【第2巻発売中】機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中

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百眼巨人

 

 

 

 〈パノプテース〉。

 これまた聞き慣れない言葉だな、と思う。

 なんとなく語感的に、かつてクロガネとともに対峙した古代兵器〈ケラウノス〉に近しい響きがある。

 

 エルフリーデがそんなことを考えていると、すぐさまクロガネが無線通信で応じた。

 彼は現在、地上に運び込まれたバレットナイト──〈アイゼンリッター〉を流用した通信機能強化型──に融合しており、データリンクで〈アシュラベール〉の見聞きしたものを共有していた。

 

 

『発信源はこの施設の内部だ。お前たちがいるのは、地下に建設された人工的な都市──ジオフロントの一種だろう。上空の光源から活性化したエーテル粒子を検知した。近づきすぎるな、かなりのエネルギー量だ』

 

 

「こっちの通信に割り込まれてるのは?」

 

 

『対処中だ、データリンクと切り離しつつ、会話だけを継続させる……完了した』

 

 

 対応が早すぎる。

 いつものことながらクロガネの優秀さには舌を巻くほかなかった。

 そうして会話をする間にも、〈アシュラベール〉と〈ラセツベール〉は並んで広大な地下空間を飛翔していた。

 

 頭がクラクラする状況だった。

 間違いなく地下に突入したはずなのに、眼下に広がる景色は真っ昼間の大都市を、上空から眺めているような様子なのだ。

 

 ざっとレーザー測距した限りでは、地上との距離は五〇〇メートルほど。

 水平方向の広がるが前後左右一五キロメートルほどだから、要するに──高さ数百メートル、直径三〇キロメートルぐらいの広大な地下空洞ということになる。

 

 

 ──こんな空洞があるところに、帝都は作られてたの?

 

 

 地下鉄を作ったり、上下水道や電線のようなライフラインを引いたり、地面の下を掘り起こす工事の機会なんていくらでもありそうなものだが。

 いくら何でも気付かないなんてありえるのだろうか。

 

 そのように少女が疑問を持った瞬間、まるでその思考を呼んでいたかのように慇懃(いんぎん)な声が発された。

 〈パノプテース〉を名乗るものの言葉だ。

 

 

『ご安心を。この地下都市は極めて頑強な分厚い外殻層に包まれています。出入り口となる縦穴(シャフト)の開通がなければ、あなた方の文明では、安定した地盤にしか思えなかったことでしょう』

 

 

 エルフリーデは警戒のレベルを引き上げた。

 自分には〈パノプテース〉の発言の真偽を確かめる術がない。

 けれど一つわかったことがある。

 

 

 ──こいつはわたしの心を読んでいるみたいに喋る。

 

 

 ──別に思考を本当に読まれてるわけじゃない。たぶん、わたしのことをよく調べてて、そこから考えそうなことを当ててるんだ。

 

 

 ──人間観察だけで事実を言い当てる、名探偵スターリングみたいに。

 

 

 エルフリーデのそんな思考を裏付けるように、クロガネが口を開いて通信に応じた。

 

 

『普見者(パノプテース)──旧世界の神話において、一〇〇の眼球を持つがゆえに、監視の目を絶やさない巨人の名だ。これまでの不正アクセスの検出で明らかなことだが、〈パノプテース〉。お前はありとあらゆる手段を用いて、ベガニシュ帝国の監視機材を通じて外界を把握している』

 

 

 クロガネの断言は、事前に聞いていた敵のやり口──監視カメラを通じてエルフリーデたちの動きを掴み、襲撃計画を先回りするように用意していた──と一致するものだった。

 しかしいくら何でも名前が率直すぎる。

 

 都市に張り巡らされた監視カメラを乗っ取るやつが百眼巨人とは──できすぎだった。

 呆れ半分の感想を抱いたエルフリーデは、悪びれもしない〈パノプテース〉の声を聞いた。

 

 

『知識とは大いなる武器。その点において、あなたはわかりやすい人間のようです。はじめましてヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラ──もっとも我々の対峙は、ずっと前に始まっていたとも言えますが』

 

 

『先史文明種の遺産に名を覚えられているとは光栄の極みだな──率直にこちらの要求を伝えよう、〈パノプテース〉。今すぐにその施設で稼働している試みを中止してほしい。それは極めて危険な実験だ』

 

 

『ふーむ? これは驚きました。まさかあなたは、死人帰り(ヴィーダーゲンガー)などという不確かな噂から、真実にたどり着いているのでしょうか? これは事実の確認です、挑発ではありませんのであしからず』

 

 

 不味い。

 知識が豊富で意味深な喋り方をする男と、胡散臭くて意味深な喋り方をする黒幕が出会って会話する──端から聞いてると要点をすっ飛ばしてるとしか思えない。

 

 たぶんお互いに通じ合ってはいるのだが、第三者にわかるように喋るのが不得意そうな面子である。

 何が何だかさっぱりわからなかった。

 エルフリーデは思わずリザにささやいた。

 

 

「……ライオネス2、わかる?」

 

 

『伯爵様に言わせると、この地下世界が都市伝説の元凶なんですよね? すいません、理屈はさっぱりわからないです』

 

 

「だよねー」

 

 

 しかしヒントは出ている。

 死んだはずの人間が都市に出没し、幽霊のように消えていく死人帰り事件。先ほどクロガネが注意していた、地下空間を照らす光源のエーテル粒子。

 そもそもクロガネはこの事件の調査に参加するとき、なんと口にしていただろうか。

 

 

 ──人間が光の粒子になって消える現象。

 

 

 ──先史文明種の遺産が引き起こす物質分解プロセス。

 

 

 ──あるいは〈偽りの神〉と呼ばれる超常現象が引き起こす異常な空間。

 

 

 そう、間違いなくクロガネが警戒していたのは──現代人から見ればハチャメチャなオカルトだが、超高度な科学文明ならば原理がわかっている異変なのだ。

 そして事件の元凶は、どうやら怪しげな黒魔術の使い手とか、邪悪な儀式で降臨した悪魔とかではないらしい。

 

 敵の正体は先史文明種の遺産、自律稼働する機械知性だ。

 一〇万年前まで存在していた太古の科学文明であり、現在とは比較にならないほどの科学技術を有していた人々──あるいはこの世界を作り出し、人工天体と小さな宇宙すら創造してみせたものたち。

 

 クロガネの妹スオウ・シノムラが引き起こした大惨事によって、当時の人類のほとんどが滅び、その都市も焼き尽くされた。

 しかし例外は存在する。

 その滅亡の生き証人としてクロガネがいるように、大深度の地下に作られた施設は無事だったのだから。

 

 

 ──あれ? つまりこのジオフロントだっけ、地下都市ってそういう理由で生き残ってるシェルターなのかな?

 

 

 先史文明種の遺産は経年劣化と無縁のように思える。

 一〇万年の間、外界と遮断されていたとしても余裕で稼働できるだろう。事前に調査していた大気組成や放射線の数値から見るに、この地下都市は十分に人間が生きていける環境を維持している。

 

 ありとあらゆる補給なしに維持される人工空間なんて、剣と魔法のファンタジーの方がマシに思えるぐらいのオカルトだけれど。

 ひょっとして眼下の都市にはまだ、生きている人間がいるのだろうか。

 そんなエルフリーデの疑問に応じるように、〈パノプテース〉がささやいた。

 

 

『ご安心を。ここは冥府、死者のために作られ、埋葬された都市なのです。あなた方が尊重すべき、本来の文明の主は不在なのですよ』

 

 

「……完全に無人の都市? なんでこんなものが、地下に作られているの?」

 

 

 確かに動くものの気配がない景色である。

 煌びやかな光の帯が、頭上でキラキラと輝いているのに──人影もなければ小鳥のさえずりもなく、ただひたすらに人工物で満たされた空間だけが転がっている。

 

 そう、ここが地上の都市であれば、間違いなくあるはずのもの。

 生き物の気配がまったくないのだ。地上なら廃墟の街になろうとも、小動物や昆虫の類はやってくるだろう。

 

 どれほど荒涼とした砂漠にすら生き物が住み着くように。

 エルフリーデの疑問を引き受けて、リザが慎重に口を開いた。

 

 

『……本当だったら、この街に引っ越してくるはずだった人たちは移住できなかった。もしくは長い時間の中で死に絶えてしまった。そんなところですか?』

 

 

『惜しい、中々よい推測です。ここは物理的に無菌室の状態でしたので、人間どころか微小生物のレベルで清潔だったのですよ──あなた方は外界から大量の穢れをまき散らしている、ということですね』

 

 

『ええ、不法侵入者(トゥレスパサ)みたいですね! 敵意をそれとなく感じられる言葉使い、どーも』

 

 

 リザは皮肉っぽく肩をすくめた。

 エルフリーデと並んでスラスターからのジェット噴射を足下に向け、空中に留まっている状態だった。

 

 二人は今この瞬間も、油断なく周囲を目視で確認していた。

 〈パノプテース〉の言葉は正しい。どうやらこのジオフロントは、本当に有機物らしい有機物が存在していなかったようだ。

 

 淀んだ空気は存在せず、どこまでも澄みきった大気が世界の端っこ──ドーム状の人工空間を区切る壁──まで続いている。

 もっとも高層ビルの類が建っているせいで、さほど見晴らしはよくないのだが。

 

 

 ──今の会話でわかったことは二つ。

 

 

 ──〈パノプテース〉はわたしたちに対して友好的じゃない。

 

 

 ──この地下都市は本当に無人の状態で、地底人の皆さんとの交流会は起きそうにない。

 

 

 少しだけ気楽になったかもしれない。

 もし先史文明種の生き残りがいた場合、間違いなくその居住権や自治権を巡って、地上のベガニシュ帝国が介入してくる口実が増える。

 

 今は異端対策局という治安当局の協力によって、クロガネやエルフリーデが動きやすい環境がお膳立てされているに過ぎないのだ。

 帝国に巣くう有象無象、軍部だの財閥だのが動き出したら、死ぬほど面倒くさいことになるだろう。

 

 

『〈パノプテース〉。お前は先史文明種の遺産──倫理プロテクトをかけられた人工知能だ。ゆえに俺たちの排除ができず、説明義務を果たすため情報開示を行っている。再度、要請する。お前がこのジオフロントで行っている、エーテルサーキットの活性化プロセスは停止すべきだ』

 

 

『要請を受諾(じゅだく)し、その緊急性を検証いたします。さてヴガレムル伯爵、あなたの理解は正しい。そしてそれゆえに、あなたが危惧(きぐ)する事態もわかりやすい』

 

 

 クロガネの解説──先史文明種(プリカーサー)は道具として生み出した機械仕掛けの従僕たちに、道徳観念のような枷をかけていた。

 それが倫理プロテクトらしい。

 

 人間を無闇矢鱈(むやみやたら)と殺傷しないとか、危なそうな状況では注意喚起をするとか、そういうルールを守るようにしている。

 どうやら〈パノプテース〉はエルフリーデたちの侵入を快く思ってはいないが、同時に客(ゲスト)として尊重してもいる。

 

 

 ──いきなり意味わかんない超科学で即死攻撃、みたいな真似ができないわけだね。

 

 

 こっちからしてみれば、限りなく不平等な条件の中で一息つけるよりどころみたいなものだ。

 おそらく敵対関係にあるにもかかわらず、クロガネと〈パノプテース〉の間で会話が成立しているのも──向こう側に会話を打ち切れないルールがあるのだろう。

 事前に説明はされていたが、こうして実際に目にすると不思議な光景である。

 

 

 ──たぶんこの会話が成立してるのは、わたしとリザが直接、この地下都市に突入したせいだ。

 

 

 ──入ってこられるとお客様として最低限の対応はしなきゃいけない、みたいな縛りかな?

 

 

 クロガネはそれを利用して会話を仕掛けている。

 こうなってくると問題は一つだけ──そもそも侵入経路になった縦穴(シャフト)を開通させたのは、〈パノプテース〉自身であるという事実だ。

 

 今のところこのシチュエーションは、クロガネに有利な条件を生んでいる。

 だが、〈パノプテース〉にも目的があってそうしたはず。

 その正体がわからない。

 これが怖かった。

 

 

「ライオネス2、注意して。ジゼルは仕掛けてくるよ、確実に」

 

 

『了解です(ラジャー)……強いんですか?』

 

 

「追い込みが上手い。射撃を使って機動を制限して、白兵戦を仕掛けるのが得意な子だよ。わたしに襲われるぐらいの気持ちでいていいよ」

 

 

『うわー……恐ろしい(テリファイド)!』

 

 

 リザは心底、恐怖を感じたかのようにうめいた。なんか思い出したくない記憶が脳裏をよぎったかのような物言いである。

 エルフリーデはちょっと傷ついた。

 乙女なので。

 

 

「引っかかるなあ、今の反応……!」

 

 

 軽口を叩きながら眼下の地上を見下ろす。

 その瞬間だった。

 

 複合センサー群を統括する電脳棺(コフィン)が、動態感知の警報を鳴らした。林立するビル群の隙間で、確かに何かが動いたのだ。

 よくない予想は大抵の場合、当たるようにできている。

 

 

「回避! 高度を下げてビル群を盾にする! わたしの機動をトレースして!」

 

 

『了解!』

 

 

 〈アシュラベール〉がその手足を振って、ぐるんと空中で宙返りする。可動部と重量を持った四肢は、その運動だけで空中での姿勢制御を可能とする──そうして推進器の噴射方向をずらす。

 ホバリングして滞空する安定感を破壊し、ほとんど自由落下する勢い。

 

 頭部から真っ逆さまに地面へ向けて落ちていく。

 腰部のジェット・スラスターバインダー二基と脚部に装着した竹馬(スティルツ)のロケット・スラスターが火を噴く。

 

 合計で四つの推進装置が生み出す加速。

 静止状態からあっというまに速度を得て、弾丸のようにビル群の隙間へと突っ込む。

 ほとんど自殺行為みたいな急降下──エルフリーデ・イルーシャの異様な操縦に、迷いなく追従するリザ・バシュレーもまた常軌を逸していた。

 

 狂気の沙汰である。

 高度五〇〇メートルの高さなど、亜音速域での空中飛行なら瞬時に過ぎ去る。

 わずかでも操作を誤れば、勢いよく地面に激突するだけの戦闘機動(マニューバ)。

 

 

 ──刹那、空を切り裂く光の柱が生じた。苛烈な熱線が大気を熱して膨張させ、耳障りな爆音が生じる。

 

 

 つい先ほどまで〈アシュラベール〉と〈ラセツベール〉がいた上空を、粒子ビームの閃光が薙ぎ払っていた。

 凄まじい熱と光。

 

 熱線砲の使用に間違いなかった。

 現在のところその使用にはバレットナイトが必須条件──であれば発射地点にジゼルがいるのだろうか。

 わからない。

 

 敵が一機だけという先入観は持つべきではなかった。

 眼前に迫る地上の構造物──速度を維持したままスラスターの噴射角度を調整、弧を描くような軌道とともに地表すれすれを飛翔した。

 

 

『あははははっ! 笑っちゃうぐらい死にそうです!』

 

 

「じゃあ死に損なっていこうか!」

 

 

『お姉さんが厳しすぎます!』

 

 

 やけくそ気味に叫びつつ、リザはぴったりとエルフリーデの後ろについてきていた。相変わらずのことながら、二番機であるリザの操縦技量はとてつもなかった。

 

 〈ラセツベール〉の機体性能は〈アシュラベール〉と同等とはいえ、実際に戦闘機動を取っているエルフリーデに追従できるかは別問題だ。

 リザは紛れもなく世界有数の第三世代バレットナイトに習熟した使い手だ。

 

 

「クロガネ! 敵から攻撃を受けました、以降は無線をレーザー通信に切り替えます。返事ができなくなります!」

 

 

 それ以上の応答は待たない。

 速度は時速七〇〇キロメートル前後、地上の景色が流れるように過ぎ去っていく。

 一応、視界の端には壁が見えているとはいえ──それは十数キロ先のことなので、こうして高速飛行することができてしまえる。

 

 

 ──地下に降りたはずなのに、空戦する羽目になってるのは変だよ!

 

 

 感覚的には違和感しかない。

 間近で見る地表の建築物群は、地上世界で見慣れたコンクリートのビルディングではなかった。何らかの鉱物を思わせる材質で、どこか病院の床を思わせる清潔感にあふれた光の反射を見せている。

 まるでそう、磨き抜いた黒曜石のようにも思えた。

 

 

 ──これ、サンクザーレの遺跡と同じ? いや、ちょっと違うかも。

 

 

 紛れもなく、この地下世界がかつての超科学文明の産物であることを確信させる。

 先ほどの熱線砲の発射地点──現在、二人が降下したエリアとの距離はざっと三〇〇〇メートルほどだろうか。遠いと言えば遠いが、こうも都市のビルディングが林立している場合、障害物が豊富なのが効いてくる。

 

 クロガネの話を信じていいなら、敵は地対空ミサイルを設置するような真似はできないはずだ。

 だから手駒としてジゼル・カレのような独立した個人を欲した。

 自分の手を汚せない道徳的縛りを、赤の他人に任せることで迂回(うかい)するために。

 そのはずだ。

 

 見落としがあるとすれば、自分たちの知らない協力者──それこそ大陸横断鉄道で戦ったナイツベインのような手合い──がいる可能性。

 伏兵が一番怖かった。

 次の瞬間、エルフリーデの背筋をぞくっと戦慄(せんりつ)が駆け抜けた。

 

 

「リザ、減速! 最大出力で逆噴射! オールウェポンフリー!」

 

 

『ええ!? 了解(ラジャー)っ!』

 

 

 無茶振りをしているとは思った。

 下手をすれば追突もありえる──しかしながらリザの腕前はとびきり優れている。眼前を飛ぶエルフリーデの減速の加減を見て、即座に逆噴射のコントロールができる程度に。

 深紅と群青、二機の鬼がスラスターを前方に向けてジェット/ロケット噴射で急減速。

 

 凄まじい推進力が荒れ狂う。慣性の法則に従って前に進もうとする機体が、反対方向から加わる推力によって速度を殺される。

 急ブレーキに従ってGがかかった。

 

 その瞬間だった。左前方に見えていた高層ビルディングの中腹で、激しい熱と光が弾けた。

 プラズマ化した建材が弾け飛び、赤熱する破片がまき散らされる。

 ちょうど真ん中の構造体を破壊され、高層ビルの上半分が地面に向けて崩落していく。

 轟音。

 

 もくもくと立ちこめる土煙、砕け散った建材の粉塵(ふんじん)が散らばる汚れた空気。

 間一髪だった。

 〈アシュラベール〉と〈ラセツベール〉が減速していなければ、降り注ぐ瓦礫(がれき)の雨に突っ込むことになっていたはずだ。

 

 

「──熱線砲をこっちの進行方向にぶっ放して、ビルを崩した!」

 

 

『ありなんですか、それ!?』

 

 

「わたしもたまにやったことある!」

 

 

『おかしいですよ(イッツクレイジー)!』

 

 

 レーダー波の照射は受けていない。

 そうなるとこっちの現在位置を探知したのは、光学カメラか赤外線センサー、あるいは音響センサーのいずれかだろうか。

 

 これまでのパターンから考えると、〈パノプテース〉は間接的な情報支援ぐらいならできると考えていい。

 ジゼルは腕利きの機甲猟兵だが、決して未来予測を常時やるような超人ではなかった。

 ならば今の攻撃の目的は足止めが目的か。

 

 

「音響センサーに反応あり……何か接近してくる。見えたら撃っていい」

 

 

『説得の余地、ありません?』

 

 

「ジゼルが襲ってきてるなら無駄かな。あの子、強情だから」

 

 

『楽しい知り合いですね……』

 

 

 リザはそれ以上、何も言わなかった。一応、顔見知りで因縁浅からぬエルフリーデの心情をおもんばかってくれたのだろう。

 いい子だと思う。何より大事にしたい友達であり、相棒だとも思う。

 

 だから優先順位をつける。

 エルフリーデ・イルーシャには義務があるからだ。僚機であるリザ・バシュレーを生還させねばならない。

 

 敵意とともに襲ってくるのであれば、それがかつての戦友であろうと容赦はしない。

 命を助けられるとしても、それは勝ちを拾ってからの話だった。

 

 

 ──〈アシュラベール〉と〈ラセツベール〉の武器は十分積んできた。

 

 

 ──わたしが電磁機関砲と超硬度重斬刀、リザが火力支援用の重装備。

 

 

 ──相手がどういう装備でも、ある程度は対応できる。

 

 

 高層ビルの群れによって視界は遮られ、レーダー波による索敵も有効ではない。

 にもかかわらずわかる、絶大な推力によってこちらに移動してくる何か──バレットナイトは電気駆動であるがゆえに、光学センサーと音響センサーの組み合わせで索敵を行ってきた。

 

 電子戦装備が充実した〈アシュラベール〉型もまた、これら従来のセンサーはしっかり備わっている。

 バレットナイトは目と耳を使って戦う人型兵器なのだ。

 

 〈アシュラベール〉と〈ラセツベール〉は散開し、敵の予想進路に待ち伏せすることにした。

 左右から銃火を浴びせかける用意をする。

 足首からランディングギアを展開、地面に接触させて滑るように移動。低出力のジェット噴射でも、地上をローラースケートよろしく滑るには事欠かない。

 

 

「会敵予想は一〇秒後、出会い頭にぶちかます」

 

 

『了解──』

 

 

 それは耳を突くような轟音だった。

 エルフリーデは思考する。

 

 

 ──ジゼルは強引に攻め込むタイプ。だから熱線砲でこっちの進路を塞いで、距離を詰めようとしてきた。

 

 

 不自然ではない。

 エルフリーデ・イルーシャの知るジゼル・カレはそういう戦い方をする。

 だが、ジゼルに助言しているであろう〈パノプテース〉はどうだろうか。

 

 これが読めない。

 なりふり構わずに熱線砲で辺り一帯を焦土にする可能性もあるかと思ったが──そうしていない理由は連射が効かないのか。

 それともこの攻撃自体が誘いなのか。

 

 

 ──ああ、心臓に悪すぎるね、これ。

 

 

 ──ただでさえ死んじゃった友達を、もう一回殺すかもしれないのに。

 

 

 最悪な気分だった。

 そしてカウントダウンが終わる。きっちり一〇秒が過ぎ去って、〈アシュラベール〉と〈ラセツベール〉の照準が交わる。

 

 待ち伏せポイントを敵が通過する。

 距離は一〇〇メートル、バレットナイト同士の戦闘としては近距離と言っていい。

 光学カメラにその姿が映し出される。

 

 

 ──それはあまりにも大きかった。身長四・五メートルの〈アシュラベール〉が小人に見えるほどの巨躯(きょく)。

 

 

 ──通常のバレットナイトの二倍以上、一〇メートルをゆうに超えるほどの巨人。

 

 

 ──燃えるようなオレンジ色の発光部、青みがかった鋼色の装甲。

 

 

 ──その全身が火を噴いている。途方もない推力によって水平移動するロケットの化け物。

 

 

 何もかもが規格外だった。

 まずその手足が太すぎる。頭部のサイズに比してあまりにも長大な四肢、分厚い装甲で覆われたその等身は高い。

 

 手足が大きすぎて人間の形をしていながら、そのバランスから限りなく遠い造形。

 異形である。

 

 いっそ滑稽(こっけい)なほどに着ぶくれした印象なのに、ありとあらゆる構成要素が暴力的なスケールを感じさせる。

 だから笑えないほどに凶悪だ。

 

 

「──撃て!」

 

 

 エルフリーデ・イルーシャは迷わない。

 その銃口に捉えた敵目がけて、三〇ミリ電磁機関砲が機銃掃射を開始する。

 猛烈な銃火。

 

 左右二方向からの同時攻撃──たとえ光波シールドジェネレータで粒子防御帯(エネルギーバリア)を展開しようと、機関砲の一斉射を浴びる羽目になる。

 限りなく最善手に近い一撃。

 そのはずだった。

 

 

 ──悪い予感がするッ!

 

 

 刹那、エルフリーデは見た。

 火を噴く敵機が、その四肢をバラバラに飛び散らせる様を。

 〈アシュラベール〉と〈ラセツベール〉の同時攻撃を浴びて、火だるまになった巨人があっけなく爆発した──わけではない。

 

 少女騎士の優れた観察力は、まさにその瞬間、敵の間接部で起きた異変を見逃さなかった。

 破壊による脱落ではない。

 手足の付け根など、人体を模した構造体の要所が──分離(パージ)したのだ。

 

 四方八方に飛び散った敵機のパーツ群、ついさっきまで巨人の手足だったそれらに機銃掃射が突き刺さる。

 爆発が起きる。

 

 

「敵が分離した! 切り離した手足を盾にしたんだ!」

 

 

『──意味わからないです(ドント・アンダースタンド)!』

 

 

 破壊された敵機の残骸、そして爆散したエンジン部の火焔。

 それらが生み出した煙幕によって視界不良──その一瞬で十分だった。たった今、手足を切り離したはずの敵機が躍り出る。

 

 先ほどまでの嘘みたいな大きさの巨人に比べれば小柄。

 それでも通常のバレットナイトと同等以上の大きさ──おそらく身長五メートル以上はあるはずだ。

 その背中から何かが飛び立つ。

 

 またしても分離だった。切り離された敵のバックパックが、リザのいる方向へと飛翔していった。

 空中での分離(パージ)を繰り返し、身軽になりながらこっちへ突っ込んでくる人型──〈アシュラベール〉の電磁機関砲を照準する。

 

 撃った。

 射撃が防がれる。

 またしても分離した敵機の一部──装甲のように見えていた部位が剥離(はくり)、外装部がドローンとなって盾になったのだ。

 

 

「──どうやって制御してるの、それ!?」

 

 

 叫んだ。

 彼我の距離が詰まる。

 〈アシュラベール〉の数倍あった体躯をすっかり減らして、コア部分の人型フレームだけになった何か。

 

 不思議なほどに痩(や)せ細(ほそ)った幽鬼が、その手に握りしめたもの。

 小ぶりな戦術斧が振り下ろされる。

 鋭い斬撃だった。

 

 脚部のロケット・スラスターを点火、その推力で横っ飛びに躱(かわ)した。

 だが安心感はまったくなかった。

 警報が鳴り響く。

 

 

 ──反対方向からレーザー照準!?

 

 

 ジェット・スラスターバインダーを稼働させる。地面に対してジェット噴射を吹きつけ、その反動によって強引に跳び上がる。

 ロックオンされた状況から回避運動、高層ビルの壁面に機体をこすりつけるように飛んだ。

 撃ち抜かれたビルに穴が空く。

 リザからの通信が聞こえた。

 

 

『お姉さん、こいつドローンです! バレットナイトの本体に、兵装化したドローンの手足を取り付けてるんです!』

 

 

「わかった、きみは自衛に専念して」

 

 

『了解っ!』

 

 

 爆発の音。

 〈ラセツベール〉の識別信号は消えていない。だが、何かを追いかけ回すような銃火の光があちこちで見えた。

 群青の鬼神は飛んでいる。

 

 見れば高層ビルの影から、無数の歪な人型が群がっている光景が見えた。

 薄気味悪い光景だった。

 まるでそう、気合いの入ったゾンビ映画で追いかけ回される生存者みたいな景色。

 

 高度を高く取れば撃たれる。低空を飛べば敵のドローン兵器が突っ込んでくる。

 よくない状況だった。

 

 

『ずいぶんと賢い後輩じゃんか、隊長ぉ!』

 

 

 痩せ細った幽鬼──あるいは死人帰り(ヴィーダーゲンガー)そのものにも思える異形。

 ありとあらゆる鎧と肉をそぎ落とされてなお、戦うためだけに駆動する人型。

 呼びかけは間違えようもなく、ジゼルの声だった。

 

 

「ジゼル、これが最後だよ──投降する気はない?」

 

 

『そういうのは勝ってる側が言う台詞だろうがよ!』

 

 

 幽鬼が吠える。

 その機体から発される様々な周波数の電波──なるほど、あの機体が周辺のドローンすべての管制を行っているらしい。

 現在進行形でリザを襲っているゾンビもどきも、ジゼルが操っていると見て間違いない。

 やることが単純明快(シンプル)でいいな、と思った。

 

 

 

「──ふうん、きみが勝てると思ってる?」

 

 

 

 挑発だった。

 それを聞いた瞬間、ジゼル・カレが笑う。

 獰猛(どうもう)な獣を思わせる、凄絶な怒気だった。

 

 

 

『──証明してやるよ、あたしが野良犬じゃねえって!』

 

 

 

 

 








機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情
著:灰鉄蝸 イラスト:中村エイト
「オーバーラップノベルス」

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1巻と2巻、好評発売中なのです!





…とまあ宣伝しつつ。
ジゼルの駆る機体〈ブロッケン・ツォルン〉は「オープンゲット!!」する分離合体ロボです。
詳細スペックについては次回!!
たぶんプレダキングとかディオスクリアみたいなギミックしてる。







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