機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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エルフリーデお姉ちゃんの受難

 

 

 

 

 

 

 

「……わたしの戦いは……なんのために……」

 

 

 

 

 傷あり(スカーフェイス)の少女は絶望していた。

 それは落日の帝国を看取る古代の君主のようでもあり、味方に裏切られ戦場で一人孤独に息絶える英雄のようでもあった。

 

 ここは旧バナヴィア王国ヴガレムル市、ヴガレムル伯爵の屋敷――その一室にある朝の食卓、焼きたてのパンの香ばしい匂いが食欲をくすぐる席。

 窓からは気持ちのいい春の日差しが感じられ、暖かな空気ですっかり暖房も要らなくなった季節だというのに、栗毛の少女の顔にはまったく生気というものがない。

 その割に朝食のお皿はすべて完食されている、とかは突っ込まない優しさが、伯爵家の人々の間には存在した。

 

 顔色だけは本当に悪いのに、誰もかかりつけ医を呼んで来ないのにはわけがあった。

 何故ならば――それは誰が見てもエルフリーデ・イルーシャという少女の持病の発作みたいなもので、当代の名医に診せても治療の余地など見いだせないのは明らかだからだ。

 そんな少女に対して、メイドのアンナが甲斐甲斐しくティーカップにお茶を注いで勧めている。

 角砂糖を入れたあと、ぐるぐるとスプーンを突っ込んで攪拌(かくはん)すること数分、うあーと幽鬼じみたうめき声を上げるエルフリーデ。

 

 そんな少女を見かねて、異相の紳士が声を上げた。

 ブリキ缶を頭に被ったような胡散臭い紳士、機械卿ハイペリオン――この伯爵家の万事を取り仕切る万能家令ロボットである。当世では流行りから取り残された、古めかしいフロックコートをあえて着用しているあたり、割と着こなしにはこだわりがあるやつである。

 

「こちらはティアナ様との姉妹仲がこじれて絶望しておられるエルフリーデ様です。愚かで可愛いですね哀れな有機生命体はフフフアハハハハ」

 

「この喋るカカシから始末していいですか?」

 

 露骨な嘲笑に、少女はキレた。

 エルフリーデ・イルーシャは一見するとぽわぽわした感性とお人好しの性根が調和しているが、かといって非暴力的かというとそうでもない。

 成人男性を圧倒する身体能力と戦闘センスによって、生身の暴力においても少女は積極的なのだ。舐めた真似をされると自衛としてキレる。

 妹にウザがられてこの世の終わりのような顔のエルフリーデは、落ち込みながら瞬時に怒るという器用な真似をしていた。

 

「落ち着けエルフリーデ、今のお前は客観的に見て見苦しい」

 

 珍しく朝食の席についていた伯爵家当主、クロガネ・シヴ・シノムラが苦言を呈した。黒い髪に怜悧な美貌の青年は、本当に見苦しいものを見ていると言いたげな渋面で、おのれの騎士を見つめている。

 見栄えのいいディレクターズスーツを朝からきっちり着込んでいるクロガネは、従者のロイ・ファルカに給仕をさせ、優雅に紅茶を飲んでいる。

 

 ヴガレムル伯爵家は紅茶派の牙城なのだ。もちろん来客に備えてコーヒー豆も常備されているが、その扱いは茶葉に比べると一段落ちる。

 自身の主にたしなめられ、椅子を立ちそうになっていたエルフリーデ・イルーシャが腰を落とした。すらりと細い腰を包むスラックスが椅子のクッションに落ち着く。

 色白の少女は、目を閉じてため息一つ。

 

「そうですね。今のはわたしが短気でし――」

 

「エルフリーデ様が騎士として成長されて、このハイペリオン、感動で声も出ません……!」

 

「このカカシが調子に乗っているのでぶん殴りたいんですが……!」

 

 機械卿ハイペリオンはひたすら少女騎士を煽っている。まったく表情がないはずの鉄仮面なのに、こうして猫なで声を出されると薄ら笑いを浮かべているように見えるから不思議である。

 おおむねこの怪人のことを、エルフリーデは純粋に鬱陶しいと思っていた。これで普段は話が早く、日用雑貨の用意や妹ティアナに関わる書類手続きでは、万事つつがなく済ませてくれる()()()()()なので質が悪い。

 要するに気性が合わないのだが、まあそれはそれ。見るからに硬質そうなブリキ缶野郎を殴ったら、こっちの指の骨が折れるオチが待っていそうな気がする。

 そのように気を落ち着かせ、エルフリーデは紅茶を口にした。香りがいい。さらに砂糖が入っているので甘い。

 つまり美味しい。

 

 甘いものが好きなエルフリーデは、そうして自分が妹から避けられている――今朝も朝食を済ませると足早に部屋に引っ込んでしまった――現実から逃避した。

 しかしその赤い瞳は虚空を泳いでいる。

 ちょっと目も当てられない醜態である。

 クロガネはしばしの間、精神的に重傷のエルフリーデ・イルーシャにどう声をかけるか迷った末、容赦なく現実を叩きつけると決めた。

 

「一般的にティアナ・イルーシャほどの年頃の子供は、思春期を迎えつつある時期だ。保護者から独立したいという気持ちは、心の発達の面から見て当然の段階だろう。エルフリーデ、お前と妹の距離感を考えれば、彼女の反応が反抗期のそれに類似しているのは必然的と言える」

 

「クロガネ、話がまた長くなってきましたね?」

 

「――お前は妹離れをすべきだ。客観的に見て溺愛が過ぎるぞ」

 

 沈黙。

 クロガネのダメ出しが少女騎士に突き込まれた。

 まるで刺突剣(スティレット)を脇腹に差し込まれたように、「ぐえっ」と悲鳴を上げるエルフリーデ。

 口を半開きにしたあと、少女はそれはもう無様に取り乱した。

 

「うわあ聞きたくない!! うちの妹は世界一の美少女なのに……それを可愛がることが罪だって言うんですか!?」

 

「ああ、まさにお前のその姿勢がティアナ・イルーシャを苛立たせているのだろう。一度、物理的に距離を取ることで互いの関係性を見つめ直すのも、健全な家族関係には必要なプロセスだと考えられる」

 

 クロガネは無慈悲だった。

 誰がどう見てもエルフリーデ・イルーシャは重度の姉妹溺愛者(シスコン)であり、その距離感は全体的におかしく、また注がれる愛情は際限がなかった。

 戦地に送り込まれ、数ヶ月に一回しか面会できなかった時分ならともかく、日常的に一緒にいられるようになってからもこの調子である。

 如何にティアナ・イルーシャが姉を思いやり、またその存在を大切に思っていたとしても――その溺愛ぶりに息苦しさを感じるのは自然の摂理と言えた。

 そのようにクロガネがものの道理を言い聞かせると、エルフリーデはわなわなと肩を震わせ始めた。

 

「ううっ……寂しい……これも……わたしたちが薄幸美少女(ヒロイン)姉妹だから……!?」

 

「自信に満ちあふれた言葉だな……自称するのか……?」

 

「あのですね、ティアナは美少女じゃないですか。そしてわたしは妹に似ているらしいです、つまりわたしもまた美少女――」

 

 たぶんそういうところが妹に嫌がられているのだろうな、と思うクロガネだった。

 彼は納得して深々と頷いた。

 

「……俺は時々、お前の自尊心のありようが奇妙に思える」

 

 エルフリーデの平常運転はどうやらこっちの方であり、クロガネと睨み合っていた最初の頃のクールな印象はある種、ストレスで抑圧されていた人格らしい。

 そのように少女の情緒を分析しながら、黒髪の青年――その実年齢は万単位の年月を重ねているのだが、まあそれは別の話だ――は話題を切り替えた。

 彼が従者のロイに目配せすると、金髪碧眼の青年がエルフリーデに歩み寄り、するりと書類を手渡した。

 栗毛の少女が眉をひそめた。

 

「……フィルニカ王国への出張、ですか?」

 

「ああ、大陸南方に外交特使として赴くことになった」

 

「突然ですね? いえ、二週間後ってあなたのスケジュールだと調整が大変じゃ……」

 

 クロガネ・シヴ・シノムラは旧バナヴィア王国の企業連合体ミトラス・グループの代表であり、同時にヴガレムル伯領を治める領主でもある。

 つまりものすごく多忙な男なのである。それが隣国とはいえ、わざわざ外国に外交特使として派遣されるなんて変である。

 というか企業グループの代表が外交特使ってありなのだろうか。帝国の政治がさっぱりわからないエルフリーデとしては、首を傾げるしかない。

 

()()()()()()()()()()。話自体は水面下であったからな」

 

 聞かなかったことにしたい――段々と自分に話が振られた事情を察して、高速で書類に目を通しながらエルフリーデは呟いた。

 なるべく他人事でいたいなあ、やだなあという気持ちが、うっすらとにじむ声でコメントする。

 

「大変そうです」

 

「お前も同行するよう指名されている」

 

「なんでぇ!?」

 

 一瞬で自分も国家権力から名指しで縛り付けられていると判明して、心底、困惑した顔でエルフリーデは叫んだ。よりにもよって帝国皇帝に指名されるなんて、まったく意味がわからない。多少、戦地では名を轟かせたかもしれないが、それは軍隊での話である。

 お偉方の頂点に立つベガニシュ帝国皇帝に個人として認識されているなんて、エルフリーデ・イルーシャとしては不本意極まりない。

 根は小市民のエルフリーデが戸惑っていると、クロガネは諭すように事実を指摘した。

 

「冷静に考えてみろ。お前は大陸間戦争の英雄、さらに公爵家の騎士団を半壊させた黒塔紛争の〈剣の悪魔〉だ。陛下のお耳に入っても不思議ではあるまい」

 

「冷静になってみると邪悪なネーミングすぎませんか? もうちょっと可愛い二つ名にならなかったのかな……?」

 

武力の化身に可愛い……?」

 

わたしの反感を買う言動しないと死ぬんですか?」

 

 じっとりとした半眼で、少女は男を睨み付ける。クロガネは肩をすくめると、こともなげにこの出張について語り始めた。

 

「表向きはあくまで企業同士の商談でな――隣国フィルニカの国営企業重役ラト・イーリイ氏との両国間の兵器輸出について意見を交わす。少なくともベガニシュ側に陰謀や謀略の予兆はないが、皇帝陛下の勅命を断る道はない」

 

 そう言われてもどう反応すべきか困る。

 第一、この春に起きた一連の陰謀劇と武力衝突――黒塔紛争とかサンクザーレ会戦とか帝国内では呼ばれている――を経験した今となっては、どんな回りくどい陰謀があっても驚くに値しない。

 クロガネの言葉を胡散臭そうに聞いたあと、エルフリーデは書類に書かれた内容を飲み込んだ。

 要するに言語が違う外国に行くことになるので、簡単な挨拶とか文化については事前に勉強しておくべし、ということらしい。

 まあたぶん、マナー講師の類はクロガネかハイペリオンが見繕うのだろうけれど。

 少女は嘘偽らざる感想を口にした。

 

「……アレですよね、こういうのって大体、実は隣国のプリンスとかが紛争に巻き込まれる流れですよね」

 

「お前の読んでいる小説の内容か? 紛争か……近頃の恋愛小説(ラブロマンス)とはずいぶんと物騒なのだな……」

 

 クロガネが首を傾げる。

 だが、その不用意な一言がエルフリーデを少し苛立たせた。何故ならば少女は読書家であり、フィクション愛好者であり、ジャンルに一家言あるタイプだった。

 要するにものすごく面倒くさいオタクなので、()()()()()()()()()()でひりついた空気になるのも致し方ないのだ。

 つまり迷惑な生態である。

 エルフリーデ・イルーシャは目を細めて、静かに呟いた。

 

「恋愛小説に対する舐めた認識が感じられました」

 

「……偏見で言及した側面は否定できない」

 

「ちなみに最近の恋愛小説ではよくありますよ、軍事クーデターとか紛争とか。いつだって人気ジャンルは極限環境で育まれる愛なので……」

 

「謝る必要を感じられないのだが?」

 

 憮然とした表情でクロガネがうめいた。二人の間に流れるゆるみきった空気に釣られて、メイドのアンナまで口元をほころばせている。

 この場に彼女がいるということは、フィルニカ王国への出張自体は、秘密裏に進めなければいけないような案件ではないのだろう。

 ならばクロガネの騎士として同行すると言っても、自分の出番はあるまい。そのようにエルフリーデが安心した直後だった。

 黒髪の男は平然とこうのたまった。

 

「この会談については、平和的に終わることを祈るしかないな。ああ、お前のために警備用バレットナイトも持ち込む予定だ、安心するがいい」

 

 ちょっと待て。

 なんでここで機甲駆体(バレットナイト)の名前が出てくるのだろう。

 バレットナイトは身長四メートルの人型兵器であり、重厚な装甲と強力な重火器を扱う能力を備えている。つまるところ機関砲だの対戦車砲だのをどかどかぶっ放し、敵を粉砕することを目的とした陸戦装甲戦力である。

 どう考えても平和な会談とやらには不要なはずだった。

 エルフリーデ・イルーシャは旧バナヴィア王国の領土で育った一般市民として、当然の感想をこぼした。

 

「平和的に終わるならバレットナイトなんか持ち込まないのでは……?」

 

「エルフリーデ様、つまり旦那様は十中八九、荒事になるので覚悟するように仰っているのです」

 

 金髪碧眼の従者ロイ・ファルカがにこやかな笑顔で釘を刺してくる。

 言われなくてもわかってますが、と眼光鋭く無言で告げると「ならば問題ありませんよね?」と目配せしてくるロイ。

 この青年、優しげな甘いマスクをしているが食わせ物である。

 エルフリーデは左頬の傷跡を指で撫でて、なんとも言えない表情で苦悶の声を上げた。

 

「……こ、皇帝陛下からの勅命で外交しに行くのに……?」

 

「フィルニカ王国は七年前のクーデター以来、政情不安定なことで知られている。現国王と軍部の間には緊張感のある関係が形成されているからな」

 

 この話題から救いがなくなった。

 エルフリーデはこれから危険が待ち受ける政情不安定な隣国に出張で赴く羽目になる、という無慈悲な通知に震えた。

 そんなの嫌すぎる。

 

「い、行きたくないッ! 率直に言って命の危機を感じるんですが……!」

 

「安心するがいい、俺の読みでは六割方、平和に終わる」

 

「四割も不安要素あるじゃないですか!?」

 

「これは俺の経験だが、予想可能なだけマシな部類の困難だ。慣れろ」

 

「めちゃくちゃ言い始めたな、この人……」

 

 流石に十万年生きてる不死者は日常のスケールが意味不明に大きい。きっと戦争とか暗殺とか陰謀とかの人類のろくでもない所業フルコースにも慣れているのだ。

 彼がどういう人生を歩んでいたのかはともかく、それに巻き込まれるこっちの身にもなって欲しい。

 わたしと一緒に未来を歩いてください、とプロポーズ紛いの言葉を投げかけた過去も忘れて、エルフリーデはとても正直に首を横に振るのだった。

 そしてクロガネ・シヴ・シノムラは最終的に、したり顔で頷いて、年若い少女にこう忠告するのだった。

 

「物事には表と裏があるものだ、諦めろ」

 

「わたし、裏ばっかり押しつけられてる気がする!」

 

 クロガネは露骨にエルフリーデから目を逸らした。

 ぽつり、と呟く。

 

「…………かもしれん」

 

「み、認めた……」

 

 エルフリーデは絶句した。

 

 

 

 

 

 

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