機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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救国卿と英雄エルフリーデ

 

 

 

 

 

 夕刻になった。

 一度、お色直しのためにそれぞれの部屋に戻った一行――クロガネ、レディ・ノーラ、そしてもてなす側であるラトは各々の準備のため別れた。

 すべては夕食の宴のためである。

 

 伝統的貴族のしきたりを重んじるベガニシュ側は、燕尾服やイブニングドレスに着替えねばならなかったし、それに対応するフィルニカ側も同様だ。

 おそらく宴はテーブルについて、カトラリー(食卓用のナイフ、フォーク、スプーンなど)を使って行うものになるだろうが――困ったことにエルフリーデも名指しで招待されているので逃げられない。

 

 しかし貴族めいたイブニングドレス――華やかで適度に露出しているようなドレスは、あまり着たくない。

 エルフリーデ・イルーシャはこの辺、人と感性がズレているらしく、どうにもこの手の華美な格好に憧れない質だ。

 第一、本物の貴族令嬢であるノーラ・ハイゼのような人物がいる横で、少女が着飾っても所作で出自の違いが明らかになるだけだろう。

 そう主張したのだけれど。

 

「安心しろ、よく似合っている。お前を笑うものがいるとすれば、それは単に見る目がないだけだ」

 

 そう言って満足げに頷いているのは、ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラ――男装で押し通そうとした彼女の意見をはねのけ、事前に準備してきたドレスを渡してきた張本人である。

 といっても本格的なドレス――それこそ一人では着用もおぼつかないようなもの――とは異なり、ワンピースくらいの感覚で脱ぎ着できるものだけれど。

 

 派手すぎない青のイブニングドレスは、エルフリーデの白い肌によく映えている。露出も控えめで、袖なしで首回りが少し開いているぐらいだし、スカートの丈も長すぎず短すぎでちょうどいいので動きやすい。

 用意してあった履き物もヒールが低いし、この手の格好にしては歩きやすいと言える。

 

 髪に関しては櫛でよく梳いておいた。

 化粧は事前に持ってきたもので、軽くしただけだが――もうアレだ、本物の貴族令嬢と比べられたって仕方がない。

 着慣れないドレスを着るよう仰せつけられて、エルフリーデ・イルーシャは弱り切っていた。燕尾服に着替えたクロガネとスイートルームの応接間(なんと複数の部屋があるのだ!)で合流し、事前に互いの格好をチェックしているものの、こっちは身も心も庶民なので勘弁してほしい。

 

「ううっ……服に着られてませんか?」

 

「日頃、自分を美少女だと言ってはばからない我が騎士とは思えない弱気だな?」

 

「美少女だって弱気になりますからね」

 

 そして弱気になっているから、少女はぽつり、と不満をこぼした。

 

「ものすごく感じ悪いですね、このホテルの警備の人たち……バナヴィア語で()()()()()()って言われました」

 

 何気ない一言だった。つい先ほど、クロガネたちが会談している間、すれ違い様に警備兵の一人がエルフリーデを見てそう言ってきたのだ。

 救国卿という固有名詞を聞いた瞬間、それまでリラックスしていたクロガネの顔が一瞬、強ばった。

 その表情の変化に気づいたエルフリーデは、彼の方を見やる。黒髪の不死者は何事もなかったかのように、重々しく頷いた。

 

「無理もない、彼らはバナヴィア衛兵だ」

 

 名前の通り、彼らはバナヴィア人だけで構成された衛兵なのだという。

 バナヴィア王国は広大な領土を持っていたが、あくまで大陸西端の国家である。大陸中央部を挟み、大山脈によって分断されたこの大地の南側に、どうしてバナヴィア人が集団でいるのだろう。

 ふと、素朴な疑問を口にする。

 

「……なんで大陸南方のこの国にバナヴィア人がいるんです?」

 

「二五〇年前、バナヴィア王国で革命戦争が起きたのは知っているな? 王政復古によって王国が立て直されるより前、流浪の民となってフィルニカに行き着いた人々がバナヴィア衛兵の先祖だ。彼らはバナヴィア人の女性英雄という存在を恐れている。かつて自分たちの先祖を迫害した独裁者と同じ属性だからだ」

 

 それはバナヴィア人の血まみれの歴史だった。

 ベガニシュ帝国に併合される前――バナヴィア王国は立憲君主制であり、王家の影響力をできるだけ国政から排除する方向で進み、近代的法治国家の原型とも言われる国だった。

 

 元々はベガニシュ帝国そっくりの貴族制で、王家の発言力も強かった国がどうしてこうなったかと言えば、ひとえに革命と内戦の結果である。

 ヴガレムル市から始まった自由民の武装蜂起は、王家とそれに与する王党派を排除せんとした貴族勢力の一部と結びつき、巨大な嵐となってバナヴィア王国に戦乱をもたらした。

 

 折しも時はベガニシュ帝国にとっても戦乱の世――有力貴族たちが反目し合い、帝国内で内戦を繰り広げていた時期――であり、諸外国からの内政干渉を受けることなく、バナヴィア人は純粋に同じ国の人間同士で殺し合うことになったのである。

 そんな荒れに荒れた時代、強化外骨格を身にまとった騎兵隊と近代化された装備の銃士隊を組織化し、その有機的連携によって王党派の軍隊を駆逐せしめた軍事的英雄がいた。

 ()()は女性でありながら軍事的に勝利を重ね、権力を掌握して独裁者に上り詰め、大陸の歴史に名を刻んだ希代の女傑だった。

 

 

救国卿(ロード・セイヴィア)ルシア・ドーンヘイル――バナヴィア人、特に王党派にとっては悪夢に等しい名前だな。バナヴィア革命戦争に勝利し、王党派を処刑し、軍事独裁政権を打ち立てた人物だ」

 

 

「救国卿って……国王殺しの大罪人でしょう?」

 

「あぁ、バナヴィア王国でもベガニシュ帝国でも、彼女は君主殺しの反逆者として扱われるのが通例だ。だが少なくとも救国卿は内戦に勝利後、諸外国の干渉をはねのけ、バナヴィアという国の基礎を築き上げた英傑ではある。バナヴィア人の女性で軍事的に活躍した人物、という意味で――救国卿とエルフリーデ・イルーシャが重ねられるのは自然なことだ」

 

 なるほど、要するに自分は歴史上の女英雄と重ねて見られており、それによって一方的に印象が悪いらしい。

 この国に来てからというもの、会う人会う人が「大陸間戦争の英雄」とちやほやしてくるものだから、逆に新鮮な気分ではある。

 エルフリーデは左目の傷跡をそっと指でなぞり、深々とため息をついた。

 

「それ、ぜんっぜん嬉しくない話だ」

 

 意気消沈した少女を励ますように、クロガネはどうでもいいことを喋った。

 

「これは俺の予想だが……夕飯はとても豪華だ」

 

「わたしが食いしん坊みたいな言い方ぁ……!」

 

 実際のところ食事が豪華であることだけが楽しみだった。

 

 

 

 さて、夕食の席については書こうと思えばいくらでも書き記せるのだけれど。

 真っ赤なイブニングドレスを着て現れた赤毛の美少女、ノーラ・ハイゼが恐ろしく美少女で圧倒されただとか、大陸間戦争の英雄としてホストであるラトに食いつかれ、いろいろと戦地での武勇伝をせがまれたとか。

 まあ、いろいろである。

 

 クロガネが何かと助け船を出してくれたから乗り切れたが、決して社交術に優れているわけではないエルフリーデには荷が重い会食だった。

 何よりレディ・ノーラもラト・イーリイも、バナヴィア人への差別や戦地での死者などなかったかのように話しかけてくるのだ。

 ちょっと前のピリピリしていた頃のエルフリーデ・イルーシャだったら、間違いなく上流階級の人々の無邪気さに怒りを抑えきれなかっただろう。

 事前にクロガネに忠告されていなかったら、表情に不満が出ていたかもしれなかった。

 

 だが、食事の方は素晴らしかった。

 ガイドブックによれば、基本的にフィルニカ王国では食事を残さないのが美徳とされている。

 しかしこれはあくまで一般家庭での話で、宴の席に客人を招いたときは、お腹いっぱい食べさせて食事が余るのが最も望ましいのだとか。

 なので出された食事は質も量も圧倒的だった。

 決まった順番で料理の皿を順番に出していく、バナヴィア発祥のコース料理とは異なり、この地ではとにかく大量の料理をテーブルに並べる。

 

 主食――ニンニクショウガと香辛料たっぷりの羊すね肉の炊き込みご飯、薄焼きの大きなパン。

 ドリンク――よく冷やしたアイスティー、さらさらした飲むヨーグルト。

 野菜――チーズと野菜のオーブン焼き、タマネギとトマトとキュウリのグリーンサラダ、ほうれん草と青唐辛子の炒め煮、ナスのソテー、サイコロ野菜のサラダ、きのこと豆の炒め煮、豆とトマトのバター煮。

 焼き物――羊肉の串焼き、香辛料に漬け込んだ鶏肉のオーブン焼き、ニンニクをすり込んだ海老のオーブン焼き。

 メインディッシュ――唐辛子と鶏肉の激辛シチュー、香辛料たっぷりの羊すね肉と骨髄の濃厚なシチュー、羊の挽肉とレバーのシチュー、骨付き子羊肉の香辛料煮込み、羊肉のオイル煮。

 デザート――カッテージチーズのレモンシロップ煮スライスアーモンド添え、シロップがたっぷり染みこんだアーモンドロール、シロップに漬け込んだドーナツ、うっすらと色づけされた甘いミルク粥、蜂蜜とナッツのパイ。

 

 凄まじいカロリーの暴力だった。

 きっと質素な食事を重んじる神様がいたら、今すぐ天罰が下るぐらいに贅沢で、香辛料がどの料理にもたっぷり使われていて――ちらり、とクロガネの方を見ると、彼は穏やかな微笑みを浮かべて薦められた料理を少しずつ食べていた。

 さて、これは以前のことになるのだが。

 

 エルフリーデがバナヴィア風スパイス・ビスケットを食べていると、クロガネが「クッキーはシンプルな方が望ましい」と言ったことがあった。

 要するにこの男、香りの強いスパイスが苦手なのである。今も決して表情には出していないけれど、平常時に比べればスプーンやフォークを動かす手は遅い。

 気乗りしていないのに、礼儀として笑顔で食べているのだ。スパイスの苦手なクロガネ・シヴ・シノムラにとって、どの料理にもスパイスを利かせたフィルニカ料理は地獄だろう。

 鼻腔をくすぐる香りは、この手の料理が好物のエルフリーデ・イルーシャにはたまらなく魅力的だけれど。

 少しだけ彼のことを気の毒に思いながら、エルフリーデはフィルニカ料理を堪能した。

 

 

――うん、この炊き込みご飯はすごい。肉のうまみがたっぷりと米粒に染みこんでいて、香味野菜の滋味も加わっていくらでも食べられそう。

 

 

――それにこの濃厚な肉のシチューときたら! 香辛料が肉の臭みを消しているから、刺激的な味わいの中の羊肉のうまみを堪能できる! 千切った薄焼きパンと一緒に食べてもいいし、とにかく美味しい。

 

 

――何よりこのカッテージチーズのシロップ漬けがすごい! なめらかな食感のカッテージチーズを、レモン果汁を効かせたシロップで煮込むことでじゅわじゅわと甘い汁があふれ出す美味が完成している! これだけでも驚異的に美味しいのに、濃縮されたミルクの中に浮かべているから、とにかく濃厚な乳脂肪のうまみが襲ってくる!

 

 

 クロガネの尊い犠牲によって面倒な話に煩わされることなく、エルフリーデ・イルーシャは食事に熱中したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜中まで続いた宴の席が解散されてすぐ、エルフリーデはイブニングドレスを脱ぎ捨て、化粧を落として昼間着ていた背広に着替えた。

 やはり自分は動きやすい格好の方が好きだな、と思う。

 ああいうドレスは、そういうので着飾るのが好きな子が着るべきなのだ――そう思いながら、ショルダーホルスターに入った自動拳銃の状態を確認する。

 

 〈BP281拳銃〉――ベガニシュ帝国陸軍で制式採用されている電磁式自動拳銃だ。ベガニシュ帝国で標準的な九ミリ拳銃弾を用い、弾倉に内蔵されたパワーセルからの電力供給で銃弾を加速・投射する。

 複列弾倉で装弾数一八発。幸いにして戦地で敵兵に使ったのは二回ぐらいしかないが、信頼性の高い拳銃である。

 

 自分がクロガネを守るのだ、と心に誓う。

 拳銃をホルスターに戻し、ジャケットを羽織った。自分に与えられた部屋――クロガネの部屋のすぐ隣だ――を出てすぐ、彼女は特徴的な群青とイエローの制服に出会った。

 背が高い男性だった。日に焼けた肌だが、フィルニカ人の褐色の肌に比べれば薄い色。

 如何にも現場叩き上げです、という雰囲気――短く刈り込まれた頭髪、鋭い目つきの男性である。階級章から判断して、おそらくはバナヴィア衛兵の隊長かそれに準ずる地位にあるであろう男だ。

 彼はこちらを見て足を止めた。

 

「あなたは……」

 

「フィルニカ王国バナヴィア衛兵隊の隊長アラン・バリエです。どうか部下の非礼をお許しいただきたい、エルフリーデ卿」

 

 綺麗なバナヴィア語だった。まさか異国の地で聞くことになるとは思わなかった響きだ。

 どうやらどこからか――たぶんクロガネ経由だろう――フィルニカ側に話が伝わり、わざわざ現場責任者が頭を下げに来たらしい。

 自分は昼間、仮眠を取っていたから平気だけれど、彼らはずっと警備の任務で疲れているだろうに。

 こんなことなら愚痴るんじゃなかったと思いつつ、でもまあ、ずっとじろじろ見られるのも気分が悪い。こういうところで気を回すのがクロガネのいいところか、と思い直す。

 

「ええと、気にしないでください。あなた方から見て、自分がどのような存在かは……多少、自覚があるつもりです」

 

「そう言っていただけるとありがたいですな……」

 

 含みのある言葉だった。

 どうやらアラン・バリエと名乗った衛兵隊長は、決してエルフリーデ・イルーシャに頭を下げに来たわけではないらしい。

 ちょっとこの国、癖がある人が集まりすぎじゃないかな、と思う。エルフリーデは満面の笑みを浮かべて、突っかかってきたおっさん――アラン・バリエを威圧した。

 

「……何か?」

 

「いえ、ベガニシュ帝国がバナヴィア人を英雄として祭り上げるとは……皮肉なものだと思いまして」

 

「それが、政治というものなのでしょう? 自分はあくまで、現場の人間のつもりです」

 

「そうでしょうか? 失礼ながら、それはいささか、貴殿の立場に対して自覚が足りないように思えます」

 

 本当に失礼だな、この人――なんで旅先で知らないおっさんに絡まれてるんだろう、と疑問を抱く。

 決まっている。

 エルフリーデ・イルーシャはバナヴィア人機甲猟兵の英雄だからだ。

 彼女は侵略され併合された亡国の民であり、同時に帝国が誇る最新兵器を操る英雄でもある。

 そういう面倒極まりない立場ゆえに、祖国を追われたバナヴィア人の末裔に複雑な感情を抱かれたりもするのだ。

 エルフリーデは笑顔のまま、厄介な話題から離れることにした。

 

「それで、お話は終わりでしょうか?」

 

 ええ、と頷く衛兵隊長。

 エルフリーデ・イルーシャが歩き始めた瞬間、彼はぽつりと呟いた。

 

「あなたが果たして()()()()()であるのか、()()()()()()()()()であるのか、我らには区別ができないのですよ」

 

 アラン・バリエ隊長は、皮肉な笑みを浮かべた。

 エルフリーデ・イルーシャを取り巻く環境は劇的に変化した。卑劣な人質作戦から妹ティアナは解放され、エルフリーデ自身もクロガネという得がたい庇護者を得ることに成功した。

 たぶん姉妹の物語だけで決着をつけるのなら、ここは十分にハッピーエンドと言っていい場所なのだ。

 

 だが、バナヴィア人の苦境は何も変わっていない。比較的、安定しているバナヴィア東部――ヴガレムル伯領もこちら側に属する――はいざ知らず、バナヴィア西部は現在も治安作戦の名の下に武力行使が続けられている。

 ベガニシュ帝国とは侵略者であり、本来、バナヴィア人のために使われるべき自動生産プラントのリソースを奪い取っている搾取者なのだ。

 

 如何にレディ・ノーラのような上流階級の人々がこちらに親しみを向けていようと、彼女らが暴虐を続ける帝国の支配階級である事実は消えない。

 同じ国の人間が戦っているとき、お前は血まみれの手で圧制者の走狗となって満足するのか――そう問われている気がした。

 

「ご忠告、痛み入ります」

 

 エルフリーデにできるのは、困ったように微笑んで彼と距離を取ることだけだ。

 アラン・バリエからそっと離れながら、少女は目を閉じた。

 世界をよくしていこう、そう自分はクロガネに言った。

 しかし専制君主が支配する体制の中で、一介の騎士として生きることがその言葉に相応しい振る舞いなのかと問われたら――そうではない、とエルフリーデは思うのだ。

 

 自分が今、安心と安定を得ているのは、クロガネ・シヴ・シノムラという人物を信頼しているからであって、ベガニシュ帝国の伯爵様に服従しているからではない。

 たとえそれが外部から見れば同じように見えようと、両者の間には決定的な違いがある。

 だが身分階級制度はそのような善玉と悪玉の貴族を区別しない――上位者が一方的に下々の民の生殺与奪を握る社会は、容易く万単位の人命が失われる地獄でもある。

 バナヴィア人であるエルフリーデは、バナヴィア人が革命を通して見てきた凄惨な歴史の後ろを歩いてきた人間だ。

 

 ベガニシュ帝国のカリキュラムに沿わない、バナヴィア人としての歴史観。それを密かに教えられて育った少女は、ゆえに帝国が自明の理とする身分階級制度に否定的だ。

 バナヴィアで起きた革命は良くも悪くも世界各国に衝撃を与えた。その結果として大陸における人民の権利は向上した。

 かのベガニシュ帝国でさえ、人民の保護を皇帝自ら宣言したほどだ。民衆を追い詰めすぎれば、バナヴィアのように革命の嵐が吹き荒れ、貴族に牙を剥く――そのような懸念が、結果として人々の生きる権利を保障したのだ。

 

 

――なら今からでも独立派に加わり、戦うべきなのか?

 

 

 わからない。

 エルフリーデ・イルーシャは独立派の武力闘争――血まみれのテロリズムを手段として選んだ戦いによって、父母をバラバラの肉片に変えられた。

 そのバナヴィア的な歴史観やベガニシュ帝国への反感からすれば、バナヴィア人の独立闘争に加わってもよさそうなものだが。彼女が独立派と距離を取っている原因は、間違いなくその事件が原因だった。

 一体どこからどこまでを、自分は大義のための犠牲として許容できるというのか。

 それすらわかってない人間が、政治的な立ち位置を明確にできるわけもない。エルフリーデは理性で自分を御しているが、同時に感情との折り合いがついてない十代の若者でもあった。

 わかっていることは一つだけだ。

 

 

――ティアナを巻き込みたくない。あの子には平和に生きてほしい。

 

 

 アラン・バリエのように、エルフリーデのことを(いぶか)しみ、その中途半端な立場を胡散臭い目で見る人間がいるのは当然だった。

 ここのところ自分のファンばかり押しかけてきていたから、忘れていたけど――そもそもエルフリーデ・イルーシャの政治的立場は恐ろしく微妙なのだ。

 そっと足音を忍ばせて歩き出した瞬間。

 どぉん、と大きな音が聞こえた。

 

 エルフリーデはそれをよく知っていた――バレットナイトの装甲材が砲弾に突き破られ、破砕されるときの轟音。

 続けて砲声。

 おそらくは装薬と電磁加速を組み合わせた火砲だ。

 間違いない、バレットナイトの強固な正面装甲を撃ち抜ける火砲は、同じバレットナイトの高出力レールガン以外ありえない。

 エルフリーデ・イルーシャは即座に決断した。非常時の対応はクロガネたちと打ち合わせてある。ロイ・ファルカがいるなら、クロガネの身の安全は確保されるだろう。

 ならば今は一分一秒でも早く、バレットナイトに搭乗するのが彼女の仕事だった。

 

 

「バリエ隊長、わたしはバレットナイトに搭乗します! データリンクの準備をよろしく!」

 

 

 そう言い捨て、エルフリーデは格納庫までの道のりを全力疾走した。

 少女は伯爵家の騎士であり、何よりも――

 

 

 

 

――バレットナイトを駆る機甲猟兵なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 












・〈BP281拳銃〉
ベガニシュ帝国陸軍で制式採用されている電磁式自動拳銃。
ベガニシュ帝国で標準的な9ミリ拳銃弾を用い、弾倉に内蔵されたパワーセルからの電力供給で銃弾を加速・投射するコイルガン。
その性質上、装薬式に比べて発砲音が静かで使用者の耳に優しいが、ストッピングパワーは苛烈。
複列弾倉で装弾数18発。



次回からロボットバトルです。
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