機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~   作:灰鉄蝸

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エルフリーデ、口説かれる

 

 

 

 

 

 

 結論から言おう。

 フィルニカ王国で発生したクーデターは、その発生から二四時間以内に一応の決着を見ることになった。

 反乱は失敗したのである。

 同時多発的にフィルニカ王国各地で起きた反乱は、クーデター側に対して軍の主流派が呼応しなかったこと、発生から数時間で現国王ロガキスによる声明が発信されたことなどをきっかけに破綻した。

 

 時間帯もちょうどよく、ちょうど朝の時間帯――多くの市民が朝のラジオ放送に耳を傾けているタイミングで、この声明は発された。

 通信技術の民間への普及は、反乱軍の主張を流すのに役立ったが、現体制による火消しを流すのにも役立ったわけである。

 北部駐留軍や山岳猟兵などの前国王派――現政権からすれば反国王派になる――が中心となった決起は、奇襲による国王捕縛が失敗した時点で結果が見えていた。

 以上、ここまでが異国の地で孤立無援のベガニシュ貴族にわかる現状である。

 

 

――想像以上に過酷な旅になってしまいましたわ。

 

 

 ため息をつきたいような状況だったが、赤毛の少女は微笑みを崩さない。何せ彼女は今から、貴族としての役割を果たしに行くのだから。

 貴族令嬢ノーラ・ハイゼは高貴な血筋の娘である。帝国の若き皇帝ルートヴィヒ・ユーツィア・イル・アンリバフの幼馴染みである少女は、その聡明さを買われて個人的なメッセンジャーとしてフィルニカ王国に送り込まれた。

 

 さて、皇帝ルートヴィヒとフィルニカ王国のロガキス王は、個人的に親しい仲である。

 これは両者がいずれも穏健派かつ改革派であること、ベガニシュとフィルニカの戦争を望んでいないこと、むしろ協力関係による経済発展を取ったこと――要するに政治的スタンスも利害関係も一致していることが大きい。

 

 国家間に真の友情はない、という言葉もあるが――さりとて人間同士の一定の信頼関係もなしに、建設的な関係が築かれることもない。

 ルートヴィヒとロガキスは奇妙にも、同じ時代に生まれ、似た境遇にある君主だった。すこぶる有能かつ過激派だった先代の負の遺産に苦しめられている、というありがたくない共通項もある。

 ノーラ・ハイゼは深呼吸して、先導するラト・イーリイ・クナトフの背中を見つめた。自分より少し年下の少年は、どうやら存外、現国王と親しいらしかった。

 

 ベガニシュ帝国の協力で敷設された高速鉄道は、振動一つなく極めて快適に一行を輸送していた。

 少なくとも線路の周囲の安全は完全に確保されているらしい――警備兵が微動だにせずに並んでいる通路、重厚な扉が音もなく開いて。

 歩く、歩く、歩く。

 

 警備兵以外の乗客が見えない空間を通り過ぎた末、一等客車にたどり着いた。窓はすべてブラインドが降ろされており、外部から車内が見えないようになっている。

 電灯の明かりで照らされた車内で、身なりのいい紳士がシートに腰を下ろして泰然(たいぜん)とくつろいでいた。

 若い男である。如何にも頭の切れる感じだ。服装も流行りのスリーピースの背広で、やり手のビジネスマンと言われたら信じてしまいそう。

 灰色の髪、褐色の肌、彫りの深い顔立ち――ラトと似た特徴を持ちつつ、あどけなさがなく、深みのある表情。

 その鳶色(とびいろ)の瞳に浮かぶのは、知性の色だ。

 

「陛下。こちらはベガニシュ皇帝より使わされたザムド侯爵家のノーラ・ハイゼ様です」

 

「お初にお目にかかります、陛下」

 

 片足を引き両手でスカートの裾をつまんでお辞儀すると、男は重々しく頷いた。

 そしてよく通る声で、少々せっかちに口を開いた。

 

「ごきげんよう、レディ。さて、申し訳ないが、あなたと私の会談は非公式なものだ。少々、礼儀を欠いてしまうかもしれないが手早く本題に入りたいと思う、如何かな?」

 

 柔和だが有無を言わさぬ口調――ロガキスはそういう男だった。

 彼はまだ三十代半ば、長命なものが多い大陸諸国の王侯貴族のことを思えば、見た目では二十代半ばにしか見えぬのも無理はない。

 

「お手柔らかにお願い致しますわ」

 

「貴国のご一行には、我が国の好ましからざる側面を見せてしまったようだ。我々の密やかな会話は、ひとまず、私からの誠意だと思っていただきたい」

 

「陛下のご厚意に感謝致します」

 

 そうなのだ。

 ノーラ・ハイゼは数時間前まで、クーデターを起こした山岳猟兵に追い回されていた。それはラト・イーリイ・クナトフを狙った襲撃だったので、完全にフィルニカ王国の問題に巻き込まれた形である。

 生まれて初めての経験だった。自分の泊まっているホテルに砲弾が撃ち込まれたのも、軍用戦闘兵器に追い回されて車で逃げるのも、侯爵家令嬢は経験しない類のイベントである。

 

 凄まじいストレスだったのは否めないし、フィルニカ王国軍に保護されたときは本当に安心した。

 顔色一つ変えないヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラときたら、血も肉も骨も金属でできているのではないかと思えるぐらいだ。

 気丈に振る舞ってはいたが、ノーラはいろいろと限界に来ていた。

 

 そして意識がすとんと落ちて、寝入って今に至る。気づいたら高速鉄道に乗せられていたのだが――すべては国王の都合らしかった。

 北部を視察に訪れていた国王は、クーデター発生に伴い、大急ぎで王都パシャヴェラへの帰還を余儀なくされていた。そしてその帰路で、移動時間を利用してベガニシュ帝国の使節と急遽(きゅうきょ)、顔を合わせることにしたのだ。

 

 隣の軍事大国の使節、それも皇帝の使いが反乱軍に襲われたなんて大失態である。この密談はせめてもの埋め合わせなのだろう。

 大丈夫、とノーラは自分に言い聞かせる。どう考えても条件的には自分が有利なのだから、と。

 緊張しているノーラを気遣うように、ロガキスが微笑んだ。

 

「皇帝陛下からの親書には目を通している。ベガニシュ帝国とフィルニカ王国の間で、対テロリズム、対反乱を目的とした軍事的協力関係を結ぶ――我が国にとっては大胆な提案だが、どうやら驚くべきタイミングになってしまったようだ」

 

 ロガキスはとても率直な人柄だった。

 そう、ノーラにだってわかる。いくら何でも今このタイミングでは、了承されるはずがないということぐらいは。

 親ベガニシュの国王に対して反国王派がクーデターを起こした直後に、ベガニシュ帝国との軍事的協力関係なんて結んだら――第三者からどう見えるか、という話である。

 状況証拠だけ見ると、ものすごくベガニシュ帝国が怪しく見えてしまうだろう。現国王は傀儡化されている、などと誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)が飛ぶ可能性もある。

 軍部の反ベガニシュ感情が伝統的に色濃いフィルニカでは、そういう論理が通ってしまうのだ。

 

「ええ、陛下。ベガニシュ帝国皇帝は、両国関係の発展を期待しておりますわ」

 

 ノーラ・ハイゼにできるのは、ロガキスから少しでも前向きな言葉を引き出そうと努力することだけだった。

 たとえ戦乱に巻き込まれ、九死に一生を得た体験の直後であろうと――貴族は政治から逃げられないのだから。

 

 

――わたくしのお使い、だいぶ難易度高い気がしますわ!

 

 

 ちょっと親が侯爵なだけの貴族令嬢には荷が重い。

 ノーラは泣きたくなっていた。

 

 

 

 

 

 

「我々が向かっているのはフィルニカ王国南部、港湾都市アジャーニアだな。王都で停車したところを見るに、すでに現国王は列車には乗っていないと見ていいだろう」

 

 真向かいの席でそう解説しているのは、ヴガレムル伯爵クロガネ・シヴ・シノムラ。腹が立つぐらいかっちりとディレクターズスーツを着込んで、涼しい顔でガイドブックを読んでいる。

 まるで観光客である。

 高速列車の窓はすべてブラインドで覆われているので、車窓からの景色なんて和やかなものは見えない。

 

 旅の情緒も何もあったものではないが、黒髪の伯爵はそういうのを気にしていなかった。個室になっている一等客車の中は、決して広いわけではなかったが内装が豪華だ。

 エルフリーデはとりあえず、ふかふかのクッションを堪能した。それでも精一杯の威厳を出そうと、不機嫌そうな顔で問いかけた。

 

「それで、なんでわたしたちはレディ・ノーラやラト殿下と違う客車に案内されたんです?」

 

「――()()()()()()。つまりロガキス王はベガニシュ皇帝の使いとは非公式であれ、話をするが――どこの馬の骨ともしれない成り上がりの伯爵とは話す気がない、という意思表示だな」

 

 薄々勘づいていたが、やはり、意図的に隔離されていた。

 ほんの数時間前は、敵バレットナイト――エルフリーデの必殺を幾度も(かわ)して、とうとう逃げおおせるほどの使い手だ――と死闘を演じていたというのに、傷あり(スカーフェイス)の少女は元気だった。

 電脳棺に入っていたので肉体的な疲労がなかったのもある。国王派の軍隊に保護されたあと、エルフリーデたちは武装解除された。

 

 少女が駆っていた〈アイゼンリッター〉は没収されたし、クロガネたちが乗っていたトレーラーも取り上げられた。そして彼女たちは身の安全の確保という名目で、フィルニカ王国の南部へと移送されていた。

 待遇はいい。一等客車にはあらゆるもの――飲み物も食べ物も用意されていた――があるし、椅子の座り心地も抜群にいい。

 だが、こういうよからぬ格差を設けておくのは、貴族だの王族だのの悪い癖だろう。

 

「そういうの腹が立たないんですか?」

 

「一等客車を貸し切って与えられているのだ、これで冷遇だと不満を言うわけにはいくまい。俺の用事は一応、あのホテルでの会談で果たされている」

 

「……つまり隣国のめちゃくちゃすごいお金持ちとしては厚遇されてるけど、政治的なお話からは遠ざけられてるんですよね?」

 

「エルフリーデ、お前も政治がわかるようになってきたな。俺は今、その成長に感動を禁じ得ない」

 

 賞賛しているのか皮肉を言っているのか、さっぱりわからない口調――クロガネの端整な顔には悪意一つなく、素内に頷いているので、たぶん本気で褒められていた。

 

 

――こういうのが一番、反応に困るんだけどなあ。

 

 

 クロガネの人柄がわかってくると、出会ったばかりの頃のように突っかかる気も失せてくる。

 要するにどうしようもなく不器用なのだ、この人は――心を許している相手にほど遠慮がなくなると見えて、エルフリーデに露悪的な言動を取っていた頃とは別の意味で口が悪い。

 悪癖ではないだろうか。いや、心を許されているのは、そんなに悪くないのだけれど。

 肩をすくめたエルフリーデに対して、クロガネがらしくもなく軽口を叩いた。

 

「それに、だ。俺も人間だ、流石に疲れもする。お前も少しぐらい気を抜くべきだと思うが? 一晩中、戦ったのだ――エルフリーデ、お前は間違いなく一番の功労者だよ、よくやった」

 

 褒められているらしい。

 背筋がむずがゆくなるような錯覚を覚えたあと、エルフリーデ・イルーシャはそれでも言うべきことを言った。

 

「わたしはクロガネの騎士です。その主人が軽んじられてたら嫌ですね、わたしの価値まで安く見られてる感じが気にくわない」

 

「その反骨心こそお前の美徳かもしれんな」

 

 黒髪の青年――なお実年齢は一〇万歳――はリラックスしている。一晩中、敵意を持った軍隊に追い回されてこの調子なのだから、存外、タフな男である。

 ちなみに従者のロイ・ファルカは、同じ個室にいるが、出入り口の方に目を光らせている。何かあればすぐに主を守れるように、という姿勢なのだ。

 

 これで意外と話し好きな青年なのだが、仕事モードのときは寡黙(かもく)なのだ。

 栗毛の少女はウェーブしたくせっ毛――電脳棺の欠点の一つは、どんなに櫛で()こうと降りたときには髪が元に戻ってしまうことだ――を指で撫でた。

 まあ今は身内判定が出ている相手しかいないので、多少は気を抜いていいかもしれない。

 

「慣れてるんですか、こういうの?」

 

「ああ、カーランと駆け回っていた頃を思い出す」

 

「…………カーランって誰です?」

 

「ふむ、それを調べて見るのも悪くはないだろう。暇つぶしにはちょうどいいと思わないか?」

 

「もったいぶるなあ……」

 

 ちょっと長生きだからって自分の過去で歴史自慢するのはよくないと思う。

 ちなみにエルフリーデは今、ホテルから出てきたときの格好――黒の背広である。少女はずっとバレットナイトと融合していたので、その間、生理反応も新陳代謝も止まっていた。

 つまり汗も掻いていないしトイレに行く必要も感じずに済んでいた。そういう意味では定員オーバーして大型トレーラーに乗っていたクロガネたちの方が、過酷な体験をしている。

 そしてふと気づいた。

 クロガネからは香水の匂いがする。その理由はおそらく、一晩、シャワーを浴びられていないからだ。

 

「……クロガネ、落ち着いたら……あなたはシャワーを浴びるべきだ」

 

 言外に汗が臭うと指摘されて、クロガネ・シヴ・シノムラは心底、辛そうな顔で黙り込んだ。

 そして喉を震わせた。

 

「…………俺も傷つくのだが」

 

「このぐらいで幻滅しませんよ、安心してください」

 

 やれやれと肩をすくめる。意外と繊細な伯爵様には困ったものである。戦地帰りの少女は割とおおらかだった。

 クロガネは視線をエルフリーデの方に向けた。

 

「化粧を落としたのか。少々、もったいないことをした――あの夜のお前は写真に撮っておくべきだったかもしれん」

 

「大げさな……」

 

 大仰な物言いである。警備の仕事に就く関係上、いつまでも宴の席の余韻(よいん)を残すわけには行かないから、着替えるときに化粧を落としてきただけだ。

 一体、男が何を言いたいのかわからず、エルフリーデは首を傾げた。

 だがクロガネは心底そう思っているらしく、真顔でこんなことをのたまってきた。

 

「お前は美しい、誇るべきだ」

 

 エルフリーデは硬直した。

 たっぷり五秒ほど硬直する。同じ個室にいるロイは一切口を開かず、ただ二人のやりとりを見守っている。腹が立つぐらい穏やかな微笑を浮かべている。

 わなわなと震えだし、エルフリーデ・イルーシャは白い頬を染めながら叫んだ。

 

 

く、口説き文句――!?

 

 

 黒髪の伯爵は、黄金色の瞳に困惑を浮かべた。

 ぽつりと呟く。

 

「ただの事実だが……」

 

「軽々しい口説き文句は……よくない!」

 

 穏やかに時間は過ぎていく――運命の出会いへと加速しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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