラセツベール〉もまた、両脚にロケット推進機を内蔵した長靴を装着済みだ。

 

 

「これで最悪、ジェットエンジンが使えない状況でも垂直上昇して離脱できる……ってことだね」

 

 

『……ここまで用意して探索しなきゃいけない場所なんです?』

 

 

 リザの疑問はもっともだった。

 ここは外部の人間も大勢いるから、込み入った話はできないだろうが──リザの問いかけに対して、クロガネが手短に返答した。

 

 

『この縦穴(シャフト)の先には地下空間が存在する。先に確認された人工物については、俺が操作して解錠する。お前たちは内部に突入後、周囲を探索して地上に情報を送信してくれ。中継用のドローンを待機させておく』

 

 

 クロガネは未知の施設へ挑むというより、ある程度、正体がわかっているものに対処するという姿勢になっていた。

 エルフリーデは何を言うべきか迷った末、率直な疑問をぶつけた。

 

 

「クロガネ、普通に考えて……これって罠ですよね? こっちの降下中に縦穴(シャフト)が閉じられて、二度と地上に戻れないなんてことは?」

 

 

『可能性としてはほぼ排除できる。エルフリーデ、我々が対峙している敵には、一つの制約が存在しているからだ』

 

 

「制約?」

 

 

 さて、どういうことだろうか。

 クロガネ曰く、敵は先史文明種の遺産──それこそ機械卿ハイペリオンと同じような、機械仕掛けの自律した存在なのだという。

 

 先の大陸横断鉄道の襲撃事件の黒幕まで疑われている。

 こうなってくると何でもありのヤバいやつ、という印象が強いのだけれど。

 首を傾げたエルフリーデに、仮設テントから出てきたクロガネがその視線を向けた。

 強く凜々しく、意思のこもった金色の瞳。

 

 

「直(・)接(・)的(・)な(・)殺(・)傷(・)手(・)段(・)が(・)行(・)使(・)で(・)き(・)な(・)い(・)。それが今回、敵が背負っているルールだ。この縦穴(シャフト)の開通時、地上に存在していた物流倉庫は無人だったそうだ。一ヶ月前に閉鎖が決まって、人払いされていたという証言がある」

 

 

「……その悪魔みたいなやつが、人死にが出ないように会社を動かしてたんです?」

 

 

「そうだ。そして人死にが発生する場合、敵は必ず、陰謀や襲撃の実行者に人間をはさんでいた」

 

 

「……抜け道がゆるゆるじゃないか! 人間の部下を使ってる分には殺してOKって、そんな制限ないのと同じでしょ?」

 

 

 そうだなと、クロガネはうなずいた。

 だが、と補足説明を始める構えのようである。

 

 

「敵はこれだけの凄まじい科学力を持っている。もしその気ならば、大陸横断鉄道でも帝都でも、もっと致命的な攻撃が可能だったはずだ。それができていない時点で、自由からほど遠いロジックが課されている」

 

 

「……誰かを殺すときは必ず……現代人を乗せたバレットナイトを使ってる、ってこと? その理屈だと、先史文明種の遺産でいきなり初見殺しみたいな真似ができない?」

 

 

「俺はそう判断している」

 

 

 それまで黙って話を聞いていたリザが、何かに気付いたようにカメラアイを動かした。

 視線の先にいるのは雄牛の角を持ったバレットナイト〈シュティーア〉──エルフリーデの元部下、マックスが搭乗している機体があった。

 

 

『それでマックスさんを武装させてるんですか? 地上を間接的に襲撃される危険があると?』

 

 

「その可能性は否定できない。そしてエルフリーデ、リザ・バシュレー。お前たちが地下に突入後、敵が取れる対処法は限られている」

 

 

 こうして順序立てて話されていくと、エルフリーデにも話の流れがわかってきた。

 敵は大昔に作られた機械知性体で、現代文明では想像もできないようなすごいことができる。

 だけど人間に対して悪意を発揮するためには、どういう迂遠なロジックによるものなのか──現代人をけしかけて争う必要がある。

 

 つまりエルフリーデとリザが、第三世代バレットナイトで乗り込んだ場合、セキュリティシステムで排除みたいな真似ができないのだ。

 そういう意味での安全性は担保されている。

 

 だからクロガネは、エルフリーデとリザを突入させる作戦案を立てたのだろう。

 必然的に──敵が奪還していった人間の存在意義もわかってくる。

 

 

「……ジゼルを敵が奪い返したのは……わたしたちを誘い込んで、相手するのに必要な手駒だったから?」

 

 

「おそらくは」

 

 

「わざわざ地底に通じる大穴を開けた理由、わ(・)た(・)し(・)た(・)ち(・)を(・)意(・)識(・)し(・)て(・)る(・)か(・)ら(・)だよね」

 

 

 困った。

 見るからに怪しい大穴が、何の意図もなく用意されたなんて話の方が胡散臭いけれど──九割方、こっちを見て待ち伏せしてるとわかっている状況というのは辛い。

 

 できることなら迂回したいし、許されるなら爆弾でも投げつけてド派手に爆破してしまいたいシチュエーションだ。

 とはいえクロガネは無茶を通すが、無謀を強いるタイプの人間ではない。

 相応に勝算があっての作戦なのだろう、と信じることはできた。

 なので尋ねる。

 

 

「クロガネ、わたしたちが内部に侵入した場合の勝ち筋、目標の達成ってどういうものですか?」

 

 

 迷いなく男は答えた。

 

 

 

「──俺(・)が(・)対(・)話(・)す(・)る(・)間(・)の(・)時(・)間(・)稼(・)ぎ(・)を(・)頼(・)む(・)」

 

 

 

 エルフリーデは嘆息して、隣のリザと目を合わせた。お互いに肩をすくめて苦笑いして、やれやれとため息をついた。

 やってやれないことはないだろう、とは思う。

 だけど絶対に苦労するな、とわかった。

 

 

 

「あなたの無茶振りって、こっちへの信頼が大きすぎます」

 

 

 

 仕方がないな、と覚悟を決めた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ──〈アシュラベール〉と〈ラセツベール〉が、スラスターを使ってゆっくりと減速する。

 

 

 ──垂直に数百メートル掘られた縦穴(シャフト)を、重力に引っ張られながら落ちていく。

 

 

 気分は最悪だ。

 まるでこの星の奥深くまで、このまま自由落下していくんじゃないかと思えてしまう。

 地上から差し込む光はわずかで、薄暗い景色が続いていた。

 

 本当に真っ直ぐな垂直方向の縦穴(シャフト)を降りる間、特に問題らしい問題は起きなかった。

 見渡す限り、壁面はつるつるしている。

 

 まるで大理石を磨き抜いたような見事な断面──ボーリングマシンではここまで綺麗にはならないだろう、と思える風景。

 事前に設置してある探査用のプローブ、有線式のセンサー類からの信号で、地上からどれぐらい深く潜ったかはわかる。

 

 一〇〇メートル、二〇〇メートル、三〇〇メートル、四〇〇メートル、五〇〇メートル。

 地の底に到着。

 ロケットブーツのランディングギアが展開され、つるつるした人工物の底面に接地する。

 

 

「──こちらライオネス1。地底に到着しました」

 

 

『こちらライオネス2、同じく到着しました……ありえない(アンビリバボー)……』

 

 

『ライオネス1、ライオネス2、映像を確認した。電脳棺にアクセス用のメッセージが表示されているか?』

 

 

「確認しました。そちらにデータを転送します」

 

 

 レーザー通信で必要な情報を送信すると、クロガネが通信越しにうなずくのがわかった。

 

 

『……問題ない、こちらで対処できるセキュリティだな。一〇秒待て』

 

 

 きっかり一〇秒後、足下の人工物が振動し始めた。

 それまで継ぎ目一つ見えなかった縦穴の底──つるりとした円形の床に、ゆっくりと割れ目が生じて左右に開いているのだ。

 

 ものすごい光景だった。

 シャッターが開いていく景色ということになるのだろう、たぶん。

 しかしこの亀裂の断面は、明らかに分厚すぎる。

 

 

「縦穴(シャフト)の底面が開いてます。大きい、たぶん断面が数十メートルはある……降下を試みます。ライオネス2、ついてきて」

 

 

『ライオネス2、了解です』

 

 

 この縦穴(シャフト)を垂直降下するのは、既存の航空機だとかなり厳しいだろうと思えた。

 ヘリコプターならばゆっくりと降りることができるかもしれないが、回転翼のローターブレードが接触したら終わりだ。

 

 その点、第三世代バレットナイトは自前のスラスターを備えている。

 推進器の噴射角度を選べる〈アシュラベール〉ならば、自由落下の速度を殺しながら降下できる。

 

 

 ──縦穴(シャフト)を降りていく。

 

 

 ──天上から差し込む日光は消えて、自らの推進炎の照り返しを見つめ、奈落の底まで続く穴をくぐり抜けた先。

 

 

 唐突に視界が開けた。

 エルフリーデは一瞬、ここがどこなのかわからなくなった。

 理由は単純である。

 

 それまで視界の端にずっと収まっていた壁──この縦穴(シャフト)の断面だ──が消えたのだ。

 代わりに視界に飛び込んできたものは、想像を絶する景色だった。

 鮮やかな色彩があった。

 

 

『ライオネス1……すごい光です、見えますか?』

 

 

 リザの呼び掛け。

 エルフリーデと一定の距離を保ちつつ、少し遅れて降下してきた〈ラセツベール〉──群青の鬼神が周囲を見渡している。

 気持ちは痛いほどわかった。

 自分自身、こんなの全然信じられないのだから。

 

 

 

 ──見上げれば、煌びやかに光り輝く空があった。

 

 

 

 ──水平方向に広がる空間は、景色が霞(かす)むほど遠くに続いていて。

 

 

 

 ──眼下には真新しく整然と整った都市が広がっている。

 

 

 

 それはまるで、神々のおわす空想上の楽園にも似た景色。

 空の輝きは太陽によるものではない。

 煌々と輝く光の帯が重なり合い、竜のようにうねり、空間すべてを照らし出しているのだ。

 

 なんだこれ、とうめきそうになる。

 ここは地の底、何百メートルも縦穴(シャフト)を降りた先にある地下施設のはずである。

 だけど実際にあったのは、何もかもが現実離れした風景だった。

 

 

「こちらライオネス1。地下施設への侵入に成功しました。今、映像を送ります。すごく広いです。水平方向に三〇キロメートルはあります。高さもかなりある……!」

 

 

 一緒に降りてきたドローンを介して、レーザー通信を地上に送る。

 巨大な縦穴(シャフト)から地上と連絡を取るなら、レーザー通信を中継(リレー)するのが一番確実だった。

 エルフリーデはその瞬間、違和感を覚えた。

 ぞくっと背筋が寒くなる。

 

 

 

 ──見られてる?

 

 

 

 次の瞬間、返ってきたのはクロガネの声ではなかった。

 

 

 

『──我々の冥府にようこそ、ゲストユーザー。あなた方は一〇万年ぶりにこの地を訪れた人類ということになりますね』

 

 

 

 無線通信だった。

 発信源は眼下の地上、いずれかのアンテナから電波を送ってきている。

 奇妙なほどに安心感を覚えさせる声音──おそらく親しみを感じさせる音の連なりを、機械的に再現した結果であろうもの。

 その少年のようにあどけない言葉に、エルフリーデは慎重に言葉を返した。

 

 

「あなたは誰です?」

 

 

 そいつは優雅さすら感じさせる、落ち着いた調子でこう答えた。

 

 

 

 

 

『──私の名前は〈パノプテース〉。あなた方が言うところの、先史文明種の遺産というやつですよ』

 

 

 

 

 

 

 

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